第6話 鹿骨フラッシュ

 やっと三種の心器が調子を出してきた。


 狙撃手に靴をぶつけ、ビルの屋上に殺到しつつある参加者たちのど真ん中へ着地した時にオレはそれを感じる。体内で脈打つ鼓動が大きくなり、世界が減速していく。


 自分の中に敵が入り込んだ感覚。


「拡大加速」


 オレはそう口にした。


 名付けられたのは日本でのデータ取りの時だ。


「!」


 次の瞬間には最も近くにいた一人を殴り飛ばしている。中世の騎士のような格好をしたヤツだった。背中に推進装置のようなものを背負って飛んでいる。鉄ならねじ切れていたはずなので兜が軽く凹んだだけなのは中々頑丈な装備だが、構えたランスを動かすまもなく吹き飛ぶ。


「一人」


 オレは二人目に狙いを定める。


 周囲にいる十数人の視線はまだ着地点を見つめたままだ。こちらの動きは追えていない。その全員がもう間合いの中だ。狙撃手が一人とも限らないので突破口を開くべく尖ったビルから見えない方へ立て続けに殴っていく。


「え」


「二人」


「おご」


「三人」


「うそ、でしょ」


「四人」


 正面突破、先に殴られたヤツに気付いたときにはもう完全にこちらの拳の餌食になっている。通過した屋上にはオレが踏み込んだ足形がクッキリと残った。


 五人、六人、七人、八人……。


 途中から数えるのをやめた。次から次へとビルへ登ってくる連中は、オレ以外との戦闘を始める気がないようで飛び道具を使っていない。スピードについてこないのなら警戒する必要もない。


「はっ」


 息を吸ったとき、背後には敵が花火のように撃ち上がっている。長時間は維持できない。


 巫女田カクリを殴ったときの状態、周囲の状況を俯瞰で見ているような人間の理性、敵に対して認識に先んじて攻撃を繰り出す獣の本能、それらが同時に働き、人間の限界を超える力で傷つく肉体を即座に治癒していく、三位一体の状態。


 難点は意識的に使えないことだ。


 感情的なテンションと肉体的なテンションが一定程度以上まで急激に上昇するというのが条件らしいが、データ取りの中では何度か偶然に起こっただけで再現には成功していない。


「それじゃ、また」


 そう言って背後に手を振る。


 これからも戦うことはあるだろう。


 オレは屋上の端から、向かい合うビルの壁を蹴ってビル群の中へ移動する。狙撃手がひとりとは限らない。こんな物騒な歓迎パーティはさっさと中座させてもらおう。


 だが、直後に緑色の光線が飛んでくる。


「こっちに来たぜ、レッド!」


 二丁の銃を構えた緑のヤツが追いかけてくる。


 どうやら最初からそのつもりで周囲で待機していたらしい。逃げると言ったから当然だ。上手にライバルを足止めに使っている。


「これでも食らえ!」


 オレは振り返って残ったもう片方の靴を投げたが、流石に当たらない。まぐれは二度もつづかない。相手の死角に飛び込むと白いヤツがグレネードランチャーのようなものを撃ち込んでくる。直撃はしなかったが吹き飛んだビルの壁面ごと地面へと落下させられた。


 簡単には逃がしてくれない。


「くっそ、が」


 体勢を崩したまま停車していた車にバウンド。


「マスター鈍器!」


 ゴロゴロと転がったところに黄色いヤツがハンマーのような棍棒のようなともかく重たい金属の塊をたたき込んできた。


「ぐっ」


 ズン。


 片手で受け止めたが地面がめり込む。


 このおっぱいの大きいヤツはパワーが強い。ともかく使っている武器が重たい。潰されるほどではないが、立ち上がらなければ押し返せなさそうだった。


「逃げられると思わないで」


 黄色が言うと、鈍器から煙が出てくる。


「!」


 目がピリッと痛む。


 また刺激物か。


「イエローの怪力にも耐えるのか、やるな!」


「うるさいレッド! さっさと気絶させる!」


「よし! フィニッシュだ!」


 煙の向こうからやりとりが聞こえる。


「こ、へぶしッ」


 くしゃみが出る。


 オレはなんとか体を起こそうとするが涙と鼻水で力が上手く入らない。明確なダメージなら回復できるがこういう生理的反応は制御できないようだ。まずい。


「AO・刀・辛子!」


 ブルーの光が見えた。


 これは本気で。


!」


 覚悟しかけたオレの目の前に閃光が走った。


弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓だだだだだだだだだだだだだ!!」


 次々に光が飛び散り、煙をかき消してオレの体を押さえつけていた鈍器も浮く。今しかなかった。状況のわからないまま、オレは凹んだアスファルトの地面から抜け出し、斬りかかっていた青いビームの刀を避けて転がる。


 なにが起こった。


 オレを助けるヤツがいるのか?


