第3話 消えた二匹
次の日も、その次の日も、芽衣はあちこち回ってキューちゃんをさがした。家の中や庭だけでなく近所もだ。しかしどこにもその姿を見つけることはできなかった。家の敷地内にいないことは間違いない。とはいえ、ケガをした体で遠くまで行くとも考えにくい。
シロトラ様も、いくら呼ぼうと姿を現してくれない。芽衣は仲よくしていたものが一度に消えたと思うと心細さを感じずにいられなかった。
そしてシンヤはますます我が物顔の態度。葉津美もキューちゃんを心配する様子が全くない。芽衣は葉津美たちの様子を見るたびにムッとしてしまった。
二匹がいなくなった日から数えて四日目は土曜日。芽衣は朝から昼まであちこちさがして帰ってきた。
(午後はちょっと遠くまで行ってみよう。いっそさがし猫のはり紙をした方がいいかも)
いろいろ考えつつ「ただいま」といって夢花屋から入って、家に進もうとして、違和感に気づいた。
「お客さん……いない?」
いくら地元で人気の店とはいえ、常に満員ではない。それでもやっぱりおかしい。
(そういえば、最近お客さんの顔を見てないような。やっぱりシンヤがお客さんに迷惑をかけたせい?)
ここ数日の芽衣はいそがしくて夢花屋の様子を見る余裕がなかった。お客さんがいないことも気にとめていなかった。
いそがしさの理由はキューちゃんとシロトラ様をさがしていたことだけじゃない。裏口が壊れた次の日には風呂場で天井に穴が開いて、その次は庭の木が倒れて……とにかくバタバタすることでいっぱいだった。
(何かおかしいんじゃないかな)
「絶対おかしいです!」
奧から激しい声が聞こえて、芽衣は飛び上がりそうになった。
(調理場から? 今の、小川さん?)
小川さんは大森さんと違って怒ることもある。ただし静かな怒り方だ。大声を出すことなど見たことがなかったので、芽衣は自分の耳を疑った。調理場に忍び足で近づく。
「いや、ちょっと待ってくれないか」
中にはお父さんもいる様子。芽衣は入り口の陰に隠れてそっと中をのぞいた。
「あたし、もう葉津美さんにはうんざりなんです!」
お父さんは弱った顔で、小川さんは感情的な言葉をぶつける。
「あたしはお菓子修行のためにここへ来てるんです! どうして犬のフンを片づけないといけないんですか!」
怒っている理由は、芽衣からすれば当たり前と思えること。
「そもそも葉津美さんはおかしいんです! 次の店長になるとかいってるわりに、お菓子作りをしてるところなんか見たことありません! 芽衣さんの方がずっとやってます! やりもしてないことでいばるなんて!」
たしかに、芽衣は調理場を借りていろいろ作ることがある。お父さんのマネをして和菓子を作ったこともある。一方、葉津美はいばるだけ。
「娘さんにわがままをさせてるところじゃ落ち着いて修行できません! やめさせてもらいます!」
「え……ええっ?」
芽衣はおどろきのあまりに声を上げて、陰から出てしまった。お父さんがハッとした顔をして、小川さんもバツが悪そうにする。
「ごめんなさい、芽衣さん……!」
小川さんは外したエプロンをテーブルに置いて、芽衣の横をすり抜けるようにして駆け出していった。すれ違いざまに感じた香水のかおりはわずかで、いつもと変わらないのに。芽衣が小さいころからここで働いていてくれて、頼り甲斐のあるお姉さんとしてずっとそばにいてくれると思っていたのに。
「待ってくれ、小川さん!」
お父さんが呼びかけて、唖然としていた芽衣は正気を取り戻した。
「小川さん……きゃあ!」
追いかけようとした芽衣とお父さんは足を止めねばならなかった。小川さんは店の出入り口から出ていってしまって、追うためにはカウンターの横を通らねばならないが、そのカウンターがいきなり倒れて道をはばんだ。
(また壊れた! どうして急に? でも、お客さんがケガをしなくてよかった。ちょうどいないし)
そう考えて、背筋が寒くなった。
小川さんがやめるといい始めたことやお客さんが来ないことは、葉津美やシンヤのせいと考えれば説明できる。しかし、店や家が壊れ始めたことは?
