第3話 ランキング

 グルグルと空を巡りながらの説教は五分ほどで終わったらしく、部下は空中に放り出され結構な勢いで滑走路に落っことされる。


 高度は数百メートルあっただろう。


「ごめんなさぁああああいぃぃぃいい!」


 普通に殺す気の罰だが中村は頭から地面に激突しそうなところを慣れた様子で前回り受け身で着地である。ケロリと立ち上がってこちらに頭を下げてきた。


「全先さん、大変失礼いたしました!」


 そう言うと靴を脱ぎ、裸足で建物へ駆け足。


「……いえ、お気になさらず」


 オレの方はヒールを噛み砕いてもうスッキリしていたが、よほどのクレーマーでもパラシュートなし自由落下の後になにかさらに要求する気にはならないだろう。


 そして鳥課長が風を切って降りてきた。


「到着早々悪かったね」


 鋭い角度から翼を切り返して速度を落とすと、そのままオレの肩に鋭い爪のある脚で乗っかってくる。飛んでいる時点で大きいとは思ったが、かなり見上げないと頭が視界に入らない巨鳥だ。


「常識は通用しないみたいで」


 オレは言う。


 まず肩に留まるのが初対面で部下の失態を謝罪する上司として妥当な距離感なのかとか、いきなり普通の鳥みたいに翼をクチバシで整えて他人の頭に羽を散らせていいのかとか。


「この島の特性を早速理解したようでなによりだね。ヒトもモノも一筋縄ではいかないよ。地球の常識を超えた能力を持つからにはその行動も常識を超える。千代のアレは間抜け方向にだけどね」


 鳥課長はクワと口を開けて笑う。


 表情は読めないが。


 黄色いクチバシは体のサイズほどには大きくない。鋭さよりも丸みを帯びてクリっとした目と相まって親しみやすそうな顔立ちだ。


 目の回りはアイラインでも入れたみたいな黒褐色。羽は全体的にブラウンだが翼を縁取るように色が濃い部分もあり、翼の先には白い模様もある。尾羽は長く中央が三角に切れ込んでいるのは魚の尾鰭っぽいかもしれない。


「月暈島役場住民課課長、須賀ヤタラ」


 そして名乗った。


「案内はアタシがさせてもらうよ」


「全先正生です。どうも」


 なんで鳥が喋ってるんだろう。


 最大の疑問点だったが常識が通用しないところでは非常識とも言えず、こちらから聞いてまた相手を怒らせても面倒なのでスルーする。声の感じは女性なんだが性別を尋ねていいものか。


「あの建物に向かえば?」


 オレは滑走路脇のガラス張りの建物を指さす。


「そうだね」


 鳥はコクと頷いた。


 肩に乗ったままオレが移動するのか。


「あそこは空港と役場それに病院や警察、消防なんかも兼ね備える島の中心施設だよ。公務員になると大体がここに勤めることになるね」


「公務員」


 オレはつぶやく。


 日本からかなり離れた絶海の孤島に来たはずだが妙に生活感の染み着いた言葉だ。ヒーローは職業なんだろうかとふと思う。


 近くにあるように見えていた建物だったが歩いてみると距離は割と離れていた。歩いている間に背後で乗ってきたチャーター機が離陸できるぐらいだった。遠近感が軽く狂っているのだと気づいたのは自動ドアのデカさを目の前にしたときだ。


「なんだこれ」


 人と鳥が通るだけなのに三十メートル近いガラスの扉が動いたのである。遠目には低層のこじんまりとした建物だと思ったのだがすべてが大降りに作られていた。


「大きい者もいるからね」


 鳥は驚いているオレに満足そうだった。


「あ……ああ、そういうこと」


 言われてやっと理解できた。


 人間のサイズも常識を越えている。


 地球人類より遙かに大きな宇宙人がいることは想像に難くなく、それを敵として戦うことを考えれば同じぐらいのサイズの存在は必要だろう。中村がそういうタイプでなくて良かった。


 さすがに踏みつぶされただろう。


 建物内部もそういう目線で見るとだだっ広いのではなく色んなサイズの人間に対応しているのだとわかった。知らずに見れば巨大なオブジェめいたものも確かに巨人の椅子だろう。そして色んな人が実際に働いているようだった。


