第9話 疑問
僕達は憔悴しながらも、本部へ戻る為にバンに乗り込む。
ソラの怪我も心配だったし、僕達も負傷していたので、以降は応援に代わってもらう事にした。
そして今回の事を科学主任に報告する。
事のあらましはモニターされているので伝わっているが、それでも僕達は事情聴取のように話を聞かれる。
「それにしても、スキャナーにかからない新型って事かしらね。ログを見たけどちゃんと人間だと判断されてる」
ミニスカートの上に白衣を羽織った女主任は書類の束を見ながら、こめかみを指で押さえる。
「詳しい事は残骸を調べてみないと分からないけどね」
残骸という言葉につい動揺してしまった。エリナを残骸と呼ばれる事には少し抵抗を感じてしまう。
「スキャンにも、えらく時間かかったんだよなー」
セイリュウが何やら手間取っていたんだった。その時は電子機器のせいだと思っていたが、多分機械が判断に困っていたんだろう。
僕は一番気になっていた、人間をロボットだと誤認する恐れはないのかを質問した。
「それはない。絶対ない。ロボットを人間だと誤認する事はあっても、その逆は有り得ない。ペースメーカーや人工臓器だってあるでしょ。少しでも疑わしい要素があれば人間だと判断するようになってる。今回のはその穴を突かれたケースよね」
人間をロボットだと判断する例が出てはアークという制度が崩壊する。それだけは絶対避けるように気を配っていると言う。
だけどセンサーをかいくぐっているロボットがいるというのも事実なんだろう。
以降は科学部で何とかする問題で、僕達が介入できる事ではない。報告はこれで終わり。僕達は退室するように言われる。
セイリュウが外へ出た所で、僕は足を止めて主任を振り返った。
「あ……、あの」
「ん? どしたの?」
僕はもじもじそわそわしながら何とかして切り出す。
「これは、あの……。アークとしてではなく、僕の個人的な質問なんですけど……」
その後の言葉に詰まり、中々切り出せないでいると、
「ん? 女ロボットのおっぱいでも見えた?」
「そんなんじゃないです!」
「ロボットと性行為が出来るのか、という質問なら……」
「違いますって!」
これ以上もじもじしていては話が変な方向に行ってしまいそうだ。
「ロボットって、悪いヤツなんでしょうか?」
主任は表情も変えずしばらく固まっていたが、冷ややかな目のまま口を開く。
「悪いって? 環境にいいか悪いかって話? それとも経済にとって? 人間の堕落への影響?」
質問が漠然としすぎていると言いたいんだろう。僕だってそう思う。だから言葉に迷ったんじゃないか。
主任は頭の上で手を振り回す。
「いい。ごめんごめん。分かってるわよ。人間に化けてるロボットは、別に何もしてないって言うんでしょ。正体がバレたら本性を現すって世間では言われてるけど、実情を見るとそうとも言えなくなってきてる」
人の皮を被ったロボットは、本当に自分がロボットだという事を知らないのだ。そして完全に人間として生活するようにプログラムされている。
仮に人間が、自分の体内から機械部品が出てきたらどうなるか? 今まで人間だと信じていた現実が崩壊したら、人間の精神はどうなってしまうのか。
おそらく精神は錯乱し、理性も崩壊するだろう。暴れているロボットの行動はそれに過ぎない。彼らは“人間らしく居る”それだけをプログラムされ、それに従っているだけなのだ。
「それがはたして駆除の対象になるのかって話でしょ? ホントはいつか言わなきゃって思ってた」
主任は書類を置き、一呼吸置く。
「その質問の答えは半分イエス。アークが処理しているのは暴れだしているロボットだからね。どんな理由があれ、周囲の人間を危険に晒す存在は排除すべきでしょ」
それは確かにそうだ。暴れ出して周囲の人間に危害を加えるなら、ロボットも人間も関係ない。
でも人間は精神が不安定だと言うだけでいきなり死刑にはならない。エリナの恋人は、何もしないうちに処理したんだ。
ここでロボットを人間と同等に扱うのか否かなんて事は置いといて、と主任は続ける。
「本当に怖いのはそういう事じゃない。旧ロボットが一斉に暴走したのは覚えてるよね」
忘れるはずもない。まだ子供だった僕には――今も子供だけど――とにかく怖い事件だった。
直接ロボットに襲われる事はなかったが、周りの大人の恐慌ぶりは今思い出しても恐ろしい。
「予め仕組んであったのか、ウイルスが混入したのかは特定できなかったけど、特定のシグナルで暴走するようになっていたのよ。そして、暴走させた奴がいる」
ソラの叔父さんが疑われたんだった。もちろん基を作ったのはソラのお父さんなんだけど、事件の何年も前に亡くなっている。
「今回のケースもそれと同じよ。今は完全に人間として無害でも、ロボットである以上、いつシグナルを受けて暴走するか分からない。このまま放っておくわけにはいかないのよ」
もちろんロボットに罪があるかないかで言えばあるはずはない、と付け加える。そもそもロボットには人権がない。
「だけどね。本当に恐ろしいのはそこじゃない」
主任は絶対に口外しないように、と声を落とす。
「本当に怖いのは人間。人間の心理なのよ」
本当の意味で人間に紛れたロボットを駆除したいだけなら、戒厳令でも何でも敷いて国民一人一人を強制検査すればいい。
だけど調べるのも人間、審査するのも人間、処理するのも人間。
上役には恨みをかいながら上り詰めた者も多い。皆この機会に何か仕組まれる事を怖れている。
長老陣には延命の為の人工臓器や補助機器、中には脳にチップを埋め込んでいる者もいる。
どこまでが人間でどこからがロボットなのかの境界線はない。
どんな因縁を付けられるか分からない。
上の人間が、静かにパニックを起こしている状況が、今一番恐ろしい事なんだと言う。
プライバシーの保護や人権の尊重なんてものは建前に過ぎない。事件現場に居合わせる者を検査するのが今できる精一杯の事だ。
あなたを信頼して言うんだからね、と若い主任は僕の唇に人差し指を当てる。
「主任は、自分がロボットではないかと疑った事はないんですか?」
「あるわよ」
即答されたので一瞬飲み込めず聞き返しそうになる。
「もし自分がロボットなら、永遠に歳を取らないし、記憶容量もいくらでも増やせるし、寝ないで研究できるし、身長も伸ばせるしね」
主任は悪戯っぽくウインクする。
「調べて人間だった時はガッカリしたわ」
と大口を開けて笑う。
冗談なのか本気なのか。僕も小さい頃は足がロケットにならないかとか、指先からビームが出ないかとか想像した事はある。この人はそれと同じなんだろうな。要は中身が子供なんだ。
溜め込んでいた事を話したせいか、幾分気が楽になったように思う。
「いいっていいって、アンタ達のメンタルケアも私の仕事なんだから、悩みがあるならいつでも相談しなさい」
僕は礼を言い、質問はそれだけかと聞かれたので肯定する。
「私がロボットかもと疑ってるならいつでも触って確かめていいよ」
と言って胸を持ち上げたので、結構です! と慌てて退室した。
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