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第21話 mature
旧居住地区、公園だった地表はいまや爆発で吹き飛ばされ、古い地下パイプラインの遺構を無残にさらしていた。本来の地面から整備や敷設用の通路を含め10メートルほど下層の窪地は、ドローンにより散布された消火剤や水がいまだ残っている。
ガスマスクをつけた青年が、炎が舐めとって黒くなったコンクリートの上を撫でた。
「ここまでするかよ。あの義務感の塊」
辺りにはこのガスマスクの青年以外に人影はなく、つい一日前には騒然としていたのが嘘のように静かだ。かけ始めた月の青白い光が、青年の背中を照らしている。
遺構内では光量が足りず、青年は燃え跡から何かを探しているらしく、入念にフラッシュライトをあてている。
月が天中を迎える頃になってやっと目当ての物を探し出したのか、青年はガスマスクから疲労の滲む息を漏らす。
「はあん。こいつか」
それは、2メートル近い大きさの、生物の死骸だった。表面は煤で汚れているが、白い外皮をしてることが見て取れる。手触りは古いなめし革のように、滑らかである。鋭い牙をもつ顎は前方に伸びている。牙同様に手足の爪は鋭い。頸椎から尾椎まで背骨の突起が皮膚を破って露出しており、ぞろりと長い尾へと続いている。肉体の十分な駆動に必要最小限の筋肉を張り付けたような、無駄のない痩身。頭部には、一対の角が天を衝いて生えていた。
形容するのであれば、小型の竜に近しい。
喉元の裂傷と背骨の骨折で死んでいるらしく、だらりと長い尾が垂れている。
「変異種ねえ。『竜』っつか、オレからすりゃ骨っぽいでけえトカゲみたいなもんだが。こんだけ派手に燃えたってのに残ってるとか、これ蛋白質とリン酸カルシウムでできてんのか? 材質は……あー、わかんねえ。こんなもん持ち込むんじゃねえよ、クソメット野郎が。こんなんうっかりここのRTAの連中に見つかったら、オレの仕事が増えんだろうがよ……」
ガスマスクの人物は、よっこらせ、と声をあげて死骸を担ぎ上げる。見た目よりも重量を感じたのか、大きくよろめいて、壁に手をついて何とか姿勢を保った。
「……こんなん担いで走れっかよ。オレはあいつら筋肉馬鹿と違うんだっつの。人員足りねえにしたって、普通一人でこさせるか? ガスが薄かったからいいものを……。リスクマネジメントとか知らねえの? 馬鹿なのあいつら? オレぁ元々……頭脳労働だって、何回言わせりゃわかんだ……。クソ重てえ……。鬼か。
荒く息を切らせて、青年はガスマスク越しに悪態をついた。
青年は通信をオンにして、
「あー。こちら、虫取り小僧A。宿題は終わりだ。虫かごの用意を頼む。甲虫はいない。夏休みは
一方的に告げるだけ告げると通信機を切った。
よたよたと死骸を担いだまま「こんなもん、何に使うのかねぇ。オレには関係ねえけどよ」とひとりごちた。陥没したガスだまりへと下りるために垂らしたロープを目視で確認する。「……これ担いで上がれんのか? 見つかりませんでしたー、って置いていきてぇなあ。あーでもこれ放置して表の仕事が増えんのもなあ」
ぶつぶつと不服そうな青年の手にしたフラッシュライトが、輝きを反射する。
「お、換金できそうなお宝が吹っ飛んできたのかな」
近づくと、握りこぶし大の折り畳み式ポケットナイフだった。多少なり刃こぼれしているが何度か入念に手入れされているのが見て取れる。断絶されたパイプの間に挟まるようにして、開かれた状態で落ちていた。
錆びていないのを不審に思い、青年は屈んで覗きこむ。……柄の部分に深い傷がついている。ライトをあてて観察すると、意味の通る文字になっていることがわかった。
「J……P001? うちの部隊コードじゃねえけど
拾い上げようとした瞬間。
青年の腕の中で、
「え」
もそり、と担いでいる死骸の腹が動いた。
青年は死骸から素早く手を離す。
死骸はその場にどさりと落ち、消火剤の粉末と煤がわずかに舞い上がる。
視線を外さず、青年は後ずさって距離をとる。
電磁銃を引き抜き死骸に照準を合わせる。
息をひそめて死骸を睨む。しかし。死骸は動かない。
念のため銃を打ち込むが、電気ショックへの反応もない。
……死んでいる。
「んだよ、気のせいか」
青年が胸をなでおろした、直後。
視界の端で、白い影が動いた。
陥没した公園跡に、青年の絶叫が響き渡る。
悲鳴は糸を引き、ぐちゃぐちゃと長く、咀嚼音が残った。
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