後編

第17話 波紋

「ちがーう。私はただ、ウチのシステムも実用に耐えうる事を証明したかっただけだ。暴走したなど、何かの間違いだ。これは陰謀だ。あの小娘が何か仕掛けたんだぁ。私は無実だぁ」

 特別害機対策局の廊下を、少し太った中年の男は手錠をかけられたまま強引に引き立てられていく。

「あの女はロボットだぁ。背丈に騙されるな! あのでかい乳の中にメカが詰まってるんだぁ」

 エレベーターの奥に消えるまで、失礼な事を喚き続けていた。

 女主任はまったく、と毒づきながら腕を組む。強調された物は柔らかく変形し、機械が詰まっているようには見えない。

「あいつ、量産化のプロジェクトを引き受けた業者なんだけど、ウチで定めた基盤OSを使わずに自社製の物を使ったのよ。だから他のロボットと同じように制御を奪われた」

 自分の所でも自由に出来るように、禁止していた無線アップデートの機能を無断でつけていた。桜花は悪くないんだ、と小さく付け加えるが、直に恐ろしい目に遭った僕としては複雑な気分だ。

 さっきの人が元凶なんだと言われても、彼に対する怒りは湧いて来ず、あるのはロボットに対する純粋な恐怖だった。桜花の事を信頼していただけに裏切られたような気持ちになって、ロボットを嫌悪したり疑ったりする人達の気持ちが分かったような気がしたんだ。

 主任は周りに悟られないよう囁くように言う。

「振り向かないで聞いて。ERシリーズは凍結されて、私も責任を取らされる。しばらくは聴取の名目で軟禁されるでしょう」

 僕も合わせるように小声で返す。

「でも、白菊は大丈夫だったじゃないですか。主任に責任はないんじゃ……」

「そうもいかないのよ、大人ってのはね。それに、まだ暴走していないだけでこれからは分からないのも本当だし」

 主任には似合わない、重い響きを含ませた声で続ける。

「これから世の中はちょっと大変な事になる。君達は、君達の正しいと思った事をやりなさい。大人の言う事を信じてはダメよ」

「ミズキ主任。あなたにも御同行願いますよ」

 不意の男性の声に驚いて身を硬くする。

「じゃあ。後の事をよろしくね。あ、これ。あなたも知ってるお友達に借りたペン。寝てるようだったらコレ飛ばして起こしてあげて頂戴」

 いつもの明るい調子に戻ってウインクする。主任はそのまま恐そうな大人達に連れられて行ったが、彼女は笑って手を振り、エレベーターの扉が閉まる前に投げキッスを寄越してきた。

「何を渡された?」

 固まっている僕に教官……、対策局の局長が近づいて来た。

 僕は手の中の渡された物を見る。万年筆か?

「あ、いや。前に僕の友達が貸したんで、返しといてくれって……」

 主任に言われた通りの返答はしたものの、僕には覚えがない。

 局長は万年筆を引ったくり、キャップを外して訝しげに眺める。

 やがて気が済んだのか、ふんと鼻を鳴らし、

「お前達もしばらくは待機だ。さっさとウチへ帰れ」

 と万年筆を突き返して去って行った。



「いやー。オレのじゃないなー」

 そうだよね。一応主任に渡された万年筆をセイリュウに見せてみたんだけど、やはり彼の物でもない。別に高級品ってわけでもない、どこにでもありそうな安物だ。

「ソラのじゃねぇのー?」

 呼び捨てなの?

「それもないと思うけど……。それに僕も知ってる友達って言葉と合わない気がするし」

 それは主任の友達で、その友達を僕も知っているという意味だ。

 他のアークのメンバーってのも違和感がある。あの主任は誰にでもフレンドリーに接するけど、僕達は他のメンバーと友達って言うほどじゃない。

 それともう一つ変な事を言っていたな。

「これを飛ばして起こすのー? 居眠りした時によく教官にペン投げられて起こされたっけー」

 セイリュウはケタケタと笑う。

 これで講義でもしろと言うのだろうか。でも『投げて』じゃなくて『飛ばして』なんだよな。

「万年筆から飛び出すってインクかなー?」

 僕もそのくらいしか思いつかない。そういうイタズラおもちゃなんだろうか? と改めて万年筆を眺める。

「あれ?」

 万年筆の頭にボタンのような物が付いている。シャープペンシルやボールペンには付いている物なので違和感がなかったが、万年筆に必要だっけ?

 カチリ、と押してみるが何も起こらない。インクが飛び出る事もない。

 釈然としなかったが、今日は疲れていたので大人しく帰る事にした。

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