第2話 月暈島

 かぐや姫は実在した。


 月暈機関が主張するところの歴史ではそういうことになっている。


 竹取りの翁という人物が竹林に突き刺さったしなやかに細い輝く惑星脱出挺から女の子を発見して育て、後に美しく成長した姫は多くの男を惑わして月に帰ってしまうというフィクションが実話だったと言うのだ。


 もちろんほとんどの地球人類はそんなことを信じていない。


 第二次世界大戦の末期に超銀河連合を名乗る宇宙艦隊が月軌道付近まで接近し宣戦布告をしてきたときに、後に月暈と呼ばれることになる地球防衛のための惑星防衛迎撃兵器を展開したという事実を認めたとしても、かぐや姫の物語が成立した時代から機関が月を本拠地に活動していたという話をそのまま信じられるものではないからだ。


 それでも宇宙からの脅威を前にしたことで地球上の戦争は速やかな終結を迫られ、歴史が宇宙時代に突入したことは戦後七十余年の今から見た現実として受け入れるしかないだろう。


 特に日本に生まれた人間はそうだ。


 戦後明らかになった原子力爆弾による決定的敗戦の危機を逃れたことはもちろん、日本がその「かぐや姫の縁」で月暈機関と最初に接触し、早い段階で国家として地球防衛構想への参画を表明することで戦後の国際政治をリードしながら戦後復興を果たした恩恵を受けてしまっている。


 望むと望まざるとに関わらず。


「あの巫女田カクリもかぐや姫の末裔のひとりだと自称している。ヒーローに匹敵する能力を見ればすべてが嘘とも言えないかもしれない」


「……え?」


 中学レベルの歴史講義を面倒なので聞き流していたオレは不意の一言に思わず反応してしまう。相手の男がニヤリと笑顔を作った。


「いや、そうかもしれないですね」


 すぐに後悔してテキトーに流そうとした。


「やっと興味を持ってくれたようで嬉しいよ」


 そう言う男はわざとらしく頷く。


「別に興味とか」


 おしゃべりな相手を無視するつもりが踏み込んでくるきっかけを与えてしまった。


「無理もない。正生くんの年頃ならばかぐや姫の歴史的意義よりも実際にその女性が美しかったかどうかが気になるのが当然だ」


「はい?」


 しかもかなり勘違いしている。


「恋愛は自由だがあまりオススメはしない。信じがたい話だが、あの女、日清講話条約の策定にも関わった政府高官の妻であったという記録が残っている。年齢としては百五十以上はかたい」


「ババアだ」


 オレは言った。


 条約の年号など覚えていないが若作りなんてレベルではない。百年早いという言葉も限りなく本気だったということか。


「それに類することを本人の前で言うと恐ろしいことになるそうだ。護衛対象の説明で上司から念入りに注意を受けたよ。地球存亡の危機を招くから年齢には触れるな、とね」


「地球存亡?」


 オレは呆れてしまう。


 オヤジがテロリストかどうかとは比べものにならないほどくだらないものが世界の行く末を左右しかねないと真実味を持って語られているのだ。そんな危ないババアだからこそ現状テロリストの息子をヒーローにスカウトするのかもしれないが。


「あの場で我々がピリピリしていたのは正生くんの能力より余計なことを口走りそうになったら絶対に止めなければという緊張があったからだ」


「言っとくんだった」


 オレは苦笑いした。


 地球を滅ぼした男として歴史に名を残すチャンスだったらしい。地球が滅びたら歴史も残らないかもしれないことはさておき。


「冗談でもやめてくれよ。普通の人間はまず会うことのない相手ではあるが、本当にヒーローになれば接点が増える相手だ。地球存亡が大げさでも国家の存亡ぐらいは握られてる」


 相手は本気で言っていた。


「僕が総理になる前に日本がなくなるのは困る」


「またそれか」


 オレは首を振って会話を打ち切った。


 飛行機の座席を倒して寝ることにする。


 男は校長室でオレを取り囲んだ四人のSPのひとりだった。ニュースに関心が低いオレでも知っているぐらい有名な政治家の隠し子で政治家を志して警察に入ったと自己紹介された。


