第31話 魔法学園祭⑤

 個人戦が始まる。トーナメント表は当日のクジで決まるのだが、ヘミィと生徒会長は順当に勝てば二回戦で当たる。クジ運に魅入られるように大賢者の弟子の好カードが決定した。きっと不正に違いない。リィルはシードで一回戦は不戦勝だった。


 会場を四分割し、一回戦が開始される。ヘミィは不調ながらドラゴンを使役して楽々勝利する。生徒会長は言わずもがな、速攻で勝利した。


 ハナコとアルミスははしゃぎ、テンションをあげる。6月とはいえ日差しの強い日だったので二人で日焼け止めを共有しあい、使う。


 不戦勝したリィルは運だけで勝ったくせに、やたらめったら自慢げに手を振る。


 レオンは手を振り返す。


「なあ、ハナコ」


 リィルを引き取り、しばらくたった。魔法学園になじみ、クラスの人気者になり、ファンタジー世界を楽しんでいるように感じられる。でもそれは現地人であるレオンの意見だ。リィル、ハナコは日本人なのだ。


「お前ここ楽しい? 俺はリィルを満足させられているのかな?」


 ハナコから借りた少年漫画はあっと驚くファンタジー世界が広がっていた。しかしアルテミスは違う。先代の転生者ダヤンが統治し終わった世界で、平和ボケしていてちっとも楽しくない。世界を征服できるチート能力を持ちながらもレオンというイレギュラーの存在により存分に力を振るえない。まるでオママゴトだ。


「バトルもない。冒険もない。学園でお勉強するだけの生活は満足か?」


「は? あんた何言ってるの。満足に決まってる」


 ハナコに叱られる。妙にブルーなのはレオンだけで、ハナコは毎日忙しくて大変らしい。


「漫画を描いてフィギュアつくって魔法を学び、毎日特訓してんの。そろそろギルド活動に力を入れないといけないし、最高の学園生活よ」


「いや、すまん。俺もっとリィルを楽しませられるんじゃないかと悩んじまって」


 レオンは人づきあいが苦手だった。人に興味を持っていない、というほうが正しいかもしれない。平民のレオンは成長しなければ周囲に認められなかった。だから他者の存在を垣間見ずにがむしゃらに努力したし、独自の魔法研究ではそれなりの結果を残した自負がある。


 それでもリィルとの付き合い方がわからない。


 隠居を希望しているのにもそんな内面的理由がある。できれば誰とも接さずに魔法の研究をしていたい。引きこもりたい。そうすれば人間関係のあれこれに悩まなくて済むのに。


「最初は味方に引き込むためにリィルと接してた。でも気づいたら自分でもわからないうちにどんどん楽しくなっちゃって。俺はリィルをおもてなしできてるのか不安になった」


 二回戦が始まる。リィルはスライム魔法で相手を串刺しにして順当に勝つ。ヘミィは生徒会長に苦戦していた。


「くすくす。なーに真剣に悩んじゃってんの。結局何が言いたいわけ?」


「うーん。自分の意見を通すことと人に気に入られることのバランス調整が苦手? みたいな」


 レオンは裏の大賢者として絶大な権力を持っている。それゆえ、自分を通しすぎて他者と反発することがよくある。師匠である大賢者のお願いを振り切り、ダヤン王と距離を置き、自己中心的に行動している。だから人間関係を円滑に進めることが大の苦手だった。


「くすくす。レオンって友達少ないもんね」


「うっせ」


 召喚キャラのハナコは除外するとして幼なじみのヘミィ――アルミスは仕事関係と割り切って――くらいしか友達がいなかった。


「あれ? 俺、幼少期は平民差別で貴族のお子さんに相手にされなかったし、大賢者の弟子になってからはあの6人以外、身近な存在がいなかった? 今は裏の大賢者として秘密を守るために必要以上にはクラスの人と接してない。クラス長なのに人望が少ない……だと……?」


 レオンは絶望した。頭を抱え込む。


「なるほど。レオンの悩みは人に気に入られるにはどうすればいいか、っね?」


「ああ。特に一人でも問題ないけど。できればリィルにもっと気に入られるにはどうすればいいか教えてくれ」


 ヘミィはドラゴンを召喚するが、間髪入れず、生徒会長は召喚破棄の魔法を唱えてドラゴンの召喚を無効化する。場数の差が出た。魔力切れを起こしたヘミィは大ピンチに陥る。アルミスが心配そうに祈る。


 ハナコはヘミィを応援しつつもレオンの悩みに真剣になってくれる。ちょっと考えてから答える。


「レオンって自分の意見が絶対だって感じの人だよね。何をするにも自分中心。自分を通しすぎる人間ってのは人の意見が聞けなくなって嫌な人間になるんだ。人のことを気にしてないと人の気持ちはわかんないんだよ」


 レオンは誰にも興味を持たれない。なぜか。なぜならレオンは誰にも興味を示さなかったからだ。


 どんなことをすれば、レオンは素敵な人だな、と言ってもらえるかを考えていなかった。それを考えもせず、より素敵な人間になりたいとか、人に認められたいとか、人気が欲しいとか、思っていた。


「無理でしょ。少なくとも私は私を喜ばせてくれる人と一緒にいたい。そんなことを考えもせず自分勝手な人とはいたくない」


 漫画でも小説でも何でもそうだ。物語は人を楽しませるために存在する。読んでくれた人が少しでもハッピーって思ってくれれば御の字なのだ。そんなことを考えず、自分だけが幸せになりたい、いわゆる自己中心的なオナニー漫画やオナニー小説に何の意味があるだろうか?


