第3話 大賢者の秘密

 魔法学園の保健室に2人を担ぎこぎ、保険の先生からのニヤニヤ攻撃を受けつつも看病をする。

 両手に花に見られただろう。妹弟子とチーレム女、うれしくない。

 入学式の初日に1年生が闘技場で決闘したことは早くも広がり、上級生の見物人が何人かちらほら見られた。

 中には後継者争いに参加する兄弟子たちの息のかかったものもいるだろう。

 保健室の先生に無理を言って面会謝絶にしてもらった。


 すごく大変な1日だった。

 ハナコには告げなければならないだろう。


「おい、起きろ」


 無属性の治癒魔法を使ってハナコだけ先に起こす。

 ヘミィとの勝負が引き分けに終わったので早急に懐柔しなければならない。

 ハナコになら打ち明けてもいいだろう。

 起きて早々、20もの魔法の謎を質問するハナコを押さえつけ、レオンは正体を明かした。


「実は俺、大賢者なんだ」


「え?」


「大賢者ってのは2人いるんだ」


「どういうこと?」


 レオンやヘミィは大賢者から魔法を学んだ。

 しかし、レオンは無属性魔法を極めすぎて大賢者と同等の力を得てしまった。

 老年の大賢者はレオンに後継人に選んだが、平民出身のレオンはお断りした。

 そこで考えられたのが2人の大賢者。

 表の大賢者、レオンの先生で国防のトップに立つ一番強い魔法使い。

 裏の大賢者、次世代の大賢者を育てるため暗躍する存在。


「これは表の大賢者と一部の王族しか知らないことだ。俺はヘミィ、大賢者の弟子を護衛し、より強くなるよう命令を受けて魔法学園に潜入している」


「あなた、大賢者なの?」


「ああ、王様じきじきに裏の大賢者に擁立してもらった」


「つまりあなたを倒せば私が最強?」


「そういうことになる」


 ほんらい大賢者になるはずだったレオンは、後継者争いを企画し、ヘミィを育てるため一緒に入学した。

 大賢者の称号を欲するものは山ほどいるので、今後、天才ヘミィがライバルを倒して大賢者になるのは時間の問題だろうと考えている。

 平民から貴族に転身したレオンは、幼い頃、義理の両親に送られた大賢者のもとで修業し、皮肉なことに貴族の誰よりも強くなってしまった。


「王様も表の大賢者も俺に命令したんだよ。お国のために大賢者になれって」


「どうして断った?」


「面倒くさい。やる気があるヘミィがなれば名門貴族だし面目も保つだろ」


「こんな弱そうな人が大賢者なんてアルテミスも末ね」


 SSレアのハナコが召喚されたときには、裏の大賢者を隠しながら過ごせると安堵したのだが、逃げ出してすべてが狂った。

 レオンはきつく言う


「世界を守りたければ俺を倒してからにしろ。それまでは俺のお役目を手伝え」


「わーかりました。才能だけじゃ勝てないことを知りました」


 ハナコは気絶したことを思い出し、魔法学園に入学してヘミィたちの下につくことを約束した。

 レオンはいいことを教える。


「さっき家族や親友と離れ離れになってつらそうだったけど、安心しろよ。俺が召喚キャラとの契約を切れば元に戻るぞ」


「はん。戻って何するの? 私はあの世界じゃ生きていけないの」


 ハナコは才能がないことを嘆いた。

 日本では才能があって美人な子がすべてを手に入れる。

 ハナコが元に戻っても、平凡な生活を無為に過ごすだけだ。

 レオンはつぶやいた。


「いつまで人生の傍観者でいるつもりだ?」


 才能がない。

 才能がない。

 才能がない。


 レオンには魔法使いの才能がなかった。


「才能がないっていうのは簡単だ。だけど、才能がないってだけの人生はつまらないだろ」


「じゃあ、どうしたらいいの。元の世界に戻ってオリジナル魔法がなくなれば、私は普通の地味子に戻っちゃう」


「漫画家? それになればいいじゃん」


「はあ! 無理言わないで。漫画家目指すのは10年遅かった」


 ハナコは18歳。

 漫画家になるような人は10代前半から絵を描き始めて、学生の頃から漫画家の賞に応募し、ハナコと同じくらいの頃には受賞かアシスタントになっている。

 美術部で描いたハナコの絵はウンコ。才能のかけらもなかった。


 でもレオンは否定した。ハナコの才能のなさを否定した。


「ウンコでいいじゃん。人生って早く夢中になったものが勝ちなんだよ」


 レオンは魔法使いの才能がなかった。それでも無属性魔法を続けてきた。


「平民が死ぬほど嫌いだった。貴族の養子になって大賢者になっても元平民ってコンプレックスは付きまとう。でも、無属性魔法をやり続けたら世界が一変したんだ」


 時間を忘れるほどの陶酔を味わった瞬間、世の中の景色が一変した。


「SSレアの魔法剣士ハナコ」


「はいっ!?」


「世の中を救って英雄になるんだろ。なら、救った後は元の世界で漫画家を目指せよ」


 ハナコのオリジナル魔法『圧倒的才能』があれば、大賢者を倒して金持ちになり、チーレムをつくるのは余裕だろう。でも、それが叶ったらどうする?

 レオンは思う。ハナコがやりたいのは英雄じゃない。


「人は好きなことしか一生懸命になれないんだ。一生やり続けたいことを見つけて。それに没頭しようぜ!」


 才能がなくても絵を書き続けたハナコは才能がない。でも好きなことだ。

 才能の有無は自分で決めればいい。

 やるもやめるも次のやりたいことを見つけるのも全部自分。


 下手な絵を描き続ける人生もさいっこうに楽しそうだった。


 ハナコは決意する。


「わかった。もう一度、漫画家を目指す」


「ああ、それでこそ俺の召喚キャラだ」


 レオンは漫画家なるものを聞いた。

 その職業は絵や言葉で人を幸せにするものだと解釈した。


「ならアルテミスで世界を救った英雄ハナコの物語を描こう。才能にあらがった裏の大賢者と、そのお供の魔法剣士のお話だ」


 これは才能にあらがう物語。

 地味子がチーレム無双して漫画家を目指すお話。


 ハナコはプロットをまとめ羊皮紙に走り書きした。

 レオンに見せた。


「どう、これ」


「ハナコさんや」


 レオンは愕然とした。


「めちゃくちゃ下手じゃねえか!?」


 顔と体の大きさが同じ女の子(?)モンスターが描かれていた。

 ハナコが漫画家になる道のりは長い。

 でも夢中になれるものがあってハナコの顔はさいっこうに幸せそうだった。

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