第28話 魔法学園祭②

 魔法学園祭初日。午前中。闘技場でクラス対抗戦の試合が開催される。


 レオンが指揮するのは基礎魔法のクラス。当初、レオンとリィルで優勝を狙う予定だったが、私情により一回戦で敗退することに。学園祭を楽しむための思い出試合とする。なぜなら個人戦でリィルに優勝してもらうためだ。クラス対抗戦で手のうちをさらすのは避けるべき。クラス長として表面的に試合に参加し、適当に負ける。これがベストだと判断した。


 もともと基礎魔法クラスが最上級魔法クラスに勝てるわけがない。クラス対抗戦は徹底的にヘミィをマークする。クラス対抗戦の控え室でロリっ子に変身したリィルが質問する。


「僕はヘミィの戦い方を見ればいい?」


「ああ、トーナメント表を見た限り生徒会長とヘミィ、どちらかが確実にぶつかる」


 今からあたるクラスは1年生の最上級魔法のクラス。ヘミィの他にアルミスやハナコが在籍している。やる気満々の彼女らには悪いが、個人戦のためヘミィだけに重点を置いて戦う。


 リィルはスライム蜘蛛という種族を隠して人間として編入している。魔法は、変身魔法と糸魔法という設定。個人戦に向けてヘミィとの模擬試合にやる気を燃やす。


「ヘミィって天才なんだよね」


「魔法の種類じゃ俺のほうが上だが、才能なら圧倒的にあっちが上。ヘミィは全属性すべての魔法が使えてSSレアのドラゴンを使役する。裏の大賢者の俺から見ても、ヘミィは大賢者の素質十分だ」


 無属性魔法を極めて千以上の魔法を習得し、魔力操作を覚えて高みに至ったレオンですらヘミィの才能はまぶしく見えた。


 リィルは心配顔。


十全じゅうぜんの僕なら楽勝だけど。今の状態で勝てるかな?」


 『天秤座リブラ』で平民並みのステータスになったリィル。ヘミィに勝つにはスライム属性と蜘蛛属性を最大限使うしかない。


 転生後、魔法もスキルもなしに野生を生き残ってきたリィルなら大丈夫のはず。


「安心しろ。お前は強い。油断しきったヘミィを倒すのには十分だ」


 レオン的にはヘミィにも食券30枚を賭けている。なのでリィルが勝とうがヘミィが勝とうが関係ない。しかし、どうせ勝つなら、罠に罠を張って万事を期して戦いに挑むリィルを応援したい。


 今のヘミィには敗北が必要なのだ。レオンが新聞で用意した食券100枚をプレゼントする企画もヘミィは予想通り、全勝し、いまだに勝った者はいない。今月、かなりの数に追いかけられていたので相当数相手したはず。なのに負けなし。それだけヘミィは強いのだ。


「ねえ、試しに天秤座リブラを解除してみない?」


 リィルが悪戯を含んだ表情で相談する。


「バカ言え。魔法学園の敷地ごと灰にするつもりか」


 にししと笑うリィル。


「やっぱダメかー。しゃあない。ただのスライム蜘蛛としてベストを尽くすよ」


 それがいい。リィルの僕TUEEEなんて誰も見たくない。


 一撃でボロボロにされたレオンにとってリィルの戦闘はトラウマだった。


 ざわざわ。控え室でクラスメイトが雑談する。


「アルミス様としゃべれるかな?」


「無理だって。相手は王族だぜ」


 6月号の新聞で掲載されたことによってアルミスは一躍時の人に。基礎魔法のクラスでも大騒動となった。


「相手のクラスにはヘミィさんもいるんだ」


「勝てっこない」


 アルミスに続き大賢者の弟子としてヘミィもそこそこ有名に。控え室ではアルミスと戦えることに喜びを見出すものとヘミィと戦えることに落胆を見出すもの、そんな表情を浮かべる生徒たちで二分していた。


「基礎魔法クラスの方々、入場してください」


 司会の女の子のアナウンスが響く。いよいよ入場だ。


「いいかリィル。本気を出すな。ヘミィの手のうちをじっくり見るんだ」


「僕はいいとしてレオンが本気を出さなかったら怒られるんじゃない?」


 昔から馴染みだったヘミィはもちろんのこと、レオンが裏の大賢者だと正体を知っているハナコとアルミスは、レオンが活躍しなければ確かに疑問に思うだろう。


「仕方ない。裏の大賢者は、集団戦は苦手だったってイメージしてもらえればいい」


「にしし。後で怒られるぞ」


 勝つためだ。盛大に怒られよう。


 基礎魔法クラスの生徒が決闘フィールドに入場する。反対方向からは最上級魔法のクラスの面々。ワー、キャー、と観衆が騒ぐ。相手クラスの先頭にアルミスがいたので、ちょっとしたアイドル以上の歓声を受ける。


