第8話 クッキー・コーンフィールド

 最下位になっていた。


 1783/1783位。アプリに表示された己の順位そのものにショックはなかったが、カウボーイに負けた事実はかなり悔しい。


 全先正生●対クイーン&ウィザード○。


 表示される対戦成績。


「チームが組めて、ランキングはチーム単位か……」


 夕方になっていた。


 真っ赤に染まる空の下、荒れ果てた湖畔で意識を取り戻したオレの体には毛布がかけられていて「男の勝負としては引き分けということにしておこう」というメモ書きが顔に張り付けられていた。


 先に負け惜しまれるとこっちが困る。


「チームは人数制限なし、役場に届出が必要、変更は月に一度まで、チーム結成時点での全員のランキングの平均が順位になる……か」


 だからオレはヒロポンでルールを確認した。


 実際、負けたからには反省しかない。


 ヒーローが真に相手をするのは侵略者だ。


 世界の常識ルールの裏ぐらいかいてくると考えるのは確かに正しい。卑怯もへったくれもないのだ。正々堂々にこだわりはないが、強くなければ思い通りの戦い方が出来ないというのは別にヒーローに限ったことじゃない。


 勉強もスポーツも、そして社会もそうだ。


「チームの場合は一人でもKOを取られると連帯で負けになるのか。人数が増えれば有利、ってもんでもないってことか? チームの仲間を守らなきゃいけなくもなるんだろうし……」


 オレはどうするべきか。


 オヤジはどうしてオレを改造したのか。


「なるようにしかならんか」


 考え込んでも答えは出ない。


 襲撃によって戦闘開始がメールされた参加者たちの表示もチーム単位になっているものが多いが、参加者が三千人ぐらいで最下位で1783位なのだからチームを組んでないヤツも多いことは予想できる。


「最終的には個人の相性次第だろうしな」


 オレは被っていた毛布を抱えて立ち上がる。


 ビジネスライクに能力が強くなるチームを組んで一位を奪っても、一年間それを維持するのが難しいのは想像に難くない。カウボーイの魔術のためにあの目立ちたがりと組めるかと言えばきっぱりとノーである。


「ダーリンだもんな」


 馬と相思相愛になれる男は理解したくない。


「拠点だかに移動するか」


 地図アプリを見ながら歩きはじめる。


 移動すると島の地図の中で点滅する矢印も移動する。これがオレの現在位置なのだろう。そして目立つ旗が立っている場所がおそらく目的地だ。


「そんなに遠くないな」


 偶然だが、この森の中らしい。


 とりあえず今日の順位は移動してしまった。到着したばかりだというのに落ち着いて島の様子すら見られていないが、広い島だから一日でどうなるものでもないだろう。じっくりと見て回ればいい。


 それに初めての一人暮らしだ。


 ここでの生活に慣れる時間は要る。課題は多い。幸い三種の心器は飯さえちゃんと食っていれば維持できるらしいが、仮に明日、一位を奪えたとしても、それから一年はこの島で暮らさなければならないのだから。


「結構、深い森だな」


 地図だけを頼りに湖から歩くこと一時間。日は落ち木々は鬱蒼としてとても住居があるとは思えない場所へと踏み込んでいた。


 上半身は裸、ズボンはボロボロ、素足。


 別に怖くはないが、たった一度の戦いでおよそ文明人とも言えない装いになっているので、妙に心細さはある。野生化しそうというか。


「……マジか?」


 到着した先にあった廃屋風の古民家を見つめながらオレは言う。昔ばなしの貧乏な夫婦でももうちょっとマシな家に住んでいた。屋根に穴が開いているのだ。雨漏りどころの騒ぎじゃない。


 風呂とは言わない。


 電気と水道ぐらいはないと困る。


「マジか」


 日本から送った荷物は土間に重ねられていた。とりあえず裸電球はぶら下がっていて、引き戸脇のスイッチで灯りは点く。水道もあった。段ボールを開けて自分の荷物であることを確認。しかしどうしたものか。


 土間、その先に八畳ほどの一間。


 収納は押入のみ。


 それがすべてだった。


「水と電気だけあっても」


 コンセントなんか一カ所である。


「不便やったらほかしたらええ」


「だれだ?」


 上から声がした。


「拠点なんてちょいちょい動かさんと安心して寝てられへん。それに気付けば新入り卒業や。兄さん」


 破れた屋根の穴から土間にぴょいと降りてきたのは赤いランドセルを背負った女の子だった。平屋とは言えヒヤッとして思わず受け止めたが。


「う、う!?」


 受け止めた土間が凹むほどの重量。


「えらいなぁ。兄さん。ヒーローの鑑やね」


 女の子はポンポンとオレの頭を叩く。


「でも心配要らんよ。ウチもランキング参加者やから。テヤン!」


「は」


 なにを言ったのかよくわからなかったが、重量の理由はすぐにわかった。背負っていたランドセルが変形して大人の男のような腕になり土間に手をつく。


 一気に軽くなった。


「こんばんは。ウチの名前はクッキー。クッキー・コーンフィールドや。よろしゅうに」


 そして女の子は言った。


 メタリックな赤い片腕を椅子のように扱いながら大きな口でニッカと笑う。好奇心旺盛そうな大きな目をしていて、大きなひとつのお団子を乗っけた頭はチョコバニラのアイスのようなマーブルな色をしている。


 可愛らしい顔立ちだが、どこか奇抜だ。


 例えば額にかけた血走った一つ目の描かれたカチューシャかサングラスかよくわからないもの。服装は一見普通のようでよく見ればメカニカルな装備をつけている。それらを使って戦うということだろうか。十歳かそこら、気配は周囲の森にいる獣よりも小さいぐらいだというのに。


「あ。全先正生。よろしく」


 自己紹介だと気付くのが少し遅れた。


 クッキーが名前か。


 顔立ちは普通に日本人。


 赤いヤツに本名を呼ばれてキレてたっぽいカウボーイもフラッシュと名乗っていたし、名前は自由なんだろう。ヒーローになれば本名は名乗らないだろうし、月暈機関がスカウトしてるなら国籍なんて関係もなくなる。


「で、クッキーはなにをしにここへ?」


 オレは言う。


「新入り狩りとやらは終わったと思うけど」


「ちゃうわ、兄さん。ウチは156位やから」


 クッキーは答える。


「156!?」


 オレは驚く。


 それはかなり強いのではないか。


「新入りに与えられたまんなかの順位なんか狙う理由ないんよ。さっきの戦いを見てな。会いに来たっちゅうわけ」


 言って、自分のヒロポンを出すとランキングを見せてくる。順位と名前、そして並んでいる顔写真も一致していた。相当な格上。順位の移動が一日一回でなければ、戦いを挑むべき相手かもしれない。


「思いっきり負けて最下位だけど」


 オレは頭を掻く。


 ちょっと思考が勇みすぎだ。まず見た目が子供過ぎて殴れる気がしない。順位が高いのはそういう理由もあるだろう。一位でなければ気の進まない相手を襲撃する理由がない。非情になる意味がないのだ。


「あれはしゃーないよ。あの争いを嫌う天馬ヴィルヘルミナを引っ張り出した鹿骨光がえらかったんやから」


「へぇ……」


 馬の評価高いな。


 カウボーイの評価が低いのか?


「それで?」


 オレは先を促す。


「兄さん。ウチとチームを組まへん?」


 クッキーは体を支える腕から土間に降り、オレの目の前にちょこちょこと歩いてくると手を差し出した。握手を求めている。


「その能力が欲しいわ」


「ごめんなさい」


 オレはシンプルに断った。


「ごめんて、兄さん。ホンマに?」


 クッキーの笑顔がひきつっていた。


 握手しようと差し出した右手が行き場を失って迷っている。大きく見開いた目が少し潤んで見える。正直なところ心が痛む光景ではあったが、それで答えは変わらない。


「オレ自身よくわかってない能力を評価してくれたのは嬉しいけど、よく知らない女の子とヒーローを目指す気は全然ないんだ。申し訳ない」


 できるだけ穏当な理由を選んで言った。


「よお知らんて」


 だが、それはクッキーを怒らせたようだった。


「そんなんウチかて同じや」


 握手しようとした手をグッと握る。


「よお知らん兄さんに、この宇宙一可憐な天才が勇気を振り絞ってこない健気に頼んでんのや。それを一言、ごめんなさいて。なんやの?」


「……健気?」


 なんやと言われてもな。


 目の前にいる子供が宇宙一可憐な天才とは知らなかった。抱えたときにやたら重かった変形ランドセルを背負って普通に動いているからには超技術ぐらい持ってるだろうとは思ったが。


「それともウチが弱いと思ってる?」


 クッキーは黙るオレに畳みかける。


「鷺草のように繊細な美少女を守らなアカン。そんなプレッシャーを感じているなら心配は要らんよ。チームを組みたいんも、戦略的に対等なパートナーになれると思ったからや」


「繊細……?」


 どうやら日本語の理解に齟齬がある。


 そう口を挟む間もなかった。


「確かに性格的な相性はわからん。でも人となりなんて何年、何十年一緒に過ごそうがどこかで踏み込まなわからんもんとちゃう?」


 クッキーは早口で、ジェスチャー豊かにアピールしてくる。言っていることは十歳かそこらであることを別にすれば間違ってないとも思うが、方々で同じようなことをして断られているのは性格がわからなくてもわかる。