そして、その寸前にあったことといえば。
お父さんは壊れたカウンターをまたいで店の外に飛び出していった。芽衣はどうしていいかわからなかった。気づいたこともあるし、この状況にも困っている。家にいるはずのお母さんや他の店員さんが物音を聞きつけてもうすぐ来るだろうが、どう説明したものか。
オロオロしていると、パニックに合わなさすぎるものが聞こえた。
ピピ……
鳥のさえずりだ。朝なら庭にスズメが来るし、珍しい鳥が木に止まることもあるが、距離を開けたところにいるだけ。今はやけに近くから聞こえた。
開けっ放しにされた入り口を見ると、茶色い小鳥がいた。白いものをくわえていて、とびはねながら店に入ってくる。芽衣が一歩前に出ても逃げようとしない。
目と鼻の先まで近づくと、さすがに飛び去った。くわえていたものを落としてから。
「これ……手紙?」
鳥が手紙を運んでくるなどありえない。普通は、だ。しかし動物と話したりできるあの人(?)なら、そんなことでもさせられるかもしれない。
芽衣は手紙を拾って、すぐさま開いた。筆の文字で記されていたのは短い言葉。
「裏の山で待つ」と。
芽衣は駆けつけたお母さんたちに小川さんとカウンターのことを話し、ランドセルを自分の部屋に置いて、自転車で家を出た。カウンターの片づけを手伝ってあげたかったが、お母さんと店員さんがいれば大丈夫のはず。それに手紙のことで急ぐべきだと思った。
裏の山といわれて思いつく山は一ヶ所しかない。芽衣が暮らす家の裏にある。歩いたって十分もかからずハイキングコースの入り口まで行ける。自転車ならもっと早く着く。
「歩いてこればよかった……」
芽衣はハイキングコースを登り始めてすぐに自転車を押して進み始めた。汗が体中からにじんで、夏でもないのに暑く感じる。自転車の重さがきつい。
「そういえば、山のどこに行けばいいんだろ」
それほど大きな山ではないが、芽衣が暮らしている町よりもずっと広い。
アスファルトの道が上へ上へと続いていて、ずっと進めば展望台にたどりつく。車ならわりとすぐたどりつくが、歩きだと別。そこまで行かないといけないんだろうかと思うと、芽衣はげんなりした。それでも今は前へ進むしかない。
ピピピ……
そう進まないうちに、覚えのあるさえずりが聞こえた。道のわきにある森からだ。見ると、木の枝に茶色の小鳥が止まっていた。
「さっきの子?」
芽衣が立ち止まると、小鳥は少しだけ飛んで森の奧側にある木へ移った。よく見ると、最初にいたところや今いるところの下では草木の集まり方が薄くなっている。小さな獣道ができていた。
「ついてきてってことなの?」
こんなところに入って大丈夫なんだろうか。迷子にならないだろうか。携帯電話があれば大丈夫? いや、芽衣はあわてて出てきたせいで部屋に置き忘れていた。持っていたとしても、電波が届かなくなれば意味などない。
芽衣はいろいろ戸惑ったが、意を決して自転車のスタンドを道の端で立てた。
(盗まれませんように!)
