Episode 10

「料理、緊張してあんまり味わえなかったね…」


「ただ『美味しかった』という感想しか出てこないな…」


「来年は普通にしよう?」


「そうだな…。こんなに疲れる食事は御免だ」


レストランでの夕食は、終始緊張しっぱなしで、まだ自分たちには早いと、痛いほど思い知った。


「少し歩くか…」


「うん、そうだね…」


(やばい、そろそろ最終段階に突入しないと、このまま帰る流れになってしまう。でも…恥ずかしくてできる自信が無い!)


「楓…さっきから1人で悶絶してどうしたの?」


「いや…なんでもない」


すっかり夜も更けて、街の灯りが輝いていた。作戦を実行するなら、あと数分がリミットだ。


(何やってんだー!早くしないと帰宅モードになるぞー!)


突然脳内に花梨の怒鳴り声が響く。


(え、ちょ、どっから見てんの!?)


「楓、キョロキョロしてどうしたの?」


「いや…、どうやら花梨に監視されているらしい」


「え!?」


柊香たちの間では、少し離れたくらいなら、頭の中で思い浮かべるだけで相手に伝わるテレパシーのような何かが使われることがある。楓が柊香に憑依した状態で話す時に用いることが多いが、通常の人間も頑張れば受信だけでなく送信もできるらしい。事実こうやって花梨からお説教のメッセージが届いた。


(早くー!私と蓮も陰から見守ってるからー!)


(え、何!?新河もいんの!?もうやだー!!!というか名前呼びになったんだな)


(そ、そんなことはどうでもいいの!早く最高のサプライズ作戦を実行しなさい!)


(なんかキャラぶれてるな!!というか恥ずかしいから帰ってくれ!あとはなんとかするから!)


(ほんとに?)


(…努力する)


(ファイト!)


花梨からのメッセージはそこで終わった。


「絶対あいつ帰らないな…」


「なんのことかよくわからないけど、もっとイチャつけばいいの?」


そう言いながら、えいっ!っと柊香が腕に抱きついてくる。慎ましいながらもはっきりとした柔らかい感触が…


「楓?」


「な、なんでもない!」


「ふーん(絶対ボクの胸の感触を堪能してたな…まあ嫌ってわけじゃないんだけど…)」


「ほ、ほんとに何も無いって!」


「まあいいか。それより!」


「な、何だ?」


「誕生日なんだし、何かプレゼントとか用意してたり?」


「よくそこまで図々しくなれるな…」


「誕生日くらいわがままさせてくれたっていいじゃんー」


「はぁ…(はっ!これはチャンスかもしれない!よし、頑張れ俺!)」


「楓?」


「ま、言われなくてもちゃんと用意してるよ。目閉じて」


「うん!」


柊香がゆっくり目を閉じる。なんというか、ご褒美を待っている子犬のようで、かわいい。


「いいって言うまで目開けんなよ?」


「わかってるよー、早く早く!」


弾んだ声で返す柊香に、少しずつ顔を近づける。


「ねえ、楓?なんか息づかいが結構近く聞こえるんだけど…」


「じっとしてな…」


「んっ!?」






楓の唇が柊香の唇と重なる。そう、これぞ花梨発案のビッグサプライズ。




「っはあ…楓…急すぎ…大事な初めてだったのに…」


「…俺じゃ嫌だったか?」


「ううん、嬉しいよ?こういうサプライズも。ちょっとびっくりしたけど」


「そ、そうか…」


「うん、だから…」


「だから?」


「もっとちょうだい!」


「うわぁあ!柊香!ちょ、激しっ!やめえええぇぇぇぇ!!!!!」


夜の埠頭に男の絶叫が響いたと、その後数週間噂になったのはまた別のお話。






……………………………………………






「柊香があんなに…はわわわわわ//////」


「花梨さん落ち着いて!?ほら深呼吸」


「気持ちいいのかな…したら幸せなのかな…キスって…」


「花梨さん?」


花梨が蓮をじっと見つめる。


「やりませんからね?」


「べ、別に頼んでないしぃ!!!!!」




埠頭近くの公園に幽霊が出るという噂が立ったのは、また別のお話。

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