第19話 ハデス=ベルセイヌ②

 ハナコとヘミィは正装のドレスを身にまとい、王様の前でこうべを垂れる。


「王のおな~り~」


 召し使いが王を呼ぶ。脇に並ぶ部下たちが一斉に拍手する。ハナコは日本のノリだと思った。

 アルテミス王族に婿入りし、一夫多妻を実現させ、異世界転生で覇権をとった王。その人がハナコたちの前にあらわれる。


 白髪頭の初老の男性。筋骨隆々。サングラスをかけ、地味なTシャツを着ている。ラフな格好からは威厳はみじんも感じられない。異世界転生人ダヤン=ユンが眼前に降臨した。


「顔をあげい。無礼講じゃ。一緒に飲もうじゃないか」


 王座から食堂に移動し、ハナコとヘミィは料理を前に、いただきます。ダヤン=ユンはご機嫌な様子で赤ワインのボトルを開ける。


「君たちを呼んだのはチート連合を成敗したからだ。しかし、本当の目的は私の話に付き合ってほしかったからじゃ。ちょっと聞いてくれるかな?」


「はあぁ……」


 ヘミィも同じく赤ワインをいただく。ハナコは未成年でも大丈夫な梅酒をもらってモグモグ食べ始める。料理はステーキがメインの王族料理だった。


 ダヤン=ユンは才能の話をし始める。


「本当に頭の良い人とは、才能とは何かな?」


 例えばインドの数学者ラマヌジャン。彼はめちゃくちゃ頭がよく才能があった。


「ラマヌジャンは素晴らしい公式を数々つくった。しかし、証明できなかった。にもかかわらず公式は全て正しかった。なぜ証明できない数式の公式を数々つくれたのか? と質問を受けると、ラマヌジャン自身は数学の神様が教えてくれた、と話したそうじゃ」


 ラマヌジャンは「我々の100倍も頭がよい」という天才ではない。「なぜそんな公式を思い付いたのか見当がつかない」という天才なのである。(【理解不能の領域】アインシュタインを超える大天才「ラマヌジャン」とは。より引用)


「論理でなく直感で数式をつくった化け物じゃ。ハナコさんもラヌマジャンの名前は聞いたことがございましょう。常人には到達できない神の領域にたどり着いたものこそ頭の良い人であり、神に愛された人物が才能のある人じゃよ」


「はぁ……」


「ちなみに頭の良さは遺伝する。日本で数々の論文を読んだがほぼ遺伝が頭の良さに関係していた。劣性遺伝や隔世遺伝などは別じゃ、ラマヌジャンもサヴァン症候群という病気じゃったしのう」


 ダヤン王の話はずっと続く。ハナコは自然と敵意を持ち、黙々と食べる。

 代わりにヘミィがダヤン王の相手をする。


「ラマヌジャン様は才能がおありなのですね」


「才能論は面白い。才能は先天的につくものと後天的につくものの二種類ある。スポーツ選手はよりシビアじゃ。遺伝による才能と環境による才能、ヘミィさんは講義を聞きたくないかね?」


 ヘミィは数学やラマヌジャンのことを知らないので、ダヤン王の機嫌を悪くしないようにやんわりと話題を変える。


「才能論は興味あります。ダヤン様は異世界転生人だったのですね、生前はどのような方だったんですか?」


「私は幸福論、才能論、なぜ人は貧富の差がつくのか、金持ちと貧乏が生まれるのかを研究していた。ハーバード大学の卒業生2000人を対象に卒業後を追って調査した結果、老年における幸福と健康、そして暖かな人間関係の3つの持つ強い相関関係を知ったのじゃ」


「?」一瞬キョトンとするが、ヘミィは真剣に話を聞く。


「それで、どうなったのでしょうか?」


「人生において人間関係が最も重要な要素である。結果はそう物語った。馬鹿げている。いくら頭が良くて才能があって、遺伝も環境も恵まれた人間でさえ、人間関係に固執される。結果では人間関係が豊かな人の方が年収が高く、専門的分野においては人間関係が貧しい人の三倍も成功を収めていた。女性も同じくだ。母子の親子関係が円満な方が年収が高く、老後は痴呆になる確率が下がっていた」


「つまりいくら頭が良くて才能がおありになっても人間関係が良くなくては幸せにはなれないと?」


「その通り。私は生前、日本で貧富の差を研究しビジネス書を読み漁りハウツー本を何冊か出した。しかし、それでも日本の私は矮小だっただろう。人間関係という邪悪な存在のせいで私の人生は紙くず同然だった」


 ハナコはぼんやりと食事に集中する。ダヤン王は頭の良い人をディスっていた。


「論理的な頭の良さは環境によって身につく。山のような良書と論文を読み漁れば、誰でも頭が良くなる。しかし、それではダメだった。私は実践の大切さに気付いた」


 異世界に転生したダヤン王は脳みそをフル活用して勉強し、トライ&エラーの実践を繰り返した。失敗を恐れずに行動し、明日やれることを後回しにせずに今やった。本こそが最強の武器だと認め、本至上主義の立場になり、アンテナを張り続けすべての人物から学び取った。


 そしてアルテミスのすべてをもぎ取った。覇王。その言葉がぴったりだ。


 ハナコは不思議と嫌悪感を覚える。生前、女子高生時代も偉い人が苦手だった。


「もぐもぐ」


「ハナコさんは聞き上手じゃのう。私はアルテミスに来てから今まで読んだことのなかった本にも手を出した。それこそ思考は現実化する、じゃ。大富豪の教えにのっとり『話すな、聞け。見るな、観よ』も実践した。もちろん今は私の、年寄りの説教と思っていただきたい」


 ダヤン王は一つのことに集中して研究した。なぜならこんな格言を持ったからだ。


 一つの庭を手入れするほうが、多くの庭を持ってほったらかしにするよりはよい。

 一つの庭を持つ人は鳥を食べることができるが、多くの庭を持つ人は鳥に食べられてしまう。


 本至上主義らしいダヤン王の格言だった。


「ヘミィさんハナコさん、人生の幸福は最後に誰と過ごすかじゃよ。前口上が長くなって申し訳ないが、私はアルミスを愛している。だから私はアルミスにちょっかいを出すものを絶対に許さん。絶対に許さん!」


 ハナコはびっくり仰天。今までの嫌悪感が吹き飛ぶ。思わず笑みがこぼれる。


(この人、かなりの親バカだっ――!?)

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