そう祈って、獣道へ足を踏み入れる。
草を鳴らしつつ歩き始めてからも、小鳥がすることは同じだった。芽衣が追いつくと更に奧の枝へ移る。芽衣はどんどん進んだ。
最初のころはハイキングコースから近かったので、車の走る音が聞こえることもあった。しかししばらくすると木のざわめきや鳥の鳴き声くらいしか聞こえなくなった。
人けのない場所では危ない動物が出るかもしれない。この山に熊が住んでいるという話はないが、ノラ犬くらいはいてもおかしくない。ヘビは間違いなくいる。
そのはずなのに、進むにつれて芽衣は怖さが薄れた。辺りの空気がやけに柔らかいと感じる。むしろ当たり前の空気というか、家の中の空気と同じというか。
かなり時間が過ぎたころ、芽衣の前にいた小鳥がパッと飛んでどこかへ行ってしまった。あのさえずりも聞こえなくなった。
「置いてかれた?」
そんな不安があったのは一瞬だけだった。
ニャー……
猫の鳴き声が聞こえた。そんなものはどこででも聞けるが、これは他のものと違う。ずっとそばで聞いていたものだとわかる。自分に呼びかけてきているときの鳴き方だということまでわかる。
大きな木にうろがあって、その中で腰を落ち着けている動物がいた。顔だけ出して芽衣を見ている。
「キューちゃん!」
芽衣のそばで白い煙がただよい始めた。集まってできあがった姿は、芽衣がすぐさま想像したとおりのもの。
「シロトラ様も!」
芽衣は数日ぶりに二匹の姿を見ることができて安心した。しかし長続きはしない。シロトラ様は鼻の頭にしわを寄せていて、深刻そうな顔に見える。
「どうしてこんなところに……ご飯食べた?」
そんなことをいっていられる状況なんだろうかと、芽衣は自分のあせり具合にあきれた。シロトラ様は、木のそばにちらりと視線を移す。
『わしは食わずとも平気だが、キューはそうもゆかぬ。精の付くものを用意しておる』
芽衣はシロトラ様の視線を追って見てギョッとした。茶色い羽が散らばっていて、赤い汚れも残っている。
「シロトラ様はおだんごが好きだけど姿はトラだし、狩りくらい簡単なのかな……でも、生きてるものに手出しできないんでしょ?」
『狩ってこいとノラ犬やノラ猫に命じることはできる』
「あ、そうか。猫やトラにはおいしいのかな……でも、うちにキャットフードが……」
『食わせるわけにはゆかぬ』
シロトラ様は首を横に振った。
『わしらはここで暮らすことにした』
「どうして」と芽衣はいいかけてストップ。聞くまでもない。
「お姉ちゃんがシンヤを連れてきて、キューちゃんにケガをさせたから……」
『そうだ。わしは今まで葉津美のおろかしい行為を見逃してきたが、もはや限界。キューはあいつが飼っていた猫の子孫であるぞ。それにケガをさせて悪びれもせぬとは、あまりにもひどすぎる』
葉津美もひいおばあちゃんの子孫だが、まともなことをするものとまともじゃないことをするものでどちらを優先すべきかと考えれば、芽衣からしても答えは明らか。葉津美たちはシロトラ様の逆鱗に触れてしまったというわけ。
「シロトラ様とキューちゃんがいなくなった日から、うちでいろんなことが起きてるんだけど……」
家や店が壊れたり、お客さんが来なくなったり、小川さんがやめるといい始めたり。芽衣が一つ一つ話すと、シロトラ様はさみしげな笑みを浮かべた。
『お前が見抜いたとおり、守っておったわしがいなくなったことによる。止めておった災いがドッと押し寄せた、というべきか。すなわち』
一度言葉を句切る。芽衣がごくりと唾を飲んだ後、短く続ける。
『あの家は、もはや終わりだ』
芽衣には胸を貫くような衝撃だった。言葉を出せなくなりかけたが、かろうじて声をひねり出した。
「で、でも……お父さんやお母さんだって、困ってるんだよ?」
もちろん芽衣もだ。今のところ直接的なものはないが、いずれ何かあるはず。たとえばお客さんが来ないことは家計が苦しくなることにつながるはずで、芽衣に結びつく。
シロトラ様は、淡々と話し続ける。
『団吉たちは、自らの子を止めきれなかったといえるであろう。そのようなことは、人間の世界で親の責任とかいうはず。つまり、葉津美だけでなくその親も自業自得』