「正生くんとは逆さ」


「逆?」


「父の不正を暴いて政治家としてヒーローになる。SPをやるのは世界のVIPと接する経験が欲しかったからだ。政治家にまず必要なものは度胸だからね。怖じ気づいてはどんな政治的駆け引きも意味を為さない。これは才能よりも経験がものをいう。なにより僕はそれ向きの能力を持ってるからね」


 聞いてもいないことをベラベラ喋る。


 人差し指と親指で輪を作ってその中に入るサイズのものなら半径三十メートル以内で自由に操ることができる能力。いわゆる念力の一種である。確かに銃弾除けにはうってつけだ。


「聞いてない」


 ともあれオレはすぐ男にウンザリした。


 やっと終わるかと思ったところに現れたからだ。


 巫女田カクリと会った日から既に一ヶ月が経っていた。正式にオレの身柄を日本から月暈機関が預かる手続きに時間がかかる、とは聞かされていたが、それは要するに日本がオレの能力をチェックする期間だった。


 病院のように白く、監獄のように窮屈な、どこともわからぬ施設に閉じこめられ医者か刑務官かわからないような人間の指示に従って全身くまなく調べられ言われるままに能力を使って見せる。


 おかげで自分の能力はかなり把握できたが。


「父親が逮捕されたと聞かされたときより顔色が悪いようだね。無理もない」


 男は肩をすくめた。


「人間兵器にされたことを否定しようとする正生くんからすれば、こうして日本の軍事力の一部としてカウントされるのは面白くないだろう」


「軍事力? ヒーローはなんかの国際条約で国家間の紛争解決には関われないとかなんとか……」


 オレはうろ覚えの知識で言った。


「建前はね」


 男はわかってるという風に頷く。


「でも知っているだろう? アメリカもロシアも中国も西欧諸国も、月暈機関に対抗する組織を立ち上げている。今はバラバラになった超銀河連合という共通の脅威があるが、それを払拭さえすれば次は地球が宇宙に進出する時代だ」


「そのときにはヒーローの役目は終わって、ただの兵器に成り下がるってことか」


 ため息しか出ない。


 オヤジのことがなければやる気を失いそうな話である。地球外患誘致もなにもない。地球を滅ぼすのは地球に生まれた人類じゃないか。


「僕が総理になれば変わる」


 そしておかしなことを男は言った。


「は?」


 その名前は覚える気もない。


「友達になってくれないかい?」


 目的はそういうことだった。


 総理大臣にはヒーローの友人が一人か二人はいるべきなのだそうだ。あの日あの場にいてオレの事情を知っているからと、月暈機関へ送り届けたことを確認する役目に立候補したのだそうだが、野心的なの妄想的なのかよくわからない。


「頭おかしい」


 穏健なオレでもそう言う。


「よく言われる。でも、僕以外が異常なんだ」


 男は笑って強引に握手してきた。


「それに政治家を味方につけておく方が正生くんにとっても得だろう? 真実きみの父親が無実でも、政治的圧力抜きでそれを国家に認めさせるのは至難の業だ」


「本気で頭おかしい」


 オレは繰り返した。


「父親のために即座に死を選んだ君に言われるなら誉め言葉だ。それで、返事を聞かせて欲しい。友達になってくれるかい?」


 ものすごい押しの強さだった。


 能力を多少は使いこなすようになったオレにはその乱れのない規則正しい心拍が握った手を通じて伝わっていた。正常に異常なのか、異常に正常なのかはわからない。


 だが自分をまったく疑っていないのはわかる。


「オレがヒーローになったとき、あんたが政治家になってたら、そういうことにしてもいい」


 そう答えるしかなかった。


 政治家と約束なんていいことになる予感ゼロだ。


「見えてきたよ。正生くん」


 揺さぶられて目を覚ます。


「月暈島だ」


「やっとか……」


 心の底から嬉しかった。


 散々待たされたが、ようやくヒーローへの入口へ到着する。オヤジを救う。もちろん地球も守る。そう思うとシンプルに力が漲ってくるのがわかった。


 それに少なくとも隣の男とはおさらばできる。


 窓から月暈島の全景は見えない。


 政府の用意したチャーター機は島をぐるりと旋回して西側の海上にある滑走路へと向かっている。開発されたその辺りには少し古めかしい高層ビル群があり、かつて栄えていたことを忍ばせていた。


