通り申す

漆目人鳥

通り申す

ある時、家を新築した知り合いから相談を受けた。

変な夢を見るという。


『通り申す、通り申す……』


夢の中には自分以外は誰も出てこない。

自分は新築した家のリビングに座って新聞を読んだり、食事をしたりしている。

すると、

どこからとも無く『通り申す、通り申す……』と言う声が聞こえて来て、目を覚ます。


そんな夢をちょくちょく見るという。


「だって、夢でしょ?」


私がそう言うと、知り合い(仮にKさんとしておく)が真剣な顔で応える。


「そうなんだけど……、そうなんだけど、なんかすっごく嫌な気持ちになる夢なんだ。お前、そう言うの得意だろ?」


「そう言うの?」


「うん、オバケとか幽霊とか」


オバケと幽霊は一緒だろ、とか、俺は退魔師か!とか、色々ツッコミどころがあったのだが。

まあ、得意かどうかは別にして、『好き』であることは間違いないので、話に乗ってみることにした。


Kさんの奥さんと子供が、夏休みを利用して、里帰りをする。

家は自分一人になるから、その間のいつでもイイから泊まりに来て調べて欲しいと言う。

調べるったって、何を?

とは思ったのだが、とにかく面白そうだし、何も無くてもKさんと久しぶりに酒でも呑んで語るのも一興と思ってOKした。


で、その週の金曜日。

仕事が終わったその足で方位磁針と巻き尺、粗塩を持ってKさん宅に向かう。


Kさんの家は団地というわけではなく。

もともと何件か平屋の借家が建っていた敷地を均し、そこを分譲して建てた三棟のうちの一棟だった。

向かって一番右側の家がKさんの家。

嫁さん達は昨日のうちに静岡へ里帰りし、帰ってくるのは再来週の月曜日とのこと。


とりあえず、Kさんに手伝ってもらって家とその敷地を測量し、方位磁針を片手に家の間取りを見て回る。

こんなの、ほんとなら家を買った本人が図面をもらった段階でやらなきゃ成らないことだろう。

今更、台所の位置が悪いとか、トイレの位置が悪いとか言われても、どうすることも出来ないと思う。


幸いなことに、家の寸法的にも間取りにもおかしな所は見あたらない。


夢の中で、Kさんはいつもリビングにいるというので、

そこで一晩過ごしてみることにする。


蒸し暑い夜。

Kさんは11時頃就寝。

酒でも呑みたい気分だったがそれでは『調査』に成らないので我慢して、眠くならないようにテレビをつけてぼんやりと眺めていた。

テレビをこんな長い時間見るのなんて何年ぶりだろう(笑)

1時間ぐらい見ていたのだが、あんまりくだらないのでいらいらして、スイッチを切る。

Kさんからノートパソコンは借りたのだが、インターネットの環境はリビングに無いので仕方なくインスタントコーヒーを淹れて飲みながら同人小説の原稿書きを始めた。


ふと、時計を見ると午前2時30分を回っている。


なぜ、時計を見たかというと、音がしたから。

玄関の方からガチャリというドアの開く音がしたのだ。

こんな時間に?

というか、確か玄関は鍵をかけたハズ。


エアコンも扇風機も付けていなかったので部屋の窓を全部開け放していた。

なので、どこか外の音が反射して、玄関のドアが空いたように聞こえたのか?

でも、こんな時間に?


調べに行こうと立ち上がろうとしたその瞬間。

リビングから廊下に抜けるドアが……開いた。

音もなく勝手に開いた!

風?

いや、扉はしっかり閉まっていた、ハズ……。

閉まっていたとしたら。

この扉、把手のところがレバーになっており、普段はそのレバーが床と水平の横向きで、コレを下に下げなければロックが解除しない。

つまりドアは開かない。

なのに今、目の前で開いたドアの把手は。


水平のままだった。


レバーの動く気配すらせずに音もなく扉が開いた。

だから自分はビックリしたのだ。


慌てて部屋中の開け放した窓を閉める。

『何か』が入ってきた!ならば閉じ込めなくてはならない!

