第29話 魔法学園祭③

 クラス対抗戦を終え、基礎魔法のクラスの面々で集まり打ち上げを開催する。女子グループがリィルの編入祝いを兼ねようと言い出し、結局、リィル主役のパーティーがつつがなく開かれる。学園祭で入手した焼きそば、タコ焼き、わたあめなどの定番から、アルテミスのB級グルメなどがずらりとならぶ。


 クラス長のレオンが打ち上げの音頭をとり、みんなで乾杯する。ジュースの入ったコップが小気味よい音を立てて交わされる。2か月とちょっとばかりの学友たちは、されど旧来の友人のように楽しく雑談する。


 クラスメートと交流するのが苦手なレオンはロリっ子に変身したリィルに近寄ろうとすると、クラスの女子たちに呼び止められる。ヘミィやアルミスと親しいのは周知の事実だったので、特売スーパーで我先に品物を買い求める主婦のような速さで周りを囲まれる。王族ブランドおそるべし。普段、地味な生徒にカモフラージュしているレオンがモテモテになってしまった。


 女子たちはヘミィやアルミスについて根掘り葉掘り聞いてくる。お祭りというのは恐ろしいもので会話したこともない異性との会話を可能にする。レオンの場合、悪い意味で、女子の話題の中心となり、目立ってしまった。ヘミィはただの姉弟子でアルミスはただの護衛対象であることを告げる。


 すると、話題の中心が徐々にレオンの強さに変わっていく。


 大賢者の弟子がなぜ基礎魔法クラスにいるのか?

 あんなに強いアルミス様の護衛をするなんて実はもっとすごいのか?

 そもそもクラス対抗戦ではどうやって最上級魔法クラスを10人以上倒したのか?


 女子とは恐ろしいもので興味のない異性にも色香を使う。ちょっと雑談しただけでくのいちのごとく魔性に踊らされ、世の男性はあることないことべらべらしゃべってしまう。運動後のちょっと甘酸っぱい匂いをまとった女子たちに詰め寄られ、レオンの心臓は血流を加速させ、体内の温度は急上昇する。


 自慰行為を隠語で自家発電というが、あれと同じ現象だ。自慰すると体が火照り、気分がよくなる。勘違いによるモテモテフィーバーでレオンはドキドキしていた。


「はいはーい。僕がアルミス様を倒したんだよー」


 助け舟を出してくれたのはリィルだった。ファンクラブに囲まれたリィルは板垣を壊しながら、レオンを包囲する女子グループに割り込んでくる。


「レオンは棒立ちしてただけ。僕が10人以上倒したんだよー」


 女子の塊がリィルの方へ動いていく。レオンは目線でリィルに感謝の合図を送り、女子たちから逃げるようにひっそりと打ち上げを後にする。外に出ると正午の明るい太陽がこんにちわと顔を照らした。


「ひどい目にあったぜ」


 裏の大賢者として目立たないはずが、連れのせいで大変な目にあっている。


 園内の新聞は思いのほか威力があったらしく、ヘミィやアルミスの顔が良いこともあり、新聞掲載以降、レオンに対して彼女たちにお近づきになりたいという相談がひっきりなしに来ている。ヘミィはもともと新聞で勝てば食券100枚と銘打っていたのでお近づきになるのは簡単だ。決闘を挑むだけでいい。しかし、アルミスは気品漂う王族という事情があり、同じクラスか、つるんでいる仲間、つまりレオンを通してでなければお近づきになれない。


 魔法学園の男性諸君には悪いが、親バカのダヤン王に虫一匹近づけさせるなと命令されているので、護衛であるところのレオンは相談をやんわり断り続けている。


 女子の好奇心というものに恐れをなしたレオンは午後が全部空いてしまった事実に気が付き、誰かを学園祭に誘おうと企てる。


 リィルは1時間はクラスメートに拘束されるであろうと考え、ポンっと思いついたハナコに連絡を取る。召喚キャラなら魔法がなくても念話のようなもので連絡がとれるのだ。


 ――忙しい!