「最下位!」


 黄色が叫んだ。


「新入り狩りに乱入とは!」


「はーっはっはっはっは! 待たせた!」


 パカパカと蹄の音を響かせ、煙の中から現れたのはテンガロンハット、ウェスタンシャツにネッカチーフ、ジーンズに拍車のついたブーツを履いた彫りの深い高笑いする男だった。


 見るからにカウボーイだ。


「ボクの名前は鹿骨ししぼねフラッシュ! 愛馬ヴィルヘルミナと共に新入り狩りに参加させてもらう!」


 白馬に乗っている。


「だれが待ってたのよバカ最下位!」


 黄色が鈍器を投げつけた。


!」


 だが、その重たい金属の塊はカウボーイの前に現れた光の壁に阻まれた。白馬がヒヒンと満足げに嘶く。特に反動を受けた様子もない。


 なんだあの能力。


「ヒーローは遅れてやってくるものだ!」


 訳の分からないことを宣言する。


「遅れてやってきたら被害甚大。正義じゃない」


 赤いヤツが反論した。


「それに鹿骨……ひかる、今回の新入り狩りの参加費は払っていないだろう? それはルール違反だ。仮に勝利したところで次に狙われることになる。申し訳ないが君の実力では」


「ボクのことを光と呼ぶな! 弓ァ単!」


 カウボーイが親指を立て、人差し指を相手に向け口で発砲音を出す。子供がよくやる銃の真似事だが、その偽りの銃口から光の銃弾が飛び出していた。


「トウガラシールド!」


 赤いヤツは刀の形を変えビームの盾にする。


「悪いが今回の幹事はカラインジャーだ。ルール違反は見逃せない。退いてくれ」


「断る」


 カウボーイは両手で銃を作った。


「つまらないルールが島をつまらなくする。正義? 悪? そんなものはこの島で価値を持たない。自由だけだ! ボクらの島に必要なものは! そうだろう? テロリストの息子くん!」


「……え? オレ?」


 呼ばれたと気付くのに時間がかかった。


 巻き込まないで欲しい。


 どうやって逃げるか考え中なのだ。朦々と刺激物の煙幕を張りながら、緑と茶と白がそれぞれオレを囲みつつある。涙も鼻水も止まらない。最悪のコンディションだ。


「そうだとも、テロリストの息子くん!」


「ルールは守れば?」


 よくわからないが答える。


 会話の内容がまず意味不明だが、とりあえずカウボーイにムカつくという意味で、赤いヤツの肩を持つことにした。実質的にはピンチを救ってもらった訳ではあるが。


 テロリストの息子って本人に言うか?


 オヤジの逮捕は日本ではかなりのニュースになったし、この島にも情報は届いているだろう。全先なんて苗字はそうそういないから名前を知られていれば結びつけられるのはわかる。そう思うのは自由だけれど。


 思うだけで黙っとけ。


「ヒーローになろうってんなら」


「その通りだ!」


 同意する赤もウザい。


「真の英雄ヒーローとは! 体制の中からは生まれないものだ! 自由と勇気を愛する偉大な者にのみ与えられるべき称号なのだ!」


 カウボーイが叫ぶ。


!」


 そして片手を天に掲げた。


 なにかをやる気だ。オレも赤も警戒する。


 カウボーイが天に掲げた手をぐっと握りしめるとその先から目映い光の帯が伸びていく。それはビルの谷間、歩道と対向二車線の道路幅を一瞬にして越える長さに達し、オレやカラフル五人衆の頭上で大きな輪を描く。


 なんだ?


 そう思っていたのはこの場でオレだけだった。


「みんな!」


 赤の掛け声で五色の連中は上に飛ぶ。


「!」


 能力を知っていてカウボーイの仕掛けがわかっているかいないか、反射的にバックステップで距離を取ろうとしたオレとの違いだった。


「バカ新入り! こっちの動きを見なさいよ!」


 黄色が叫んだ。


「ごめ……いや?」


 謝りかけてオレは違和感を覚える。


「どっちについても狩られるんじゃ?」


 カウボーイと知り合いなんだから能力を知っていることを瞬時に判断できなかったのは間抜けだったが、一緒の行動を取ったところでオレが安全になる訳ではない。


 まずこの状況が新入り狩りなのだ。


 聞き流してたけど大概ヒドいやり口である。


「しまった! 奪われる!」


 赤がそう言ったときには、頭上の輪が小さくなりながらオレを追いかけてきていた。その動きでカウボーイがなにをやろうとしてるのか理解する。これは、まずい。


 思い切りダッシュして移動しているのに、関係なくそれは飛んでくる。右に避けようとも、左に切り返そうとも、小さくなっていく輪はぴったりとオレの頭上にあり、不意にスポンと落ちてきた。


「投げ縄か!」


 とっさにその帯を掴んだが焼けるように熱い。


「っち」


 手を離した次の瞬間には腰に巻き付いていた。


「その通ぉり! !」


 光の帯をグッと引きながら、カウボーイは馬を走らせた。踏み出した馬の蹄は足下から現れた光り輝く道を蹴り、ビルの谷間を空に向かって進んでいく。


「ちょ、待て、待て待て待て待て!」


 引っ張られながら、オレは慌てる。


 光のロープの長さが固定されたようで空中に現れた地面を馬が登っていくともう足が地面につかなくなる。このまま吊り上げられるのか。


「行こう! ヴィルヘルミナ!」


「ヒヒーン!」


 カウボーイの掛け声に馬が高らかに嘶いた。


「待てっつーのぉおおおおおおおお!」


 それはとんでもない加速だった。


 一瞬の出来事、ジャンプしたカラフル五人衆が着地してこちらを見上げた直後にその姿は見えなくなり、宙吊りのオレは右へ左へ曲がる度にビルの壁面に叩きつけられ、ガラスが割れ飛ぶ中を引きずられた。


