第16話 桜花

 海岸警備に託(かこつ)けた海水浴の後数日は本当に自宅待機の休日だったが、久しぶりの召集命令でアーク本部へと向かう。

 ロボットの工場を見つけて以来、今後どういう作戦を進めるべきか上の方では随分と揉めているようだけど、子供である僕達には難しい話は聞こえてこない。

 だが子供であるが故に、肉体的にも精神的にも負担は大きく、無責任な世論や妄想的な映画の影響も相まって、アークの数は更に減ったらしい。

「というわけで、今も残っている君達は、精神的にもタフだろうっていう事で、もう少し全体的な作戦について話してもいいかなーって結論に達したワケよ」

 回りくどい言い方をするという事は、主任は賛成ではないんだろう。

 元々僕達は他のチームの事もよく知らない。講義や訓練で顔を合わせる事はあるけど、互いの作戦や戦績については公式には知らされない。出撃回数や小耳に挟むなどでそれとなく噂になるだけだ。

 それは互いに対抗意識が芽生えたりしないようにする為の配慮でもある。何よりアークは一つの現場に複数のチームが派遣される事はない。

 それは同士討ちを避ける為でもあるが、どちらが前に出るなど活躍の場を取り合うような事態が起きるのを心配しての事だ。

 そういう話は、学校生活の真っ只中にいた僕にはよく分かる。

 チームワークが重要なスポーツをやっている連中でさえも、ポジションの優劣や妬みによる足の引っ張り合いをやる者が少なからず混ざっているものだ。

 僕達は、思いのほか大人達に守られていたんだな、という事を実感させられる。

 だけど、現場警察官の数も減ってきている。

 危険が伴い忍耐が必要な割には見返りが少ない為、現場を離脱する者も多い。成果を上げても、大人の世界でも子供同様足を引っ張る者は少なからずいるようで、手順を省略したりすれば手続き上のミスとして証拠も無効、逆に訴えられる者も多い。

「裁判官も弁護士も子供がやるようになるのもそう遠くないかもね」

 と主任は笑いながら話す。僕もその光景を想像するとおかしくなってしまう。

「私達としては、ERシリーズを本格的に導入する事を検討してる」

 白菊のようなサポートロボットを普及させ、アークに同行させるチームを多く編成する事が出来れば、事態はかなり進展するのではないかと計画されているそうだ。

 アークはサポートロボットを監視、緊急停止する為だけの付き添い役になってしまうが、後々は本当にロボットだけで対応できるようになればという事らしい。

「幸い残っているアークには自分達が主役じゃないとイヤだとか、そんな目立とう精神を持っている者はいないと思うのよね」

 もちろんです、と僕とセイリュウは答える。

 そして僕達が休む少し前から、サポートロボットの二号機が実稼働中だと説明した。

 僕達の他にもロボットを含むチームがいたらしい。

「本当はね。君達が休んでいる間に白菊には別チームと出動して欲しかったんだけど、AIのくせに命令拒否なんかをしちゃってね」

 その時扉が開いて、白い光沢を放った美しいフォルムをしたロボットがモデルのような足取りで入ってきた。

「当然です。ワタシはチーム・フラウのサポーターです。アークは殉職しない限りバディを組み替えたりはしない、と定めたのはアナタ達のはずですよ」

「ま、私のAIがちょっと高級過ぎたみたいね」

 と主任は肩を竦める。

 ハッキングをさせない為、外部端末と接続する事を禁止しているERシリーズは、後からプログラムを調整する事も出来ないから仕方ない、だがその反面便利な事もある……と白菊に向き直り、

