第10話 黙とう
そして数日間、アークの活動は自粛する事になった。
スキャナーが新しくなるまではよほど確証のある通報でないと出動しない。
少し前から対策は練っていたからそんなにはかからないと女主任は言っていた。
僕らのチームは大変な目にもあったので数日休みを与えられた。形の上ではソラを連れて勝手な事をした分の謹慎という事になっている。
僕は夕御飯の後、ソラの部屋のドアをノックした。
あの一件以来ソラはふさぎ込んでしまった。
無理もないんだけど、さすがに心配になる。
おばさんの話では食事は取っているようだけど……、とドアノブに手をかけるとドアは静かな音を立てて開いた。
いつもはカギがかかっていた。
入ってもいいという事か、それともかけ忘れただけだろうか、と悩む所なので、開いたドアの隙間から囁くように声をかける。
「ソラ、入るよ」
返事はない。寝ていたら大変な事になるかな。ついこの間までよく一緒に寝たじゃないか。……いや、結構前かな?
何を急に意識しているんだ僕は。いきなり部屋に入るなど、今でもしょっちゅうやってるじゃないか。
中は暗い。いないのかと思ったが、ソラはベッドの上で両足を抱きかかえ、膝に顔を埋めるようにして座っていた。
足音を立てないように近づき、そっとベッドに腰掛ける。気付いていない事はないと思うけど、ソラは無反応だ。
何か言わなきゃ、と思うが何を言ったらいいのか分からない。まさか開いているとは思わなかったので、何も考えていなかった。
とにかく、何か話しかけるきっかけを作らないと……。何でもいいんだ、脈絡なんてなくっても。
何かを声を発するんだ、と思い余って切り出す。
「「ごめん!」」
僕とソラは同時に声を発し、顔を見合ったまましばらく沈黙し、慌てて目を逸らす。
「「あの!」」
また同時。
そして沈黙。
「お先にどうぞ」
なんだこの三流ラブコメみたいなやり取りは、と思いつつもソラに譲る。
ソラは逡巡したような素振りを見せたが、やがて観念したように話し始める。
「この間はごめん。勝手についていったりして、アンタの気持ちも知らないで」
「僕の方こそ、きちんと説明して留まらせるべきだったんだ。ソラに、アークとして活躍している所を見せられたら……、そんな気持ちがあったのかもしれない」
あの後教官に、そんな気持ちが無かったと言い切れるのか? と説教された事そのまんまなんだけど。
「エリナさん、ロボットだったって本当なの?」
一番近くで見ただろうに。それでもまだ信じられないんだろう。もし、アレが夢だったらと何度も思ったに違いない。それが分かるのは、僕もそうだから。
ロボットなのは本当だと思う。実際早々に避難していた人達の中からも、結構ロボットが見つかっている。
ああいう入れ替わりの激しい会社をテストケースにロボットが浸透しているのではないかと、専門家――あの巨乳主任だけど――は言っている。
でも会社の役員は念入りに調査されたが人間だった。入社した者達にも実力さえあれば素性には拘らなかったのだと言う。
それは人間らしいだけでなく、完璧な職能までも身につけたロボットだという事で、それはそれで怖い話だ。
だからコンピューター会社だったのかもしれない。
そしてロボットが社会に紛れ込む事の危険性を――これまたチビ主任の受け売りだけど――説いて聞かせる。
「エリナさんは……、わたしを助けてくれたよ」
ソラは顔を伏せて言う。
「何にも悪い事してないよ。……なのに」
悲鳴を上げて逃げてしまった……、最後は消え入る声で言った。
そうか、ずっとそれを気にしていたんだ。ソラも、僕と同じ事を思って悩んでいたんだ。
僕は近しい人からロボットが見つかった事はない。エリナは恋人がロボットだったんだ。
それは自分もロボットだから、相手もロボットだという事に気づかなかった、と言うよりそうプログラムされていただけだと教官は言うのだが、人間だと思ってエリナと接した僕は簡単には受け入れられなかった。
あれがAI? 人間が作ったプログラムだって? とても信じられない。
その疑問も提示してはみたものの、白衣の下にミニスカートを履いた主任にその気になれば自分にもそのくらいの物は作れる、と一蹴されただけだった。
「もし、わたしがロボットだったらどうする?」
突然突拍子もない事を聞かれ言葉に詰まる。
そんなはずないじゃないか。ソラは小さい頃から知っている、僕と一緒に育ってきた仲なんだ。
それに子供のロボットは見つかっていないし、今の技術ではそんな事はできないと言われている。
世間では、今まで人間だった者とそっくりのロボットを作って、記憶を移し替えて本物とすり替わっていると言われているが、実際そんなロボットは見つかっていない。
ロボットの素性を辿っていくと必ず過去の情報は偽造だし、記憶や人格を完全に移し替える事は、未だに中二病にかかったままの科学主任も不可能だと言っていた。
それに近い事は出来ても、親族に見破られないなんて事はまず有り得ない。
「じゃあ、エリナさんは、初めからエリナさんだったんだね」
そうだね、と力なく答える。
彼女は自分の事を人間だと信じて、僕達を助けてくれたんだ。
ロボットでも、本人がその事を知らずに壊れる事になれば、それは幸せな事なんだろうか、というような事をソラと語り合う。
エリナにも悟らせずに看取ってあげる事が出来ていればな……、と後悔する。
僕達はどちらから言い出したわけでもなかったけど、エリナを始め、動かなくなったロボット達に黙とうを捧げていた。
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