 一ヶ月の間に勉強もさせられている。


 戦前に知られていた小笠原諸島のさらに南にあり、大きさで言えば四国に匹敵する火山島。かぐや姫の末裔たちによって海流と天候、そして不可視化の技術を用いてその存在を隠され続けてきた。


 地球にやってきた宇宙人を保護してきた土地。


 宇宙からの来訪者たちを地球人に知られることなく出迎える。そのために用意された島なのだと言う。侵略者ならば追い出し、帰るべき星があるのならその帰還を手助けし、それが困難ならば受け入れる。


 地球人のだれが頼んだというものでもないが公になる前の月暈機関はこの島を地球上の拠点として最盛期には数百万人の宇宙人を住まわせていた。もう宇宙人たちの国と言ってもいいぐらいだが、彼らが国家を宣言したことはない。


 戦後はその呼びかけによってはじまった地球防衛連盟の宇宙エレベーターおよび月面都市計画にその進んだ文明と技術を提供することで地球人の敵ではないことをアピールし、月暈に侵攻を阻まれこの銀河系で分裂と内紛を繰り返している元超銀河連合に属していた宇宙人たちと地球側の交渉との橋渡しを担っている。


 宇宙平和。


 ヒーローを連盟加盟国に派遣するのも侵略宇宙人から地球人を守るためであり、宇宙人と共生できる時代を築くためだということは公にされている。もちろんオレを含めて多くの地球人類がそれを素直に信じちゃいない。月暈機関の立ち回り方は戦略的に見えるし、そんな美辞麗句を額面通りには受け取れるものでもないからだ。


 それでも現実として月軌道の防衛ラインを小さな規模であることですり抜け、地球上で侵略をはじめようとする宇宙人に対処する力としてのヒーローが必要とされているのは間違いない。


 毒を以て毒を制す、だ。


 オレが得た能力もそうだが、個人で発揮される力が大きすぎて警察や軍隊では対処しきれないレベルに達している。いちいち原爆を落として消し飛ばせば解決などというのでは地球がもたない。


 ヒーローは管理の必要な危険物なのだ。


 飛行機は滑走路に着陸し、静かに止まる。


 オレは手ぶらで席を立つ。


 島への荷物の持ち込みは金を含めて機関のチェックが入るということで先に送っていた。身体ひとつ、着ている衣服もどんな格好が適当かわからない上、そのために買うのもバカバカしかったので、おそらく戻ることのない高校のブレザーの予備である。無礼に見えなければいい。


 どうせ待っているのは戦いの日々なのだ。


「見送りはここまでだ」


 タラップの手前で男が言った。


「ヒーローになってくれよ。日本のためにはもちろん、僕たちの未来のために」


「言い回しが気持ち悪い」


 首を振った。


「ヒーローにはなる。まずオレ自身のために」


 言うべきことはそれだけだ。


 オヤジの死刑回避が目的のオレに正義などない。


 滑走路に吹く海風を感じながら背中に手を振る。再会する可能性は低い。ヒーローになったとしても、日本に敵が現れオレが派遣されて男がその近くにいなければ会うこともない。


