SSレアの魔法剣士

ハカドルサボル

プロローグ

第1話 召喚ガチャ

 落ちこぼれの魔法使いが召喚ガチャを引いたら一発でSSレアをゲットした。


 SSレアの彼女は、日本という国からやってきた学生であり、トラックに轢かれた瞬間、神様と出会った。そして、チート(?)なる能力をもらいうけ、レオンのもとに召喚された。


「落ちこぼれのレオンにしては夢のような話じゃない」


 妹弟子のヘミィは能天気に慰める。

 彼女の隣には、同じくSSレアのドラゴンがいる。ドラゴンだドラゴン。

 レオンの怒りは頂点に達した。


「お前は伝説の生き物ドラゴンで、俺は平民だ平民。戦争どころかケンカすらしたことのない女の子だぞ」


「でも、魔法適性はSSが出たんでしょう」


 SSレアの女の子の名前はハナコ。日本という国の平民で、自らをチート持ちと称していた。

 天才ヘミィの五大属性魔法と同等の力が使えるらしい。

 召喚され、自己紹介を終え、状況をなんとなく察したハナコは、神様から世界を救う使命を受けた、などと言ってそのまま学園の外に行ってしまった。

 召喚ガチャから召喚されたキャラが主人を放り出して、世界を救う旅に出かけるなんて前代未聞。

 レオンの胃がきりきり痛む。


「召喚ガチャだけが頼りだったのに!」


「これで大賢者の座は私のものね」


 ヘミィは優雅に笑う。

 ヘミィとレオンは大国アルテミスの中で最強と謳われる大賢者の弟子だ。

 大賢者は7人いる弟子の中から、次の大賢者を決める戦いを提案した。

 五大属性魔法が使えるヘミィは最年少ながらも、大賢者の最有力候補と呼ばれている。一方、レオンは弟子の中で最弱。落ちこぼれと呼ばれている。

 大賢者を決める戦いはレオンとヘミィが入学した日に始められる。つまりは今日。


「私たち大賢者の弟子はローブを奪い合う。1年後に7つのローブを集めた弟子が大賢者の正式な後継者よ」


 ヘミィはレオンに向かい合う。己の黒いローブを外し、前に投げ捨てる。

 決闘の合図だ。

 彼女のドラゴンが羽を伸ばし、雄大さをアピールする。


 五大属性魔法の使い手、天才ヘミィとSSレアのドラゴン。

 対する相手は、落ちこぼれレオンと逃亡した女の子。

 勝負は見え見えだった。

 戦うまでもない。SSレアを召喚してうぬぼれた自分が悪いのだ。

 世界を救う旅に出かけた女の子を責められない。


「俺の負けだ」


 レオンは自分のローブをヘミィに渡す。

 自分の命よりも大事な貴族の紋章が刺繍されたローブ。

 泣く泣くヘミィに渡した。


「しばらくはお前のところでお世話になる」


「よろしい。1年間こき使ってあげます」


 大賢者の決めたルールでは、ローブを取られた敗者は勝者に付き従わなければならない。それが妹弟子でもルールは絶対。

 ヘミィと共闘してほか5人の弟子と戦うのだ。

 決闘を終え、あらためて上下関係がはっきりしたところで、ヘミィがハナコを探しに行こうと提案する。


「召喚キャラは主人と心でつながっている。ハナコの場所もわかるでしょう?」


「なんとなくわかる。だけど連れ戻すのは嫌だ」


「なんで?」


「ハナコは平民だ。一緒に戦ったら恥ずかしいじゃないか」


 大国アルテミスでは、貴族と平民という階級差が存在する。

 魔法が使えるか否か。

 古来より、魔法のつかえた貴族はその能力を生かして社会に多大な貢献をした。

 レオンたちは貴族。ましてや伝説の大賢者の弟子なのだ。平民の力を借りるのは癪だ。

 ヘミィがドラゴンの背に乗る。どうしてもハナコを連れ戻したいらしい。


「でも魔法適性はSSレアだったんでしょう。あの子、将来的には私たちよりすごいかもしれない」


「大賢者の弟子の俺らよりもか?」


「召喚ガチャは異界の者を従わせる。その異界は私たちより魔法熟練度が高いかもしれない」


「ケンカもしたことのないような平民の女の子だぞ?」


「召喚キャラのSSレアは伝説級。今は未熟だけど、将来は立派な英雄になるわよ」


