第41話 準主人公ハナコ

 いったいどれだけの時間がたっただろうか。


 ベッドの中にうずくまり、夢うつつに映像を見る。自分が起きているのか寝ているのかすらわからない。丸々二日間、ハナコはベッドにいた。


 過去の出来事。日本での友達や家族、部活動のみんなと過ごした過去が夢に出る。魔法学園の授業やヘミィ、アルミスと過ごした時間。レオンやリィルと暮らした楽しい記憶。そのすべてが走馬燈のように駆け巡り、夢としてハナコを幸せにする。


 24時間はあっという間に。48時間、ずっと寝て過ごした。何者にも邪魔されない至福の時間。自分が将来、世界を滅ぼすなんて考えたくなかった。例え、神様に洗脳されているとしても、こんなの全然異世界ファンタジーじゃない。魔王を倒す勇者が自分の役目だったはずなのに。どうして逆になっちゃったのか。


「私、全然役に立ってない」


 アルテミスに召喚されて半年。自分の好き放題にレオンをこき使った。けれど、彼はもういない。ハナコはちょっと成長しただけで、まだまだ未熟者だ。自分がどれだけレオンに助けられていたのか、いなくなって初めて気づいた。

 レオンならなんとかしてくれる。レオンなら邪神になった未来の自分を倒してくれる。レオンなら……。ずっとレオンたちと異世界ファンタジーを楽しみたかった。


「人形遣いのスキルを継承したのに。全然役に立ってない。バカ」


 お別れを言ってなかった。さよならと一緒にレオンの考えを教えてほしかった。裏の大賢者としていろいろ動いていたのを知っていたが、果たしてレオンはどうなりたかったのか。全然何も教えてくれなかった。結局、大事なことはヘミィとかリィル、アルミスちゃんにしか知らせていない。レオンのバカ。唐変木。


 もうどうでもいいや。


 ハナコは悠久に感じられる時間を寝て過ごした。


 私が動いても何もできない。王様は今の私を殺そうとしたけど、何もできなかったそうだ。邪神の過去干渉によって今のハナコは無敵を誇り、自殺さえできない始末。


 自暴自棄。大人だったらお酒を飲んだり、風俗を利用したり、自分なりのストレス解消をするのだろうけれど。ハナコはただ寝ることだけがストレス解消だった。日本にいたときも学校に行かず家で寝て過ごした。眠れば問題は時間が解決してくれる。自分ではどうしようもない問題に直面した時、何もしなくていい。だって何をしても状況は好転しないのだから。だから寝ればいい。果報は寝て待て。自分のできることを全力でやったのなら、あとは眠るだけだ。


 あとは誰かがやってくれる。アルテミスが滅びようが、私には関係ない。全部滅んじゃえばいい。こっちにきて一番良くしてくれたレオンはいないのだから。


「ああ、一つくらい漫画を投稿したかった」


 せっかくフィギュアや漫画を頑張ったのに、結局、無駄だった。

 レオンがいない世界なんて趣味のない人生みたいなもので一気に無味乾燥した。


 コンコン。ハナコの部屋のドアがノックされる。


「レオンの師匠の大賢者というものじゃ。入っていいかの?」


「どうぞ」


 ハナコは布団から顔を出さずに声だけで返答する。そういえば日本にいた時はよく母親にたたき起こされた。今みたいに世間に興味をなくし、引きこもりになり、毎日寝てばっかりいて母親を泣かせた。父親やカウンセリングの先生と相談し、なんとか高校だけは行くようにしていたが、召喚ガチャに巻きこまれ中退だろう。でも、別にいい。高校なんてつまらなかったから。この世界はめちゃくちゃ楽しい。チート能力を手にした私は世界の英雄になれた。実際は邪神ってオチだったけれども。


 大賢者という老人は部屋に入り、ハナコのベッドに近づき、優しくささやく。


「いつも弟子のレオンがお世話になっております。ハナコさんは異世界から転移または転生した人物じゃと聞いておる。ああ、そのままでけっこう。ただの老人の独り言じゃ。レオンはの、相当な阿呆なんじゃよ。昔から」


「……え?」


 思わず声が漏れた。だってレオンは、裏の大賢者としてアルテミスで一番強くって無属性魔法を千以上覚えている博識で、努力の天才で、誰だってハナコのわがままにつきあってくれた。ギルドを立ち上げたり、日本の調味料を商品化しようとしたり、魔法人形のオーダーメ―ドを実現化させたのだってレオンだ。幼なじみのヘミィちゃんを応援していたが、最高に面白いアルテミスで一番頼りになったのがレオンでありまるで白馬の王子様ではないか。


「ヘミィちゃんのために。わざと嫌われるようレオンに命令したり、こき使ったり、たまには暴力だってした。グーで殴ってもレオンはにへら笑って全然怒んない。あいつMなんじゃないかってバカにして、全然ヘミィちゃんに手を出さないからホモホモいじめてやった。でもバカじゃないです。レオンは阿呆じゃない」


 気づくとハナコは上半身を起き上がらせて大賢者に反論していた。涙と鼻水でぐじゃぐじゃの顔に、寝ぐせでぼさぼさの頭。けっして人に見られていいものじゃない。でもレオンを阿呆呼ばわりされたことが許せなかった。だから起きた。


「レオンは私の恩人です!」


 日本でずっと漫画家になりたくてイラストばかり描いていた。友達も親も才能ないと笑った。でもアルテミスに召喚されてレオンだけは実力を認めてくれた。そして、一緒に漫画家を目指してくれた。