 ありえない確率だ。


 吹き流しのようにネクタイが泳ぐのを押さえながらタラップの階段を降りていく視線の先、滑走路上にこちらを見上げるスーツ姿の女性がいた。オレは少し緊張する。


 ピリッと肌に刺さる感覚。


 普通の人間ではない気配だった。


「月暈島にようこそ!」


 強い風を気にしてか大きな第一声だった。


「お待ちしていました! 全先正生さん!」


「どうも!」


 つられてこちらの声も大きくなる。


 海上の滑走路はともかく風がビュービューと吹き荒れていてとても挨拶などしていられる場所ではなかったが、女性には関係ないようだった。


「島役場の住民課! 中村千代と申します! 本日は全先さんの島への転入手続きを担当させていただきます! よろしくお願いします!」


 ショートカットの髪が暴れるのもまったく気にする様子もなく、生真面目な顔で名刺まで差し出してくる。悪い人ではなさそうだ。


 けれども、ジャケットも膝丈のスカートも身体のラインをくっきりと出すように張り付いていてなんだか目のやり場にも困る。


「ご丁寧に!」


 オレは言った。


「場所、変えませんか!?」


 滑走路の向こうには空港らしき建物が見える。


「なんですか!?」


 だがオレの声は聞こえなかったらしい。


「場所を! 変えましょう!」


「芭蕉!? はい! 忍者ですが!?」


 オレが中村さんの声を結構聞き取れているのは能力によって強化された肉体のせいなのかもしれないが、それにしても聞き間違いが酷い。


 どういう文脈で松尾芭蕉が出てくるのだ。


「場所!」


「バショ!? はい! こちらの高校も中間試験間近なので皆さんバショタージュなされていると思いますが!?」


「はい!?」


 なにを言っているのか本気でわからない。


 中間試験?


「移動しましょう!」


 オレはさらに声を張り上げた。


 どうやら聞き間違いというより意味を取り違えられているようなのでこちらで言葉を変える。バショという単語がよくないようだ。


「ここじゃ落ち着いて話もできない!」


「ホテルへ!? いいえ! 出会ったばかりで困ります!? そんな軽い女じゃありません!? 私まだ二十三歳で結婚も焦ってません!?」


「なにを言ってんだ!?」


 初対面の相手にキレたくはなかった。


「誘ってるんですよね!?」


「なにしにこの島に来たと思ってんだ!?」


「十六歳は子供ですよ!」


「バカ女!」


 さすがにイライラしてくる。


「バカですけど! はい! それがなにか!?」


 埒が空かない。


「ともかく行くぞ!」


 少々強引だと思ったがオレは女の腕を掴んで引っ張ろうとした。特に力を込めた訳ではない。この一ヶ月の間に日常生活で能力を使って周辺のものを壊したりはしない力加減は身につけた。


 だが。


「やめてください!」


 その手を逆に取られてオレが投げられていた。軽々と頭上を越え、遠心力のままに放り出されて滑走路脇の芝生まで二十メートル近く飛ぶ。


 見送る男の顔が青ざめているのが見えた。


 上陸から幸先が悪い。


「くっそ、油断した」


 戦いの日々はもうはじまっているのだ。


 カツン、と滑走路を蹴る音。


「っく!」


 オレの身体が反射的に跳ね起きた。


 油断を悔やむ余裕はない。


「女の敵ィイッ!」


 中村はまだやる気だ。


 投げ飛ばされたオレの頭があった位置に跳び蹴りが突き刺さる。芝生の地面が引き裂かれるように割れ、土の下の無骨な建築物が露出した。


 完全に頭をかち割るつもりの攻撃。


「よけないでくださいィイ!」


 そして間髪入れず、続けざまに蹴りを繰り出してくる。どれも鋭くまっすぐな軌道で、頭、心臓、股間と容赦のない急所狙いが連発。


 一発一発が本気すぎる。


「誤解っ……だッ!」


 オレは間一髪で飛び退きながら言う。


「話を! 聞けって!」


 似たタイプの能力だ。


 オレの三種の心器と同様に身体能力そのものを強化している。問題はどれだけ強化されているか。それを把握できないとこの状況は厄介だ。


 応戦しようにも力加減がわからない。


「問答無用です!」


「いや、問答しろ!」


 風の吹きすさぶ滑走路上で乗ってきたチャーター機の周囲をオレは中村のキックをかわしながら逃げる。どうすればいいのか。


 殴り飛ばしていいのか?


「手を掴もうとしたのは悪かった!」


 気が進まないのでとりあえず謝る。


「初対面で強引だった!」


 こちらにも非はあった。


「謝っても遅いです! はい! 反省の気持ちがあるのなら大人しく仕留められてください!」


 中村は真顔で言った。


「ッ! 無茶苦茶ッ、言うな!」


 調子が出ない。


「なにもしてないのに仕留められてたまるか!」


 履いてきた普通のローファーが壊れない程度の速度、それでも一歩で十メートル前後はバックステップしているはずだが、中村のの蹴りは追いつく勢いで伸びてきた。


「それが反省してないのです! はい! 男の身勝手な論理を女に押しつけないでください!」


 会話にならない。


 鋭さを増し、鼻先や頬を掠め、ブレザーのジャケットを切り裂き、金玉を冷や冷やさせる。強化された肉体もさることながら、その強化に耐える低いヒールの靴が尋常ではない。


 戦うための装備だ。


 打点を絞り込み破壊力を上げている。


「男も女も関係ねーよ!」


 オレは躊躇っていた。


 動きは見えている。中村が全力を出しているかはわからないが、このスピードならバリエーション豊富なキックの嵐をかいくぐり、カウンターを決めること自体は難しくなさそうだ。


