第34話 夏休み

 7月。魔法学園のテストが終了し、レオンたちは夏休みに入る。学園では夏季中の留学という形でオリオン帝国へ行くことになる。


 夏の暑さがほとばしる季節。レオンは馬車に揺られてオリオン帝国を目指していた。夏の暑さと馬車の振動が胃を刺激し、車酔いを悪化させる。ふだん乗り物を利用しない魔法使いにとって車酔いは天敵といえた。


「おぉえー」


 吐くこと数回。馬車は王族専用の貸し切りで従者が一人、手綱を握っている。中は広くて快適なのだが、いかんせん冷房のたぐいはない。青の魔法を使えれば便利なのだがレオンは魔法が使えない状態のままオリオン帝国に乗り込むことに。よって気温と湿度と振動の三段パンチをくらっていた。


「どのくらいでつきますか?」


「あと三日くらいです」


 三日とは絶望的な。レオンは寝ながらオリオン帝国の情報を頭で整理した。


 今回の依頼はオリオン帝国に潜入、オリオン軍10万の進軍が本当かどうかを確かめ、もし本当ならレオン一人で食い止めるというもの。バジーナが裏で手を引いているようなので、できればバジーナの身柄も確保すること。

 ダヤン王から支給された物資は王族御用達の馬車と従者一人、そして一か月は楽に暮らせる金貨をいただいた。噂では8月の初めに進軍を開始するらしく、7月中までにはどうにかしてほしいとのこと。

 オリオン帝国は魔法の妨害障壁が国土一面に張り巡らしてある。これは他国の転移魔法を防ぐ措置であり、オリオン帝国の都市に向かうには馬車しかない。国防の関係上、仕方のないことだが、車酔いの苦手なレオンには10万の兵士よりもきつい環境だった。


「ZZZ」


 オリオン帝国は100年以上前、アルテミスと戦争をしていた。当時のオリオン帝国は魔族と呼ばれる人ならざる人以上の魔力と力を持った軍勢に支配されており、周辺他国の人間国家と戦争ばかりしていた。魔族は大雑把にいって人外。人種以外で知能を持つモンスターを魔族という。魔族だからといって会話が通じないわけではなく、当時、話し合いの末、人と魔族は和解したらしい。


 よってオリオン帝国は多国籍種族で構成されている。一番上に立つのはエルフ族。ドワーフ族に、人魚族、人狼族や吸血鬼族、天使族に悪魔族と幅広い。もちろん人種もいる。100年前に和解し、あえて未開の地に突入した人間たちが魔族と友好関係を築きながら、地に根を生やした生活を続けている。


 筆頭のエルフ続は人間よりも魔法に優れており、今回留学の件で処理されたレオンは、エルフの学校に通うことになる。表向きは留学、裏ではバジーナが用意した10万の兵と戦わなければならない。


 オリオン帝国は種族混合の国だからと言って争いが頻繁に起こる、ということもなく、種族間で縄張りを決めており、たがいに尊重しあって生きている。昔のような人がさらわれて食われ、戦争に発展した、なんてことはないのだ。この100年間、本当に平和に暮らしていた。


 ダヤン王には、エルフの魔法を学び、より強く帰ってきてくれと期待をこめて送り出された。車酔いで負けるわけにはいかない。


「エルフの国ではめずらしい剣士……剣帝……と呼ばれる最強の魔法剣士がレオン様を鍛えるそうです。1か月間、励んでください」


 馬の手綱を操っている従者が声をかける。しかし、車酔いで潰れては寝てしまったレオンは、いびきで返事するだけであった。従者は頼りない主人に苦笑しつつもその図太い精神に感服し、裏の大賢者の送迎を、心からほまれに思っていた。

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