第19話 amateur - 18
で、とシュウさんが短く息を吸う。
「状況を整理すると、通信エラーで本部と連絡がとれなくなった状況下で見つけたエイダちゃんを助けて、別行動中に負傷したナナリを助けて、エイダちゃんをひどい目に遭わせていてオマケに4年前の事件でカイにも因縁のある変質者Xを追っ払って、任務もキッチリ終わらせたけど銃も使わず始末したBACの死体が大量に残っていると不自然だから公園ごとC4で爆破して、最後に変質者Xからエイダちゃんを銃の入ってたバッグに詰めてさらってきた、と」
そこまで一気に喋って、コップの麦茶を飲み干した。
たぁん! と勢いよくコップを食卓に置くなり、
「規模がおかしい!」
とシュウさんは叫んだ。
半畳ほどの正方形の机に、僕とシュウさんが対面、横面にエイダが掛けていた。食べ終わった後の皿がまだ残っている。
火がついたような剣幕のシュウさんをよそに、エイダはお腹がいっぱいになったのかうつらうつら舟を漕いでいる。強い。
「いやぁ……はは」
「笑ってごまかせる規模!? 誰が事後処理するのこれ。あたしが爆発物の使用数誤魔化すのにも限度があるんだからね!? 自然消化したし、運よく地下空洞があって燃え広がらなかったからいいものの、下手したら賠償どころじゃ済まないし! というか賠償騒ぎものじゃんこんなの! 任務完遂にこだわるのも大概にしろって、あたし前も言わなかったっけ?」
「反省はしてますよ。……でも、後で室長に怒られにいくので、あんまり怒らないでもらえると嬉しいんですが」
「怒られて。いっぱい怒られといて。公的にあんたをこの手の件で怒れるのあの人以外にいないんだから。調子に乗られてバンバン爆破されたら、いつか室長の胃がなくなるよ」
「なくなっても作り足せるでしょ。室長なら」
というか、胃とかあるんだろうか。あの室長。
「サイボーグってそういう都合のいい生き物じゃないでしょ」
「そういう都合のいいところに特化できるのがサイボーグのメリットだと思いますが」
「本末転倒……。そんでもって、あんた隠すの面倒になってない? 自分の体質とか素性とか。慎重すぎて何もできなくなっちゃうカイなんて論外だけど。あんたの売りはそのよくわかんない大胆さと妙な慎重さだもんね……」
「面と向かって言われると、さすがにまずい気がしてきましたね」
「マズイ以外にどう表現しろっての……。作戦地点を爆破してよくわかんない人しばいて血まみれの女の子連れて帰って来るし、こんなヤバそうなヤマ持って来られて平然としてられる方がありえないでしょ」
あー、とシュウさんは天を仰いだ。背もたれに身を預けて「まあいいけどさあ。いいんだけどさあ?」とうめく。
「いいんですか」
「あの時、あたしが断って困るのはカイじゃなくてエイダちゃんだったじゃない」
古典的な方法だが、僕は武器が入っていたボストンバッグにエイダを入れて連れ帰った。
10歳の平均身長と体重よりも小柄なエイダを運ぶことは僕には全く苦にならなかったが、エイダには我慢を強いてしまった。帰りのヘリは突如(狙って)起きた火災の混乱で大きく揺れたが、声一つ上げずに暗いバッグの中で耐えてもらわなければならなかった。クローゼットの一件があったので、狭くて暗いところにエイダを押し込むのには抵抗があったが、いい案が思いつかなかった。
帰投後、相中の搬送を見送ってすぐに、僕はシュウさんを頼った。
血だらけの僕が血だらけの少女を連れ帰ったものだから、悲鳴をあげられたが。既にエイダの傷は綺麗に塞がっていたが、ワンピースも顔も髪も首から噴き出た血が固まっていた。
とりあえずシャワーを貸してもらえませんか、と。異性で頼めそうなのはシュウさんしかいなかった。
昨日のシュウさんは驚きはしたものの、黙って了承してくれた。
「どの道あたしのことだから、カイだけが困るにしても、手助けしちゃってたけど」
「……すみません」
「ありがとう、って言ってよね。そういう時は」
「ありがとうございます」
「甘すぎる自分が憎いわー……」
はあ、と大きなため息をついてシュウさんは背もたれから起き上がる。ピッチャーから麦茶を自分のコップに注いで、僕に手渡してくれた。ピッチャーはすっかり水滴だらけで、ぼたぼたと結露していた。受け取って自分の分を注ぐ。エイダのはまだ中身が十分に残っていたので、とりあえず机の真ん中に戻しておいた。
「で、変質者Xが言うには、コシロを探せって?」
