第2話 決闘
魔法学園は人里離れた森の奥深くに位置する。
周りの森はモンスターが徘徊していて、修練の場に最適。
ハナコがペガサスに乗っても1日はかかるだろうと思われるほどの広大な森が生い茂る。
移動魔法の使い手がいなければ外界と交わるのは難しい。
よって決闘は魔法学園の内部で仕切られる。
「なにここ! テーマパークじゃない!?」
雑魚モンスターの狩場から戻り、ドラゴンを帰還させて魔法学園の闘技場に歩いて向かう最中、ハナコが驚嘆する。
無理もない。
魔法学園を案内しようとすると、歩いて丸1日はかかる。
モンスターの森も馬鹿みたいに広いが、魔法学園もそれなりに広い。
生徒が三日間行方不明になり、見つかったときは迷子が原因だったなんて話は毎年ある。
4練から連なる本学に、利便性の高い小売店。魔法使いが大暴れしても届かないほど巨大な闘技場、先生の研究練に図書館。魔法学園専用の宿泊施設や寮まで完備されている。
貴族の名門氏族が集まるだけあって、町が魔法学園に丸々付随されている感じだ。
さっきまでケンカしていたヘミィは得意そうになって魔法学園を自慢する。
「女子寮は男子寮よりもゴージャスなつくりになっておりまして。ふかふかのベッドに金の家具、魔道具の職人がこしらえた年代物のアンティークなどがありますわ」
ヘミィの権謀術数の1つ。話術でハナコの気を引こうとしているが無駄だった。
負ければ強制的にヘミィの軍門に下らなければならない当の本人は、魔法学園の造形に夢中だった。
少し忠告してやることにする。
ハナコからは単純細胞のにおいがする。
「こいつは中二病なるものに夢中なんだ」
「なにそれ?」
ヘミィとコソコソ話。
レオンはわかりやすく説明した。
「平民がする魔法使いごっこだよ。平民があこがれるような話をしてやればいい」
「なるほど。魔法を実体験させればよろしいのでしょうか」
ヘミィは簡単な術式を空中に描き、パチンッと指を鳴らす。
地面から魔法陣が出現し、3人を包み込んでワープさせる。
移動魔法だ。
「おおー!?」
ハナコが楽しそうな声を上げる。
平民は身近な魔法を体験するのを喜ぶ。
ハナコも同様、貴族が無償で提供する魔法使いのサーカスを見に来た子どものように目をキラキラさせている。
移動魔法はサーカスでも一番人気のある魔法だ。
「アトラクションすげー! なにこれルーラ?」
「魔法酔いは大丈夫か? 俺たち貴族は流通業を牛耳っている。その秘密が移動魔法さ」
レオンはハナコに移動魔法を説明する。
平民が魔法を体験すると酔うこと、移動魔法は使い手のレベルによってペガサスが1日で移動する距離を一瞬で移動できること。魔法を使った直後はマラソンした後のように疲れ切り、連続使用できないことなどを説明した。
「ハナコの世界にある機械の役割を貴族が担ってる。だから大国アルテミスは盤石を固め、より強国へと成長してるんだ」
平民が飼いならされたモンスターで運送するより貴族が移動魔法を使ったほうが何倍も効率が良い。
平民だけの国に比べ、貴族の多いアルテミスは栄華を極めていた。
「小国と比べ、武力がありすぎて戦争にならないけどな」
「レオンの言い分はさておき。私たちに協力したら移動魔法を教えて差し上げます。ハナコも魔法を使ってみたいでしょう?」
「私に勝ったらね。協力する」
キャッキャはしゃぐハナコだったが、世界を救うなんちゃらの気持ちは変わらないようだ。あくまで大賢者を倒すのが目標であると断言する。
勧誘が失敗に終わり、ヘミィは困り顔だ。
「困りましたわ。いくら魔法適性SSでも今はペガサスが出せるだけの平民でしょ」
上品なハンカチで額の汗をぬぐったヘミィは闘技場での決闘を催促した。
「貴族の誇りにかけて私に忠誠を誓っていただきましょう」
ヘミィは慢心しながら決め台詞を発した。
「才能の差をお見せいたしましょう」
ハナコに灸を据えるため、ヘミィは闘技場の真ん中に移動する。
移動手段は、さきほどと同じ移動魔法。貴族との差を見せつける。
ハナコは駆け足で闘技場の真ん中に移動する。
2人を見守るレオンは、空中で術式を描いた。
「死なないように無属性魔法かけてやるよ」
発動した魔法陣はハナコを包み込む。
安全装置の魔法。
瀕死の攻撃を受けた際、体力を微力残しながら緊急脱出できる魔法だ。
闘技場の中央で2人の女の子が歩み寄る。
ドラゴンを使役する五大属性魔法を極めた天才少女ヘミィ。
ペガサスを使役する魔法適性SSの召喚キャラハナコ。
レオンが唾をのみながら、ゆっくりと中央に近づく間、両者は最後の口論をする。
ペガサスの対処法を戦術に組み込んだヘミィは余裕しゃくしゃくだ。
