4章 VS邪神
第40話 最終決戦前夜
ローク流自在剣術を会得したレオンは師匠コーゼとともにアルテミスに帰還する。王都に帰ると、ダヤン王、大賢者、バジーナたちが邪神ハナコの対策本部を設置していた。時間がない。邪神があらわれるのは9月。邪神ハナコは未来から現在にやってきて、まず最初に、時間干渉して神を冒涜したダヤン王を殺しにくる。
世界の危機に、魔法学園からも少数精鋭の助っ人がはせ参じた。ハナコ、リィル、アルミス、バミラ、生徒会長。大賢者の弟子たち。魔法学園の先生方。
緊急会議を重ねに重ね、平行線をたどって、何の解決策も決まらぬまま時間だけが過ぎていく。決まったのは、レオンを主軸に戦うということだけ。戦いは時間干渉の能力にかかっている。ダヤン王のチートスキルをレオンがコピーして何度も死に戻ることだけが頼みの綱だった。
深夜。トイレから帰る途中。王城の廊下にて窓から星空を眺めていると偶然リィルと出くわし声がかかる。夜会話というやつだ。
「眠れないの?」
「ああ」
毎日コーゼと特訓して強くなっている実感はある。しかし、オリオン軍約10万を倒せといわれたら、いまのままでは無理だろう。約10万の兵を一瞬でほふるくらいの力がなければ邪神ハナコは倒せない。
「僕が本気を出せば悪いハナコを倒せるかもしれない」
そういえば天秤座で強制的にチート能力や魔法がつかえなくなっているのを忘れていた。リィルはレオンの横に立ち、一緒に星空を眺める。
「バジーナから聞いた。ホムラ計画は世界を守るために発足されたもので、バジーナを倒せるくらいの魔王にならないと邪神ハナコは倒せない。候補は二人。一人は時間干渉のダヤン王。もう一人はレオン。まったくひどいよね。いつの間にかダヤン王と仲良くなってたし。世界の危機があるなら仲間である僕に相談してくれれば良かったのに」
「未来予知は不確定な部分が多すぎるからな。変に予知を周囲に吹聴して未来が改変すると、よりひどい未来が起きるとか」
リィルが顔を近づける。
「よりひどい未来?」
「邪神ハナコがもっと早い段階であらわれるとか」
恥ずかしかかったのでちょっとだけ顔を離す。
思えばリィルにずいぶん苦労をかけた。天秤座で強制的に弱体化させ、一緒に同居し、ハナコのアシスタントをやらせた。
現世に戻ったらハナコと一緒に漫画家を目指すことになっている。最終的には世界を救うための決戦に切り札として出陣してもらうことになった。非常に申し訳ない。
レオンは話題を変える。
「そういえばハナコは?」
リィルは言いにくそうに言葉に詰まりながら返す。
「……ショックで……寝こんでる」
「それもそっか」
将来の自分がスキル継承で誰よりも強くなり、皆殺し大虐殺を演じ、世界を滅ぼすと聞かされた日には1週間ほど寝こむのも無理ない。たとえそれが、ダヤン王の時間干渉によって逆鱗した神様の洗脳であっても、ハナコがショックを受けるのには十分だ。ことの原因であるダヤン王はぴんぴんしている。どう邪神ハナコを倒して神様に仕返ししてやろうかと模索中らしい。ちょっとくらいメンタルをわけてほしい。
レオンは微熱気味の火照りを感じ、外に出る。リィルを散歩に誘った。王都の庭園は絢爛豪華な花々で溢れかえっていた。
もやもやする気持ちを振り払い、レオンは勇気を出して言った。
「なあ、最後だから言うわ。もし俺が無事に戻ってきたら、日本を案内してくれないか?」
「ぷぷっ! なにそれ。死亡フラグみたい」
レオンは頭をかきながら言い訳する。
「そういえばリィルの転生前の姿に見てないし。ハナコの漫画家になる夢をサポートしたい。俺の隠居先に日本って国は十分だと思う。戦闘もないんだろ?」