 ハナコは思い知った。いままで薄い関係でしか人とつきあったことがなかったけれど。レオンのような親友を、どうしてもっと大切にしなかったのか。ヘミィちゃんに気を使って素っ気なくするのではなく、レオンとたくさんおしゃべりしたかった。


「レオンは昔から何でも自分一人で解決する大バカ者じゃった。大切な仲間がいても迷惑をかけぬように距離をとって一人で修業した。しかし、ほっほっほ、そんな阿呆も成長したもんじゃのう。今ではハナコさんや多くの仲間に支えられておる。失礼。阿呆を訂正しよう」


 ハナコの思いを受け取った大賢者は全幅の信頼を寄せて用件を話す。それはレオンを失った直後の会議でリィルと大賢者によって企画・立案された作戦だった。


「ハナコさん。もしもレオンを救う方法が一つだけあって。それがあなたにしかできないと知ったらどうなされますか?」


「――!?」


 異界送りにされたレオンを救う方法。ぜひとも知りたい。


「そして、レオンを救うことは邪神ハナコを倒す最後の手段でもあるのじゃ」


 大賢者は作戦を話す。レオンの天秤座は自分と相手を同じ力量にする。不意打ちで天秤座を邪神ハナコに当てれば勝てる、とリィルが主張した。


「邪神ハナコに不意打ちするのは本来不可能。なぜなら邪眼の一種、千里眼によってありとあらゆる不意打ちを防ぐからじゃ。しかし、バジーナさんがいうておったわ。『千里眼は認識できない相手には発動しない』と。つまり、異界に送り殺した同然と思っているレオンは、邪神ハナコには認識されないのじゃ」


 レオンさえいれば邪神を倒せる。それは寝こんだハナコを救う一番の朗報だった。


「大賢者様、私は何をすればいいですか?」


「つらく厳しい戦いになるやもしれぬ。しかし、そなたにしかできぬ。ハナコさん、どうかレオンを召喚してほしい」


 召喚。大賢者は言った。ハナコとレオンは召喚ガチャの絆でつながっている。なら逆のパターンも可能なはず。つまり、今度はハナコが異界にいるレオンを召喚するのだった。


 ハナコは少し考える。……召喚できるかも。さいわいにハナコには『スキル継承』があり、近くにはリセマラできるチート能力『時間干渉』をもったダヤン王がいる。


「わかりました。私が『時間干渉』を『スキル継承』して召喚ガチャを引く。レオンが出るまでガチャを引く。引いては時間を戻してリセットして、引いては時間を戻してリセットする。それを繰り返しリセットマラソンすればいいんですね?」


「そうじゃ。おぬしとレオンだけが希望じゃ」


 覚悟は決まった。日本にいたころは漠然とした不安が悠久のように感じられ、ただ寝ては起きる、寝ては起きるのニート生活をしていた。でも今は違う。やるべきことが明白になった。レオンが救えるのなら、もう何も怖くない。


 ハナコは起きてぐしゃぐしゃになった顔を洗い、ぼさぼさの髪をブラシで整える。大賢者に退出してもらい、体操服に着替える。両手で頬を叩き、顔に渇を入れ部屋を出る。ダヤン王に会い、『時間干渉』のチート能力を継承した。


「任せたぞ。勇者ハナコ」


「はい。任されました!」


 ダヤン王から能力を継承した後はアルミスやヘミィたちと一緒に魔法学園に戻り、レオンと最初にあった場所、召喚ガチャにたどり着く。


 そして、一人になる。たった一人の孤独な戦いが始まる。


「レオン、もしかしたら千回かかるかもしれない。ううん、万回引くかも。でも私、絶対にあきらめない。レオンと出会うまで引き続ける」


 異界送りで見知らぬ異界に飛ばされたレオンを引く確率は天文学的な数字になる。しかし、『時間干渉』の能力で何度でもやり直す。レオンが出るまで。途中ハナコの心が壊れるかもしれない。1万回でダメなら10万回。10万回でダメなら100万回。1万時間でも10万時間でも、ハナコは召喚ガチャにつきあう自信があった。


「絶対にあきらめない」


 ハナコは召喚する。そして、戻っては召喚し、戻っては召喚し、を繰り返した。




 ハナコはレオンを曇らせた。戻っては召喚する。

 恋だって気づかなくて一緒に過ごした。戻っては召喚する。

 重すぎたかな。戻っては召喚する。

 ヘミィちゃんのために嫌いになったのに。戻っては召喚する。

 どこを探してもレオンの嫌な点なんてなかった。戻っては召喚する。


 自分勝手でごめんね。戻っては召喚する。

 こんなこと言ってほんとにごめんね。戻っては召喚する。

 頭で分かっても心が拒否るの。戻っては召喚する。

 だけどそんな私を。戻っては召喚する。

 救ってくれたのは。戻っては召喚する。

 きっとパパでも多分ママでも神様でもないと思うんだよ。戻っては召喚する。

 残るはつまりほらね君だった。戻っては召喚する。


 今までほんとにありがとう。戻っては召喚する。

 今までほんとにごめんね。戻っては召喚する。

 今度は私がレオンを助ける番だよ。戻っては召喚する。

 君が生きていようとなかろうと。戻っては召喚する。

 絶対に出会うから。戻っては召喚する。

 約束なんだもん。戻っては召喚する。


 この恋に私が名前をつけるならそれは。戻っては召喚する。

 「ありがとう!」――召喚した。




 100時間以上繰り返した。奇跡だった。召喚キャラに抱きつき、延々泣いた。

 ハナコを優しく抱き返した召喚キャラは絆を再確認した。


「初めましてハナコ。あなたが新しいご主人さまですね。俺の名前はレオン。SSレアの魔法剣士です」

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