Episode 01
−2018年4月5日−
高校入学式当日
「ふぁぁぁ…、おはよう…」
「おう、おはよう。遅かったな」
暖かな陽の光が窓から差し込む月曜日。社会人はすでに出勤している頃だろうが、高校入学前の柊香の朝は遅い。時計の針はもう直ぐ8時30分を指そうとしている。完全に目が覚めると、柊香はあることに気づいた。身体が勝手にキッチンに立って目玉焼きを作っている。
「ねえ楓、なんでボクの身体は料理をしてるの?勝手に身体使ったらダメって前に言ったよね?」
「生活リズムを乱すのは良くないと思ったから身体を起こしてやったのと、単純に俺が腹減ったからだ。感謝しろ」
顔は見えないが、きっとドヤアっとした表情で言っているのだろう。
「二つめの理由で台無しなんだけど…。というかなんで楓は身体無いのにお腹空くんだろう」
「さあな、永遠の謎だ」
そう、何を隠そうこの楓という男、既に魂だけの存在になったにも関わらず、なぜか生じる空腹感に負けて、無理やり料理をしようとしたことがある。もちろん実体を持たない彼がまともに物を持てるはずもなく、どうにかして掴もうとした食材や調理器具が散乱し、柊香を怒らせたことがあるのだ。それ以降、食事は柊香が作るか、今日のように楓が柊香の身体を借りて作るようにしている。不思議なことに、柊香に憑依していれば、味はもちろん五感は全て共有されるらしい。
「いただきまーす。…うん、いつも通り美味しい。ありがと、楓」
「目玉焼きで褒められても全然嬉しくない。塩味が物足りないなあ」
「もう、釣れないなあ。そこは素直に褒められてればいいんだよ」
「はいはい。てか柊香が塩辛いの苦手だから薄めにしてるんだぞ」
「ぶー」
「なんだよ」
「だって楓最近褒めても素直に喜んでくれないじゃん」
「むしろ出会った頃が異常だったと思うんだ」
「まあ、あの頃は…」
思い出しながら柊香の顔が赤くなる。二人の全盛期の頃の恥ずかしい思い出を、ブンブンと頭を振って追い払った。
\ピンポーン/
玄関のチャイムが鳴った。
「もうこんな朝早くからなに?」
柊香がブツブツ言いながら玄関のドアを開けると、大層お怒りな女子が立っていた。
「お、おはよう。花梨(かりん)」
「おはようじゃないわよ!何時だと思ってんの!!入学式は一緒に行こうって、八時に駅で待ち合わせって言ったよね!!!」
「はっ!入学式!」
「三十秒で支度して!」
「六十秒で支度します!!」
「急げ!」
柊香はくるりと踵を返して部屋に飛び込んだ。
「お前、数少ない親友との約束を忘れるってどうなの?」
脳内で楓が煽ってくる。顔は見えないがニヤついていることは感覚でわかるのでイラッとくる。
「うるさい!手伝って!」
柊香は楓を身体から放り出し、手を取って実体化させると、真新しいカバンを投げた。
「着替えるからそれ持って花梨と待ってて」
「おう」
楓はカバンを肩にかけると玄関まですたすた歩いていった。ちなみに、柊香が楓に触れていない状態で、彼が実体を保てるのはせいぜい五分程度である。
「柊香は?」
「着替えるから待っててだと」
「まったく…」
「悪いな、花梨」
「ほんとだよ。もう…」
ムスッとして顔を背けたこの少女の名は、”小宮花梨”。柊香と楓の幼馴染で、楓の境遇を知っている数少ない人物の一人だ。
「柊香の彼氏やるのは大変じゃない?」
「ああ、自分の身体が無い分、世間一般の彼氏どもより大変だ」
「まあ頑張りな」
「そこは何か労りの言葉とかを掛けてくれよ」
「それは彼女である柊香の役目でしょ?」
「ごもっとも」
二人がそんな苦労話をしていると、やっと柊香が出てきた。
「おまたせ!さあ行こう!」
「んじゃ行きますか」
楓が柊香にスルッと重なるのを確認して、二人(+α)は家を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます