第11話 閑話

 閑話。


 ハデスは魔法人形の名手だった。

 彼のつくった人形はモデルを完璧にトレースし、彼の意志で大きさを自在に変えて、彼の命令で標的を抹殺する。

 ハデスが日本人の記憶を取り戻したのは6年前、12の時。大国アルテミスの小さな人形店の三男坊として生まれた彼の幼少期は平凡なものだった。


「ミッキーマ〇ス?」


 都市の小さな教会で勉学を励み、12になり、働こうと父親の工房で初めてつくった魔法人形が千葉県の某マスコットキャラクターを想起させるものだった。


 ハデスの能力は魔法人形のモデルを完璧にトレースすること。魔法人形をモデルと同じ大きさまで変えられること。魔法人形に簡単な命令を与え自動で動かせること。


 ハデスは生前、日本の生家でニートをやっており、両親の死をきっかけに親族から家を追い出され、あまつさえ車に轢かれて昇天してしまった。雨のよく降る寒い日だった。よく覚えている。


「僕は、日本人だった?」


 ミッキーマ〇スをきっかけに思い出す。

 ハデスは厭世家だった。食っちゃ寝て食っちゃ寝て、体はぶくぶくに膨れ上がり、ハロワにも行かずニートを満喫していた。

 両親が死に、親族から死んでほしいと思われるくらい疎まれ、事実、車に轢かれて親族に喜ばれた。それくらい彼の生涯は無味乾燥としたものだった。


 12のハデスは吐瀉する。

 顔を覚えていない神の命により、大国アルテミスに転生し、チート能力をもらい、それでもハデスは幸せだった。生前なんて思い出したくない地獄だ。

 努力なんて何もやってこなかった。

 34歳住所不定無職。

 ニートだからと有意義な時間を過ごせばよかったかもしれない。

 漫画家を目指してウェブでイラストを連載したり、ラノベ作家を目指して小説サイトに自作を掲載したり自分の趣味を極めれば良かった。

 創作なんてくそだ。頑張って頑張って頑張っても一部の天才しか目が出ない大馬鹿野郎だ。売れないミュージシャンと作家には関わるなと世の未婚女性は教えられる。

 中学生の時は漫画家になりたかった。中卒の不登校無職男は卒業してからの約20年を棒に振った。

 漫画家はくそだ。ファッキン!

 少年雑誌を読むと10代20代の若い才能がギラギラ輝いている。34の無職ニートに若者はまぶしすぎた。

 漫画家になりたい、ラノベ作家になりたいと願いつつも何もせず両親に見放されてついに家を失った。人生そのものも車に轢かれて消滅した。


 やりなおしたい、やりなおしたい、やりなおしい。


「そして俺はフィギュアをつくってんのか!?」


 12のハデスは怒り狂う。


 転生した結果が魔法人形の職人。


 大国アルテミスでは貴族と平民に分かれている。

 魔法が使える貴族はモテモテで勝ち組、魔法のつかえない平民は一生下働きだ。

 魔法人形の職人も最後には緑属性の貴族様に頭を下げて魔法を付随してもらう。

 ハデスが気づいた現実は、生前も現在もあまり変わらない上下関係のはっきりした世界だった。


「貴族にならないと転生した意味がない」


 あのとき34歳だった。漫画家を目指すには20年遅すぎた。でも今なら? 12歳のハデスなら間に合うはず。

 大国アルテミスの都市にたたずむ小さな魔法人形工房。

 ハデスは家を飛び出して生前に自分をバカにした同級生や両親、親族を呪いながら執拗に主張する。


「俺は人生をやりなおす。異世界転生で勝ち組になる!」


 6年後。18になったハデスは王様に嫌がらせを行う。

 理由は単純、大国アルテミスの王は観測させる史上初めての異世界転生者でハデスが所属するチート連合の敵だからだ。

 王は生まれつきチートなことと異世界転生の知識があったことを利用して婿養子になり、一夫多妻制を実現させ、アルテミスを大国へとのし上げた。世界は平和そのもの。

 ハデスが勧誘を受けたチート連合は、王より後に異世界転生した日本人たちで平和そのものの世界に英雄は必要としなかった。

 日本人であり、神からチート能力をもらいながら、彼らチート連合は王様の築いたアルテミスから排斥されたのである。

 王はチート連合を邪神にたぶらかされた異世界転生者たちとさげすむ。

 どこのドリフ〇ーズだ、ハデスは苦笑する。

 王様が出会った神を善きものとし、ハデスが出会った神を悪、邪神と決めつけた。

 きっかけは何だったか定かではない。王様は異世界転生者たちを恐れ、チート連合を邪神から生まれた悪と断罪した。


「貴族になりたかった」


 18になったハデスは人生をより良くしたかっただけなのだ。

 両親に見捨てられず、同級生にバカにされず、親戚に見捨てられない、そんな人生を送りたかった、だけ。

 100年の平和が続くアルテミスで唯一王様を憎んでいる集団それがチート連合。

 異世界に住む日本人たちを同族嫌悪し、自らの神を邪神とののしった王様に復讐を誓っている。


「なあ、日本人だった王様よ。手始めにアルミスたんをたっぷり可愛がってやるぜ」


 ハデスのそばには等身大のアルミス人形がメイド服を着てたたずんでいる。


「俺の足をなめろ」


 無機物の表情をしたアルミス人形が何の感情を持たずに持ち主の素足をなめ、犬のように這いつくばる。


「カッカッカ、次は本物のアルミスたんになめてもらう。エロいことは実物に限る」


 パチンッ、とハデスが指を鳴らすと彼の後ろから数十、数百の魔法人形が軍隊のようにきれいに整列して行軍を開始した。


 チート連合所属ハデス。彼は12まで普通の平民で、魔法を持たずチート能力だけで幹部に上り詰めた稀有な存在だった。




 閑話休題。




 4月の終わりごろ。新聞部の取材協力に奔走し、クラス長としてクラス対抗模擬戦のまとめ役をしていたレオンに吉報が届く。

 漫画と並行して趣味でやっていたフィギュア集めに成果が出た。

 ハナコが嬉々として自室に戻る。


「レオン、見つかったぞ。ミッキーマ〇スだ」


「ついに日本のキャラクターが見つかったか?」


「海外の人気キャラなんだけど、著作権とかうるさいし細かいことはいいや。たぶんこれつくったやつ異世界人で間違いない」


「何でもいい。アルミス人形と違って製作者の名前がわかるはず。名前は?」


 ハナコは3秒ためて超絶笑顔で答える。


「名前はハデス=ベルセイヌ。都市のでっかい魔法人形工房のエース。こいつを捕まえて魔法人形づくり教えてもらう!」


 ついでに魔法人形工房を乗っ取る、とハナコは物騒なことを言い出した。

 フィギュアの、同じ趣味の異世界人がいてうれしいのかもしれない。

 あんがいハナコの面倒を見てくれるかもしれない、いや希望的観測はいい。

 レオンは腕まくりし、仕事にとりかかる。


「さて、久々に裏の大賢者として腕を振るおうか」

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