第35話 コーゼ=ローク

 馬車に揺られて二日目。朝、モンスターが出現する。スライム。水色の液状物質、雑魚スライムが道に立ちふさがる。


「お任せください」


 深く帽子をかぶった従者が馬車を止め、地面に降りてふところから剣を取り出す。


「傘?」


 レオンは馬車の中から様子をうかがうと、従者の女性は腰につけた傘を剣代わりに戦うらしい。雑魚スライムなので助太刀は不要だろうけれど、ただの傘をどう使うか見ものだ。


 従者の女性は達人のそれとわかる一振りでスライムを一刀両断する。目にもとまらぬ神業。物理攻撃に耐性をもつスライムを物理で消滅させるとは、なんておそろしい女性だろうと戦慄する。


「――危ない!?」


 女性が傘を腰に収める瞬間、背後から大きな狼のモンスターが襲ってくる。巨大な牙や爪をもち、動物離れした瞬発力で飛びながら女性に食いつこうとしている。

 レオンは急いで馬車を降りようとするが、間に合わない。しかし、女性は落ち着き払って180度半回転し、左腕を平行に切る。何の効果も力もないはずの左腕から放たれる衝撃波で狼のモンスターは真っ二つになる。


「え?」


 あまりの出来事に愕然。魔法をつかった痕跡はない。従者の女性は左腕一本で狼のモンスターを倒してしまった。


 半回転した衝撃で彼女の帽子が地に落ちる。レオンは二度驚いた。帽子を落とした従者の女性は耳が長くとがった形をしていた。


「……エル……フ?」


 亜麻色の髪。大きなブルーの瞳。レオンと同じくらいの長身。顔の整ったエルフの女性がそこにいた。年齢は不詳だが、人間でいうと見た目は二十歳くらい。

 落ちた帽子を拾い、改めて姿勢を直すとレオンの方に向き直り、挨拶する。


「バレちゃいましたか。改めてご挨拶します。オリオン帝国の親善大使としてダヤン王に招かれておりましたコーゼ=ロークと申します。レオンさんの警護及び道案内をさせていただいております」


 従者のエルフはコーゼさんと名乗った。コーゼはローク流自在剣術の使い手。ありとあらゆるものを剣に変えて獲物を狩る。時には空気を、時には腕を、鋭利な刃物に変化させて全身凶器と化す、それがローク流剣術。


「すごいですね」


「ダヤン王から、レオンさんにローク流自在剣術を教えてほしい、と頼まれました。道中ではありますが、エルフで最も強力なローク流自在剣術を習いませんか?」


 馬の手綱を握るただの従者だと思っていた仲間は、エルフの、それもかなり強力な剣士の女性だった。もともとはオリオン帝国に着いてからエルフだとばらしてローク流自在剣術をレオンに教える手はずになっていたらしい。たまたまバレたので道中で教わることになった。


「では、よろしくお願いします」


 レオンは頭を下げる。火をたいて休憩をとる。


 コーゼに傘を渡される。


「ローク流自在剣術は小道具を剣として扱います。師範までいけば体全体を刃として空気を切ることも可能ですが、レオンさんは初心者なので剣っぽいものを、まずは傘から始めましょう」


 今のままでもオリオン軍約10万を相手にする自信はある。しかし、戦力は多いに越したことはない。長いエルフの歴史の中でも最強とうたわれるローク流自在剣術を習うことになった。


 レオンは素振りをして傘をなじませる。うん、ただの傘だ。それ以上でもそれ以下でもない。こんなただの傘が物理無効のスライムを切り裂いたのだから驚きだ。

 スライムは雑魚でも身近にスライム蜘蛛という最強の転生者もいる。雑魚だと油断するわけじゃないが、それだけローク流自在剣術の万能性を証明していた。


 次に傘をつかって打ち合う。もともと剣術をたしなんでいたレオンはコーゼの動きに追いすがるが、技術の差でコーゼが負ける。あっという間に手から傘をはじかれ、喉元に先端を突き付けられる。


「魔法使いにしてはお見事な体捌き。1か月で立派な魔法剣士になれるでしょう」


「これでも結構自信はあったんだけどな。コーゼさんの技量がすごすぎる」


 基本的な剣の練習をしていると昼過ぎになる。十分に汗をかいたので今日の訓練はここまで。まだまだ強くなれる。確かな実感を覚えたレオンは拳を握りしめて昼食の準備に差し掛かった。

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