「充電は済んだ?」

「バッチリですよ」

「ウチの母も掃除機が自分で充電するようになった時は感動したって言ってたわよ」

「失礼な。家電と一緒にしないでください。充電済みのバッテリーと交換するだけです」

 要はこの手の機械を導入する際によくあるメンテナンスの大変さがないのだと言う。

「今その二号機のチームは任務に出てる。もうすぐ帰ってくるはずだから、戻ったら合同訓練をしてもらうわ」

 対象のスキャンやロボット単体の処理であればアーク1チームでも対応できるが、工場の制圧等の大きな作戦はまだまだ不安材料が多すぎる。

 だが複数のチームを投入できれば作戦の幅も広がる。アークだけならとても許可は下りないが、AIのサポートがあれば可能性はある。

「というわけでまずは訓練という形でテストしてみて、うまくいけば本格的に検討されるわ。失敗すれば人類は滅ぶわね」

 本気なのか冗談なのか判断に困る所だけど、数か月の付き合いで、この人は本気を冗談の中に混ぜて話すタイプなんだろうと思い始めている。

 つまり失敗すれば、滅ぶのは大げさとしても、かなり困った事になるんだろう。たとえばアークの解散。

 主任が訓練内容の説明を始めようとした所で通信機の呼び出し音が鳴る。彼女はそれに出るとすぐに顔色を変えた。

 何やら険しい表情でやり取りをし、僕達に向き直ると、おおよそ予想した通りの言葉を告げた。

「緊急出動よ」

 だがその内容は僕の予想を超えるものだった。

 閉鎖区画でロボットの工場が見つかって以来、当然その周辺を警戒していたのだと言う。

 完成したロボットはどこかに移送されるのだから、そこを突き止めれば更なる手掛かりになる。しかしジャンク屋が閉鎖区画のバリケードをトラックで突破するなど日常茶飯事の為、そこから足取りを追うのは難しい。

 それに一度見つかってしまっているのだから同じ手段は使わないかもしれない、という事で逆に街中を調査していた所、怪しい建物を見つけたそうだ。

 そこへチーム・イエロー、支援ロボット二号機を伴ったチームを向かわせたのだが、見事にヒット。

 手掛かりを見つけたまではいいが、ロボットは暴走状態で弾薬も尽き、脱出の手段を失ったようだ。

 つまり僕達の時とあまり状況は違わない。違うのは脱出の手段が見つからなかったという事だ。それで言うならば僕達は運が良かった。

 窓も塞がれ、屋上へ出る事も出来ない。ビルも多く気流も乱れているのでヘリでの救出も難しい。

 子供の命がかかっていると言うのに、この期に及んで救出部隊の編成に揉めている。

 そんな場合ではないのだから、軍でも何でも動かして救出に向かうべきだという意見と、今後の事を視野に入れた上で当たるべきだという意見に割れている。

 要は救出に成功しても、『ロボットかもしれない者を救出に行かせた』責任を追及され、アークの存在そのものを否定したとして反対派の都合のいいように事態が動く事を恐れているんだ。

 いずれにせよ救出には時間がかかり、それだけ同期メンバーが危険に晒されるんだ。僕達に救出が可能なら、それはもうやるしかない。

「ワタシ達は三人で一チーム。誰が欠けても成立しません。大人達よりも役に立つ事を見せてやりましょう」

 白菊の言葉に決意を固め、自動バンを降りる。

 現場となるビルを見ると思ったより大きい。元々はショッピングモールのようだ。

「ここは閉鎖区画ではありませんが、人は立ち入らない場所です。元々老朽化の激しいビルですので、再開発される予定だった物です」

 そういう場所を秘密のアジトに選んだわけか。電力の確保も難しくないし、意外な盲点といった所なんだろう。

「ビルの電源は既に遮断されていますが、非常電源があります。稼働しているロボットがバッテリー切れで停止するにもまだまだ時間がかかります」

 武器はいつものアークブラスターしかないが、弾薬は予備を多めに持ってきている。

 僕達は駆け出し、一気に建物の中に入る。

 中は何やら騒がしい。暴走したロボットが暴れているというより、工事現場の作業音のようだ。

 非常灯があるとは言え、窓も打ち付けられているので中は暗い。僕達はライトを点けるが、思ったより周りが見えないな。

「仲間である可能性もありますので、むやみに撃たないよう気を付けてください。暴走したロボットが忍び寄ってくる事はありませんし、飛び道具を使う事もありません。落ち着いて進みましょう」

