第4話「魔王と王国の騎士達」
静かで
けっして
トリヒル王国の騎士イリドは、仲間達と共にいつもの洗礼を受けた。
「
この台詞を聞くのはもう、何度目になるだろう? その正確な数をイリドは数えたことがなかった。生ある者が皆、己の呼吸と鼓動を数えていないのと同じように。
今日もまた、いつもと同じ光景に
趣味の悪い玉座から立ち上がると、魔王ラドラブライトは歩み寄ってくる。
なんら気負う事もなく、
背後では二人の仲間が声を潜めていた。
「イ、イリド様っ、どっ、どど、どうしましょう? なにを、僕はなにをすれば」
「落ち着いて、テルル君。大丈夫よ。イリド、いつも通り私が援護するわ」
動揺する
無理もない――彼は、テルル少年は今日、初めてラドラブライトに挑むのだから。望めば命の保障される、
イリドも遠い昔、経験があった。
そんなことを思い出していると、ラドラブライトが
「おや、そこの少年は新顔だな? ……期待させてもらう」
白い顔で
「さあ、テルル君、深呼吸して。平気よ、命までは取られないわ。多分ね」
「す、すす、すみません、エメリーさん。やれます……僕も、たっ、戦えます!」
無理だ、と内心呟き、イリドは
着任して間もない、新米の宮廷魔術士に最初から期待などしていない。今日もラドラブライトを倒す事は
もとよりこの勝負、結果は常に過去と同じかもしれない。
それでも彼は、イリドは今日も
ラドラブライトは泰然として揺るがず、ゆっくりイリドへと向かってくる。
「どうした? 来ないのなら……私からいかせてもらおう」
「エメリー! テルルを守れ、俺はっ――」
無防備に間合いを詰めてくるラドラブライトへ、イリドは
見るものの振り切り置き去りにする、刃と黒布の応酬。
「道中はどうだったかね? イリド君……楽しめたかね? 七階の仕掛け、あれは博士が考えたのだが」
「うるさいっ! ふざけた真似を……真面目に戦えっ!」
「私はいつでも真面目だよ。ああ、そう言えば九階の宝箱……中身は良い物らしいが。拾えたかな?」
「ああ、確かにこの
ただの布切れとは思えぬ、重い一撃を受け止めるイリド。先程入手したばかりの大盾が、甲高い金属音を響かせ彼を守った。左手に走る痺れにも構わず、そのまま流していなすと……満足気に
まるで踊るように、位置を変え距離を変えながらの闘舞。
二人の攻防は、どちらかが力尽きるまで続くかに思われた。だが、立ち回るイリドには、今日も不快な予感が胸中を過ぎる。これまで幾度となく挑み、同じ数だけ残してきた結果を……今日もまた、受け入れる事になるかもしれない。
何故ならば――
「イリド君、そろそろ君達の仕事をしたらどうだ?」
「俺の、任務は……伯爵っ!
剣を持ち直して低く構え、イリドは
鋭い刃となった無数の漆黒が、全身を
構わずラドラブライトに肉薄すると、イリドは
「この間合い……魔王とて避けれはしまいっ!」
必殺の間合い、渾身の一撃が放たれた。
だが……ラドラブライトは不意に寂しげに目を細める。
「――それで限界ですか? イリド君、それではまだ……僕は死ねない」
「何!? 貴様、何を――うおぉ!」
鈍い衝撃が背筋を突き抜ける。
気付けばイリドは、壁へと吹き飛ばされていた。
そして、ラドラブライトが鼻から溜息を零して表情を
「さて、と……姫、終わりましたよ。もう出てらっしゃい」
もう戦いは終わったとばかりに、玉座に戻るラドブライトの背が、無情にも遠ざかるのが見えた。悔しさに
またいつも通り、敗北を
この城にシトリ姫がさらわれてより十余年……数え切れぬ敗北の記録を、イリドは今日も
「イリド、イリドッ! もうっ、おじ様は時々やり過ぎですわっ!」
「シトリ姫、とんだ
「とんでもありませんわ、イリドは最善を尽くしてますの。エメリー、早く傷の手当を」
エメリーやテルルも駆け付け、イリドの周りを取り囲む。ただ慌てふためくテルルを落ち着かせながら、エメリーは精神力を集中して祈りを
しかし、善なる神の奇跡の
「姫、これも私達のお役目ですわ。どうかお気になさらずに」
「でもエメリー、いくらイリドが屈強な騎士でも……いつか疲れてしまいますわ」
心配そうに見詰める、シトリの視線に耐え切れず、目を逸らして立ち上がるイリド。
彼の背に無情にも、ラドラブライトの言葉が突き刺さった。
「そうそう、イリド君。国王陛下から
肩越しに振り返り、玉座のラドラブライトを睨み返した。だが、
「テルル、荷物を姫に……姫、こちらはテルルです。新しく
「はっ、初めまして、シトリ王女殿下……僕は、っと、私はテルルと申しますっ!」
王女警護隊と言えば聞こえはいいが、ようは王国とシトリとの連絡係である。
その事を誰よりもイリドが、嫌という程よくわかっていた。誰も彼にもう、ラドラブライトの討伐など期待してはいない。ただ定期的に、シトリに着替えや花、菓子などを運び、ラドラブライト城での暮らしぶりを王国へ報告する。ただそれだけの、日常化した仕事。
それでも、シトリの笑顔を見ればイリドは暗鬱な気持ちを忘れることができた。
彼女は今、年相応の笑顔で新しいドレスを身体に当てている。
「まあ、素敵! サイズもピッタリ。これはエメリーが?」
「ええ、そろそろ肌寒い季節ですから。風邪など引きませぬように、と」
「姫、
「退屈ではありませんが、物語は嬉しいですわ。この城の書物はどれもこれも、わたくしには難し過ぎますの」
王国からの贈り物を前に、なにより
シトリは優雅に、秋物のドレスと一緒にくるりと皆の前で回ってみせた。
場の空気がふわりと軽くなり、
心なしか、ラドラブライトでさえ、その光景に目を細めて見守っているようで。しかしイリドは、次第に馴れ合ってゆく互いの立場に、
ダメージの回復を待って、イリドは仲間達に呼びかける。
「では姫、またいずれ……テルル、エメリー、城へと戻るぞ」
そう言うとイリドは、懐から己の財布を取り出し、その
「
「協約には従う! 戦闘不能だ……今日はな。だが忘れるなよ、ラドラブライト」
――俺は常に、貴様を倒すために来ているということを。
それだけを吐き捨てるように
しかしシトリは、その言葉を
「エメリー、あの、その、お手紙とか……お父様からお手紙とかは。今日もない……ですか?」
足を止めてイリドは振り返る。
気付けばラドラブライトも、小さなシトリの背中を見詰めていた。
じっと見上げるシトリを前に、エメリーは無言で首を横に振る。手紙どころか
トリヒル王国を
「申し訳ありません、姫……国王陛下はでも、きっと姫の事を――」
「あ、ええ……そうですわねっ! ありがとうエメリー。帰りも気をつけて」
優雅に
イリドの
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