そう思った。


暫く部屋の中の気配を探る。


なにも起こらない。

部屋から廊下へ出て玄関へ向かう。

玄関の施錠を確認する。

確かに鍵はかかっている。チェーンロックまでかかっている。

もちろん開いた形跡もない。


Kさんの寝ている部屋に行ってみようと思ったのだが、

まだ何か起こるかも知れないので、止めて、リビングで暫くぼんやりとしていた。

3時過ぎごろ、さすがに眠くなってきた。

何も起こらないし、取りあえずフローリングに用意してもらった布団を敷いて寝ることにする。


翌朝、6時頃起きてきたKさんの気配で目を覚ます。


とりあえず、Kさんに昨日は例の夢を見たかと尋ねる。

よく分からないという。


「気のせいかも知れないんだけど」と、前置きして、今朝方起こったことをKさんに話した。


Kさんはもの凄く嫌な顔をして見せ、

「マジかよ……」

と、頭を抱え込む。


「もうちょっと詳しく調べてみたいんだけどね」


私はそう言ってKさんに土地と建物の謄本を用意するように言って、

用意してもらってる間に、コンビニへ二人分の弁当を買いに行く。


買ってきた弁当を食べながら、謄本に目を通す。

それによると、この土地は結構長い間一人の地主さんが所有していた土地で、

その地主さんが一昨年亡くなり、権利の移動が『相続』と成っていることから、

親族(相続者の名字がもとの地主さんと違う女性だったので娘さんか?)が受け継いだ物を不動産屋が買い取りKさんへ転売したらしい。

謄本を見る限り、借金のカタに取られたり、差し押さえられたりの因縁めいた物はなさそうだった。

それにしても……。


「じつは何か気にかかることがあるんじゃないの?」


私がそう切り出すと、Kさんは少し驚いたような顔をして口を開く。


「なんで解る」


ああ、やっぱり。

そう思いながら私が答えた。


「うーん、いくら気味が悪いっていっても所詮『夢』じゃん。気にしなければそれっきりなものでしょ?何か、気になることがあるから気にするんじゃないかと思って。しかも、最初からKさん家のせいじゃないかって決めつけてたでしょ?新しい家に住んで『環境が変わったから』とか思う人はいても、いきなり『幽霊がいるんじゃないか』とか思う人はないでしょ?」


私がそう言うと、Kさんは観念したように話し出した。


じつは、この家。

何故か隣り合った三軒のうち外の二軒は違う会社の建て売りで、Kさんの家の敷地だけが家が建たずに半年ほど放置されていたらしい。

で、不動産屋に物件探しに行ったKさんが紹介されて、新築したという次第。


「なんかよく分からないんだけど、安かったし、ほかにも相談受けてるから、ダメならそっちに回すからみたいなこと言われて焦ってたし、環境も条件も良かったんでのぼせ上がって買っちまったんだけど……よく考えるとおかしいよな?」


いわくありげな話ですねぇ。


「なんでこの家の敷地は家が建っていなかったか聞かなかったの?」


私が当然そうすべき事で有る事を指摘する。


「聞いた」


Kさんは頷きながらそう言って続けた。


「最初に建った二軒の敷地と、残った一軒の敷地は違う不動産屋が持っているからって言われたんだよ。聞きたいことはそう言う事じゃなかったんだけど、なんかめんどくさくなって、そんなこともあるんだなくらいに思って納得して。ほとんど買うつもりだったから、あんまり不動産屋と険悪になりたくなかったし」


その日の昼頃。

私はKさんに教えられた不動産屋に行ってみることにした

正統的なやり方ではわざわざ私が行く必要がないので、

少々、変化球で探りを入れることにした。


『そろそろ家を買おうと思って、あちこちみて回っている最中なのだが、前にこの不動産屋さんの店先で紹介されていた物件に良いものがあったのを思い出して寄ってみた』


という嘘設定でKさん自宅の住所を携え不動産屋を訪問する。


事務員というよりもどこかのおばちゃんという雰囲気の店員さんがにこにこと出迎えてくれて、アイスコーヒーまで出してくれた。

私は早速手帳を取り出し、いかにも、昔書き写した住所を探すようなふりをしばらく続けると、やっと見つけたというていでKさんの自宅の住所を告げる。


「あー、そこはもう売れちゃいましたねぇ」と、おばちゃん即答。

おお、さすがプロというべきか。


「そうなんですか。結構いい条件だったのに」


と、未練たらたらな演技で答える私。

一応、他のお勧め物件も見せてほしいと告げ、物色してきてくれた書類の説明を受ける振りをしながら、やっぱり、前の物件がよかったなぁ……と、何度もKさん宅の話題を振って小出しに疑問を訊ねて行く。

