第13話崩壊前夜
「う~ん!夜風が気持ちいい~!」
「あぁ、確かにな。気持ちいい」
世間の事など忘れたライブハウスから飛び出した俺たち二人。
ライブの熱気にあてられた体に爽やかに吹き抜ける夜風が心地よい。
「天国なんて行きたくないって言ってたけど、ライブ自体天国だったんだよねぇ。また行きたい!」
「あぁ、また絶対行こうな。けど、今度は別のバンドも行ってみたいよな?」
「うんうん!何がいいかな?」
「キュウソとかヒスパニ、あとアルカラとかどうよ?」
「あ!いいね!キュウソとか絶対楽しそう!ヤバTも行ってみたいよね!」
なんて話しながら夜の街へと俺たちは歩を進めていく。
「いやぁ…ほんと、今日は楽しかったよ、朝露さん、ありがとう」
「あ、あの…朝日君…」
「ん?なんだ?」
と、朝露さんは俯いてもじもじとしている。
どうしたのだろうか、トイレだろうか。
「えっとね…一つ、お願いがあるんだけど…いい、かな?」
「…」
上目遣いの彼女の視線が俺にずきりと刺さった。
まるで捨てられそうな子犬みたいで、俺の心を揺さぶる。
「あのね…朝日君と私って、もう友達だよね?」
「あぁ、そうだな。一緒にライブも行ったんだし」
「じゃあさ…私のこと、名前で呼んでほしいな…」
「え…!?」
俺は女の子のことなんて加賀美以外名前で呼んだことがない。
けど、彼女は俺の唯一のロック友達だ、ここでお願いを聞いておかなければ…
「だ、ダメ…かな…?」
ダメ押しするかのように瞳を潤ませる朝露さん。
その弱々しい瞳に推されて俺は口を開いた。
「えっと…と…永遠…さん…」
「さん、じゃなくて呼び捨てがいいな…」
「えっと…永遠…ちゃん…あぁやっぱだめだ!女の子を呼び捨てなんてしたことねぇし!」
「あはは…じゃあ永遠ちゃんでいいよ。でも、またなれたら、永遠って呼んでね?絶対だよ、時雨くん?」
「あ、あぁ…」
って時雨くん!?
家族以外に呼ばれたことない名前にドキリとしてしまう。
が、ここは冷静にしなければ。
彼女に動揺を見せては変な意識をしていると思われてしまうかもしれない。
とにかくここは話をそらさなければ…
「えっと…永遠ちゃん…あの…その…」
「…?」
とっさに話せるほど俺はコミュ力もってるわけじゃなかったことを思い出す。
不思議そうに首をかしげてこちらを見る永遠ちゃんの視線がつらい。
と、ふと俺の頬に冷たい何かが当たった。
それは連続して俺の顔を濡らし、すぐに全身を濡らすほどの豪雨と化した。
「あ、雨!?」
「雨降るなんて天気予報言ってなかったぞ!ゲリラ豪雨か!?」
「うぅ…」
夜の闇のカンバスに打ち付けられる透明な雫が視界を濁らせる。
身体の熱がだんだんと奪われて、先ほどの恥ずかしさももう遠くへ逃げ去ってしまっていた。
「えっと…どこか雨宿りできるところ、入るか」
「でもどこにするの?」
「ここら辺の適当な店でいいだろうさ」
と俺は辺りを見渡して気づいた。
永遠ちゃんも気づいたようで頬を赤く染めている。
「ご、ごめん…気づかなかった…」
ここはいわゆるラブホ街。
つまりはどういう場所か、説明しなくともわかるだろう。
「その…ごめんな、永遠ちゃん…そういうことじゃなくて…っ…!?」
と、永遠ちゃんを見て俺は固まった。
永遠ちゃんのシャツが、透けている…!
雨のせいでぴっちりと貼りついたシャツから覗く、ピンク色の可愛いブラ…
肌を伝う雨、その雫が胸元へ消えていくさまが劣情を誘う。
濡れた髪も、頬も、唇も、何もかもが俺をくすぐる。
見てはいけないと思っても視線が釘付けにされ動かない。
「どうしたの…時雨くん?」
「い、いや…その…」
「私なら…嫌、じゃないよ?」
「え…?」
「時雨くんとなら、いいかなって…」
「え…?いいって…」
いいって、何?
固まる俺に、恥ずかしそうに頬を染める永遠ちゃん。
動かない二人に雨は容赦なく襲い掛かった。
「…あ、ごめん…今の、忘れて…」
「え…?あ、あぁ…」
俺がついていけないうちに話が進んでいる気がする。
その間にも肌の熱は失われている。
「…くしゅん!」
と、案の定永遠ちゃんがくしゃみを一つ。
「ごめん永遠ちゃん!ちょっと待ってて!」
そのくしゃみで我に返った俺はとある場所目指して走り出す。
「永遠ちゃん!これ!傘とタオル!」
で、俺が目指したのはコンビニ。
傘とタオルを二つ買ってここまでやってきた。
「これで何とか帰れるよね?後、早く拭かないと風邪ひいちゃうよ?」
「…ありがとね、時雨君」
その後、どこか気まずい空気のまま俺たちは家路についた。
この日が、最後の日常だなんて知らずに。
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