2章 VS最上級魔法のクラス

第16話 街案内

 始まりはリィルの一言だった。


「ペンタブないの?」


「ない」


 ハナコの部屋からパソコンを引っ張り、ネット環境に接続を試みるが失敗。手書きで漫画を描くのは邪道とのことで文明の利器に頼ったのだがKOされた。

 漫画家はどうやら手書きではなくパソコン環境を利用するらしい。リィルが、小学生みたいな絵だね、とバカにしたハナコの絵もペンタブを使えば漫画の体裁を保てる程度には上達するらしい。ほしいペンタブ。


「しょうがないからアルテミスの画材で書くしかないね」


 リィルは漫画に精通しているようでベタやトーンの塗り方を教えてくれる。彼女がアシスタントになって数日、画材が切れたので補充しなければならない。

 リィルと買い物に出かけることになった。


「ハナコ、とにかく描いて描いて描きまくるんだよ。オリジナルキャラクターなんてまだ早い。最初は漫画の上に紙を置いて透けた線をなぞることから。次は模写。自分の感覚がつかめるまで描いて描いて描きまくるんだ!」


 リィルは小学生の時、漫画サークルを立ち上げて自分で4コマ漫画をつくっていたそうだ。なかなかのスパルタで暇な時間があればハナコに絵を描かせる。


「じゃあ、必要な画材を買いに行こうか」


「お、おう」


 5月の休日。日曜日。ハナコをカンヅメにして、レオンとリィルの二人は学園のお店に繰り出す。人質であるはずのリィルは持ち前の性格の良さでレオンをリードしていた。


「太いペンと細いペン、ベタ、トーンは手書きでいいか。あと古紙が大量に必要だ」


「なあ、聞いてもいいか?」


「なになに?」


「お前って生前は根暗女子高生だったんだろ。めちゃ明るくないか?」


「そりゃ修羅場くくってますから。蜘蛛スライムなんてポジティブじゃないとやっていけないよ」


「そんなもんか」


「ですです」


 部屋で美少年を演じていた蜘蛛スライムは、今は美少女の姿に変身している。


 ハナコより一回り小さい体形で胸もない。ヘミィからプライベート用の服を借りておしゃれを楽しんでいる。ほのかに暖かい5月にしては寒すぎるのではないかと疑うような肩出しのワンピース。青を基準にした下着。ひらひらのスカート。靴は赤い水玉のローファーだった。


 ヘミィさんグッジョブ。

 レオンは幼い頃のあどけないヘミィを思い出してもだえる。


「蜘蛛スライムについて教えてくれよ」


「いいよー。ドラクエでいうところの雑魚スライムと同じで戦闘能力は高くなかったんだ」


 リィルは生まれたとき、レベル1の最弱モンスターだった。人に転生したハデスと違い、彼女の場合は転生した先が魔物で蜘蛛スライムだっただけの話。


「僕は粘着糸と変身しか技能がない雑魚モンスターなんだ。でも生まれた瞬間に神様と出会ったことを覚えていてスキルポイントをせっせと貯めたんだ」


 チート能力『鑑定』。ありとあらゆるものを調べる能力はスキルポイントの有無を発見し、ドラクエの主人公のように戦ってはレベルを上げながらスキルを増やしていった。


「最終的に僕のスキルはカンストして惑星を壊せるぐらいにはなっちゃったんだけどね。まさか最後に漫画家を目指すことになるとは思わなかったよ」


「悪かったな漫画家で。ちなみ俺たちにスキルなるものは使えるのか?」


「レオン無理かも。ハナコはスキルポイントがあったから、たぶん異世界人限定だと思う」


「スキルね~」


 ハナコを召喚して思ったが、異世界人はアルテミス現地人のことわりとは別次元にいることがひしひしと伝わってくる。大天才のヘミィでもハデスのチート能力『人形遣い』で完封されてしまった。『天秤座リブラ』で平民と同じ状態にしたリィルも変身は可能らしい。まったく、規格外すぎて馬鹿げている。


 買い物がてらレオンは不安を口にした。


「俺は隠居ながらも国防を任されてる。リィルみたいなチート連中があと二人もいると思うと胃がきりきりするよ」


「しかたないよ。レオンはオリジナルスキルや固有魔法などと同等の力、魔力操作に長けてるんだから。強いものの使命ってやつ、ていうか本当に現地人?」


「アルテミス生まれの没落貴族です。お家復興のため働いてます」


「人間は大変だねー、うんうん」


 かわいい姿でうんうん、頷かれると調子が狂う。敵なのだけれど味方にしたい。敵らしさがまるで感じられないリィルに感情移入してしまう。


「同居したお祝いだ。今日は俺が払ってやるよ」


「だーめ。僕らは対等な関係なんだからおごりはNGさせてもらう」


 リィルは上目遣いに言う。


「おすすめのお店教えてね。僕、ローブほしい」


「あー、ああ、なんでも言ってくれ。魔法学園を案内する」


 リィルの要望通り、アルミスと出会ったローブ屋に行き、主人に6月までアルミスの件は内緒にしてほしいと頼み、反対にレオンらは王族によろしく、と主人にローブを安くしてもらう。その後、ジュースを買い二人で飲み、果物のパフェを注文する。


「これクラスの女子に教えてもらったパフェだ」


「レオンって女子としゃべったりするの?」


「これでもクラス長だからな」


「へー、転入楽しみー、あ、おいしー」


 二人でパフェを堪能した後は公園に入ったり、図書館に入ったりぶらつく。リィルは図書の蔵書の多さにびっくりしていた。


「日本でいうところの大学図書館ってやつ? 魔法の学術書がいっぱいだね」


「ああ、アルテミス屈指の魔法研究機関でもあるからな」


 レオンも無属性魔法を独学で千以上研究したのだが、出版はない。すべて頭の中に叩き込んである。


 リィルは蜘蛛スライム絵本と変身入門、イラストの描き方の本を借りた。


「チート能力がなくても強くならなきゃ」


「もうすぐクラス対抗戦や個人戦がある。クラスのために貢献してもらう」


「あいあいさー」


 図書館を後にした二人はカフェでコーヒーを飲み、リアル戦闘について熱く討論をやりとりする。夕日が沈むころには日本の漫画はなぜ友情、努力、勝利なのかを語りあっていた。


「あははは。楽しかったよ。僕は雑誌はコンビニで立ち読みする派だったよ」


「日本のお店は漫画が無料で読めるのか。ぜひギルドの商売に結び付けたい」


 こうして楽しい時間は過ぎていく。

 雑談は腹が鳴るまで続いた。


 自室に戻ると、ぷんぷんに怒ったハナコが待っていた。


「二人で楽しいデートをありがとう。で、画材は?」


 楽しすぎて画材を買うのを完全に忘れていた。

 レオンたちは素直に謝る。猛省。


「ごめんなさい」

「ごめんね」

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