「そうです。……シュウさん、
「事件があった前は、うちでたまにご飯食べに来てたでしょ? お爺ちゃんが誘って、カイも一緒に」
「ええ……そんなことも、ありましたね」
「ま、あたしがこの件受け入れちゃったのは、その辺もあるんだけど」
「そうなんですか?」
「カイがうちにくるのも久しぶりだし、……コシロに雰囲気似てる人が一緒ってなれば、そりゃあね」
「………………その、徒空は、やっぱり」
「死んじゃったものだと、あたしも思ってた。生きてたら会ってるよ」
「そう、ですよね。徒空が生きてるなんて」
「むしろ、カイの方が詳しいと思ってた。あ、責めてるわけじゃないからね。深読みしないで聞いて」
「しませんよ」
「言っとかないと、カイ、すぐに凹んじゃうでしょ」
「そんなこと……あるかもしれませんが」
付き合いが長いからだろうか。シュウさんには僕のことなどお見通しのようだった。
「……あの。訊きにくいんですけど」僕は横目でエイダを見る。瞼がすっかり落ちてしまっているのを見て取って、声のボリュームを抑えた。「……やっぱり、エイダって徒空に似てます……よね?」
「全体的な雰囲気は似てる。けど、この子はこの子だ、って今日一日一緒にいて思った。んー、どこが似てるって言われても、歳は全然違うでしょ。コシロとエイダちゃんは10歳くらい離れてるから、それこそ比べようがないんだけど。頭のキレ具合はコシロに似てる、かな」
「と、言いますと?」
「昼間のことなんだけど。荷物の受け取りがあるからくるように言われて。明日のこともあるから、それに合わせてずらしたんだけど、エイダちゃんが代わりに行くって言い出して」
「えっ」
「外に出してないから安心して。それでも、エイダちゃん、通ってきたルートのことは大体覚えてるみたいでね。バッグから一切出てないのに、一人でゲートまで行ける、って。ビックリしちゃった。コシロも地理には強い方だったなー、なんて思い出して」
「……区画の中の一度訪れたことのある場所なら大体把握してましたね。エイダも、徒空も」
「言動は拙いし幼いし、エイダちゃんのがコシロよりだいぶ明るめだけどね」
「そうですか……。僕にとって徒空はおっかないイメージが強くて」
「よく言いくるめられてたもんね。『恢は黙ってて』って」
「苦い思い出ですよ」
引きつった笑いが漏れた。
本当に、僕は、あの人のことが苦手だった。
まっすぐで。正論で。理想よりもずっとずっと、現実を見ていたから。
「『
「変異種に捕食されていたので、遺体の確認はしていません。変異種の死骸は燃やしましたし……。エイダに渡したタグが手がかりですね」
「エイダちゃんがコシロの忘れ形見なんだとしたら、その『弟』もコシロに似ていたのかな?」
……『弟』が僕によく似ている、だとかエイダが言っていたが。
それは言わなくていいことだろう。
「さあ? 似た系統の体質だったんじゃないですか? あ……タグと言えば」
僕はジャケットからタグを取り出す。
「中身のチップからデータを出したいんですけど……ロックもかかっているでしょうし、信用の利く解析屋って紹介してもらえますか?」
シュウさんは露骨に顔をしかめた。
「この手の案件を任せられる相手は知り合いにはいないかな。それこそ、
「もしくは、蒅オズの正体か、目的の手がかりです。あの男、本気で探せば簡単に自分を見つけ出せると言っていましたから。徒空の手がかりになりそうなら、室長の方にもあたってみますよ。徒空がRTAにくるよりも前から、室長は徒空のことを知っていたみたいなので」
徒空宅のアルバムに挟まっていた手紙の内容は頭に入れてある。
「それとなく訊ける? エイダちゃんのことは隠すんでしょ?」
「努力はしますよ。エイダのことは口が裂けても喋りません」
「大丈夫かなぁ……」
ジト目で見られている。
「カイ、ホントに嘘が下手だから……」
「う……。でも、これ以上は迷惑かけられませんし。ここからは、僕がなんとかしますから。大丈夫です。大丈夫」
「もう十分巻き込まれてるんだけどね」
それは急所だ。そう言われてしまったら謝るしかなくなってしまう。
「巻き込まれる前提であんたに喋ってもらったからいいんだけど。あたしが納得できるかどうかだしさ。……ただね、カイ。このままだと、ナナリには、いつかバレるよ。エイダちゃんのことはさて置き、あんたの体質のことは特に注意を払っておいた方がいい」
「……でしょうね」