「この世界にきて不慣れなハナコに破格の条件です。勝ったら何でも1つ言うことを聞いてあげましょう」
「ん、何でも?」
「ええ。私は名門貴族の天才少女。平民の願いには寛容ですわよ」
「わかりました。じゃあ、」
ハナコは斜め上を向いて少し考えてから真正面に向き直った。
「愚痴を聞いてくれませんか?」
予想外の願いだった。
ヘミィは首を傾げて言った。
「愚痴、そんなものでよろしくて?」
「うん。日本の私ってなーんにもない。ちょっと絵が上手なオタクの女の子だった。でも、トラックに轢かれて神様に出会って今まで私が恋い焦がれてた才能が、いーっぱい手に入ったんだ」
バカみたい。バカみたい。バカみたい。
もっと早くトラックに轢かれればよかった。
ハナコは言う。
「漫画家になりたかった。3話で首ちょんぱなアニメ見て、綺羅星☆って真似して、ジャーファルさん愛でて、ミクちゃんの歌声聞いてたくさんアイデア出したんだ。私、地味だし恋愛経験とかそんななかったから同年代の才能あってきれいな顔した女が大っ嫌い。漫画家になって私より年下のショタかっこいい主人公を描いてラブラブデートしたかった。若手のお笑い芸人とエッチなことしたかった」
ハナコは願望をまくし立てる。
漫画家というワードに心当たりはないが、レオンは気づいた。
気づいてしまった。
ハナコはチート能力を持ったただの女子高校生で、家族や親友と離れてアルテミスに召喚された。されてしまった。
情緒不安定なのだ。
自慢のペガサスで雑魚モンスターを殺しまくったり、ヘミィの煽りに乗ってケンカしたりするくらいヒステリックになっている。
今まで倒しそうにしていたハナコの不安が心を通じてレオンにやってくる。
レオンは誰にも聞こえないように小声でつぶやいた。
「すまない」
異世界召喚を経験した高揚感がなくなりつつあったハナコは愚痴を吐きまくる。
「漫画家になりたかった。高校3年の就活時期になって必死に絵の勉強した。でも、お母さんはうるさくてうるさくて、9時に帰れとかお料理できない人は結婚できませんとか、貧乏なんだからアルバイトしなさいって。すーぐ無職のお父さんの悪口言うし。私、地味でブサイクだけどどうしても漫画家になりたかったの」
ハナコの愚痴はこうだ。
漫画家になりたかった。
しかし、才能がなかった。
日本人は才能の有無で人生が決まる。
才能あるやつは最初から才能があって、漫画家になりたかった自分は中高と美術部で頑張っても絵の才能なんて一つもなかった。
アニメを見てAA職人になってネトゲして休日は引きこもる毎日だった。
ハナコは親の仇のような眼をヘミィに向ける。
「せめてかわいい顔で生まれたかった。なんでいくら絵を書いても漫画家になれないの?」
ヘミィが折れる。
「ごめんなさい。無理させすぎました。私のベッドで少し休憩をとりましょう」
「いいよ、もう。私は白馬の王子様を見つけたもん。いなければ自分がなればいい」
ハナコの魔法が発動する。
青、緑、赤、銀色、そして黄金。七色のレインボーに輝く五大属性の最後の魔法。
レオンは信じられない目をする。
とっさにヘミィに安全装置をかけながら言った。
「これはオリジナル魔法!? 能力名は『白馬の騎士』。やばいぞこれ」
ハナコと心と心でつながっているからわかる。
『白馬の騎士』はやばい。
五大属性魔法は、赤、青、緑、無の四大属性にオリジナル魔法を加えて、五大属性魔法と呼ばれる。
四大属性は後天的に身に着けることができるが、オリジナル魔法は先天的。
つまり生まれた瞬間から才能の差で決まっている。
ハナコの才能は『圧倒的才能』。第六の魔法というやつで、いかなる魔法もスキルも必殺技も見ただけで習得できる。
無属性の最高ランクの移動魔法で、武具や防具を召喚する。
ペガサスに乗ったハナコ騎士はランスを携え、ヘミィに命令する。
「漫画家になれなかったけど私はすべてを手に入れる。愚痴ってゴメン。私の願いは大賢者になること。そのためにオリジナル魔法を集める。だからヘミィさん、あなたのオリジナル魔法を継承するわ」
「灼熱の火口から噴くドラゴンの王。我が召喚に応じ白き騎士を退治せよ。召喚!」
ヘミィがSSレアのドラゴンを召喚する。
金色に輝くドラゴンは七色の光を発して闘技場のど真ん中にあらわれる。
レオンは慌てて叫ぶ。
「ハナコのオリジナル魔法は『圧倒的才能』、『白馬の騎士』、『スキル継承』だ。その人だけのオリジナルスキルを契約に基づき継承できるぞ!」
魔法とは学問であり、学問は勉強させすれば基本誰でも使える。
しかし、先天的に備わった才能は絶対に使えない。
小鳥が空を飛べて、鈴が音を鳴らし、チーターは速く走る。