 かなり面倒くさい。


「心を開こう? ウチは情に厚い女やから、兄さんがどんな性格でも受け止めたる。どんな困難もぶつかってみんと乗り越えられんのやから」


「困難」


 オレが心を開いてないことにされてる。


「アカン? そやな、確かにウチは兄さんの好みの女とはちゃうかもしれん。まだまだおっぱいもおしりもセックスアピールが足らんのは事実や」


「は?」


 なにを言い出すのか。


「おかあはんもそないスタイルのええ方とはちゃうかったから可能性に期待してくれとも言えん。ウチはチューリップのように正直な少女や」


 そう言うクッキーの後ろでランドセルが変形した機械の腕が積み上げた段ボールを動かして開け、捨てるタイミングを逸したエロ本を引っ張り出している。


 パラパラとページを見せびらかす。


「ちょ」


「兄さん! 科学の力でこのくらい下品なおっぱいとおしりになったらチームになってくれる? 四つん這いになったらもぎ取れそうな、突き出したら桃太郎が出てきそうな、ウチ、頑張るから! きっと立派なプレイメイトになるから!」


 クッキーはまじめに言ってるようだった。


 科学の力というのが宇宙技術まで含まれるこの島だと冗談では済まないのでかなり怖い。そしてプレイメイトは下品ではない。


「そうじゃなくて……」


 頭痛がしてきた。


「オレがヒーローになりたいのは、このままだと死刑になるオヤジを救うためだ。もちろん地球も守りたいけど、根本が個人的過ぎる動機なんだよ。そのために他人の力を借りるべきかどうか、今は整理ができてない。だから」


「考えてくれるんやね?」


 目をキラキラさせてクッキーは食い下がる。


「そうは言ってない」


 呆れるしかなかった。


 この娘はかなり図太い。そうでなければ子供にしてヒーローになろうとも思わないだろうし、ランキングの上位にもいないのだろうが、対処に困るところだ。


「ウチはええと思う。テロリストでもスケベでも身内が助けたろうと思わんかったら、だれが助けるっちゅう話や。なんやったら科学の力で頭の中をいじってもええ。更正させようや」


「……」


 オヤジ、ごめん。


 テロリストとスケベで同列扱いされてる。どっちもかなり冤罪な上に更正させる気らしい。正直この子かなり怖い。マッドな感じだ。


「わかった。勝負しよう」


 オレは言った。


 話をつづけても決着がつきそうにない。可憐かどうかはともかく天才的に達者な口を持ってることはわかった。口論で勝てる気がしない。


「勝負?」


「ランキングとは関係なく、互いの実力を見る意味でちょっと戦闘の真似事をする。たとえば、先に体のどこかに攻撃を当てたら勝ち、とか決めて。それでオレが勝ったら」


「ウチが兄さんの専属プレイメイト」


 クッキーは真剣に頷いた。


「違う」


 そのネタを引っ張るな。


「そ、それ以上は困るわ。ウチ、まだ九歳やし」


 悩ましげに小指を噛む。


「スケベはどっちだよ」


 しかも九歳。


「興味津々なお年頃やから」


 ケロっと言い放つ。


「否定しろ」


 自分の頭の中をいじってからこい。


「つまり兄さんが勝ったら今日のところはウチが引き下がる。ウチが勝ったら兄さんはウチの言うことを何でも聞く、ってことやね」


 クッキーはいきなりまとめた。


「おい、それ」


 条件が不公平だろう。


「ええで、ウチは乙女桔梗のように誠実な女や、約束は守る。言い出しっぺは兄さんや、もちろん約束を守らへんとは言わんやろ?」


「……わかった」


 オレは頷く。


 気持ちの整理は出来つつあった。


 勝てばいい。


 むしろ勝たなければいけないのだ。目の前にいるのが女子供であれ、未知の相手であれ、ヒーローに敗北など許されない。どんな条件の戦いでも勝ってこそ目的を達成できる。個人的な動機でも正義でも悪でも勝って通さなければならない。


 ひとつひとつが勝負だ。


 負ければ最下位にもなる。


 負ければ子供に使われても仕方がない。


「表に出よう」


 クッキーを促して廃屋を出る。


「男らしいわ。ますますチームを組みたなる」


 余裕で応じられる。


「ランドセルを壊されて泣くなよ」


「ウチを泣かせたら大したもんや、結婚してあげてもええ。白無垢にランドセルってちょっと可愛いしな」


「なにそのファッションセンス」


 親の顔が見てみたい。


「最初の一撃勝負でええんやな」


 すっかり夜の森になった廃屋の外で、オレとクッキーは対峙する。カウボーイとの戦いぶりを見ていた割には距離を取らない。


 オレの間合いだ。


「際どい判定のときはどうする?」


 一応、確認する。


 そうは見えないがクッキーもスピードに自信のある戦闘スタイルならコンマ零秒を争うことにもなる。客観的判定ができるかはわからない。


 それともオレの動きを止められるのか?


「問題ない。役場に行けば自分のやったら戦闘記録は閲覧できる。兄さん。覚悟しいや」


 余裕の笑み。


「覚悟ならできてる」


 相手が子供でも、もう油断はしない。

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