 ハナコからの返答は味気ないものだった。クラス対抗戦が控えているので当然か。


 魔法人形を人型ロボットに変形させたハデスに敗れて以来、ハナコは自尊心を刺激されたのか、毎日のように秘密特訓をおこなっている。時にはヘミィに付き合ってもらいながら、漫画とフィギュアづくり以外はずっと屋外で修行している。


 久しぶりに一人になったレオンは一抹の寂しさを覚えた。


 平民として養子に迎えられ、没落した養父、継母からひどい仕打ちを受けた。無理やり大賢者の弟子にしてもらったことは感謝している。弟子時代は兄弟子や姉弟子にバカにされながらも楽しい時間を過ごした。特に生徒会長の逆セクハラに耐えるのがちょっとした楽しみでもあった。レオンちゃん、レオンちゃん、と。お人形さんのように着せ替えられたり、女装させられたり、挙句の果ては女風呂に強制連行された。


 幼いレオンに性の目覚めを教えてくれた女性、そんな恩人に今は敵対している。


 なんだかバカバカしくなってきた。


 大賢者と国王の誘いを断り、必要もないのに魔法学園に入学し、ヘミィをだましてバミラ先輩と裏取引し生徒会長を負かす。国防だの外交だのの責任感がレオンの両肩にずっしりとのしかかり肩こりとなる。チート連合のバジーナとは良好な関係を築けているが、一歩間違えればアルテミスはほろんでしまう。ゲロ吐きそうだった。


「早く隠居したい」


 屋外は生徒であふれていた。絢爛けんらん豪華ごうかなメリーゴーランドのごとく人混みがぐるぐる回っている。食べ物の匂いを漂わせ、浴衣を着たおしゃれなグループやナンパにいそしむ男子学生など活気がすごい。


 憂鬱ゆううつな気分を弾き飛ばすため、レオンはポケットから食券を1枚取り出し、近くの的屋てきやに渡して銃を構える。狙いはお菓子。魔法を使わない原始的な銃は空を切り、獲物の後方にポツリと当たり、落下していく。テントが揺れるだけに終わった。


「ちくしょっ、もう一回」


 一人さみしく弾を詰め込む。なれない作業におどおどしていると後方で人の気配がした。


「僕にやらせて」


 振り返ると頬に彼女の人差し指が当たる。聞きなれた声はリィルその人だった。


「お前、クラスの打ち上げはいいのかよ?」


 クラスの打ち上げはリィルが主役。友達の少ないクラス長のレオンが抜けても誰も関心は示さない。しかし、主役のリィルが抜けたとあっては大問題だ。


「大丈夫。分身が使えるのはレオンだけじゃないよ」


 聞くと、リィルは隙を見て分身をつくり、クラスを抜け出したレオンの後を追ってきたそうだ。よくよく見ると目の前にいるリィルは青白い肌をしていた。スライムの分身のようだ。


「レオンの双子座ジェミニのように感覚を共有しているから」


「クラス会の本体は大丈夫なのか?」


 銃に弾を詰め込んでリィルに手渡す。


 リィルは嬉しそうに受け取った。


「ずっと聞き役に徹してる。女子の会話をうんうん頷くだけの本体さ」


 リィルは分身の方に意識を集中させており、本体はフリーズしているようだった。わざわざ追いかけてきてくれたことにちょっとだけ、いや、かなりレオンは喜んだ。


「9発おごってやるよ。お菓子倒せよ」


「はいはーい。なんならぬいぐるみまで倒してみせましょか?」


 湿っぽさを漂わせたリィルの分身は人間そのものに見える。多少青白くヌメヌメしていてもお祭りという雰囲気が、リィルのモンスター感を消し去っていた。仮装だと思われているらしい。屋台のおっちゃんが笑顔で見守っている。


 リィルは残りの弾を受け取り、玄人じみた射撃力でお菓子をバンバン倒していく。残りの1発で熊のぬいぐるみを狙ったが、当たっただけに終わった。てへっと笑顔を見せたリィルは不覚にもかわいいと思ってしまった。二人で仲良くお菓子を食べた。


 レオンは思う。人生は、この学園祭の人混みのように、せわしなく流れていく。


 才能や努力は結局は結果を残したやつらのセリフで、レオンのように隠居を目指し堕落していく若者には不釣り合いな言葉だ。しかし、いつか輝くときがくるかもしれない。


 ハナコと漫画家を目指し、ヘミィにグーで殴られ、アルミスに護衛として働かされ、バミラ先輩にパシリにされ、生徒会長に逆セクハラを受ける。


 大賢者に後継者の育成を頼まれ、ダヤン王に国防を任され、バジーナと約束で外交まがいのことをする。


 裏の大賢者であることを隠し、先生やクラスメートに落ちこぼれとバカにされる。


 でも、きっと、こんな荒唐無稽な学園生活でも輝くときがくるかもしれない。


 隣では敵であるはずのリィルが楽しそうに並んで歩んでくれている。


 レオンは思う。こんなバカバカしくてくだらないことが幸せなんだな、と。


 いつか振り返った時に

 

 あの不完全で未熟な日々こそが


 黄金だったなと思う。


 そんな日が来ることをせつに願った。

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