第18話 混乱
世間は主任の言った通り、混乱へと落ちていくようだった。
事件としてはアークの支援ロボットが一機暴走しただけだと思っていたらとんでもなかった。
世間の人達にとっては政府の認定するスキャンシステムは確実なもの、アークのスキャンだけは絶対だと思い込む事が、かろうじて混乱を逃れる命綱だったのだ。
そのアークが使用するロボットが暴走した。
その話だけが拡散し、政府の認定するシステムの信頼性を揺るがした。人々はもう何を信じたらいいのか分からなくなったのだ。
一斉に暴動が起きるほどではないが、街は緩やかに混沌の世界へと流れていくのが僕の目からも明らかだった。
「人体に致命傷とはならない電圧のスタンガンです。ロボットならこれで一撃。一発判別!」
「遠隔操縦式の制圧ロボットです。AIを使用していないので暴走の心配はありません。政府はこれを認可するべきなんです。ぜひ採用嘆願書に署名を」
「命に別状のない興奮幻惑剤です。ロボットならこれを打っても何も変化がありません」
「凍結式切断接合手術をご紹介します。体の中を開いてみる以上の確実な事はありません。手術後も二週間で退院できます」
「あなたの守護霊を透視します。ロボットなら何も視えるはずはないのです」
ネットや闇に流れていた物が堂々と街頭販売され、それに客が殺到する姿が見られるようになった。
医療補助機器をつけた者や体の弱い者に使えない方法や、操作するのが結局大人である以上何の意味もない物ばかりだ。
もちろん販売も購入も違法な物も多いのだが、武装していない警察官に止められるものでもなくなってきていた。
政府の言う事は信用できない、自分の身を守れるのは自分だけだ。法を守っても死んでしまっては意味がない、という事だけは皆に共通する意識だったからだ。
そして家で休むのも束の間、すぐにアーク本部へ召集される事になる。
講堂のような大きな部屋にアークが全員集合し、その教壇に教官が立つ。
改めて見るとまだアークはこんなにいたのか、とも思ったけど、しばらく見なかった顔もいるので、一度脱退した者が人手不足で駆り出されたのかもしれない。
「皆よく集まってくれた。諸君も知っての通り、今世の中は大変な危機に直面している」
政府に対する反発は増大し、手製の武器や違法な兵器で武装する連中が現れ、いくつか暴動も起きていると説明する。
「諸君らにはその暴動の鎮圧に当たってもらいたい」
現在アークブラスターの改良を検討中だが、それには間に合わない。しばらくの間、装備はこれまで通りになると告げる。
「対象は抵抗する者。それらには全て発砲を許可する」
さすがにアーク達にもどよめきが広がる。
「だが心配するな。抵抗されなければ撃たなくてよい。止むを得ず発砲した相手が人間であっても諸君らの罪は問わない」
鉄で装甲されたロボットを破壊する為の弾丸を人間に?
僕は目の前が暗くなるように感じた。
そして教官は、今後は16歳以下であれば誰でもアークに入れるようにする方向性を検討していると伝える。
そんな事になったら、どんな世界になるか分からない。
僕達は装備を整えて出動するよう言われて解散するが、皆足取りは重い。
「どうなっちまうのかなー。オレ達」
お調子者もセイリュウもいくつになく神妙だ。
このままではいけないと思う。主任は自分達の正しいと思った事をやるように言っていたけれど、何をするのが正しいのか分からない。
街は放っておいても暴徒化するだろう。ならば暴力だろうが恐怖政治だろうが統率しなくてはならない。大人はロボットが混ざっているかもしれないのだから子供がやる。
無茶苦茶だが反論のしようがないくらい単純な理屈なんだ。
こんな時、あの女主任ならどうするんだろう、と主任の顔を思い出そうとするが、二つの柔らかい突起物が浮かんで慌てて振り払う。
こんな時に……、と思いつつ周りを見ると、いつの間にか主任の研究室の前にいた。
装備を置いてある保管庫とは近いけれど、通り道ではない。無意識にここを通るルートを選んでいたのか。
部屋の一角はガラス張りで、中が見えるようになっている。ここは対策局の研究室だが、実質主任の部屋と言っていい。
後ろを見るとセイリュウは頭の後ろで手を組み、何も言わずについて来ていた。僕の視線にニカッと笑う。
僕は研究室の中に視線を戻した。中には研究資料や主任の開発した機材が並べられている。その中には当然、アーク支援ロボット『白菊』の姿もあった。緊急停止され、人形のように壁を背に立たされている。
僕はショーウィンドウに張り付く子供のように白菊を眺め、
「ねえ……」
そのまま誰に言うでもなく呟く。
「主任は、僕達の正しいと思った事をやりなさいって言ったんだ」
セイリュウはガラスに映った像ごしに「ん~それで?」という素振りをする。
「でも、僕が今正しいと思えるような事は精々命令無視してここから逃げ出すくらいなんだ。でもそれも正しい事じゃない。それも分かってるんだ。本当に正しいと思うような事は、もっと突拍子もなくて……」
それをとてもあの主任がやりなさいと言うとは思えない。
子供っぽくて、ハレンチで、常識外れな人だけど、いつも僕達の事を考えてくれてたんだ。
「主任が僕なんかの考えに至らないはずはないし、それを何のアドバイスもなしに僕達だけでやりなさいと言うとも思えない」
僕は主任から渡された万年筆を取り出す。
『寝てるようだったらコレ飛ばして起こしてあげて頂戴』
万年筆のキャップを外し、ペン先を部屋の中に向けてボタンを押す。
部屋中に響き渡る起動音と共に、主任の意志を継いだAIは、ゆっくりと目を覚ました。
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