急に、その視線が鋭くなった。うろから顔を出していたキューちゃんが引っ込んでしまうくらいに。
『わしはな、葉津美を直接こらしめてやりたいとすら思っておるのだ。キューがされたようにな』
話している口の端から鋭いキバを見せた。ぐるる……と低い声もこぼし、ツメの先もちらつかせる。
シロトラ様はだんごに喜んだりキューちゃんと一緒に昼寝したりしている。しかし芽衣は、こんな話を聞けばおっかない姿の神様だということを思い出させられる。赤く汚れた羽が視界に入って、寒気がした。
『ただ、神には神の掟がある。そういったことはせぬ』
実際にどういったことなのか、芽衣は怖くて聞けない。
『葉津美たちには、見捨てるだけですませたことをむしろ感謝してほしいくらいだ』
シロトラ様は、そこまで話したところで芽衣にためらいの目を向けた。芽衣が背筋を冷えさせていると気づいてくれたのかもしれない。
『とはいえ、お前はわしと仲よくしてくれておった。キューにも優しくしておった。葉津美からくだらぬ目にあわされておった側ともいえる。故に、災いをかぶらせたくはない』
「じゃあ、家に帰ってきて……」
『ダメだ。お前があの家を離れてここに住め』
無茶いわないでと芽衣は思った。小鳥の案内がなければ右も左もわからず、ここへ来るだけでも一苦労。それでは学校へ行き来しにくいし、友だちとも会いにくい。年賀状に書く住所は「裏山」? 返事が届きそうにない。冬になれば寒すぎるはず。
「私……ここじゃ暮らせないよ。お願い、帰ってきて!」
芽衣が頼んでも、シロトラ様は悲しげに首を横へ振るだけ。
「それはできぬ」
芽衣に目を合わせないままで続ける。
「葉津美は自らの過ちを悔いることすらせぬ。故に、わしは葉津美と葉津美のいる家を見限ったのだ」
帰ってきてと何度繰り返してもシロトラ様はうなずいてくれず、芽衣は一人で家に帰った。自転車のペダルが重い。
(どうすればシロトラ様たちに帰ってきてもらえるんだろう)
もう日が傾きつつある。そんな時間になるまで頼んでも、シロトラ様は話を聞く気すらない様子だった。
シロトラ様はずっと芽衣を見守ってくれていた。芽衣以外の人は誰も見ることすらできなくとも、間違いなくそばにいてくれていた。芽衣にしてみれば、親の次くらいに信頼している相手だった。しかし今は深い溝ができてしまったとすら感じる。
「ただいま……」
重い気分が少しも晴れないまま、店の戸を開けた。相変わらず中にお客さんはいない。
「どこにいってたんです?」
すぐさま大森さんが駆け寄ってきた。様子がおかしいと思えるくらいにあわてている。
「どうしたの?」
「お母さんがケガをしたんです!」
芽衣は頭の中がさあっと寒くなった。シロトラ様の言葉が頭の中で響く。『あの家は、もはや終わりだ』と。
「ケガ……そんなことまで……」
「座敷席に上がったとき、いきなり畳が抜けたんです」
ふるえる視線で見ると、畳の上に布がかけてあった。開いた穴を隠すためだ。
「それで、お母さんは……」
「お父さんが病院に連れていきました。芽衣さんの携帯にも電話したんですけど……」
「そっか。私あわてて出たから、部屋に置き忘れて……それで、病院ってどこの? ケガは……ひどいの?」
たずねたとき、後ろで車の止まる音が聞こえた。白いワゴンの運転席からお父さんが出てくる。
「芽衣、帰ってたのか」
「お父さん! お母さんは?」
「大丈夫」
お父さんは後部座席のドアをスライドさせて開けた。出てきたのは、松葉杖を持ったお母さん。右足にギプスを付けて包帯を巻いている。
「お母さん、平気なの?」
「大げさな子だね。ちょっと痛めただけだってのに」
お母さんは笑ったが、芽衣はその顔に疲れを見つけていた。
思い出したのは、友だちが腕をケガしたこと。骨にヒビが入ったそうで、ギプスを付けて包帯で肩からつっていた。ただし子どもだから治りが早いとかで、日がたつうちにギプスが消えて包帯が消えて松葉杖も持たなくなった。
子どもだからそれですんだということは、大人はもっと長引くということ。痛めただけ、という言葉は強がりに過ぎない。
「どこをほっつき歩いてたのよ!」
芽衣の戸惑いは、突然の怒鳴り声に破られた。
