第14話 ミズキ
その功績のせいか、直ぐに次の任務が割り当てられる。
娯楽地の警備、早い話が見張り役だ。アーク管轄の監視所を仮設置して立っているだけの仕事だから、むしろ休暇のつもりで当たっていいとの事だけど、……だからって、彼女を連れて来いって何かおかしい気がする。
娯楽地に男だけで行くのは変だ。カムフラージュの為にこの命令は絶対だと言うので、僕は渋々ソラに頼み込む事になる。
ソラは多少驚いたようだったけど、快く承知してくれた。
そして、その娯楽地というのが海水浴場だ。
今世間ではどこにロボットが紛れているか分からないという事で人の集まる所では遊ばれない。レジャー施設や特に遊園地などは大打撃を受けているのだが、そんな中で逆に盛況なのが海水浴場だ。
要はロボットは塩水には浸かれない、という噂話から来ているんだけど、冷静に考えればあまり信憑性のある話ではない。
ロボットも普通に風呂には入っているはずだし、食事だって人と変わらず摂るんだ。
だけど神経をすり減らした人達に娯楽は必要なようで、そんな事は頭では理解できても敢えて考えないようにしているんだろう。
そういうわけで翌日、水着着用で直接現場に赴いたのだけれど……。
「それにしても驚いたわー。まさかホントに彼女連れて来るなんてねー」
特別害機対策局出張監視所と書かれた仮設テントの下で、ビーチベッドに寝そべってサングラスをかけた女主任はしれっと言う。
白い水着は結構面積が小さい。体とは不釣り合いに隆起したものは本物だったようだ。
「ワタシも同感です。トモは片想いの幼馴染みがいても、一晩悩んだ末に結局切り出す事ができずにいつまでも進展せず、最後はうやむやになって消滅するタイプだと予測していました」
潮風でサビてくれないかと本気で思う。
でも白菊もここに置いている以上、潮風くらいは平気なんだろう。
命令だと言われたのにセイリュウは一人だった。
「あったり前じゃん。あんなの本気にするわけないだろー」
ソラも何か気まずそうだ。別に彼女じゃないです……、と小さな抵抗はしておく。
「でも、こんな事してていいんですか? 僕達はともかく、主任は忙しいはずじゃ……」
「それがね。サンプルとして持ち帰ったロボットは全部自己消去機能が働いて情報はパー」
外部からの信号も遮断していたし、電力も供給していないのに、突然ユニットが焼き切れた。
信号をキャッチして自爆するのではなく、“一定時間外部からの信号をキャッチしなかったら自爆”するシステムらしい。それは独立した電源を使用していたから防磁しても無駄だった。
電波受信時限システムなら電池付でも腕時計のサイズだし、回路を焼き切る電力も一瞬なら電池サイズで十分だ。
カラクリが分かっても取り外そうとすれば作動する。証拠隠滅には手が込んでいたと嘆く。
「それに押収した分は全部じゃない。足りない部品も多いから構造的にも謎な部分も多いのよね」
成果としては大きかったものの、結局物証として残ったのはロボットの残骸だけ。これまでとあまり変わらない。
ロボットの工場を見つけたと言っても、どこの誰が糸を引いているのか突き止められなければ証拠としての能力はない。
部隊を編成して現場に乗り込んでも、その時にはキレイサッパリ無くなっているはずだ。
結局、特別害機対策局とアークが窮地に陥っている現状は何も変わっていない。
今回の任務にお疲れ会の意味が入っているのは本当だが、この見張りも一時的な左遷のようなものだと言う。だから制服も装備も用意していない。
「というわけでソラちゃん。ホントに休暇みたいなもんだから。トモくんと泳ぎに行っていいよ」
そう言われても……、と困ったように僕を見る。
「ここに居たいって言うんなら止めはしないけど」
浜を歩いていた一般客がこちらを見て驚き、奇異の目で見ながら距離を開けて通り過ぎて行く。
こんな所にロボットが立っていたらそりゃあ驚く。
ヘタをすると壊されるかもしれないけど、それはないだろう。一般人がケガをしないかの方が心配か。
「みんなどうやって砂の上でロボットが二足直立してるのか気になるんでしょうね」
それはないと思う。
あるいはその横でかなり際どい水着で寝そべっている女性の方が気になるのかもしれないが……。