「地球人類サイズの窓口はあちらだよ」


 鳥が大きな翼を手のようにして方向を指示する。オレは素直にそれに従った。色々と気になるものが視界には入っていたが一々説明を求めていては進めそうにないからだ。


 それでも気になることのひとつぐらい。


「あの、スガさん」


 オレは鳥を見上げて言う。


「ヤタラでいいよ」


 即座にそう答えられた。


「ヤタラさん」


 声の質感も外見年齢もさっぱりわからないが、おばちゃんと言うよりはおばあちゃんな雰囲気を漂わせるので呼び捨てはちょっと気が引ける。


「巫女田カクリって知ってますか?」


「そりゃあね」


 鳥は頷く。


「……あの、機関の理事らしいからそりゃそうでしょうけど、かぐや姫の末裔だっていうのは本当の話なんですかね? つまり宇宙人の」


「アタシもそうだよ」


 オレの質問を途中で遮って鳥は言った。


「宇宙人?」


 というより宇宙鳥か。


「かぐや姫の末裔だね。あの婆さんほど血統としては本家よりじゃない血筋だけれど」


 ヤタラさんにヒトっぽさを感じた。


 島の外で聞いたなら冗談の類にしか聞こえなかっただろうが、喋る鳥に言い出されると奇妙な実感がある。姿形は関係なくなっているのだ。


「多いんですか、末裔」


 オレはさらに尋ねた。


「多いよ。地球上で千年以上、地球人はもとより、この島にやってきた宇宙人とも多く交わって子孫を残してる。かぐや姫が地球に来た理由と目的がなんだか知ってるかい?」


「いえ。竹取物語では罪人でしたっけ?」


 うろ覚えだが。


「罪と言えば罪だね」


 ヤタラさんは頷く。


「故郷の星を滅ぼしたんだよ」


「滅ぼした?」


 オレは驚いて言った。


「かぐや姫本人がじゃなく、その星の人々がだがね。それで脱出挺で生存できる星を求めて地球に飛ばされた赤子という話だよ」


「じゃあ」


 色々なことが腑に落ちる。


 月暈機関の胡散臭さの根源は、彼らが宇宙人そのものだろうに特に理由も明らかにせず地球人の味方をしようとしていることだからだ。


「滅びた星の遺伝子を受け継いでいくこと、それが目的だろうね。組織を作り地球を守るのもその一環だろうよ。ま、アタシのような人型でもない子孫にはそこまでの意識はないけれどもね」


「なるほど」


 信じるかはともかく筋は通る。


「やれやれ。それにしても、あのカクリ婆さんに会って正生は大丈夫だったのかい? かなり搾り取られたんじゃないかね」


 ヤタラさんは翼を広げ、伸びをする。


「そんな、ちょっと血みどろでしたが」


「最近はそういう趣向に目覚めたのかね? あの婆さんはまったく若いよ。SMだなんて」


「SM?」


「子作りさせられたんだろ?」


「まさか」


「まさかね」


 オレと鳥は見つめ合って立ち止まる。


 産めよ増やせよ。


 妊娠する度にあらゆる身体能力が倍になり若返る。ジェネシスと名付けられた巫女田カクリの能力は月暈機関が把握する中でも最強と目されるもののひとつだそうだ。


「なんつー……」


 聞かされて困る感。


「確認できているだけでもあの婆さんの子供は百人を超えているよ。本人は五百人以上産んだと豪語してるけどね」


 ヤタラさんは両方の翼を広げお手上げのポーズをとる。それはそうだろう。妊娠出産の周期が地球人類と同じなら毎年子供を産んでたとしても五百年以上である。


 なにより。


「相手はだれでもいいのか」


 オレは思わず言う。


「逆だね。能力の発動条件が違う相手であることだと噂されているよ。女としては哀しい宿命を背負ってるのかもしれないね」


 ヤタラさんは目を閉じ、首を振る。


「いや、男を生け贄に不死身と化してるようにしか聞こえない。魔女か妖怪かなんかだ」


 恐ろしくて身震いしかない。


 能力のためだとしても、いつも子作りしてると思われる程度には男を取っ替え引っ替えしてるってことだろう。そして年齢の話がタブーなのも無理もないことである。強くなるには相手が必要であり、どれだけ相手の歳を気にしない男で見た目がそれほどでもなくとも五百歳オーバーだと聞かされてたらドン引きだからだ。