男と女、性別の差ぐらいにどうしようもないのが先天的才能。オリジナル魔法。
しかし、ハナコの『スキル継承』を使えば男女の差だって乗り越える。
他人のオリジナル魔法を覚えることができる。
それほど強力なオリジナル魔法だった。
喉仏を膨らませハスキーボイスに調整しながらハナコは宣言する。
「あー、あー、画伯声完了。僕は復讐する。地味でオタクな女の子はいない。無職のお父さんも口うるさいお母さんも、世話のかかる弟も饒舌な妹もいないんだ。漫画家になってできなかったことをアルテミスで再現させてやる。ロリショタのチーレムをつくるぜ!」
レオンは唖然とした。
話の半分も理解できなかったが、
「こいつ、サイテーだ」
SSレアで召喚したハナコは予想以上にぶっとんでいた。
故郷を離れたハナコには同情するが、我の強さは斜め上だ。
女ってやつは男よりも数倍たくましいと感じた。
さっきの心配はなんだったのか。杞憂じゃないか。
安堵のため息をつき、レオンは宣言する。
「試合はじめ!」
ドラゴンが灼熱のブレスを吐く。
ペガサスが飛翔し、炎の塊をかわす。
ハナコとヘミィの決闘は、召喚キャラどうしの攻防から始まった。
当たり前の展開といっていいか。いくらハナコがチート持ちとはいえ、ずぶの素人がランスを使いこなせるはずがない。
『圧倒的才能』がありながら、剣技を習得させる暇を与えさせない戦法。
ヘミィは続けざまに3つの魔法を使った。
「赤魔法『速さ3』、青魔法『連続攻撃』、緑魔法『速さの鼓舞』」
速さと追撃に特化したステータスの拡張。ドラゴンはペガサスに劣らないスピードを手に入れる。
ドラゴンはペガサスの下方からバク宙。
遠心力を伴った尻尾がペガサスの足に直撃する。
戦闘経験の差がまじまじと結果に出る。
仮に、ハナコが『速さ3』と『連続攻撃』と『速さの鼓舞』を使ってもペガサスを上手に扱うことはできない。勝負の女神がヘミィに傾き始める。
「キャッ!?」
ハナコに大ダメージ。
二度目の尻尾殴りでペガサスが消滅し、落馬する。
防具のおかげで大事には至らなかったが、『白馬の騎士』特性の装備は、お飾りにすぎなかった。
地面に激突したハナコはダメージで動けない。
大賢者の後継者を決める争いでハナコはジョーカー。
敵にも味方にもなる、今後の戦局を大きく左右する存在だ。
「仕方ない。助けてやるか」
レオンは心のチャネルを接続して脳内でハナコと会話する。
『聞こえるか?』
『ええ。何とか』
『お前のチーレムづくりを手伝ってやる。ヘミィを落とすぞ』
『それでいいの? 仲間なのに』
『貸し一つだ。後で返せよ』
『はいはい。わかった』
レオンは自分に向けて全力でエンハンス魔法を発動させた。
「ハナコ、全部覚えろ!」
『攻撃3』 攻撃のステータスが大きく上昇する。
『防御3』 防御のステータスが大きく上昇する。
『速さ3』 速さのステータスが大きく上昇する。
『遠距離自動反撃』 遠距離からの攻撃に自動で反撃する。
『近距離自動反撃』 近距離からの攻撃に自動で反撃する。
『疾風迅雷』 攻撃と速さのステータスが大きく上昇する。
『風林火山』 全部のステータスが上昇する。
『攻撃激化』 攻撃以外の上昇した数値すべての分を、攻撃のステータスに加える。
『連続攻撃』 必ず追撃をする。
『先制攻撃』 相手より先に攻撃する。
『ドラゴン特攻』 ドラゴンのステータスを減少させる。
『回復3』 ダメージを受けた分、大きく回復する。
『明鏡止水』 クリティカル発生率が大きく上昇する。
『攻撃の鼓舞』 味方の攻撃のステータスが上昇する。
『防御の鼓舞』 味方の防御のステータスが上昇する。
『速さの鼓舞』 味方の速さのステータスが上昇する。
『攻撃の天才』 攻撃の際、命中率が上昇する。
『防御の天才』 防御の際、回避率が上昇する。
『速さの天才』 命中率、回避率が少し上昇する。
『寸止め』 敵味方問わず、即死攻撃を気絶攻撃に変える。
「はあああっっっ!!!???」
ハナコは仰天しながらも合計20もの無属性魔法を一斉に覚える。
無警戒で攻撃するドラゴンに対して『圧倒的才能』で20もの強化魔法のかけられたハナコは自動で反撃する。
連続攻撃。ドラゴンを消し去った直後、ヘミィに即死級のランス突撃を行い、勝負はハナコの勝ちに終わる。
もっとも高速で動いたハナコもあまりの速さに気絶してしまったので、勝負は引き分けとなった。
今後の戦略の最適解を求めたはずがどうしてこうなった?
2人を保健室に運び込むのにレオンは頭を抱えるのだった。
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