 僕達は止まったエスカレーターを階段のように上る。

 辺りはバチバチと火花に照らされるように明滅している。これが音の元凶のようだ。

 壁が崩れ、剥き出しになった鉄骨を抱くように機械が張り付き、鉄に丸いノコギリを当てて削っている。フロアには四本足の機械が歩いてはドリルで床や壁に穴を開けていた。

 これらは建設作業用のロボットだ。

 チーム・イエローのモニター履歴によると、元々解体途中だった所を放置されていたのが、調査に入り込んだ後で突然起動したらしい。

 中には人型のロボットもいて、脈絡なく動いている。要はよく見る暴走の光景だ。そしてロボット同士もぶつかり、互いに解体、破壊し合っている。

 騒がしいが近づきさえしなければそれほど危険はなさそうだ。進路上、邪魔になるロボットだけ排除して進めば持ち合わせの武器でも突破できるだろう。

 確かに武器がなければ通り抜けるのは難しい。先のチームはそれで上階から降りられなくなったのだ。

 突然白菊が身を翻し、髪を模ったようなマントで目の前の視界を遮った。

 バスバスバス! と何か鋭い物がマントに当たって止まる音。そして周囲には弾丸が当たって跳ね返るような音と火花が散る。

「ネイルガンです。ワタシの髪は防弾素材になっているのでその陰にいれば大丈夫。できるだけ離れないようにお願いしますよ」

 建設作業用の釘を打ち付ける機械か。飛び道具はないんじゃなかったっけ?

 白菊が無差別に釘を発射している機械を破壊する。思ったより危険だ。

 危険なロボットと邪魔になるロボットを最低限に破壊しつつ上の階へと進んでいく。薄暗く明滅した中は目がチカチカして見難い。射撃は全て白菊任せだ。

 アークを題材にした映画ではEMP(電磁波)爆弾というのを使っていたな。強力な電磁波を起こして電子機器を麻痺させるという物だ。爆発させるだけで周囲にいるロボットはみんな機能を停止する。

 あんなのがあれば楽だろうなと思うも、それだと装備も白菊も動かなくなってしまうか。

 白菊は二丁拳銃を構えてロボットを撃ち倒し、僕達が弾を入れ替える。

 僕達は居なくてもいいんじゃないかとも思うけど、主任の話では「居なくてもいいかもしれないけど、居なくてはならない事態になる可能性はまだまだある」という事らしい。

 AIとは学習して可能性を広げていくもの。白菊は時折僕達に話しかけるが、その時に答える者が居なくてはAIは学習できないそうだ。

 暴走した建築作業ロボットが無茶苦茶に切り崩し、溶接を続けている為、ビルの中はまるで迷路だ。

「なー、帰り道分かんのー?」

 セイリュウが当然の疑問を投げかけるが、白菊は無機質に答える。

「何を言っているんです。この建物は現在進行形で形を変えているんですよ」

 つまり分からないんだ。でも……、という事はチーム・イエローのいる所までも道が繋がってない可能性もあるんじゃ……。

「さすがですね、トモ。その通りですよ」

 いや、そこを褒められても……。

「ど、どうするの?」

「決まっています。こうするのです」

 白菊は、溶接されたドアに向けてアークブラスターを発射する。

 留め金部分を破壊し、開いた穴に手を突っ込んで溶接部分を無理矢理引き剥がす。

「やはり非常階段にロボットはいないようですね。早いうちに溶接隔離された為にほとんど無傷です」

 正確な位置は分からないが、チーム・イエローが足止めされているのは最上階のはずだ。モニターされているとは言え正確な位置までは分からない。最上階フロアのドアを開けると中は僅かに非常灯の明かりが照らす程度だった。階下の音が振動となってフロアに伝わってくるので無音ではないが、今までに比べれば静寂と言っていい。

