Episode 02
「いそげえ〜!」
高校の入学式の日に盛大に寝坊した柊香は、親友の花梨と恋人(魂)の楓と一緒に学校への道のりを疾走していた。
「おまえらー、初日からたるんどるぞー!」
「「すみませーん!」」
校門で生活指導の教師に軽く怒られ、三人が教室に着いたときには、HRの五分前だった。
「なんとか間に合った…。キツイ…」
「じゃあ今日からちゃんと生活習慣を直さないとな」
柊香の机に腰掛けながら楓がケラケラ笑って言う。残念ながら花梨は隣のクラスだ。
「じゃあ俺は校舎内の見学でも行ってくるわ。また後で」
「うん」
入学式に出なくていい(というか出られない)楓が、スタスタと教室から出ていくと、柊香は深くため息をついた。
「あー、何事もなければいいけど…」
「いってぇ!?ああ、すみません…」
廊下で楓が誰かにぶつかって謝る声がしたが、きっと気のせいだ。
「ん?楓が人にぶつかった??」
どうやらフラグは即回収されたようだった。
ー楓視点ー
「いってぇ!?ああ、すみません…」
「ううん、僕も前見てなかったし、ごめん」
顔を上げると、どこかふわぁっとした笑顔で、楓とぶつかった少年が答えた。ネクタイの色を見る限り、同じ1年生のようだ。
「君も遅刻か?」
「まあね。あれ?、もうHR始まってるはずなんだけど、君どこ行くの?」
楓の顔を冷や汗が流れる。
「いや、ちょっと腹が痛くてな。トイレに…」
「そう。じゃあまた」
「おう…」
少年は変わらずふわぁっとした笑顔で教室に入っていった。よりによって同じクラスのようだ。
「なんだったんだあいつ。俺のこと見えてたみたいだし…」
楓は歩きながら、さっきの男子生徒がなぜ自分のことを視認できたのかをひたすら考えた。これまでの経験から、楓を視認するには、彼の死を目撃しているか、柊香に触られてから5分間だけと思っていたが、どうやら他にも条件があるらしい。
「はーい、じゃあ一列に素早く並んでー。行くぞー」
「っ!?」
後ろで声がしたかと思うと、教室から、HRが終わりこれから体育館に向かう生徒たちがぞろぞろと出てきた。
「やべっ!」
踵を返し、楓は全力でその場から走り去った。一瞬「え、なんで逃げるの?」という顔をした柊香と、にこやかな笑顔で「おーい!」とこっちに手を振っている先程の男子生徒、さらにそれを見て驚きの表情を隠せていない花梨も見えた。
(あとで話すから、なんとかしてくれ!)
柊香に目で合図を送り、人目につかないロッカーの中にするっと入り込む。こういう時に生身の身体が無いのは便利だと思ったりするが、総合的に見ればデメリットが多すぎる。今やった「物をすり抜ける」というのも、意図的にやると失敗しやすい。そのくせ調理器具は意識してもしなくても必ずすり抜けるし、逆に柊香が入浴中の風呂場の壁はどうあがいても通り抜けることができない。もっとも、上手くすり抜けられたところで柊香に1発でバレて絶交されてしまうのが分かりきっているので、そこまで本気でやろうとしたことはない。
(入って)
ちょうどロッカー前を通過した柊香が「早く憑依して」と目で語っていた。例の男子生徒がこちらを見ていないことを確認して、ロッカーから出てするっと中に入り込む。
(で、何があったの?)
(帰ってから花梨も交えて話す)
(わかった)
結局、そのまま楓も入学式に出席することになった。
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