 宇宙平和が目的でも手段は選びたい。


「別に相手の命を吸うとかじゃないはずだよ」


「生け贄は否定しないんだ」


 魔女も妖怪も。


「歳を取ると妊娠も大変だからね」


 そんなことを話している間に中村の待つ住民課の窓口に到着した。いくつかの部署がまとまっているようでカウンターの向こうに忙しそうに働く人々がいる。人間サイズの椅子が用意されていてそこに座るように促される。


「準備は出来てるね」


 ヤタラさんはオレの肩から机に飛び降りた。


「それは。はい。もちろん」


 中村はそう言うと受付カウンターの上に物を並べていく。


 スマホのようなもの、ビニール袋に入った白い服、箱に入った白い靴、スクールバックっぽい形の鞄、さらに教科書らしき書籍の束。


 支給品なんだろうか。


「確認だけど正生はこの島でヒーローを目指すってことでいいんだね?」


 ヤタラさんはピョンピョン跳ねてオレの前に移動してくるとジッとこちらの目を見つめてくる。さっきまでの冗談めいた気軽さは消えていた。


「はい」


 オレは頷く。


「正生の事情は聞いてるよ」


 翼で頭を掻きながらヤタラさんは言う。


「それでもアタシはあんまりオススメしないね。キツいし報われないし、つぶしがきかない。島の外じゃ人間兵器と呼ばれるような能力でもここなら穏やかに暮らすこともできるよ。辞めたくなったらいつでも住民課に来てくれればいい。最初にそれだけは言っておくからね」


「ご親切にどうも」


 厳しい道のりになるのだろう。


 ヒーローはほぼ全地球をカバーしている地球防衛連盟加盟国に機関が派遣し、独自の判断で戦うことを許される超法規的存在だ。それだけの特権を与えるからにはなるのが容易でないことは簡単に想像がつく。


「ヒーローになる条件はふたつ」


 ヤタラさんは翼で器用にピースした。


「この島でヒーローを目指すおよそ三千人が競うランキングで一位を取ること、その一位の座を一年間キープすることだよ」


「意外とシンプルだ」


 オレは言った。


「シンプルにだれもが認める強さがなきゃ地球のために戦ってもらう訳にはいかないってだけさ。弱いヒーローを送り出して万が一にも負けてもらっちゃ機関の信用と地球の平和に関わるからね」


「なるほど」


 絶対的な強さが求められている訳だ。


 潜在的に多くの火種を抱えている地球が戦後それなりに落ち着いているのはヒーローという巨大な抑止力のおかげだ、とは世間でも言われている。その敗北は許されないのだろう。


「納得してもらったところで、ランキングの説明に入る前にまずはヒロポンを起動してもらおうかね。これがないと島の生活もはじまらない」


「ヒロポン?」


 なんのことだ?


「そこのスマホだよ。ヒーローフォン、ヒロポンだね。まさか日本に暮らしていて持っていなかった訳じゃないだろう?」


 ヤタラさんがクチバシでコツコツとつつく。


「いきなり略称で言われても」


 まずそのネーミング大丈夫なのか?


 オレは机の上の機械を手に取ろうとする。


「そこだ!」


 ヤタラさんが叫んだ。


「え……っぎゃあああっ!」


 そしてオレも思わず絶叫した。薄い長方形のヒロポンを掴もうした手を大きく頭を振りかぶったクチバシがグッサリと貫いていた。


 血飛沫が飛び散る。


「っ痛って、なにすんだいきなり」 


 とっさに鳥の頭を引っこ抜く。


「本当にすぐ回復するんだね」


 鳥は羽根でクチバシの血を拭いながら言った。


「どういうつもりで」


 確かに掌のど真ん中に空いた穴は塞がりはじめていたが、回復するだけで痛くない訳ではない。上司の様子を見ていた中村も目を丸くしている。誤解の結果の戦闘よりよほど酷い仕打ちだ。