「はっはっは、それは傑作。たしかに日本には魔法はないし、志願しなければ戦地に赴くこともない。でも生きづらいよ。日本ってのは本当に退屈で才能のないものにはかな~り生きづらい世界なんだ」
リィルの言葉を受けて、レオンはハナコと初めて会った時のことを思い出す。
「才能がない。才能がない。才能がない。ハナコは愚痴ってたよ。でもいいじゃん。俺がサポートする。リィルとハナコと俺、三人で日本に戻って漫画を描こうぜ」
レオンは夢を語った。隠居先に戦闘のない日本は最適だった。圧倒的な才能とスキル継承を備えたハナコが異世界を行き来できるゲートの魔法を発明し、三人で日本に戻る。ついでにリィルを元の女子高生に戻す。魔法学園で同居したみたいに、日本の小さなアパートを借りて三人で暮らす。高校は中退かもしれない。就職先も見つからないかもしれない。でもそれでいい。アルバイトをしながら小銭を稼ぎ、三人で慎ましく暮らす。んで、どこかの賞に投稿して晴れて漫画家としてデビューするのだ。
「なんかお前らほっとけないんだよ。一緒に暮らしてくれリィル!」
「だ~か~ら、それ死亡フラグだっつーの。まるでプロポーズ」
「うっさい。ハナコも大事なんだよ」
「はいはい、モテる男は言うことが違いますね」
才能はないかもしれない。しかし平和。夢もある。何より仲間がいた。大事な大事な、大好きな人たち。リィル、ハナコ、みんなで一緒に漫画家を目指すのは、最高に楽しそうだった。
「お前の転生前の姿が美人だったら告白してやるよ。どーせブスなんだろうけどな」
「だ・ま・れ。ブスじゃないもん。平均よりちょいしたぐらいだったし」
ぷんぷん怒るリィルはからかいがいのあるベストパートナーだった。レオンは一緒にいて幸せだった。おそらく幸せボケというやつだ。
だからボケてて気づけなかった。
これが最終決戦の前夜であったことを。
邪神ハナコがやってくるのは9月。その未来が改変される。書き換えられる。
今日。レオンとリィルがイチャイチャしているこの瞬間、邪神ハナコが突然と目の前にあらわれた。
それは黒。漆黒のオーラをまといし最強の魔法剣士。
それは白。引きこもり気味だったハナコの肌がさらに真っ白に光る。
それは赤。全身に返り血を浴び、鉄の匂いを漂わせている。
それは神。漆黒の魔力をたぎらせ、邪神と呼ばれるにふさわしい貫禄。
「……ハナ……コ?」
一縷の望みをもって呼びかけるも返事はない。レオンの表情が凍る。現在のハナコは寝こんでいるので当然といえば当然だが、目の前の災厄は、邪神そのものだった。
――予定よりだいぶ早い!?
「去らばだ。危険分子」
邪神ハナコの初動。危険を察知したレオンはとっさにリィルをかばう。
「異界送りだ」
邪神ハナコは開眼する。消失。レオンはどこかの異界に飛ばされる。
「そこのスライム蜘蛛」
「ひっ!?」
あまりの絶望にリィルは腰を抜かしてしりもちをつく。
邪神ハナコはにんまりと笑った。
「ダヤンに伝えろ。神の怒りをレオン抜きで止めてみせよ、とな」
そして消えていく。
邪神ハナコの目的はレオンの再起不能。どこかの異世界に送られたのだから、連れ戻すには異世界送りをした張本人邪神ハナコにしかできない。千里眼もある。邪眼はチートなのだ。レオンはもう二度と戦線に復帰できないだろう。
それはすなわち死を意味していた。レオンと二度と会えない。
リィルは悲しみのあまり絶叫した。
声にならない絶望。
深夜の庭園で一人、叫ぶ。死亡フラグは即時回収された。
王都中にリィルの声が鳴り響いた。
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