 レオンはドラゴンの口にくわえられ、空中で両手両足をバタバタしながらヘミィの後ろへ運ばれる。平民は嫌だ、と連呼する。

 幼子みたいに駄々をこねるレオンに対してヘミィは呆れて問う。


「なんでそこまで平民を嫌がるの?」


「一緒に戦うのが恥ずかしいから」


「あなたも平民だったでしょう」


「それはそうだけど」


 レオンは平民出身の貴族。魔力がないながらも貴族の家に引き取られて、魔法使いになった珍しい存在。

 平民でも魔法使いになってほしいと義理の両親に送りこまれ、大賢者の元でやってきた厳しい修行を思い出す。

 魔力のない人間が魔力のある魔法使い貴族に勝てるようになるまで、それはそれは恐ろしい内容の修行をした。大賢者の弟子の中では落ちこぼれだけれど、そこら辺の魔法使いは片手で屠る自信があった。

 ハナコは異世界の住人。どこからどう見ても普通の女の子。

 優しそうな表情のハナコを弟子同士の戦いに巻きこみたくなかった。


 平民は平和に暮らすべし。

 レオンは思いを伝えた。


「ハナコにつらい目にあってほしくない。世界を救うとか言ってたけど、俺との契約が切れれば元の世界に戻れる。SSレアのチート能力だろうが、戦いに不慣れなやつは畑を耕してればいいんだ」


 レオンはなりたくて貴族になったわけではない。

 生きるために仕方なく大賢者の弟子になり、血のにじむような努力をして魔法使いになったのだ。


「くだらない」


 ヘミィはレオンの考えを吐き捨てた。


「才能のある人ってのは、否応なしに戦いに巻き込まれるものよ」


 ドラゴンが羽を動かして飛翔する。

 ヘミィは名門貴族の生まれ。家族みんなが武闘派で大賢者を崇拝している。そんな立場の彼女が負ければ大賢者の弟子を破門どころか、家族関係まで離縁してしまう。

 生まれ持った才能は大賢者に次ぐ。しかし、コネで大賢者の弟子になった関係上、ヘミィはなんとしてでも家族の期待にこたえなくてはならなかった。


「私が大賢者の正式な後継者よ。そのためならどんな人でも利用してやるわ」


 ヘミィはドラゴンのスピードを上げる。

 やれやれ、お転婆お嬢様には困ったものだぜ。

 ローブを取られたことはショックだが、大賢者の正式な後継者が決まるまで約1年ある。

 後ろからこわばった肩を眺め、肩に力を入れすぎている妹弟子のお守りをやるのも悪くないと思った。


 ハナコを発見するのにそう時間はかからなかった。

 魔法学園の近くの狩場で彼女は戦っていた。


「うそ!?」


 ヘミィが驚くのも無理はない。主人であるレオンも衝撃を受けた。

 なんとハナコは伝説の空飛ぶ馬、ペガサスを使役して狩りをしていた。

 人間2人が軽々と乗れるドラゴンと、同じくらいの巨体。

 ペガサスは光り輝き、跳躍し、雑魚モンスターを踏みつぶしていた。

 近づくとレオンらも被害にあいそうだったので、遠くからハナコに呼びかけることにする。


「おーいハナコ! お前の主人のレオンだ!」


 召喚ガチャで召喚されたキャラクターは、心でつながっている。

 魔法抜きに意思疎通ができる。

 レオンが呼びかけるだけで、ハナコは状況を察したらしく、ペガサスを帰還させてドラゴンの前にやってきた。


「魔法って不思議ですね」


 ハナコの髪は非常に珍しく黒に染まっている。アルテミス大国では金髪か、自分の魔法属性にあった色の髪をしていることが多い。

 赤属性なら赤髪、青属性なら青髪、緑属性なら緑髪、無属性なら銀髪。

 五大属性を操るヘミィの髪の色は金髪で、レオンの髪の色は銀髪だった。

 ハナコの不思議な点はまだまだある。

 召喚されたときに下着のような薄手の生地を着ていた。彼女らの世界ではブルマーと呼ばれる代物で、学生が運動をするときに着る服のようだ。

 ハナコの貧弱な胸でもブルマーを着ていると、不思議と目のやり場に困る。

 この、まるで戦えない少女はペガサスを使役する。

 召喚術は無属性魔法。召喚に優れた魔法使いは存在するが、この世界においては、ハナコのようなSSレアのドラゴンと同等かそれ以上の伝説上の生き物を使役できる魔法使いはいなかった。