「そりゃヒロポンを起動させるためさ」


「は?」


 鳥の言い分に苛立ちを覚えながらその視線の先を見ると、確かにスマホの画面は明るく発光していた。特にスイッチを押した感じはない。


「精密機械とある術式の融合でね。使用者の血液を認証すると同時に起動するんだよ。他人には使えなくなるし、使用者からエネルギーを取るから充電も不要、使用者が死なない限りは壊れてもデータから本体から自動修復してくれるからね」


「そりゃ便利だ」


 オレは皮肉っぽく言う。


「大量に出血させる必要は?」


「アタシが正生の能力を見たかったからね」


 悪びれるようすもなく鳥は答えた。


「言ってくれりゃ見せますが」


 部下が部下なら上司は上司だ。


「不満そうだけど、それは油断だよ」


「え?」


「ヒーローは常に敵から狙われるからね。その意識があればアタシのクチバシぐらい軽く避けられたはずだよ。中村にも投げられてたね。まだ正生はヒーローに相応しくないという証拠さ」


 ヤタラは喉奥で笑うように鳴く。


「むう……」


 明らかに誤魔化されてるが反論できない。


「ランキングで一位になり、それを一年守り通すということはどんなに油断しても絶対に勝てるような強さを身につけるか、油断を徹底的に排除して隙のない強さを身につけるか、どちらかしかないね。中村、血を拭いておあげ」


「はい。課長」


「それで、ランキングってのは」


 カウンターの向こうから事前に準備してたらしい濡れタオルを持った中村が出てきて「失礼します」と言いながらオレの手を拭う。


 予定通りってことだ。


「不利や危機は強くなっても巡り会う。動じないってのは大事なことだよ。その点、正生は落ち着いているようで素質はあるね」


 ヤタラは言った。


「フォローは別にいいです」


 ともかくオレは早く本当に強くなりたい。


「ランキングは順位の奪い合いだよ」


 ヤタラは言った。


「上位に勝てばそれを奪える。下位に負ければ奪われる。そして順位は入れ替わりだね。仮に最下位が一位に勝利すれば一位は最下位に転落するという簡単な仕組みだ」


「なんか大雑把な感じがするけど」


 オレは首を傾げる。


「一位になるのがヒーローの条件なら、それだと全員が一位を狙うだけで間の順位はまったく意味ないんじゃないの?」


「そうでもないさ」


 こちらの疑問はわかっていたという風にヤタラはクチバシを開く。なんだかその仕草はちょっとバカにされている感があった。


「同じように一位を狙う三千人をどう出し抜いて戦うか、そこに戦略が生まれるんだよ」


「戦略?」


「そうさ。ヒーローたるものバカでは困るよ」


 オレを見てヤタラは翼で自分の頭を指す。


「それを説明する前に、まず戦い方と勝敗の決定法を教えておこうかね。千代」


「はい。こちらになります」


 上司に促され、スマホの血を拭いていた中村はパチンと指をならす。すると椅子に座るオレとカウンター上の鳥との空間に投影するスクリーンが広がった。


「おお」


 オレはちょっと喜ぶ。


 存在は知っていた。けれども小型化にコストがかかるらしく一般にはあまり普及してない技術だ。透けているようで焦点を合わせると透けていない。不思議な感覚がある。


「島での戦いは実戦形式で行われます」


 中村が喋るとスクリーン上に三頭身にデフォルメされたCGの男が現れる。見た瞬間にイラっとするデザイン。短髪が重力に逆らって尖っていて目つきが悪く、さらに頭の悪そうな顔をした。


「……オレか」


 特徴をよく捉えてるじゃないか。


 ムカつくほど。


「はい。どうでしょうか?」


 中村はちょっと照れた様子だった。


 どうやら上手くできたと思っているらしい。


「千代はこういうのが得意なんだよ」


「どうもありがとう」


「どういたしまして!」


 皮肉がまったく通じない。


「話を戻しますね。実戦形式というのはつまりヒーローが侵略宇宙人と戦う場合と同じ状態を想定したものだということです」


 中村が説明を進めていくとスクリーン上のCGのオレの回りに大勢の三頭身が現れた。それぞれがしっかりと顔を作られている辺り他の島の住人に似せているのだろうとわかる。


「あらゆる武器の使用が認められますし」


 そう言うと四方八方から剣だの銃だの爆弾だの光線だのが集中砲火されてCGオレはバラバラのボロボロにされた。スプラッターである。


 かなり酷い。


「場所や時間に島内であればほぼ自由ですし」


 寝ているところ、トイレに入っているところ、学校で勉強しているところ、のっぺらぼうのCG女とデートらしきことをしているところ、次々と現れるシーンが次々に爆破されていく。