美人には違いないので、こうして見ると新型ロボットのお披露目をしているイベントコンパニオンに見えなくもない。
だけど今はロボットと言えば害悪の代名詞なんだ。
アークである事が分かるように子供がいる方が安全ではないだろうか。
「いいって、行ってこいよ。ここはオレが見てるからよー」
「そうです。アークである事の証明の為に、お飾りで置いておくだけならセイリュウ一人で十分です」
「お飾りはお前だろー」
いつものやり取りを始める二人――二人と言っていいのか分からないけど――の言葉に甘えて、ここは任せる事にした。
でも海なんて久しぶりだ。泳ぐ機会といってもプールぐらいだった。
僕は先立って太陽に熱された砂に足をつけ、たどたどしく歩き出す。
「きゃっ!」
砂に足を取られたのかソラが声を上げたので慌てて振り向く。
僕は倒れそうになったソラの肩を抱くような形で受け止めた。
ビキニではないが、上下に分かれたピンクの水着から露出した肌は白く眩しかった。太陽で熱された髪が香り、二の腕は思った以上にしなやか。
その感触に驚いた僕は思わず息を飲んだが、ソラはゆっくり顔を上げ、目が合うとぷいっと離れてしまった。
「あ、ゴメン。わざとじゃないんだ。たまたま……」
気安く触ったのを怒ったのかと思い、慌てて取り繕うがそのまま駆け込むように海に入ってしまう。
体に触れる事なんて珍しくもないんだけど、普段触れない部分に触れた為に変に動揺してしまった。
邪(よこしま)な想いを抱いていると思われたのだろうか。
気まずい雰囲気でソラの後を追い、足が波に触れた。準備運動をしなくて大丈夫かな。
別に本格的に泳ぐわけじゃない。海の中は結構人がいっぱいで、水に浸かるだけみたいなもんだ。
さぶさぶと海に入り、屈んで肩まで水に浸かるとすぐにソラの背中に追いつく。
肩に手をかけるのは憚(はばか)られた。かと言ってぐるっと前に回り込むのもいかがなものか。
水を掻き分けてモタモタと移動しても、ちょっと向きを変えられたらそれでお終いだし、そんな事をされては僕が間抜けすぎる。
ここは何気なく話しかけるのが無難かな。
「い、いやあ。混んでるね」
返事はない。
なんか変な事になっちゃったね。ロボットがいたから驚いた? と脈絡なく話題を並べてみるが一向に反応しない。ついにネタが尽きて僕も黙ってしまう。
海水浴客がはしゃぐ浅瀬の中、僕達の間にしばらく沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはソラの方だった。
「わたし……、トモの事少し尊敬してた」
ん? 突然何を言われているのか分からず、言葉の続きに耳を傾ける。
「わたし、トモがアークに入りたいって言い出した時、カッコイイからだと思ってた。本物の拳銃持てるからだと思ってた。子供っぽい理由だと思ってた。わたしがちゃんと見てやらなくちゃって」
ソラは一瞬言葉を詰まらせる。
「でも、実際は違ってた。責任とか言って、思ったよりちゃんとしてるって、でもやっぱり心配で、無理について行って……、そしたら、想像以上に大変で、辛くて……」
ソラは後ろを向いたまま俯(うつむ)く。
「わたし……、なんてバカだったんだろうって、なんて失礼だったんだろうって、なんて子供だったんだろうって……、自分が恥ずかしくなって」
ソラは赤く腫らした目で振り向く。
「なのにあれは何? 今日、仕事だって言ったよね? 邪魔しちゃ悪いって、足手まといになったら悪いって、迷ってたのに。本当はいつもあんなハレンチな人と一緒にいたの? それをわたしに見せて自慢したかったの?」
「ち、ち、ち、違うよ! 僕も騙されたんだよ。今日は本当に休暇だったんだよ。あの人もいつもあんな恰好してるワケじゃないよ! いつもは………………、白衣着てるんだよ」
ミニスカートの部分は省く。
白衣? なんで? とキョトンとするソラに苦労して説明する。
確かにあそこでバカンスしている人が科学者とは思えないだろうけど……。ソラも講義を見学している時に見た事くらいあるはずだったが、同じ人だとは気が付かなかったようだ。
