第37話 コーゼ=ローク③
三日目。途中から剣術の修行に切り替わったので、馬車の進行はすごくゆっくりになるもコーゼと交流をはかる。ローク流自在剣術は心と心の交流だった。相手の殺気を察知して自分の反射を放ち、相手の攻撃を受け止める。世の中に流れる気配をいち早く気づくのがローク流自在剣術の神髄。
「人には様々な感情があります。その感情を制御して空気の流れでわかるようになりましょう。例えば、私の喜び、怒り、悲しみ、笑い。そのすべてが剣に宿ります」
コーゼは傘をつかってモンスターを倒したり、木々を切ったり様々な実践を見せ、レオンに懇切丁寧に教える。一度、コーゼ流自在剣術の奥義である空中浮遊を見せてくれた。
「コーゼさん、空、飛べるんですね」
「はい。飛べるんです」
コーゼの全身から放たれる斬撃を足裏に集中して、放つ。衝撃波で上空に浮遊し、旋回しながら周囲を飛んだ。コツは常に斬撃を放ち、浮力を会得することだそうだ。常人には不可能な離れ業はレオンの目を少年のように輝かせる。
「一度、コピーさせてもらってもいいですか?」
「コピー、ですか?」
レオンはみずがめ座と魚座のコンボをつかい、コーゼのローク流自在剣術を真似させてもらう。今までの訓練が嘘のように体から湯気が出て殺気が満ち、斬撃が飛ぶ。あまりの扱いの難しさに森の木々を円状にばっさり切断してしまう。コーゼは紙一重のところでこれをかわし、魔力操作のコピーに驚いた。
「すごいです。レオンさんは三日でコーゼ流自在剣術をマスターしてしまいました」
「まだまだですよ」
コーゼの真似をして空中を飛翔する。なるほど。つねに斬撃を放ち、浮力を得れば旋回しながら空中移動することも可能。レオンは全身で感覚をつかみ、魔力操作を失った状態でも維持できるように必死になって体にコツを叩きこんだ。
スポーツも何事もプロの選手の真似をすればいい。真似るは学ぶ、といわれるくらい真似するのは大事なことだ。レオンの場合、完全コピーなのだが、コーゼの実力の一端を垣間見ることができた。修業はスムーズに進んだ。
その日の昼食。コーゼ流自在剣術を三日でマスターしたと思い込んでいるコーゼはレオンに話を切り出す。
「実はです、レオンさん。私たちはあなたを騙していました」
アユの塩焼きを食べながらコーゼが謝罪する。
「未来予知できたるべき災厄を予見したのです。それはアルテミスやオリオン帝国を滅ぼすほどの災厄です。そして、災厄を止められるのはレオンさんだけ、という占いの結果が出ました。ですから、ダヤン王とバジーナさんはタッグになり、レオンさんを強化しようと実行に移したのです。オリオン帝国の約10万の進軍も嘘っぱちです。私とレオンさんを引き合わせ、コーゼ流自在剣術を学んでもらうための口実に過ぎないのです」
内容は驚きのものだった。将来、ハナコが悪の道におちて邪神になるらしい。邪神ハナコは時空を干渉し、ダヤン王やバジーナを邪魔する。唯一対抗できるのが、召喚ガチャの主人であるレオンだけ、なのだそうだ。
作戦名『ホムラ』。邪神ハナコに対抗できるまで何度も何度も挑戦し続けるという意味が込められている。世界を救う、その日まで。
事の重大さがわかっていないレオンはけろりとしながら、アユの塩焼き二匹目に手をつける。状況を整理する。
「つまりオリオン帝国は進軍をせずに、結局のところ俺とコーゼさんを引き合わせて強くしたかった。そういうことですか?」
むしゃむしゃ食べる。小難しい話をしながら食べるアユの塩焼きは苦くてしょっぱかった。
「はい。一応、レオンさんの練習相手に我が軍全員が協力します。つまりレオンさんが単体でオリオン軍約10万と勝負する手はずは整っています」
「王様もバジーナさんも恐ろしいことを考えたもんだ。それだけ邪神が強力ってことですよね」
