第8話 日常 『11月16日(木)』

 嵐が去った後、天井が低いなかなか歴史を感じる階段を昇りきった先に本屋さんはあった。全国チェーンの店だけど割と小さめ。こじんまりとした印象。でも店頭のおすすめ商品には僕の好きな作家さんの本が並んでいてなかなか好印象だった。


「じゃあ私も見たいものがあるから各々で! 見終わったら探すって感じで!」


 遥はそれだけ告げると足早に奥の方へと去っていった。何か隠してるような気がしたのと、単純に遥が普段何を読むのか知りたかったからちょっと遠くから尾行してみた。


 狭いと思った店内は案外奥に広く、その最果てにそれ、遥の目指す所はあった。僕も読んだことは無いし、知識でしか知らない女子のたしなみBLコーナー。


「……………………わあっ!」

「ひやぁあっ!!」


 やば、かわいい。


「…………え、え!? 結糸!? あ、あ、あ、こ、これはその、ち、違くて、え、えっと……あ、想歌ちゃん! 想歌ちゃんに薦められて……その…………結糸、私のこと嫌いになった?」

「大丈夫、そんなに慌てなくても。別に嫌う理由になったりしないし。正直僕も遥に言えないような趣味もあるしね」


 別にBLに対する偏見とかは無い。


「う、う…………じゃあ結糸の人に言えない趣味一個教えて」

「ぇえ? …………やだよ……」

「だって不公平だもん!」


 いや、不公平とかそういう問題じゃ…………


「わ、分かったよ………………『にゃん』」

「え? なんて?」

「だから、『にゃん』とか、猫耳とか…………あー、そういうの、好きなの」

「     へ、へぇーー。そうなんだー、…………」


 なんなんだ最初の間は。もうオーバーキルしたからやめてくれ。


「なんだよ…………遥が聞いてきたくせに」

「い、いや、別にキモッとか思ってないから安心して」

「何故か安心できないんですけど!」


 どうしてこうなった。


「あ! も、もうそろそろ時間だよ!」

「なんかはぐらかされた感半端無いけど……遥、何か見たい店ある?」

「え、えっと…………最後に手芸店寄りたいなーとか……」

「遥、裁縫とかできるんだ。意外」

「い、意外ってひどくない? ……まあ、普段はしないし得意じゃないけど、その…………ちょっと作りたいものがあってさ」

「分かった。じゃあ行こっか」

「うん! 1階に行こう!」



 1階の、気づかないような隅っこの方に手芸店はあった。


「遥、何作るの?」

「え、えっと、な、ナイショだよ」

「なんで?」

「そ、そのー…………とにもかくにも秘密!」


 な、なんで…………?


「あ、結糸って何色が好き?」

「あれ? 前に言わなかったっけ?」

「多分言ってないと思うよ?」

「そうだっけかな……えっと、赤色が好き。暗めの赤色」

「なんで?」

「ちっちゃいころ好きだったヒーローの番組でさ、赤ってリーダーの色だったから……それで赤色が好きになった」

「へへ、なんか可愛い」

「な、なんでだよ!」

「いや、なんとなく。そっか…………ありがとう」

「ん? どういたしまして」

「じゃあ行こっ! 買うもの決まった!」


 赤色の毛糸を遥が買って店を後にした。


「あ、結糸、駄菓子屋さんあるよ」

「ほんとだ。懐かしいなー」

「行ってみる?」

「うん。まだ少し時間あるし」


 ショッピングモールの中にあるのに駄菓子屋さんは駄菓子屋さんだった。中にはいろんなお菓子が置いてあって中学生でも魅了された。


「あ! これ懐かしい! 知ってる? 結糸」

「うん。ちっちゃいころ良く食べてた」

「私これ買ってくる!」

「じゃあ僕も」


 そうして手にとったのは10円のあめ玉。昔っから変わらず置いてある当たりつきのやつ。当たってももう1個貰えるだけだから利益として考えると10円。それなのに何故かとっても嬉しかった記憶がある。


「あ~ハズレだー。結糸は?」

「どうだろう………………あ、当たった!」

「え! ほんと!? すごい! もう一回お店に戻ろう!」

「いや、いいや」

「なんで?」

「次来たときにする。次遥と来たら交換してもらう」

「ふふ、…………結糸」

「なに?」


 もう出口のドアの付近まで来ていて、寂しいな、としんみりしていたら不意に名前を呼ばれた。


「結糸のこと………大好き……だ、にゃん………………あああ!! 恥ずかしい! 帰る! また明日!」

「ま、また明日…………」


 『大好きだにゃん』って言いながら、これであってるのか不安そうに首をかしげる、そんな遥が忘れられず10分ほど固まったままだった。

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