 新手の嫌がらせか。


「戦いに持ち込むための脅迫や人質と言った策略にも制限はありません。これは現実に敵が行ってくる可能性のあることに対応する力を養うためには実際に敵の立場になることも必要だという考え方からです」


 CG女が黒い人影CGに捕まり刃物をつきつけられていてCGオレが膝を屈するイメージ映像が展開されている。オレに恋人がいた試しがないのでややバカにされてる感がある。


 被害妄想か。


「要はルール無用なんだな」


 オレはそう理解した。


「いいえ。ルールはあります」


 中村は首を振った。


「意図的に命を奪わない、だよ」


 ヤタラが頷いて言う。


「課長。はい。他に細かいルールもありますが、重要なことはそれですね。ヒーローは敵を倒すことが常に優先事項になりますが、同時に多くの場合は生け捕りがより推奨されます。その意味で必要のない殺害は認められません」


 CGオレが邪悪な顔をして黒い人影CGをバラバラに引きちぎると即座に捕縛されて牢屋送りになった。常に悪い例にされる。


 もういい加減に気分が悪い。


「事故は仕方がありません。実力が拮抗していて互いが譲れない戦いをしているとなれば実戦形式である以上は残念ながら死亡事故の発生をゼロにすることは不可能でしょう」


 再びパチンと指を鳴らして中村はスクリーンを消す。これだけの説明のためにわざわざこの映像を作ったのだろうか。


「それでもヒーローになろうという目的があるのなら、殺さないことはもちろん、死なないように退く勇気も必要になってきます」


「死なないように」


 なんだか力チンとくる言い方だ。


 どうもオレは負ける前提で話をされてる気がする。戦闘経験は確かにないのでオレ自身、自分の実力をどう判断すべきかわからないのは確かだが、別に弱いつもりはない。


 思わず中村を睨んでしまう。


「いいえ。そういうつもりではなく」


「正生みたいな能力は死にやすいんだよ」


 見かねてヤタラがクチバシを挟んできた。


「どういう意味で?」


「その。はい。勝敗の決定方法が三つあるのですが、全先さんのような性格、いいえ。悪い意味ではなくヒーローとしてはむしろ良いのですが」


 中村はスーツのポケットからハンカチを出して額の汗を拭った。ちょっと睨んだだけのつもりだったが、既に戦っているので恐怖させたのだろうか。


「気を使わなくていいから先に進めて」


 フォローはしておこう。


「は、はい。一つ目はノックアウト、KOです。これは戦闘中に相手が気絶した場合、自分のヒロポンを相手に触れさせた状態で一分間保持すると勝利が確定します」


「うん」


 そういう使い方もするのか。


「二つ目はサレンダー、降参です。戦闘中にヒロポンで宣言することができます。降参、という気持ちで画面をタップすると術式が発動し、役場のサレンダー部屋に転移して戦闘は終了となります。説明が前後しましたが島内の公共施設は基本的に戦闘禁止エリアであり、他の戦闘に巻き込まれそうな場合の避難所もかねています」


「なるほど」


 オレは頷く。


「三つ目がジャッジ、判定です。戦いが極端な長時間になったり、戦う両者の消耗が激しいときなどに担当者の判断で勝敗を決して強制的に戦闘を終了させます。あ、島では全域をカバーして記録する無数の監視カメラとさらに複数の能力によりあらゆる戦闘がモニターされていますので」


「わかった」


 オレは理解する。


「回復能力があって気絶しにくく、自ら降参する性格でもないから戦いが長引いて、判定が下るまでに事故が起きやすくなると言いたいわけだ」


「全先さん。はい。その通りです。偉いです」


「……」


 中村に悪気はないんだろうが確実にバカだと思われている。カウンターの上のヤタラもなんだか慈しむような視線を送ってきていた。なんというか、デキの悪い息子がテストで赤点を回避したのを喜ぶような雰囲気がある。


 オヤジとの実体験だこれ。

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