ハナコがまさか乱心するなんて。レオンはショックを受ける。たしかに根暗でわがままで、扱いづらいところのあるやつではあるけれど。一生懸命に漫画家を目指して日々を充実させていたはずだ。魔法学園の学園生活だって楽しいと言っていた。そんなハナコが世界を滅ぼすなんて信じられない。
レオンはコップで河川の水を飲む。
「なるほど。チート連合の総大将バジーナがダヤン王やホムラやらにこだわっていた理由がはっきりしました。以前からハナコの邪神化が予想されていたんですね」
「ええ、ハナコさんが召喚ガチャで召喚された日から運命は大きく変わっていたようです。暗殺の命令もあったそうですがすべて失敗しました。ダヤン王は苦渋の決断でレオンさんに邪神ハナコを止めてほしいのだそうです」
コーゼと入念な打ち合わせをする。邪神になるハナコは未来のハナコであって時間軸がじゃっかん違うらしい。現在にいるハナコは正常なままで、未来にいるハナコは主人であるレオンを殺されて正気を失い、悪い神様に洗脳されたのだとか。
「え? 異世界転生の神様って世界を滅ぼすこともあるんですか?」
「はい。時間軸の違いだそうで。未来の神様があまりの平和ボケに嫌気をさしてしまい現在の私たちを滅ぼそうと邪神ハナコを誕生させたとか。他にはなんでもダヤン王が時間干渉の能力を使いすぎて神の逆鱗に触れたとか、そんな感じです」
あいつのせいかよ!? レオンは内心でつっこむ。
時間干渉は神の所業。使いすぎると神の冒涜につながる。ダヤン王がアルテミスの王位につき一夫多妻制度を実現させるまで多くの未来改変をおこなった。そのつけが今になって生じている。
「あの王様め……迷惑な……」
「バジーナさんいわく。神様はダヤン王さえ死ねば邪神ハナコを封印して元のハナコさんに戻すと約束したそうです」
コーゼの話に納得する。チート連合は王様の嫌がらせをしていた。その実、真実を知っていたバジーナはダヤン王の命を狙っていたらしい。
バジーナはダヤン王を何度も殺したが、なぜかなかったことにされ、逆に捕まったらしい。ダヤン王がセーブ地点を決めては死んだ時に元に戻るように、『死に戻り』をつかったらしい。そのせいで時間干渉がすすみさらに神様への冒涜につながった。
殺すことをあきらめたバジーナはダヤン王に真実を話し、二人で邪神ハナコを止めるための協議をおこなったそうだ。
「ダヤン王はアルテミスになくてはならぬお方です。異世界転生者、大賢者、エルフと多くの人が信頼を寄せています。ダヤン王を死なせずに神の怒りを鎮めるのです。邪神ハナコを止めるためにレオンさんが選ばれました」
「なるほど、裏の大賢者として最初にして最大の国防問題ですね。わかりましたよ。邪神ハナコは俺が止めて見せます。ただし、」
一つだけレオンの至らぬ点がある。オリオン帝国軍約10万? そんな練習相手で強くなるとは思えない。コーゼも然りだった。
「俺の師匠は大賢者様ただ一人です。俺を強くしたいのであれば、コーゼさん、俺と決闘してください。負ければ素直に修行につきあうし、オリオン帝国に留学します。でも俺が勝ったらダヤン王やバジーナに一発ゲンコツをお見舞いします。人の人生を勝手に決めてんじゃねえって」
アユの塩焼きを食べ終えたコーゼが立ち上がる。
「それもそうでしょう。自分より弱い人に教わるのは癪でしょうし。わかりました。ローク流自在剣術の師範コーゼ=ロークがレオンさんのお相手をしましょう」
美麗のエルフの腰から抜かれる獲物は傘。古風にして至高の芸術品。古びた雨避けは強烈な存在感を放ち、広げられる。
コーゼは歌舞伎役者のように傘を広げ、流し目をレオンに向ける。
「オリオン帝国最強、魔法剣士。通称、剣帝コーゼ、お相手いたす」
「やっぱりあなたが剣帝だったか」
レオンはすかさずバックステップで距離をとる。コーゼの一振りでクレーター状に森が割れ、大地が消失した。
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