第7話食欲
「いただきます」
「はい、めしあがれ~」
時刻はもう夜、俺の目の前には今日も豪華な食事が。
朝から楽しみにしていた加賀美のレバニラに、シュウマイ。
今日は中華定食のようだ。
「うん、うまい!ごはんが進むな」
「それはよかった。一杯食べてスタミナつけてね」
「おう」
お母さんみたいなことを言う加賀美の言葉を聞きながら飯を掻き込んでいく。
うまい、けど俺の例の空腹はやはり満たされない。
「あ、そうだ。加賀美、週末遊びに行くんだけど、何か甘いものでも買ってこようか?」
「それじゃプリンがいいな。おいしいやつ!…って遊びに行くってどこに?またサバゲ?」
「いや、ライブ」
「あれ?私知らないよ?お兄ちゃんライブがあると絶対カレンダーに丸印つけるし、毎日チケットにやにや眺めてるじゃん」
「…」
カレンダーにマルをする癖はわかってるんだけど、にやにやしてチケット見てたのか、俺は…
「あ、友達がさ、チケット余ったって。だから一緒に連れて行ってもらえることになったんだ」
「へえ。クルスさん?」
「いいや、朝露さんって子。なんかロック好きなんだって」
「…女の子?」
いぶかしげに見つめてくる加賀美に俺はこくりとうなずいた。
すると加賀美は黙ってしまった。
どうしたのだろう。
「よかったねお兄ちゃん!」
「…え?」
あまりにも元気な声に俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。
「ようやくお兄ちゃんにも女の子のお友達ができたんだね!おめでとう!」
「あ、あぁ…ありがと…」
「これでようやくお兄ちゃんの心配もしなくて大丈夫だよね」
「…」
何故だろう、少し複雑だ。
俺は加賀美のリアクションに不満を持っている。
なんで私以外の女の子と遊ぶの、とか言われたかったのか、俺は…
俺のおかしい感情を、加賀美にまで押しつけちまってる…
自己嫌悪。
「…あ、加賀美。テレビ、見ようか」
いたたまれなくなった俺は話題をそらすためにテレビをつけた。
テレビからはアナウンサーが今日のニュースを黙々と読み上げているところだった。
「本日午後2時ごろ、ホームレスの男性が女性に噛みつく事件が発生しました」
「なんだよ、それ。ハハハ」
「お兄ちゃん、不謹慎」
「あ、ごめん…」
加賀美はまじめだなぁ、なんて思いながらさらにテレビに集中する。
「男性によると、腹が減って仕方がなかった。なにを食べてもおさまらなくて、最終的に人を食いたくなった。と証言しており…」
「ふ~ん…こんな事件もあるんだね…」
加賀美の言葉に、俺は何も返すことができなかった。
…同じだ。
俺と、同じだ。
俺も、何を食べてもおさまらない、人を、加賀美を食いたくてたまらない。
「…お兄ちゃん、どうしたの?」
「あ、いや、何もない」
「そう?…あ、もしお兄ちゃんがお腹が減ってたまらないってなったらさ、私のこと、食べる?」
「な、何言ってんだよ!?」
俺は思わず声を荒げてしまった。
「ど、どうしたのお兄ちゃん?ただのたとえ話だよ…?」
「あ、あぁ…すまん…そうだな…って考えるまでもねぇよ。俺はお前が大事だ。大事な家族なんだ。だから食べるわけねぇよ」
嘘だ。
俺はきっと加賀美のことを食べる。
柔らかな腹を抉り、肉を、内臓を、すべてすべて食い尽くすだろう。
「ふ~ん…そうなんだ。じゃあもし、私が食べていいよって言ったらどうする?食べる?」
「…お前はどうなんだよ。俺になら、食べられてもいいってのか?」
「うん、いいよ。お兄ちゃんになら。食べてほしい」
「じゃあもし夏樹姉が食べたいって言ったら?」
ひとしきり考えた後、加賀美は真剣な顔で俺を見つめ返した。
「ダメ。お姉ちゃんには、食べてほしくない…やっぱり、お兄ちゃんじゃないとダメ…」
それってどういうことだよ…
そう言おうとしたが、俺の声はニュースアナウンサーの声にかき消された。
「続いてのニュースです。M動物園でパンダの赤ちゃんが生まれました」
「うわぁ!パンダの赤ちゃん!かわいい!」
「…あ、そうだな…」
結局俺は事の真意を尋ねることができずじまいだ。
俺の中で渦巻いた空腹が、どんどん騒いでいるのは確かなこと。
目の前に餌があるのにお預けを喰らった犬のような気分だ。
俺の限界は、もう近いのかもしれない…
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