「リィルちゃん頑張れー!」


 野太い声がこだまする。


 基礎魔法クラス側の観客席ではリィルのファンクラブが大きな声で応援していた。彼らには申し訳ないがクラス対抗戦は手抜き。個人戦でたっぷり堪能してもらおう。


 基礎魔法のクラスと最上級魔法のクラスの試合が始まる。


 序盤はレオンの予想通り、最上級魔法のクラスが圧倒していた。


 先頭のアルミスが転移を繰り返し、水のブレードでバッタバッタと生徒をなぎ倒していく。安全装置がなければ今ごろフィールドは血の海だ。二回攻撃と水のブレード魔法、転移魔法は強力で誰も止められなかった。アルミスの後方ではヘミィやハナコが虎視眈々こしたんたんと待ち構えている。アルミスの大活躍によりレオンのクラスは半数以上、数を減らしていた。


「まずいな」


 レオンは舌打ちする。


 ヘミィの戦闘を見学しようと思ったけれど、アルミスが予想以上に強くて基礎魔法クラスの全員が持ちこたえそうにない。このまま終わってしまう雰囲気でどんどん数を減らしていく。


「作戦変更だ」


 レオンはリィルに隠れ蓑をつくってもらい、姿を消す。その中で射手座サジタリウスを準備してアルミスに照準をあわせる。アルミスその他の最上級魔法のクラス半分くらいは眠ってもらおう。アルミスを穿うがつ。アルミスが気絶し、会場がわっと沸く。一瞬の出来事でアナウンサーが言葉につまる。


 レオンは闘技場の大混乱を利用して、一人また一人と射手座サジタリウスで無力化する。


 リィルが変身した隠れ蓑でスナイプし10人ほど無力化したころ。ついにヘミィが動く。ヘミィは虹色の召喚術を用い、SSレアのドラゴンを使役する。


「リィル。もう大丈夫だ。くるぞ」


 瞬間、真っ暗になる闘技場。頭上を見上げると大きな竜が出現する。ヘミィのドラゴンは登場と同時に数人の生徒を巻きこみ押しつぶす。基礎魔法クラスの生徒がおののき、全員がドラゴンと別方向へ一目散に逃げていく。


「ヘミィ選手。ドラゴンを召喚したぞっ!」


 アナウンサーが吠える。アルミスがやられ冷めた会場に熱気が舞い戻る。みんなSSレアのドラゴンの蹂躙劇場が見たいのだ。


 ヘミィは逃げた生徒に三属性の最上級魔法を展開し、追い打ちをかける。生徒たちがやられていく。レオンとリィル以外、ほとんどの生徒が無力化される。


「どうレオン。これが私の実力よ。アルミスをやったときみたいに本気出しなさい」


 ヘミィが大声をあげる。魔力操作は秘密だけれどアルミスをやったのはバレていたようで、ヘミィにターゲットされる。


「そこのチートも気に食わなかったのよ。燃やし尽くす」


 ヘミィがドラゴンに命令する。巨大なドラゴンがリィルを灰にするため一呼吸し、ブレスを吐き出す。灼熱のブレス。何もしなければ消し炭と化してしまう。


「スライムの壁。硬質化!」


 リィルが自分の壁を大津波のように広げ、灼熱のブレスを受ける。


「おおっ!? リィル選手。ドラゴンのブレスを受け止めたぞ!」


 まさか基礎魔法クラスにヘミィと対等に渡り合う選手がいたとは思わず、アナウンサー含め会場全体が盛り上がる。


 リィルのファンクラブも野太い声で応援する。


 レオンはリィルの後ろに隠れる。


「おい、実力を見せすぎじゃないか?」


「大丈夫。このくらい前座だよ」


 大津波の防御壁はさらに変形し、無数の槍を放つ。ドラゴンは上空に逃げ、ヘミィは防御魔法を使う。さすが最上級魔法のクラス。リィルの槍をすべて防ぐ。ハナコは『白馬の騎士』に変身し、盾で攻撃を無力化していた。


「これ以上やると学生を負かしてしまうぞ」


「僕に秘策がある。スライム壁やスライム攻撃に弱点があると思わせればいい。炎を弱点と見せかけるんだ」


 レオンはリィルの頭を叩く。


「さきほど摂氏何千度のドラゴンのブレスを耐えたところだろ。炎が弱点なんて誰も思わない」


「そっか。じゃあ物理攻撃が弱点だと思わせるよ」


 ハナコがペガサスに乗って突進してくる。秘密の特訓の成果があらわれたのか乗りながら素早く魔法を詠唱する。リィルは器用に魔法攻撃だけを防ぎ、ハナコの突進はあえてスライムを溶かして、物理攻撃は苦手ですよと宣伝する。


 術中はハマり、アナウンサーはお門違いの解説をする。


「ハナコ選手の槍がリィル選手のスライムを破り去っていきます! 魔法耐性はあっても物理耐性はないのかぁっ!?」


 ハナコの一直線の攻撃を受け、リィルはスライムをすべて消滅させる。


「こんなものでいいかな?」


「ああ、上出来だ」


 個人戦の種はまいた。あとは策が的中しリィルが優勝するように祈ろう。


 レオンはクラス長の権限で持っている白旗をあげ、負けを認める。基礎魔法クラス1年はあえなく敗北する。安全装置で控え室に戻った生徒たちはアルミスを褒めたたえ、ヘミィのドラゴンに感服していた。まったくもってその通りだ。明日はリィルの大逆転劇をお見せしよう。レオンは内心、負けたクラスメートたちにそう約束した。

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