「私はみんなを幸せにするために漫画を描いている。見てくれた人が笑ってくれて、今日の学校や仕事の疲れが吹き飛ぶような漫画をつくりたい」


 ――人に興味を持て! ハナコは命令口調で言う。


 ――そして、笑顔にしろ! レオンの背中をバーンと叩く。


 人づきあいで大事なのは相手に興味を持ち、笑顔にすること。他人を笑わせ、自分も無理せずに笑うような環境を目指すことだと教わった。そうすればおのずと他人に興味を持ってもらえる。


 フィールドではヘミィが倒れて泣いていた。ローブを賭けて争った試合。生徒会長の勝利で終わった。


「まずはヘミィちゃんを笑わせてみなさい。ここに帰ってきたらめっちゃ暗い雰囲気になると思うから、あんたの努力次第ね」


「わ、わかった。ありがとう」


 二回戦終わり。戻ったヘミィはアルミスとハナコの間に座り、泣きじゃくる。レオンはたどたどしい言葉をかけて励ます。大賢者の後継者争いには大賢者の弟子にしかわからない苦労がある。レオンは必死になってヘミィを笑わそうと努力して、最終的にヘミィはレオンの胸の中で泣いて落ち着いた。ヘミィがトイレに顔を洗いに行ったときにハナコからOKのサインをもらった。


 試合は三回戦に進む。リィルの相手はバミラだった。


 緑のブレードと激化攻撃。スライム属性に相性の良い緑魔法で序盤を有利に進めていた。しかし、リィルの隠しトラップに引っかかり、後ろから硬質化したスライムの槍に貫かれバミラは退場となった。リィルがトーナメントを勝ち進む。


 決勝戦は生徒会長VSリィルの試合となった。お昼を挟む30分の休憩に入る。 


 決勝戦前。レオンは観客席を後にし、バミラを伝手に生徒会長と密会した。


「決勝戦おめでとうございます」


「レオンちゃん久しぶり。大きくなったね」


 誰もいない闘技場の裏。


 生徒会長は昔と変わらず茶目っ気たっぷりの表情をしていた。


「あなた方がクラス対抗戦、個人戦の裏で糸を引いていたのは知っています」


「しょうがないじゃない。ヘミィは力不足だもん」


 確かに今のヘミィはまだまだ未熟だ。さっきだってレオンの胸の中で赤子のように泣いていた。しかし、才能はぴかいち。大賢者の弟子の中で一番すごい。


「俺がヘミィをサポートします。死ぬまであいつのそばで働きます」


「あらあら嫉妬しちゃう。ヘミィにそこまでの器はないわ」


 冗談っぽく笑う生徒会長にヘミィから盗んだレオンのローブを放つ。


「俺と決闘してください。俺が勝てばあなたが傘下に加えた4人とさっき奪ったヘミィのローブそれからあなたのローブすべてをもらいます」


 つまり事実上の大賢者の後継者が決定する争いを申し込む。条件は圧倒的にレオン側が有利なので、承諾してもらえるように新聞部と生徒会の癒着について追及する。


「俺らの調査で新聞部が賭博を開き、生徒会運営がクラス対抗戦、個人戦で不正をしたことはわかっています。もしこの決闘を受けてくれないのであればおおやけの場で公表しようと考えています」


「ずいぶんヘミィに肩を持つのね。レオンちゃんはずっと私の味方だと思ってた」


 レオンはちょっと言いにくいことを口にしようとして、口を慎んだけれども、でもやっぱり言うことにした。


「運が悪かっただけです」


「運?」


 生徒会長のことは好きだ。面倒見の良い年上のお姉さん。でも、ヘミィは特別だ。


「生徒会長は憧れの人です。でも、ヘミィは俺のたった一人の友達です」


 生徒会長は腹を抱えて笑い出す。まさか友達というだけの理由でレオンが敵に回るとは思ってもいなかったご様子だ。


「ふふふ。友達、そうね。そんなくだらないものと一番関係なさそうなレオンちゃんが友達を優先するなんて。月日が経つのは早いわ。残念ダメよ」


「男子三日会わざれば刮目して見よ、です。俺めっちゃ成長してますよ」


 交渉は決裂した。生徒会長は踵を返して会場に戻ろうとする。


「別に不正を発表しても構わないわ。その時は全力で握りつぶしてあげる」


 やっぱりダメだったか。仕方ない。レオンは奥の手に出る。


「俺、怒ってるんすよ」


 レオンは魔力を操作して『射手座サジタリウス』を準備する。


「友達をコケにされたことに対して。怒ってるんす」


 射出。魔力の矢は生徒会長に直撃する。


「え、ええ?」


「生徒会長から魔力だけを奪いました。その状態で試合をすれば安全装置が発動せずに最悪死にます。どうしますか?」


 大賢者の弟子として魔法を極めた生徒会長が混乱する。無理もない。魔法の辞書に魔力だけを奪う魔法なんてどこにも載っていない。射手座の弓矢を初見で防げる魔法使いは見たことがない。


「もうおしまいにしないかい?」


 一部始終を木陰から見ていたバミラが顔を出す。


「……うそ」


 魔力切れを起こし、裏切られたことをさとった生徒会長は観念し、負けを認める。


 最後のバミラの一押しでレオン側の勝利が確定する。


 個人戦はリィルが優勝し、大賢者の正式な後継者はヘミィに決定した。


 食券1000枚というとてつもない額の金券を手に入れ、バミラに払い終えたレオンは大切な仲間たちと共に打ち上げを開き、交流を深めた。


(もう少しだけ、人に興味を持ち、幸せになってもらえるように努力しよう)


 レオンは少しだけ素直になって少しだけ人と打ち解けるようになった。


 学園祭は三日目に突入し、後夜祭がおこなわれた。

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