 つまりハナコは伝説級のペガサスを使役している時点でヘミィ以上の召喚魔法使いであるという証明だった。

 考えを改める必要がある。ハナコは戦えるのだ。


「なあ、ハナコ。お願いがある。そのペガサスの力を貸してくれないか?」


 才能のある人は否応なしに戦いに巻き込まれる。

 さきほどのヘミィの言葉がきつく刺さった。

 ペガサスを持っている以上、貴族や領主たちは放っておかないだろう。

 みんなSSレアのハナコを傭兵にしたがる。

 レオンは懇切丁寧にお願いした。


「世界を救うのも大事だが、アルテミスの情勢を知っておくことも大事だぞ。俺たちと一緒に魔法学園で暮らさないか?」


「お断りします」


 気の弱そうなハナコは即刻お断りする。

 主人に逆らい続ける召喚キャラにイラっときた。

 ヘミィは涙を流しながら、笑っている。


「かわいそうな落ちこぼれのレオン。心でつながっている召喚キャラに見捨てられるなんて貴族失格だわ」


「うるさい。少し黙ってろ。ハナコ、わけを聞かせてくれ」


 ヘミィの頭を軽く殴る。

 気の弱そうなハナコは待ってましたとばかりに早口にしゃべり始める。


「ずっと異世界転生にあこがれていたんです。チート能力で無双してハーレムを築くのが夢だったんです。魔王とか倒したいじゃないですか!」


「はあ……」


 ハナコは自分のことを中二病と断言していた。あちらの世界の病気らしくて、平民が貴族ごっこをして魔法の詠唱をするような感じだった。

 できないことをできるように演技してかっこつけるらしい。

 ハナコは日本で異世界転生ものの小説を読みまくったそうで、トラックに轢かれて赤ちゃんになり、魔法の英才教育を受けて最強の魔法使い大賢者になるのが夢だったそうな。

 ハナコは胸の前で祈るように両手を組み、愉悦に満ちた顔で宣言する。


「残念ながら赤ちゃんにはなれませんでしたが、最高です。神様がチート能力を持たせてくれて、魔王とか倒しちゃってハーレムうわうわ贅沢三昧して暮らすんです」


「たしかにペガサス持ちなら貴族と同じような生活は遅れる。でも世界を救うなんて不可能だぞ」


 レオンは忠告する。

 大国アルテミスは戦争状態でもなければ、人を殺しまわるような魔王もいない。

 平民に被害を及ぼす雑魚モンスターの駆除が、レオンたち貴族の主な役割だった。


 ハナコは意気消沈する。


「そんなー! 魔王軍とか邪神とか。人々を犯すゴブリンとかいないんですか!?」


「そんなものはいない」


「だって魔法の国でしょう。ネトゲやソシャゲだったら定期的に手ごたえのある敵を用意してくれるのに」


「大国アルテミスはこの100年で一番平和な時代にある。雑魚モンスターと戦争して出した死傷者も一番少ない」


 ハナコは神様から世界を救ってくれと言われたらしい。そんな世界どこにもない。

 レオンの下手な説得に嫌気がさしたヘミィが口をはさむ。


「私の従者になれば衣食住を保証しますわ。お給料の金貨だってたんまり出します。その、異世界転生とやらは貯金ができてからにしませんか?」


「もういいよ。世界危機がやってくるまでレベ上げして最強の魔法使いを目指す」


「それは、大賢者になるということかしら?」


「そうそう。その大賢者になるよ」


 ハナコの不用意な発言にヘミィが切れた。

 ドラゴンの上から高圧的にハナコを罵倒する。

 ハナコはハナコで貴族のプライドを煽る才能があったらしく、場はどんどん激しくなっていく。

 レオンが必死になってとめても女2人のバトルは止まらなかった。

 収拾のつかない事態に、ヘミィがローブを脱いでハナコの足元に投げる。


「大賢者の名を辱めたこと。万死に値します。私と決闘なさい」


「いいよ。私が勝ったら大賢者を倒しに行くから」


 ローブを拾い上げたハナコは、真っ赤になって決闘を受ける。

 レオンにはどうしようもなかった。

 SSレアを引いたはずがどうしてこうなった?

 答えてくれるものは誰もいない。

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