「なー。でかい声で呼んでみりゃいいんじゃねえの?」

 セイリュウの提案に白菊は思案するような素振りを見せる。

「ここが従来の暴走区域であるならそれもアリなのですが、敵の拠点の一つには違いないので迂闊な行動は避けるのが得策です」

「向こうにも支援ロボットがいるんでしょ? お互いに位置は分からないの?」

 同型のロボットなら互いを認識できても不思議はない。

「ERシリーズのセンサーは人の認識と大差はありません。特殊な感知システムを装備するとスキャニング条例に抵触する恐れがあるのです」

 理由なしに対象をスキャンしてはいけないというのが国民の総意として決められていて、温度感知や赤外線なども場合によってはこれに該当する。

 判別する為のスキャナーは本部に簡易令状を申請して承認が降りなくては使用できない。

 それに、ERシリーズは無線機も付いていないと主任が言っていた。

「そんな場合かよ」

「全くその通りですよ。人間とはなんとも愚かしい生き物です」

 物陰に隠れながら、フロアを覗き込む。向こうの方に何か動くものが見えた気がした。

 セイリュウと白菊に「誰かいる」と合図を送る。注意深く影を確認すると小さな人影が二つ、少し大きな影が一つ。

「チーム・イエロー?」

 そっとを声をかけるが反応がない。だけどこの建物内でそんなチームを組んでいるのはイエロー以外にはありえない。向こうも警戒しているだけかもしれない。

 僕は恐る恐る立ち上がる。すると向こうも気が付いたのかゆっくりと立ち上がった。身長からして相手は子供だ。

 もう一つの影も立ち上がった。そっちも子供だ。ほっと息をついて歩み寄ると、向こうも近づいてきた。

 白菊も後に続き、その場に2体のロボットと4人の少年が集合する。

「……鏡ですよ。これは」

「何だよ。白菊、ロボットのクセに鏡に騙されんなよ」

「ワタシの光学センサーは鏡に反射するのです」

 僕も恥ずかしくなって苦笑いしていると、突然目の前にあったガラスが砕け散った。

 破片からを顔を庇っていると、ドンと何かに突き飛ばされる。

 派手に地面に倒れ込み、顔を上げると白菊が巨大なアームにその体を挟まれていた。

「な、なんだよ、これ!」

 セイリュウが声を上げる。彼も僕と同じように地面倒れ込んでいる。

「これはエアロボット、空気圧の力で駆動する資材運搬用のロボットです。静音で鏡の裏にいた為、分からなかったようですね」

 落ち着いて解説している場合?

 エアロボットのアームからプシューと空気圧音が漏れる。力が加わっているようだ。白菊は両腕でそれを防いでいるが、ミシミシと次第にその幅を狭めていった。このままじゃ潰される。