助手席から飛び出してきた葉津美だった。お母さんに付き添って病院まで行っていたようだ。
芽衣は口の中に苦さを感じた。葉津美は上げ足取りが大好きで、芽衣にミスがあればここぞとばかりにつついてくる。
「ご、ごめん」
芽衣はシロトラ様をなだめるために出かけていた。しかしそんなことは誰もわかってくれない。それにお母さんがケガをしたときにいなかったこと自体は事実。だから芽衣は謝った。葉津美に対してそうしたらいけないことはわかっているが。
「ごめんですむなら警察はいらないのよ!」
どうして警察なのか。そんなことはわからないが、葉津美は相手が下手に出ると調子に乗る。そのことはみんな知っているので、すぐお母さんが間に入った。
「出かけるときに携帯を置き忘れるとか、電話に気づかないとか、誰にでもあるでしょ」
「だから何よ! あたしだって遊びに行きたいのに、どうしてこいつの方ばっかり!」
そういうことで怒っているのかと芽衣はあきれた。葉津美は芽衣を一方的につつけるチャンスなどあまりないので、更に怒鳴る。
「あんたは調子に乗りすぎなの! ちょっとだけ客から好かれてるだけのくせして!」
そんなふうにいわれても困る。芽衣からすれば、喜ばれるのが楽しいだけだ。
「たかが妹って立場もわきまえずに、店をうろうろしてこびを売るなんて! ずるがしこいわね!」
じゃあ、そっちも働けばいい。手伝えといわれても手伝わないのに。
「客がここのところいないのだって、あんたが変なことをして逃がしちゃったせいじゃない? 何をしたのか白状しなさいよ!」
そこまでのことをした覚えはない。失敗してもすぐに謝っている。
(どうしてここまでいわれないといけないの。私はお姉ちゃんのことで怒ったシロトラ様をなだめようとがんばってたのに)
シロトラ様のことを話しても無駄なのは間違いないし、特に葉津美はヘタないい逃れとしか思わない。芽衣は鼻の奥がツンとしてきた。
「キューちゃんに、ケガをさせなければよかったのに……」
声がこぼれると、葉津美が目をむいた。
「あんたもそんなふうにいうわけ?」
何をいわれたのか、芽衣にはわからなかった。葉津美は頭に血が上った様子でまくしたてる。
「あの猫がうちの守り神で、いなくなったせいで変なことが起き始めたとか、あんたもいうわけね! だからあたしのせいだって!」
どういうことなのか、芽衣もだんだんわかってきた。
芽衣はシロトラ様が見えるので、異変の原因はシロトラ様がいなくなったことだと察した。しかし芽衣以外の人はシロトラ様が見えないので、キューちゃんがいなくなったことだけをきっかけと考えた。
店員さんたちは「キューちゃんがいなくなったせいで……」とか噂していたのかもしれない。葉津美をよく思っていない店員さんなら「葉津美さんのせいでキューちゃんがいなくなった!」ともいいそう。芽衣はここ数日いそがしくてみんなの話を聞いていなかった。
「いい加減にしなさい!」
お母さんが怒った。さすがに葉津美も黙る。
「芽衣はいなかったことを反省してるでしょ! キューちゃんはそのうち帰ってくるし、いろいろ起きてることとは全然関係ない! だからやめなさい!」
芽衣は助けてもらえてうれしかったが、残念にも思った。
このままだとキューちゃんは帰ってこないし、いろいろ起きていることとは関係ある。葉津美のせいだという噂は当たらずとも遠からず。しかし全てを知っているのは芽衣だけ。そう思うと、胸の中に熱いものがこみ上げてきた。
(私がやらないといけないんだ)
芽衣は涙をこらえた。泣くのは嫌だった。元凶の葉津美から泣かされてたまるかと思った。さっきごめんといった相手は葉津美なんかじゃなくお母さんだと強く考えた。
何もわかっていないくせにわめくだけの葉津美に負けたくない。負ける程度じゃ自分のやるべきことを果たせないという気がした。
(絶対に、何があっても、何をしてでも、シロトラ様たちには帰ってきてもらう! 帰ってこさせる!)
芽衣は心の中で何度も繰り返した。葉津美はじっとりとした目で見てきたが、もう気にならなかった。
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