 相手も仕留める気で来ている。


 説得も試みた。


 やり返して文句を言われる筋合いなどない。もちろん女だから殴れないなんてこともない。だが、現実、見た目は普通に役所に勤めてそうな中村に拳をたたき込めるかというと恐怖がある。


 巫女田カクリのときは能力に無自覚だった。


 分厚いコンクリートの塊を粉々に砕いた。


 太い鉄骨を真っ二つにへし折った。


 特殊な合金をぐにゃりと大きく凹ませた。


 一ヶ月にわたる実験の結果を目の当たりにして自分が本当に人間兵器にされかけたと自覚している。オヤジの意図がどうあれ、オレの気持ちがどうあれ、この一ヶ月、日本で限界を計ろうとして限界のわからなかったオレの能力だ。常人ではないとはいえ敵でもない人間にぶつけていいものかこの土壇場になって迷っている。


 情けない。


「はい! 隙アリィイ!」


 中村がテンポを上げた。


 突き出すことに特化しているかに見えたキックが鞭のようにしなって、よけたオレの首を引っかけて滑走路へはたき込む。


「がぐ」


 頭を打ち付け、身体がバウンドする。


「観念してください! はい! 私に負ける程度ならヒーローになどなれないのですから!」


 言いながら中村は素早く前方宙返りを決め、その勢いのままのヒールをオレの眉間めがけて正確に落としてくる。強化された肉体、加速度、遠心力、頭蓋が砕け散るイメージが脳裏を過ぎった。


「正論だ」


 オレはつぶやく。


 なにをおいてもヒーローとは勝利者のことだ。


 ガキン。


 金属の味。


「な」


 中村は空中で動きを止めている。


 オレは両手両足を滑走路に向け、ブリッジの体勢で首を伸ばし、振り下ろされたヒールを歯で食い止めた。文字通り。


「んんぎ!」


 そして噛み砕く。


「勝ち方を悩んでただけだ」


 ヒールを吐き出してオレは起きあがる。


 滑走路に吹き抜ける風が心地いい。


 勝たなきゃいけない。力を振るうことに恐怖するのはその気持ちが足りないからだ。そしてこちらのパワーが相手を上回るのなら、それを見せつけて戦意を挫けばいい。なにも殴り飛ばすだけが能力の使い方ではないはずだ。


「まだやるか?」


 オレは勝利を宣言する。


「わかりました。いいえ。私の負けです。ホテルでなり野外でなり好きにしてください」


 どうも相手には伝わらなかったが。


「だから、中村さん。オレは」


「千代! 仕事サボってなにやってんの!」


 オレの言葉をかき消す大声が空から降ってくる。見上げると大きな翼を広げたものが、こちらに向かって急降下してきていた。


「とり?」


 逆光でシルエット気味の姿だったが、それは田舎でよく見かけるとんびのような大きな鳥によく似ていた。


「か、かか課長!?」


 中村の表情が固まって、直後ばたばたと逃げだそうとしたがヒールを砕いた片足でつんのめる。そこに急降下してきた鳥が開いていた爪にハンガーに吊されるように浚われていった。


「このバカ娘! バカ娘!」


 空中で鳥が中村の頭をつついている。


「すみません課長ぅう! いいえ! でも悪いのは私が女として魅力的過ぎるからでぇぇ!」


 どんな受け答えだ。


「その自意識過剰と早とちりをいい加減になんとかしなさい! それだから千代はチームを組んでくれる相手もいないのよ!」


 鳥はさらに上空に上がって説教をはじめていた


。さすがに強化されたオレの耳でもよく聞き取れなくなる。


「鳥課長?」


 なんか焼鳥屋の名前みたいだな。

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