 何とかしなきゃ、と思ったが、倒れた時にアークブラスターを落としてしまったようだ。周りを見回すがガラス片や瓦礫が散らばっていてよく見えない。

 白菊は僕達を助ける為に突き飛ばして、その為に自分が挟まれたんだ。

「セイリュウ!」

「オレも落としたー!」

 石でもぶつけようか、機械を叩けばどこか壊れるかもしれない、と瓦礫の一つを掴みあげると「バン!」という爆発音と共にエアロボットが動きを止めた。

 エアロボットの背後から、細いシルエットをしたロボットが現れる。それは白菊によく似ていて、でも少し違っていた。

「危ない所でしたね。籠城の際に念の為にと一発分残しておいたのが功を奏したようです」

 白菊と似たようなノイズ混じりの無機質な音声を出すロボットの後ろから、二人の少年が現れる。

 これがチーム・イエロー。

 リクとサノオは何度か話した事くらいはある。

 そしてこれがサポートロボットの二号機『桜花(おうか)』。

 白菊と大きさはさほど変わらないがフォルムは男性的でロングヘアーを模したマントがない。

 武器も防弾衣も無しでどこから釘が飛んで来るか分からないフロアを突破するより、助けを待った方が安全だと判断したんだろう。

 何より……。

「足をケガしているのですか?」

「捻っただけだよ」

 リクは平気だと言わんばかりに立ち上がろうとするが、額には汗が滲み出ている。

 僕達は装備を整え、予備弾薬を共有した。

 だけど足をケガしているリクは一人では歩けない。

 セイリュウとサノオの二人で支えて白菊が守り、僕と桜花が道を開くフォーメーションを組む。

 来たルートをそのまま帰れるほど甘くはないようだ。非常階段も既にロボットが入り込んでいる。

 階下に下りるとそこは戦場に舞い戻ったかのような騒がしさだった。

 桜花が素早く僕の前に移動すると、そのボディが火花を散らす。

「ワタシには白菊のような防弾仕様はありません。出来るだけ身を低くしてください」

 そのボディに傷を増やしながら僕を守り、応戦する。

 桜花は量産型のプロトタイプで予算削減の意味もあって装備は簡略化されている。

 ミニスカートの科学主任と技術共有はしているものの、製作しているのは別のプロジェクト。ロングヘアーを模した防弾素材の意味を理解せず、若い女科学者の趣向など不要と一笑に付した事によると桜花は説明する。

 機械的な物言いだが、分かりやすく言えばあのマントが羨ましいと言う事だ。

「女性型フォルムが趣向なのは本当ですけどね」

 白菊が補足するように言う。

 本来アークはこんなドンパチする所に派遣するものではないのだから、上の考えも浅慮と言える程ではない。

 天井や壁に張り付いたロボットが落としてくる火花を払いながら、ゾンビのように迫ってくるロボットを打ち倒す。

 ぎゃぃぃぃん! という音に驚いて振り向くと、大きな丸ノコを回転させたロボットが床を走ってきた。その光景はまるで海の上で迫ってくるサメの背ビレのようだ。

「うわっ!」

 横に転がって間一髪避ける。あんな物に接触しては足が無くなってしまう。しかも地面を這っている為に物陰から飛び出されたら危険だ。

 皆は足をケガしたリクを支えているんだ。アレは破壊しておかないと……、と身を乗り出して後を追う。

「トモ! 離れ過ぎです!」

 白菊の声が聞こえた。分かっている。できるだけ離れないようにして仕留めなくちゃ。瓦礫や機械の残骸、段ボール箱が散乱する床を凝視する。

 ノコギリの音と飛び散る破片。「そこだっ!」とアークブラスターの狙いを定めて発砲。

 爆発と共にギサギサした物が宙を舞う。

 やった! 仕留めた、と安心して力を抜いた所でギギギッと周囲に何かが軋む音が響いた。

 ガクン! と周りの景色が一段上がる。いや、僕が落ちているんだ。僕の立っているフロアの床が抜けようとしているんだ。

 そう理解した時には床はかなり傾き、滑らないように踏ん張っているのが精一杯だった。そうしているうちにも床は傾いていき、周囲に埃が立ち込める。

「トモッ!」

 誰かの声が聞こえ、傾く視界の中、白いロボットが僕に向かって走ってくるのが見えた。

 そして強い衝撃。音。

 一瞬、何もかも分からなくなった。気を失ってはいないと思うんだけど、キーンと耳鳴りがして麻痺していた体の痛みが戻ってくる様は気絶から覚めていくかのようだった。

「あいたた」

「大丈夫ですか? トモ」

 見上げると白いロボットが僕を守るように覆いかぶさっていた。その姿はよく知っているようで少し違うフォルム。

「桜花? ……だったの?」

 僕を助けてくれたのはチーム・イエローのサポーターだ。

「白菊であればもう少し衝撃を和らげてくれたのですけどね」

「いや、そんな意味じゃないよ。確かに防弾マントで包んでくれればもう少し痛くなかったかもね。でもありがとう」

 プロテクターのおかげで大事には至っていない。かなり痛いけど、どこも折れたりはしていないようだ。

 ただ、モニター用のカメラなんかは壊れている。本部では僕達がどうなったか心配しているに違いない。

「他のみんなは?」

「分かりません。ワタシもセンサー機器に損傷があります。ワタシ達は何層か下に落ちたようですが、床が傾いたので落下地点の真下ではない可能性もあります」

 天井に穴が開いているかと思ったら崩れた壁か何かで埋まっている。潰されるかもしれない所を運よくフロア間にできた隙間に落ちたようだ。いや……、桜花がそっちへ逃げてくれたんだろう。

