第10話蘇る魂
「加賀美…?」
「どうしたの、お兄ちゃん?泣きそうな顔しちゃって」
なんで加賀美がここにいるんだ?
俺が食いつくしたはずだ。
だってそこに加賀美の死体が…なかった。
血だまりに横たわっているはずのかつて加賀美だったものはありはしない。
まさか俺の幻覚だったのか?
けれど俺の中から消えた空腹、それは明らかに今までのことが現実だったと訴えている。
「なんで、生きてるんだよ…」
「なんでって言われても…難しい質問だよね」
「俺は、お前を食っちまったんだぜ…?なのに、なんで…」
「私にもわかんない。気が付いたら、またこうしてた。夢だって思うのは私も一緒ってこと」
そういって加賀美は俺の頬をつねった。
ピリリとした痛みが走る。
「ね?現実でしょ?」
「…確かにな」
どういうことだ、何が起きている。
けれど現実ってのは本当に、よくわからない。
「けどね、私、こうなる予感はちょっとしてたんだ」
「…どういうことだ?」
「私言ったよね。お兄ちゃんになら食べられてもいいって。それね、お兄ちゃんに食べられても、死なないんじゃないかって思ったからなの」
「俺に食べられても、死なない?」
「そう。なんだかよくわかんないけどね」
加賀美がよくわかっていないことは、俺ですらわからない。
けれど彼女が感じたその死なないという自信は、本能から来たものだろうとわかった。
俺の空腹と同じで、理解の範疇を越えた場所からやってきたものだ、と。
「お兄ちゃん。これからは、我慢しなくてもいいんだよ?」
「…え?」
「たぶん私、死ねない身体なんだと思う。だから、それをお兄ちゃんのために活かそうかなって…」
「それって…」
「うん。お腹すいたらね、我慢しないで私のこと食べていいからね。お兄ちゃんになら、食べられていいって。それは本音だから…」
「なぁ加賀美…どうして、俺にそこまで尽くしてくれるんだよ…」
たとえ不死身だからといって、食われたときの痛みは尋常じゃなかったはずだ。
それに、そこまでの献身をするほど、俺は加賀美に何かしてやれたのだろうか。
「お兄ちゃんだから、だよ」
「俺、だから?」
「うん。お兄ちゃんは私の大事な人だもん。ヒーローって言ってもいいくらい。そんなお兄ちゃんが困ってたらね、やっぱり助けたいなって…」
彼女の瞳には信念のようなものがあった。
俺にも理解できない何かが、彼女にはあるのだろう。
「それじゃダメ、かな?」
「…ほんとはダメって言った方がいいんだけどさ…ごめん、やっぱ兄ちゃん、ダメな兄ちゃんだわ」
俺は加賀美に手を差し出した。
「ごめん…これからも、俺に食われてくれ…」
俺の手に、加賀美の暖かな手が触れあった。
「いいよ、お兄ちゃんのためなら私、何度だって死んであげる」
無意識のうちに、俺は加賀美を抱きしめていた。
この健気な妹が壊れてしまうくらい強く、強く抱きしめた。
月明かりが照らす夜、俺たち兄妹は、もう普通の兄妹に戻れなくなった。
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