第38話 コーゼ=ローク④

 牡羊座で筋斗雲をつくり、急いで場から離れる。ふわふわの雲に乗りながら高速で移動し、コーゼと距離を空ける。レオンの戦闘哲学では、一撃必殺。射手座の射出で相手を一撃で不能にするのが美学だ。距離をとるのは落ち着いて狙いを定めるため。しかし、コーゼはローク流自在剣術をつかって空中を飛び、追従してくる。


 斬撃が二、三飛ぶ。レオンは雲を左に右に揺さぶりながら、飛んでくる斬撃を紙一重でかわす。チートだ。これまで出会ってきた異世界転生者ほどではないが、コーゼのローク流自在剣術も十分なチート性能だった。そもそも魔法でもないくせに高速で飛んでくる意味が分からない。射手座で狙いを定める時間をくれない。止まれば一瞬で切り刻まれるだろう未来を想像してしまう。


 レオンは急カーブしながら高度をあげる。まぶしい太陽を目指した。コーゼの位置からレオンを見ると太陽の光で暗く見えるはず。レオンは一か八かの賭けに太陽光を利用する。右肩上がりの二字曲線を描きながら急上昇し、コーゼの目に太陽光が差して目がくらむ瞬間を狙って、筋斗雲を解く。空中での弓術。初の試みであったが、今のレオンの最善手でもあった。当たれば勝ち。魔力操作で射手座をまといながら弓矢を放つ。コンマ1秒にも満たない刹那。レオンの射出した魔力の矢が音速でコーゼをぶつかる。


「――勝った?」


 うれしさ百倍。コーゼに当たった瞬間、レオンは勝ちを確信した。


 そして、コーゼに魔力の弓をはじかれる。ローク流自在剣術はあらゆるものを剣として、あらゆるものを切り裂く剣術。まさかのレオンの十八番、射手座の弓矢ですらはじかれる。


「……うそ……だろ?」


 世界は広い。裏の大賢者として魔法を極め、魔力操作にけたレオンでも知らない世界がそこにあった。井の中の蛙だった。


 俺は、まだまだ大海を知らなかった。


 肩に衝撃が走る。コーゼの傘に、おもいっきり叩きつけられて地面に落ち、レオンは気絶した。







 目が覚めると馬車に揺られて寝ていた。額には濡れタオル、体にはタオルケットがかけられていた。起きてコーゼにあいさつする。負けました。弟子にしてください。ローク流自在剣術を学びます。そんな言葉を投げかけてコーゼと和解する。尖った耳をしたコーゼは堂々と顔をあらわにしている。周囲を見ると、いつの間にかオリオン帝国の都市部にさしかかっていた。すれ違う住人たちは魔族ばかりだ。エルフにドワーフに天使や悪魔、みんな人の好さそうな顔をしている。邪神ハナコに世界を滅ぼされる未来なんて関係の無いような活気に満ちた街道だった。


「着きました」


 オリオン帝国の首都。エルフの里に着く。エルフたちがおさめるオリオン帝国最大の首都だった。


 親善大使にして姫様、剣帝でもあるコーゼの顔パスで衛士の許可を取り、王都へ。コーゼにしてみれば彼女の実家なのだが、王城へ案内される。これまた人の良さそうな王様に面談し、ごちそうをいただく。あれよあれよという間に話が進み、エルフの王様に邪神ハナコの討伐を期待され、首都の一等地である部屋をあてがわれ、留学先の魔法学園に案内される。最終的に王様にコーゼを頼みます、と謎の言葉? をもらい受ける。


「では一か月間よろしくお願いします」


 自室でコーゼに丁寧に頭を下げられる。大きな荷物を背負っていた。


「コーゼさん。その背中にある荷物は何ですか?」


「これですか。これは私の荷物です」


 どうやら一緒に住む気満々らしい。いや、いいんですよ。アルテミスの魔法学園ではハナコやリィルと同棲していたからいいんですけど。


「なんで一緒に住むんですか?」


 さすがにオリオン帝国の姫様、そして剣帝。いうなれば、かな~り偉い異性と同棲するのは問題ではござらぬか? レオンは余裕をなくして動揺した。


 首都の一等地である自室は二人で住んでも広すぎるくらいの面積がある。同棲しても良いのだが意味が分からない。レオンの動揺を素知らぬ顔を受け流して、コーゼは荷物をほどき、室内に私物を置いていく。詳しい説明を求む。


 ハーフエルフという人種がいる。人間とエルフの間にできた子ども。つまり、だ。レオンとコーゼの間で間違いが起きる可能性は十分にあると考えられる。そりゃ~、100歳ほど歳は離れているかもしれないが、不老のコーゼは美しくストライクゾーンど真ん中だった。だからか、余計に動揺する。


「コーゼさん。自分とあなたは男性と女性という関係でして、オリオン帝国のエルフの文化がどうかは知りませんが、ふつう男女が一緒に住むということは恋愛感情なるものが存在している時でして。つまりなぜ一緒に住むのでしょうか?」


 ごちゃごちゃした言葉の羅列を必死に整理して口に出す。コーゼは即答した。


「師匠と弟子だからです」


 ローク流自在剣術の師弟は寝食を共にして剣術を極めるそうだ。衣食住、生活ほとんどを共に過ごし、師は弟子に剣術の極意を教えて、弟子は師に丁稚奉公の形で恩を返す。とどのつまり、同棲するのはエルフの文化ではなく、ローク流自在剣術の伝統であった。このときばかりはさすがのレオンもローク流自在剣術の始祖を恨んだ。


 なぜ年上のきれいなエルフさんと同棲することになったし。


 1か月間、レオンの苦悩は続く。

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