「とにかく合流しなくちゃ」

「トモ。アークブラスターはありますか?」

「あれ? 落としちゃった」

 あの状況じゃ無理もないし、どのみちモニターが切れていては使う事も出来ない。

「彼らも外を目指すはずです。別行動になりますが、ワタシ達も外を目指す方がよいでしょう」

 桜花の提案に頷く。今もビル内は作業ロボットによって解体作業が進んでいるんだ。早く逃げないとまた崩れてくるかもしれない、と低くなった天井を避けながら瓦礫の中を進む。

 少し広い場所に出ると、そこはモール跡には似つかわしくない部屋だった。ベルトコンベアのような物が動き、あちこちで作業用の人型ロボットが無意味に動き回っている。

 この光景は……、まるで工場。何かの機械を作る工場だ。ここでロボットを作っていたのか。

「そのようですね。ワタシ達が来たのでロボット達を暴走させて建物ごと破壊するつもりだったのでしょうか」

 薄暗い中、よく見ると金属製の作業ロボットの中に服を着たものが混じっている。バイクに乗る時のようなフルフェイスのヘルメットを被り皮製のライダースーツを着込んでいた。

 一見ロボットと分からないが、周りのロボットと全く同じ動きをしている。中身は完全にロボットだ。人間ならこの季節、暑さに耐え切れないだろう。何で人間のフリなんか?

「ここは人が少ないとは言え市街地。ロボットを製造しても搬出すると目立ってしまいます。ならどうするか? それがこの答えなのでしょう」

 桜花はいつか白菊がやったように、ライダースーツの腕を取って無駄のない動きで引き倒し、ヘルメットを剥ぎ取った。中はやはりロボット。人の皮を被せる前の素体ロボットだ。

「ロボットに自分で歩いて行ってもらえばいいのです。最低限の電源装置と補助ユニットがあれば素体だけでも活動できるでしょう。怪しい人影は目撃されるかもしれませんが、そんな通報は一日に千件を超えますからね」

 だがこの方法にはリスクもある、とコンベアーを見下ろすように鎮座しているコンピューターに向かう。

 コンベアーは入り組んでいてちょっとした迷路だ。ゾンビのように歩き回るだけのロボットはこちらに近づけない。危険なロボットは部屋の外なのでちょっとした安全地帯だが、ここもいつ崩れるか分からない。

「早く逃げないと……」

「待ってください。ロボットに自分の足で歩かせる為にはそれをインプットするコンピューターが必要です。ロボットにはハードウェア的な自滅回路がありましたが、こちらは盲点の可能性があります」

 桜花がコンピューターのコンソールを叩くと古っぽいモニターに文字が流れ始めた。

「ビンゴです。暴走した時にデータは消去されていますが、今なら修復できる可能性があります。1分で終わらせます」

 答えながらも桜花はコンソールを叩いている。あの科学主任が作ったからか、やっぱりよく似てるような気がする。

 ピピッとコンピューターから電子音が鳴り、何やら警告を示すランプが点灯した。

「やりました。データは無理でしたが思わぬ収穫です。ハッキングを検知したコンピューターが緊急回線を接続したようです」

 ウィィ、とコンピューターに埋め込まれているカメラが動き、僕の方に向く。そしてピントを合わせるように絞りが動いた。その動きを僕はなんだか『見られている』ように感じた。