改まった表情で、シュウさんは告げる。
「BACの死体から痕跡を隠すために爆破して、確かに多くの目は誤魔化された。爆発もガス管の老朽化が原因の爆発で処理されてる。粛々とね。誰かが不思議に思っても、多くの人間が納得がいくようになる。けど、ナナリは納得しないよ。馬鹿じゃないからさ。馬鹿のフリしてるけど、ナナリは考えなしのやつじゃあない」
「見られているという自覚はありますよ。大方、坂口班長が根回ししているんでしょうし。相中は僕が訓練部隊に再配属されてからの指導者だった――これが、今、組まされている表向きの理由でしょうが、相中が僕を監視しているだろうことは、わかっています。……シュウさんこそ、相中と付き合ってるからって僕のことは言わないでくださいよ?」
「言わないよ。大体、ナナリがRTAに来た頃には8班はもうなかったし、タイミング的にはカイが脱走して丁度入れ違いになったようなもんだから」
それは知らなかった。
「例の事件は公表もされなければ、8班の所属メンバーの戦歴も何もかも、記録は残ってない。あの任務に何人かは参加してなかったはずだけど、その元8班のメンバーが今何をしているかなんて調べようもないし、……カイはコシロ以外のメンバーのことは覚えてないみたいだし」
今までこの話題は避けていたため、シュウさんがそこまで語ってくれるのは初めてのことだった。
「……わかってたんですか。僕が、その……8班のメンバーを覚えていないこと」
「脱走してたカイが郊外から帰ってこられた時点で何となく。あんたが戻りたいって言っても、覚えてたら室長とかもっと上の人たちが戻してないでしょ。カイをその辺の部隊で働かせるのは普通に考えてリスクと利益が釣り合わないもの。……だから、そういうことなんだ、って思ってた。上は何が何でも、8班のことを隠したがってるみたいだしね。秘匿実験部隊、なんて仰々しい名前が付いちゃってるから無理もないけど」
「シュウさんこそ、
「当時は
さっぱりしているな、と思った。羨ましいくらい。
シュウさんは、昔のことは昔、今は今、と割り切れる人だ。
「それでも、あんたがあたしのとこに来たのは復帰して以来、初めてだったから。嬉しかったんだよ? お爺ちゃんが生きてた頃は来てくれてたのに。エイダちゃんを連れてきてくれなきゃ、こうやってゆっくり話もできなかっただろうし。……カイ、避けてたでしょ。うちに来るの」
「それは、まあ。復帰にあたっての条件ですから。実験部隊……8班の所属だったことは隠さなくちゃいけませんし。シュウさんのお爺さんが8班専任の武器整備士だったからこその、旧知の仲じゃないですか、僕達」
「硬い言い方するなあ。その通りだけど」
シュウさんは苦笑する。
「あたしからすればカイは弟分みたいなもんだし、今だけ妹ができた気分だもん」
ねー、とシュウさんはとなりのエイダに笑いかける。エイダは、すうすうと小さく寝息を立てていた。その様を見て、ふふ、とシュウさんは穏やかに笑う。
照れくさいが、今だけのことだ。
そう、今だけ。
「……シュウさん、やっぱり」
言いかけた僕にシュウさんはコップを差し向けて制止した。
「カイも無理だし、あたしも無理。エイダちゃんを隠すのがあたしたちのどっちかでも長続きできるわけがない。昨日のうちにそう結論出したのはあんただし、連絡も付いてるし、一番現実的だし、カイの結論を聞いてあたしは安心した」
シュウさんには、僕の結論を昨日のうちに言っていた。
まだ、エイダには伝えていない。
「このまま自分が引き取る、なんてあんたが言い出さなくてよかった」
「でも、僕の責任です」
「あんた一人で背負いきれない、あんたの責任を分散しようって話でしょ。カイは未成年、あたしは10歳の子の面倒見切れるほどしっかりしちゃいない。ナナリにも隠せない。RTAには置いておけないって思ったんでしょ。あたしもそれに同意するし。ここにいたら、否応が無しにBACを殺す仕事をすることになる。食事のため、なんてすぐに正体がばれちゃう。そして、RTA管理下の区域に生きる人間のほとんどが『人間』以外には異常なまでに厳しい。その時のことを思うとエイダちゃんが心配だもんね。……あたしからすればヒトもBACの見える駆除部隊員も、ロールAも変わんないけど」
「…………そういう考えの人は、珍しいですよ」
BACの要素が幾分濃い僕たちロールAは、何かのはずみで、人間を殺してしまうかもしれないから。