やがて、気心も知れ始め雑談モードへ。


その結果。


件の土地は古くから、平屋の借家を4棟建てて管理していたのだが、

建物が狭いうえに古いものだったので最近は住む人もなくなって地主さんも持て余していたらしい。

そうこうするうちに地主様が他界。

遺族がマンションを建てて管理する話もあったようなのだが、色々あって3区画に整地しなおして売却することに決定。

で、その段になって相続者間で小競り合い。

3区画のうち1区画だけ相続者が違う人になり、古い借家を取り壊し、整地までは同じ業者が請け負ったのだが、販売は2区画と1区画が別々の業者。

ということになったようだ。


つまり、販売時期が遅れたのはそういうわけ。

あまり、因縁があるとは思えない。

それ以上も以下も、有益な話は聞けそうになかったので、また来ますとおざなりなあいさつをして店を出た。


その晩、酒を酌み交わしながらKさんへ調査報告。


「土地に関して言うならば、事情を知ってみれば特におかしなことはない。多少、ごたごたはしているけど、よくあるといえばよくある話のよくある物件だよねぇ」


私がそういうとKさんが食い下がる。


「だって、おまえ、お化けが入って来るの見たんだろ?」


「うーん」


確かに……。

『お化けが入って来るのを見た』わけではないが、自分の見たものが何んであるかを説明することが出来ない現象に遭遇したことは事実。

だったのだが、いたずらに物事を煽るのも如何なものかと思ったので、


『誰にでも間違いとか、思い違いはあるもの』


と、自分の体験を自ら否定して見せた。


「なあ、もしも、もしもの話さ」


Kさんは納得いかないらしく尋ねて来る。


「もしも、この家で起こっていることが心霊的なものとして、お前の所見としては、どう思う?」


「なにが?」


「たとえばさ、これはヤバイ奴なのか、ヤバいとしたらどれくらいヤバイのかとか、さ」


そんなこと私にわかるはずがない。

だけど、確かに気になることがある。


「ひとつ、気になることがある」


私は、思ったことを話してみることにした。


「夢の中で何者かが言っているという『通り申す、通り申す』の言葉。今の状況がすべて、それと関係があるとすれば、そいつが通ると断っているのは、この家の中ということで間違いないと思う。

ただ、だとすると、そいつは通るということに気兼ねしているということになる。気兼ねするならば通らなければいい、でも通る」


「どう言うことだ?」


「通るという行為そのものはあきらめてくれって言ってるんだよ。やめられないのか、やめる気がないのか。うーんと、つまり」


ちょっと言葉を探す。


「ここを通ることは間違ってないということ」


そう言った自分の言葉で、ふと、一つの考えが浮かぶ。


「本来あるべきでないところにことわりもなしに家が建っているとか」


Kさんが口に運ぼうとしていたグラスの手を止めて、恐る恐る口を開く。


「と、土地の神様が怒ってる、とか、か?」


うーん。


「単純に解釈すると、それも面白いと思うんだけど、もし、そうだとすると、ちょっとばかり厄介」


「なんで?」


とKさん。


「家を建てる前に地鎮祭やるじゃん。それ自体は工事の安全祈願的なものではあるんだけど、土地を使わせてもらうことへの許しを得るって意味もあるから、そういった意味では許してもらえなかったって話にもなるよね」


「やってないよ」


Kさんはそう言ってグラスのビールをすするように飲んだ。


「はい?」


「やってないんだ、地鎮祭」


「!?」


「いや、だって、もともとひとつの土地を3つにしたところだろ?他の2件を建てたときに地鎮祭やってるだろ?うちの奥さんが、もともとひとつの土地だったらいらないんじゃないかって。工務店さんに聞いたらさ、最近はやらない人も多いっていうし」


そういうと、少し間をおいて、『金がかかるし』とつぶやいた。


間違いではない。

地鎮祭をやりたくなければやらなければいい。

やらなかったからと言って即座に百鬼夜行にとり憑かれる世の中なら、

世界はとんでもない素敵世界になっていることだろう。

そうならないことからしても、そんなものは迷信だとしてしまうのは、

絶対に間違っているのだとは私は言わない。


だけど、

迷信だとしたならば、そんなもの、未来永劫絶対に気にするな。

気になるくらいなら、始めから信じろ。


あの時、鎮地祭やらなかったから、とか、あの時お祓いしなかったから……とか、

思うくらいなら、最初から祭れ、祓え!

そうしないと心穏やかに生活できないだろ?

つまり、それが祭りやお祓いの意味なんだと私は理解している。


「捜査終了じゃん」


それが私の回答。


「なんだよそれ!どうすりゃいいんだよ」


「気にするな」


「はぁ?」


「気にしなけりゃいい。Kさんが今、当面困っている事は『夢』の話なんだから、地鎮祭やらなかったり、家の建ち方がおかしかったことが、気になって気になって夢をみただけ。気にしなければ、もうそれでおしまい」


「それで大丈夫なのか?」


「俺の出来ることも、言えることもここまで。あとは、Kさんの気持ちと心がけの問題。気になるならとことんやればいいし、どうでもよければほっとくのが一番。だけどその場合は、何があっても気にしないこと。全部気のせい気の迷い」


というわけで、


めでたし、めでたし。

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