 ビル群を見下ろす空中。


「!」


 オレの体を縛る光の帯の熱さが増す。


 力任せに引きちぎれないかと思ったがビクともしない。本物のロープと違って千切った先からつながっていくというか。


「確かにボクは最下位に甘んじていた!」


 もがくオレを無視してカウボーイは勝手に喋っている。とにかく自己主張の激しいヤツのようだ。聞きたくもないんだが。


「師より賜りし陽光の魔術もボクの未熟さ故にその力を十全に発揮してはいなかった! だがテロリストの息子くん! ヴィルヘルミナを得たボクにはもうだれも追いつけない! 最下位に負けたなどと自分を卑下する必要はないのだ!」


「は?」


 情報も必要だ。


「あれだけの人数に囲まれても怯まない強さならば、このまま島の注目を集めてトップへと駆け上がるボクを追いかける資格を有している! これに腐らず精進を重ねれば次に相対するときには良い勝負ができるだろうとも……」


「なに勝った気になってんだ!」


 オレは掌が焦げるのも構わず光のロープを引っ張ってカウボーイに飛びかかる。不意をつかれたが、逃げられない状態は逆に逃さない状態でもあるはずだ。


「辟ェ土」


 だが相手は動じなかった。


 黄色の鈍器を防いだのと同じ光の壁がオレの拳受け止めて、焼く。ジジジと肉が焦げ、肘まで一気に熱さがやってくる。


「ムダだ。パワーは見せてもらった。この五月の太陽を打ち砕くには足りない」


「へ、これならどうだ」


 防がれるのはわかっていた。


 だが、壁があればオレの体もロープを頼りにせずもう少しは自由に動かせる。たとえば快速で島の上空を駆ける馬の尻をけっ飛ばすぐらい。


 光の道を落ちたらどうなるのかな?


「! まさか!」


「将を射んとすればなんとやら」


 視線の動きだけで察したらしくカウボーイは光のロープと壁を消したがもう遅い。すでにオレは馬の毛並みの中に足を突っ込み、その指先で力一杯抓りあげていた。


「ヒ!」


「ヴィルヘルミナ!」


 馬が道から足を滑らせるのとカウボーイがオレを馬上から払い落としたのはほぼ同時だった。ゆるやかな放物線を描いて火山へ向かっていた流れのまま、オレたちはその山裾へと落下していく。


 着地できる算段があった訳ではない。


 ただ広がる森の木々の隙間に川の流れと湖が見え、そこに落ちられると告げるオレの感覚に従っただけだった。


 激しい水しぶきと真っ白な泡に包まれる。


 深い湖で助かった。


「出てこい! さもなければこの湖ごと貴様を茹で上げる! 聞こえているか!」


 見上げた水面の上に光り輝く道が広がる。蹄の音も聞こえたので馬も無事なのだろうが、カウボーイはキレているようだった。


 茹でられるのは怖いな。


 オレはドルフィンキックで一気に湖上へ飛び出す。泳ぎに関しても日本で一通りのデータは取った。飛び込みだけで五十メートルプールを越せるので世界記録にもならないだろう。


「聞こえてるよ」


 そしてそのまま湖岸へと着地する。


「道ォ寸」


 馬を降り、そのまま馬を反対の湖岸へと向かわせ、カウボーイの方はこちらに歩いてくる。


「ヒーローを志す者として、動物愛護の精神はないのか! 美しいヴィルヘルミナに怪我でもあったらどう責任をとる!」


「生憎と、テロリストの息子でね」


 オレは言う。


 オヤジをテロリストと認めた訳ではないが、ヒーローにならない限り、その汚名を返上することもできないことは肝に銘じている。


 正義も悪もないの同意だ。


「まず戦いに出してるお前が言うな?」


「ぐ、む」


 カウボーイも流石に図星だったようだ。


「その点は反省すべきだろう。ボクは肝心なことを見落としていた。守るべき大切な女性を戦いの場に連れ出すべきではなかったのかもしれない。この島のヒーローたちのヒーローシップに過剰な信頼を置きすぎていた」


「……」


 女性っつったか、コイツ。


 彫りの深い男の真っ直ぐな目を見ていると冗談を言ってるようには見えない。最下位という境遇がこの島でどういう状態なのかわからないが、頭がおかしいというより病んでいるのではないか。


 寒気がした。


「だからこそ、ここで決着をつけよう」


 カウボーイは両手を銃の形に構えた。


「二度と! ヒーローに相応しくない野蛮な男がボクの前に現れぬようこの場で! 完膚なきまでに叩き潰させてもらう!」


「こっちのセリフだ」


 二度と会いたくないね。

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