世間一般的に、『ヒト型のBAC』がもしもいたらそうなるだろう、と誰もが危惧する内容だ。
無理もない。リスクを避けたいと思うのは、当然のことだ。
「……巻き込んでしまったこと。本当に、すみません。その、もし、この先僕の正体がバレることがあれば、シュウさんも巻き添えを喰うことになってしまうかもしれないのに。軽率でした」
僕は深々と頭を下げた。
シュウさんはやめてよ、と笑う。
「繰り返すけど、責めるつもりはないし、カイが頼ってくれてあたしは嬉しい、って言ったでしょ。あたしが嘘を吐いているように見える?」
顔を上げてシュウさんをみると、形の良い唇を曲げて、ぱっちりと開いた目には暖色の灯りが入り込んでいる。少し下がり気味の眉。
「……僕には難しいですよ」
素直に言った。それ以上のことは、まるで分らなかったから。
「そうは見えない、って言ってよ。嘘なんてないんだから」
眉頭を寄せて、シュウさんは言った。
エイダは僕の顔を視認できないけれど、僕はシュウさんの顔だってちゃんと分かる。
どんな表情をしているのか、見えている。だけど、それがどんな気持ちなのかなど。真意なんて、相手が人間同士だろうと表情だけでわかるものか。
もちろん、そんなことは言葉にも態度にも出さないが。
「『そう見えない』って繰り返したって、シュウさんが納得しないでしょう?」
「それこそ嘘になっちゃうもんね」
シュウさんは仕方なさそうに言うと、再びエイダを見遣った。手を伸ばし、慈しむようにエイダのきれいな銀髪を手ですいた。
「エイダちゃん。……幸せになって欲しいね。たくさん、辛い思いをしただろうから」
「そうですね」
「カイは、辛くないと思ってたら幸せになんかならなくていい、って考えてそう」
「え」
「なんでもない」
意地悪言っちゃった、とシュウさんは注ぎ直した麦茶を飲みほした。大きく伸びをして、
「そういう鈍いところ、変わんないね」
「鈍い……ですかね」
「にぶにぶよ」
「にぶにぶ……」
復唱した僕にシュウさんはいたずらっぽく笑うと、空になった皿を積みにかかった。僕も折れていない腕で積み重ねる。
エイダの前に会った小さめのお椀を積み終わると、
「カイから言える?」
何気ない調子でシュウさんが尋ねた。明日の朝食べたいものを尋ねるような気軽さで。
それが、何よりありがたかった。
「……この役目をシュウさんに肩代わりしてもらおうなんて厚かましいことは考えていませんよ」口端を無理に引っ張り上げて僕は笑みを作った。「自分で言います」
「……そ。ならあたしは席を外すから。頑張れ『お兄ちゃん』」
『お兄ちゃん』。
よりにもよってそれはないだろう。
厭でも、蒅オズの姿が脳裏にちらつく。
「その台詞は悪意がありません?」
「実質そうなるようなもんでしょ」
ひらひらと手を振って、積み上げた皿を持ってシュウさんはリビングからキッチンへと向かって行った。
苦い思いでそれを見送って、僕は、エイダの肩をゆすろうとする。
手が肩に触れそうな距離で、一旦手を引っ込める。
これで正しいのだろうか? 不意にこみ上げてきた不安がそうさせただけだ。
最善だと思える答えを選び取るしかない。
長い睫毛も、整えられた銀髪も、色白の肌も、本当に、徒空に面影がある。
一緒にはいられないと感じたのは、僕の責任能力だけではない。徒空の忘れ形見、とオズがはっきり言ってから先、認識してしまった。この子は、徒空籠代に似ている、と。
喉につかえた苦手意識の置き場を探している。
僕は、徒空籠代が苦手だ。
徒空籠代は僕を許さないはずだ。
僕は、徒空籠代にだけは――。
いいや。エイダと徒空は別人だ。間違っても、僕の苦手意識の置き場をエイダに求めてはいけない。僕の求める答えをエイダに求めては、いけない。
それだけは、絶対に。
……気持ちを切り替えないと。
「エイダ」と、薄い肩をぽんぽんと軽く叩いた。
エイダが目を開く。まどろみから覚めかけて、ゆっくりと周囲を見渡しながら尋ねた。
「……ごめんなさい。眠ってたみたい。……シュウは?」
「片づけに行ったよ」
「そう。わたしも行ってくる」
椅子から降りようとするエイダを呼び止めた。
「エイダ。……話があるんだ。大事な話が」
君にだけは言えないこともあるけれど、話さなければならないことが、沢山ある。
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