第19話 手繰り寄せる糸

「お帰りなさいトモ」

 内側から電子扉を開けて僕達を研究室に通した白菊は開口一番そう言った。

「それは僕のセリフだろ」

 僕は目の奥が熱くなるような安心を感じながら答える。

 桜花に襲われて以来ロボットに対する恐怖はあったが、その時助けてくれたのも白菊なんだ。今は人間の大人の方が恐ろしい。

 現状を話し、これからどうするのが最善か、主任ならどうしろと言うと思うか、を質問する。

「それは一つしかありません。ロボットの暴走を止めるのです」

 あっさりした答えに僕は目を丸くする。

「現在の状況は、人間に紛れたロボットが、いつどんな形で暴走するかが分からない為に起きています。だから政府も、ミズキも対策が取れないのです」

 いっそ全て暴走してしまってくれれば対策も取れる。しかし暴走するかもしれないだけで何も起きていないから対策が取れない。

 社会を恐慌に貶める事件といっても、実際には人間に紛れたロボットを見た事もない人の方がはるかに多いんだ。

 実害がなく、不安だけが先走っている現状には「もう暴走はしない」という確証が必要だ。

「そんなのは当たり前だよー。どうやって止めるのか分からないから困ってんだろー?」

 セイリュウがもっともな事を言う。

「ミズキが最後にワタシに伝えた事があります。桜花の記憶にその手掛かりがあるかもしれないと」

 白菊が部屋の一角にあるシートを剥がす。その下にはロボットが整備中のように機械に接続されていた。

 回収されて、暴走の原因を調べられていた桜花のボディだ。

「ミズキは桜花を調べていましたが、時間が足りず手掛かりには至っていませんでした。ウィルスの混入経路を調べる方が優先されましたからね。でなければ今頃ミズキの方が懲役刑です」

 白菊は端末のコンソールを叩いて、一本のコードを取り出す。

「そして、ミズキが拘束された時はワタシに後の事を託すと言ってその方法を伝えました。ですが、それを実行する時はアナタ達の許可を貰えと」

 許可? 許可も何も、その必要があるなら聞くまでもないんだけど。

「AIにはプロクラムされた以上の事は出来ません。機械の操作は出来ても、機械を分解してその構造を理解し、新たな物を作り出す力は人間には及ばないのです。情報も同じです。ワタシだけで桜花のメモリを解析して手掛かりを見つけ出すには何年かかるか分かりません」

 白菊のもったいつけ方に少し緊張する。

「その方法とは桜花の頭脳とワタシの頭脳を直に接続する事です。桜花の体験した事を疑似的に体験する事で手掛かりを探るのです」

 そう言って緊急停止ボタンを僕達に渡す。

「そうです。それはワタシの中にもウィルスが混入する可能性があるという事です。もちろんミズキはウィルスを解析済みですのでその可能性は限りなく低い。ですが絶対という事はありません」

 僕はセイリュウと顔を見合わせ頷く。僕達は主任を信じる事しかできない。

 それに、どの道それ以外に方法はないんだ。

 僕達がリモコンを受け取ると、白菊は自身のコネクタにコードを接続した。

 少し緊張したが、白菊の様子は変わる事なく作業を続けた。

「桜花は工場のコンピューターから裏コードを使って消去されたデータを復元しようとしていたのです。残念ながら消去は完全で手掛かりにはならなかったようですが、技術が高度だった為に緊急警戒システムが起動したのです」

 よくは分からなかったけど、要するに秘密工場のロボットには予め証拠隠滅の為の細工が施してあった。

 ガサ入れがあったら自己の行動を全て消去するようになっていたので、チーム・イエローが調べに入った時に無作為に行動するようになった。

 だけどコンピューターを高度にハッキングされた際に、放置するのは危険として親玉にその事を知らせる信号を送った。

 そして親玉は周囲にいたロボットを操って相手を始末しようとしたんだ。

 実際にはハッキングした桜花もロボットで、始末されそうになったのは僕だけなんだけど。

「今までロボットの暴走と言うのは無作為に動く事だったのですよ。それが一斉に、的確にトモの命を狙ってきたのです。これがどういう事だか分かりますか」

 ていうか分かりたくありません。

「敵はロボットを思うままに操作する事が可能だという事です。人間に化けたロボットもそれは同じです」

 人間の中に紛れたロボットをいつでも思い通りに操れるというのだ。それがどんな事なのか僕にはピンと来なかったけど、それがバレた以上事態は急を要すると言う。

「接続を逆探知したようですが、範囲がかなり広いですね。エリアAEからGZの中です」

「ひょえー。野球場が二百個は入んじゃね? 全然意味ねぇじゃん」

「そんな事はありません。今までは敵が全世界中のどこに潜んでいるのかも分からなかったのですよ」

 もっともロボット騒ぎの多い場所に近いとは予想されていましたが、と付け加え、

「ですがそれだけではありません。こちらの様子が向こうには見えていたようなのですが……」

 カメラのレンズが動いていたのを思い出す。

「こちらも向こうの音声を拾ったようなのです」

 桜花は緊急回線を逆に辿り、接続を双方向に切り替えた。向こうにカメラはなかったが、音声だけは拾う事ができたと説明しながら、白菊はコンソールを叩く。

「かなり小さな音で、周辺ノイズの中に僅かに混ざっていたものを鮮明化して増幅した物がこれです」


『……トモくん? ……』


 トモくん……、と言っているように聞こえたけど。

「オレもそう聞こえたー」

「音声が荒いので『ドブくん』にも聞こえますが、ワタシもトモくんだと思いますね」

 ドブくん必要なの?

「でも……、これは」

「何か思い当たる事はありますか?」

 あるんだけど、……そんなはずはない。僕をそう呼ぶ人は何人かいるけど、一番に思い当たる人は、……ソラのお父さんは、随分前に事故で亡くなって、お葬式にも出席して……。

「ワタシは科学的な事しか分かりませんよ」

「そ、そうだね」

 でも、仕事はその後ソラの叔父さんが引き継いだんだ。そして、逆探知の範囲には引き継いだ会社が含まれている。

「なら決まりじゃん」

 でも、ソラの叔父さんが……、僕を殺そうとしたって事?

「それは分かりません。ただ無関係ではないと推察されます」

 僕も何度か会った事はある。ただちょっと僕には怖い人だったかな。ただ当然と言うかソラには優しかった。ソラは好きみたいだった。

 主任は僕達に託したんだ。まずはこの情報を教官に知らせなくては……。

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