本当に慰安の意味があって、今アークが大変なのも本当で、あの人も責任者として大変で、これからもっと大変になるから今のうちに休んでおく事も重要で、としどろもどろに話すも、ソラは片眉を上げたまま納得しているのかいないのか微妙な表情だ。
だけど主任が27歳だと漏らした途端ソラの表情が明るくなった。
「あ、なんだ。先輩じゃないの?」
何度もそう言ったと思うんだけど、納得してくれたのならそれ以上は言うまい。
僕は、中々困った上司と、彼女の作ったAIがこれまた困ったもので、としばらく愚痴にも似たような事を語っていたが、そのどれをもソラは笑って聞いてくれた。
さすがに喋り疲れてそろそろ戻ろうという事になる。
ヘトヘトになったが、来た時よりも気分は晴れていた。
仮設テントに戻ると、白い水着の美女は全く同じポーズで寝そべっていた。
「何か変わった事はありました?」
結構長い時間離れていたと思うので聞いてみる。
「別にー、何もなかったよー」
セイリュウは頭の後ろに手を組んでケタケタと笑う。
「子供が砂団子を投げつけてきたくらいね」
「大人は石を投げつけてきました」
と言って白菊は手に持っていた石を砂浜に落とす。
白菊は見えない所に置いといた方がいいんではないだろうか。
「一応監視員だからね。仕事はしてるよ」
世間では人間に紛れたロボットがいるとは言っても、検問で誰彼構わずスキャンすればいいというものでもない。
プライバシーの保護だのなんだのといって世間の猛反発がある為だ。実際スキャンの名目で衣服を取らされたという被害相談は後を立たない。
それにロボットか否かだけでなく、他にも色々と分かってしまうのも事実なので、勝手にスキャナーにかけられるというのは気分のいいものではないのだ。
スキャナーを操作するのも結果を判断するのも大人の人間なので、結局はその結果を信用できないという事もある。
だけど事件現場に居合わせた人間や、警察関係者に危害を加えたり反抗したりすれば、職務質問と言う形でスキャンする事が出来る。
それでも便宜上、18歳未満はスキャン出来ない事になっている。責任能力を問える年齢は時代と共に低くなっても、女の子の体の構造はいつの時代も変わらないのだから仕方ない。
もっとも成長期の子供をスキャンする必要はないが、この場合保護者という名目でその親をスキャンにかける事は出来る。
「たとえばあそこにいる親子連れ。父親がロボットです」
白菊の指す方を見る。
一家の父親が!? じゃあ子供は?
僕の表情から疑問を読み取ったのか、主任は寝そべったままその問いに答える。
「母子は人間でしょうね。義理の父親って事よ。子供がロボットのはずはないし」
「でも、それどうするんですか?」
アークなら、排除するのが任務のはずだ。
「ここでは何もしないわよ。全て記録して後でチームを派遣する。今騒ぎを起こす事は得策ではないし。ロボットも正体がバレない限り問題は起こさないわよ」
そうかもしれないけど、いつ暴走するかも分からないんだ。
一応その疑問もぶつけてみるが、それは上の者の決定だから何かあってもこちらの責任になる事はない、と流される。……それでも。
「お母さんと、子供はどうなるんですか?」
ソラが恐る恐る口を挟む。ずっと会話に入ってくる事のなかったソラが突然割って入ってきたので皆面食らったように固まる。
「だって、お父さんを人間だって信じてるんでしょ? 突然いなくなっちゃったら、あの人達どうするんですか?」
主任の目はサングラスの奥で、その表情は読み取れなかったが、
「ソラちゃん。……もし、トモくんがロボットだって分かったらどうする?」
ソラは大人の話に割って入ってしまった事に後悔したような素振りを見せたが、意を決したように口を開く。
「それでもいいです。初めからロボットだったんなら。トモはトモです」
主任はハトが豆鉄砲を食らった顔をしていたが、やがてクスクスと笑い出す。
な……、とソラは明らかにバカにされた子供のように怒りを露わにしたが、
「ああ、ごめんごめん。みんながソラちゃんみたいだったらいいのになーって思ったのよ」
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