第16話遭遇

「はぁはぁ…なんだよ、あいつ…」

俺は廊下を走りながら先ほどの光景を思い出していた。

突如体育教師をかみ殺した謎の男。

そいつが校舎の中に、いる。

「俺はこんな非日常、求めてねぇっての…」

命が脅かされるほどの非日常は、本当に勘弁だ。

俺はただロックを聞いて、ちょっと面白おかしい人生を送りたいだけだってのに。

「はぁはぁ…って、俺が言っても説得力ねぇか…」

数日前、妹を食ってしまった俺が言ってもなんとも説得力のないことか。

それに妹の復活劇を見てしまっている、もはや普通の日常に戻れる気すらしない。

いや、もしかしたらこれが夢で、本当の俺はまだベッドでぐっすりなのかもしれない。

なんて甘い妄想を抱きながら階段の踊り場にたどり着いた刹那。

「…ヤバ」

「ぐちゅ…ぐりゅう…ふしゅぅ…」

階下に広がるのは、赤い海。

その中心で、赤に塗れた男。

その周りには二人の教師が転がっていた。

「…マジ、かよ…」

鼻を貫く異臭、それがこの現場の惨状を物語っている。

あの二人は、もう死んでいる、人の腹の中のどうしようもない匂いに満ちているのだから。

「ぐるる…」

男はまるで獣のようなうめき声とともに、こちらを向いた。

赤く染まった口元から覗く鋭い牙、焦点の定まらないうつろな瞳、力の抜けたようなだらりとした腕。

そのどれもが、彼を人として認識することを拒んでいる。

あの男は人ではない、化け物だ。

「…逃げるか」

俺の頭は、なぜかクールだった。

こんな非日常を目の当たりにして、まだ頭がうまく働いている。

理性に従い俺は後退し、美術室などがある特別棟へと急ぐ。

教室にはまだ何も知らない奴らがいる、ここで騒ぎになっては逃げにくい、そう判断したからだ。

だが、俺が一歩を踏み出した瞬間だった。

「がるぁぁぁぁ!」

ライオンのような咆哮とともに、化け物はこちらにとびかかってきたのだ。

何とかそれを避け、俺は急いで足を回す。

クールな理性と、どうしようもなく叫ぶ本能、その二つがかみ合い俺の足は今までにないほどうまくかみ合っていた。

「はぁはぁ…クソ…なんで俺が…!」

そう悪態づくが、奴は止まってくれない。

ここで止まれば、それすなわち死だ。

化物は今なお俺の背にぴったりとくっついてくる。

獣のように地面を四つ足でけりながら走ってくる様は俺の中の恐怖を刺激した。

「はぁはぁ…このままじゃ…追いつかれる…!」

いくら俺の足が今まで以上の働きをしようが、しょせんもともとのスペックは低い。

早くも限界が近づいてき、びりびりとした痛みを送り込んでいた。

足がもつれ、細胞の一つ一つが止まれと叫んでいるよう。

けれど止まれば死ぬ、本能と細胞の喧嘩がおさまらない。

「ほんと…なんで俺がこんなことに…!こんな非日常…求めてねぇっての!」

俺はその言葉とともに、手近の開いている窓の縁に足を駆け、そこから大ジャンプ!

ここは3回、もし失敗しても大ダメージにはならないだろうと判断してのことだ。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」

けれど、想像と現実はあまりにもかけ離れていた。

身体が一瞬宙に浮き、そのまま重力に引きずられる不快感。

ものすごい速度で地面が近づく恐怖。

もし失敗したらという恐れが、3秒という短い時間の中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、俺に襲い掛かってきた。

「はぁはぁ…あっぶねぇ…」

だが、俺は恐怖に打ち勝てたようだ、たまたまだが。

運よく花壇の上に着地、衝撃は少なく今すぐにでも動ける状態だ。

ちらりと階上を仰いだが、奴が降ってくる気配はない。

ためらっているのか、それとも見逃してくれたのか、どちらにしろ今しかない。

「待ってろ、加賀美…今、兄ちゃんがいくからな…」

校舎に入ってからものの数分であいつは二人も教師を殺した。

その狂気的な殺人能力は半端じゃないことは素人目でもわかる。

だから俺は、走る。

危険が、加賀美に襲い掛からないように。


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終末インティファーダ 木根間鉄男 @light4365

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