「……」

「え?」

 コンピューターから何か聞こえたような気がした。

「接続先は……」

 突然バリッ! と部屋全体にノイズが走るような感覚がして、直後に完全な静寂。

 部屋を無作為に動き回っていたロボット達が動きを止め、周囲から聞こえていた作業ロボット達が出す音もピタッと止まった。

 あまりに突然の静寂の為、時間が止まったのかと錯覚する。

 何があったの? と聞こうとして桜花を振り返ると、こちらも同じように止まっていた。

 バッテリーが切れたのか? 他のロボットも? と手近なロボットに近づいて顔を覗き込む。

 突然ロボットの体がビクンと揺れると周りのロボットも一斉に動き出した。

 少し前の状況とほぼ同じだが、違うのはどのロボットも無作為な動きではなく、人が入っているかのように的確でスムーズな動きをする。

 的確に、僕の方に向かって歩いて来た。

 立ち並ぶベルトコンベアーを避け、わらわらと僕に群がってくる。目の前まで迫ってきた一機が手を伸ばし、僕はそれを避けるように一歩後ずさる。

 ロボットの手は胸のプロテクターを掴んだ。

「ちょ、ちょっと」

 体を引っ張られ、群がってくるロボットが更に掴みかかろうとするので、僕は身を屈めてベルトコンベアーの下を潜る。

 ロボットが掴んだ手を離さないので、プロテクターの留め金を外し、脱皮するようにしてその場を逃れる。

 大人サイズのロボットはコンベアーの足の間を縫う僕には簡単には追いつけない。

 コンベアーの区画から這い出し、起き上がって走り出そうとした時、上から何かが降ってきた。その白いフォルムをしたロボットは、桜花!?

 驚きつつも上に圧し掛かった桜花は、左手で僕の首を掴み、右手を顔に向かって振り下ろした。

 ぼこっと僕の顔の横の床が鈍い音を立ててヘコむ。見ると桜花の肘は少し変な方向に捻れていた。元々損傷していた物が急激な動きで壊れたようだ。

 それで狙いが外れたみたいだけど桜花は……、僕を殺そうとしている!?

 桜花は僕の首を掴んだまま持ち上げる。家庭用ロボットとは比べ物にならない力だ。

「桜花! どうしたの? 僕だよ! トモだよ。分からないの!?」

 首を掴んでいる指に力が加わってくる。だが、こちらもやはり壊れているのか変な力の入り方で僕の喉を潰すには至らない。

 桜花はもう一度右手を振りかぶり、僕の顔に向けて振り下ろそうとする。僕はそれを顎を引いてヘルメットで受けた。

 凄い衝撃に顎紐が千切れ、ヘルメットが飛ぶ。首を痛めたかもしれない。だが掴んでいる手も離れ、僕の体は後ろに吹っ飛ばされた。

 転がるようにして起き上がり、逃げようとするがその前を作業用ロボットが立ちはだかる。

 右へ、左へとロボットを避けながら鼠穴のように壁に開いた穴に飛び込んだ。

 穴から体を抜き、立ち上がろうとした瞬間、白い手に足を掴まれ転倒する。穴からは桜花が頭を出し、無理矢理体を通そうとする。

「助けてー。誰かー」

 叫ぶが、セイリュウたちはもう外に出てしまったかもしれない。僕は掴まれていない方の足で、必死に桜花の頭を蹴る。だがそれでも掴んでいる手を離さない。

 バキバキと体をよじり、桜花はついに体を穴に通した。

 恐怖で足が竦み、声も出ない僕に、這いずるようにして圧し掛かる。

 桜花は体を起こし、左手を手刀の形にして槍のように突き刺さんとばかりに僕の顔を狙う。

 僕は覚悟を決めてきつく目を閉じた。

 バン!

 けたたましい破裂音に体を硬直させたが、一向に痛みも衝撃も来ないので、ゆっくりと目を開ける。

 左腕を肩から失くした桜花の体がゆっくりと傾くのが見えた。

 壊れた右腕と足でもぞもぞと動く桜花から、腰を引きずるようにして離れる。

 最後から足音が近づくのを感じて振り返った。

 そこには銃口から煙を上げたアークブラスターを持つ白菊の姿があった。

 静かに桜花を見下ろす白菊の様子は無機質で、何の感情も持っていないように見えた。AIなのだからそれはそうなんだけど、要は正気なのか、それとも桜花と同じように暴走しているのかの判断に迷った。

 ごくりと唾を飲み込む僕に、白菊はピクリとも動かずに音声を発する。

「トモ……、約束してください」

 僕は瞬きも出来ずに、合成された音声の言葉を待つ。

「もしワタシがトモを傷付けるような素振りを見せたら。その時は迷わず頭部を破壊してください」

 自分のAIが、一瞬でもそんな命令を処理しないように……、と静かに続ける。

 これまで無機質ながらも感情を持っているのではないかと思わせる白菊と接してきた僕は、『彼女』が泣いているようにも、怒っているようにも見えた。

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