第4話妹以上に

「おはよう、お兄ちゃん」

「あぁ、おはよう、加賀美」

妹へのあいさつ、そこから俺の一日が始まる。

マンションの10階の一室が俺たちの家だ。

高所から吹き抜ける涼し気な風が、朝の熱気に犯された体を冷ましてくれる。

だがそんな冷めた体も、加賀美といるだけで熱くなってしまう。

いったいいつからだろうか、俺は加賀美のことを妹以上の存在としてみてしまっていた。

初めは小さな鼓動の高ぶりからだった。

無邪気にはにかむ加賀美の笑みに、まるで胸を刃物で貫かれたかのような衝撃を受けた。

勘違いかと思った、けれど違った。

俺の心は、どんどん彼女に惹かれていった。

今では加賀美の一挙手一投足、そのすべてが愛おしくて、愛らしくて、独占したくなる。

大事な家族に抱いてはいけない感情を、俺は抱き始めているのかもしれない。

「お兄ちゃん、どうしたの?ごはん、冷めちゃうよ?」

「あ、あぁ。すまん」

っと、ぼーっとしていたようだ。

俺は妹の手料理に箸を伸ばしていく。

毎日変わらない朝食、けれど飽きることなくおいしい。

「うん、うまいな。毎日毎日、ありがとな」

「え?急に改まっちゃって、どうしたの?」

「…なんでもない」

本当は何でもないはずなんてない。

これだけじゃ満腹にならない、デザートにお前を喰わせろ。

そう言ってしまいたい。

けれど、それだけはどうしても我慢しなければいけない。

それは、人間の定めた倫理とかそういうのを無視して、加賀美に対する裏切りのようなものだから。


「お兄ちゃん、最近元気ないけど大丈夫?夏バテ?」

「う~ん…かもしれないなぁ」

通学路を自転車で並んで登校。

俺の通う高校と、加賀美の中学は隣同士。

いわゆるエスカレーター方式というやつだ。

夏の日差しの中、心配そうに彼女の顔が俺を覗き込んだ。

くりっとした小動物を思わせるそのしぐさに俺はまたどきりとしてしまったわけだが、ここは顔には出さない。

「じゃあ精の付くもの作らなくっちゃね!」

「例えば?」

「う~ん…自然薯?」

「それ、違う意味でやばいから」

そんなもの使われると違う意味で兄ちゃんもう我慢できなくなっちまうっての。

加賀美、食っちゃうぞ。

「じゃあレバニラ?」

「あぁ、いいな、それ。久しぶりに食いたい。できれば味の濃い奴で頼む」

「えぇ?塩分のとりすぎは身体に悪いよ?」

「ちょっとくらいなら大丈夫だろ」

「もう…お兄ちゃん!身体はちゃ~んといたわってあげないと。あの時あぁしてればよかったって思った時にはもう遅いんだからね!」

「お母さんかよ」

まぁ実際、夏樹姉がいないこの家では加賀美がお母さん代わりだが…

つかお母さんっていうよりおばあちゃんが言いそうなセリフだ…

「お兄ちゃ~ん。ちゃ~んとママの言うことはききまちょうね~」

「やめろって…」

「あれ?お兄ちゃんってこういうの嫌い?」

「…ノーコメントで」

実の妹でバブみを感じるって、相当罪深いじゃん…

「…っと、そろそろつくな…で、どうする?」

「ん?なにが?」

「食材の買い足し。どうせ学校終わりに行くんだろ?手伝おうか?」

「ううん。大丈夫!一人でいけるよ!気持ちだけありがたく受け取っとくね」

ほんと、できた妹だ。

食べちゃいたいくらいに…

「そっか。なら任せたぞ」

「任されました!それじゃお兄ちゃん、学校頑張ってね!」

「うぃ~」

こうして俺たちはそれぞれの校舎へと向かう。

いつもの朝の光景、何気ない会話で笑いあって。

どう見ても普通の仲のいい兄妹だ。

けれど、俺の内側はどうしても見られてはいけない。

もしばれてしまえば、俺はこの先どうすればいいのかわからないから。

だから俺は今日も飼い殺す、この空腹と、彼女に感じる禁断の想いを。


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