第8話 人形
僕とセイリュウ、動けるようになったエリナは階段を上る。
「大丈夫……。だって、アイツは……、ロボットだったんだから。私を騙していたんだから」
エリナはぶつぶつと念仏のように同じ事を呟き続けている。僕達は外へ出た方がいいと言ったんだけど彼女は聞かなかった。
その後ろを赤く目を晴らしたソラがついてくる。本当はエリナと一緒に外へ出したかったんだけど、ソラも震えながらも僕の服を掴んで離さなかった。恐ろしい物を見て、僕から離れる事の方が怖かったんだろう。
ここの所危険の少ない任務ばかりだったので、甘く見ていた事を後悔する。
「だって、まだロボットがいるんでしょ? 私みたいに騙されている人がいるんなら、私がなんとかしなくちゃ……、今泉さんの顔もあなた達だけじゃ分からないし」
そりゃ、ロボットだと分かっている相手を判別してくれるのは心強い。でも、彼女の心中を思うとあまり喜べない。
ロボットとは言え、これ以上知った顔が動かなくなる場面を見せていいものか。
そうしているうちに何やらガタガタと音がするフロアに辿り着いた。
そっと中を窺うと、薄暗い中に何やら機材のような物が山と積まれ、その中を何やら動きまわる人影が見える。
僕がエリナの顔を見ると彼女は恐る恐る頷いた。
あれが今泉。感電してロボットだとバレたこの会社の職員。髪がチリチリになっているが、元々の髪型なのか感電してそうなったのかは分からなかった。
さっきの飯田という男といい、この会社には複数のロボットが入り込んでいる事になる。エリナの話ではゲーム会社は人の出入りが激しいので、ロボットが入り込むのに都合が良いのだろうという事だ。
既に避難した者達の中にもいるかもしれない。後の調査が必要だろう。
「今泉さん? 何やってるんですか?」
エリナが人影に話しかける。まだスキャンしていないのに、と思っても仕方ない。彼女達は息の合ったバディではない。この程度の事を想定できないなら、始めから連れてきてはいけないんだ。
「ん? ああ、芹沢さんか」
「それ、コンプレッサーじゃないですか。そんなに集めてどうするんです?」
彼女の青ざめる顔に只ならぬものを感じて、積まれている物を見る。
大きなボンベのような物に大量のスプレー缶。それらをコードでぐるぐるに縛っている。周りにも解体された機械が散乱していた。
「早く逃げろよ、危ないぞ。……あ、そっか。オレ、人間じゃないんだから、別に人の命を尊いとか考える必要ないよな」
そう言って男は手に持ったコンセントプラグを電源タップに差し込んだ。
バチッ! と周りの機械に火花が散る。
「危ない!」
エリナが叫び、近くにいたソラに飛びつく。僕とセイリュウも危険を感じて身を屈めた。
爆発音というよりは破裂音。だけど周囲に広がったガスは可燃性で、一瞬だが僕の体を激しく焼いた。
凄まじい爆風は周囲の物を吹き飛ばし、破壊し、破片となってガラスを割る。
破片の転がる音が静まると僕はゆっくりと顔を上げた。
強い臭気に激しく咳き込み、涙を拭う。即席の爆弾らしく、威力はないが中心にいたロボットはバラバラになったに違いない。
ソラは? エリナは? 僕達はプロテクターをしてるけど……。
「うう……」
呻き声のする方に目を凝らす。ゆっくりと体を起こすのはエリナ。赤いのは血だろうか。怪我をした!? ソラは?
「トモ! 無事か?」
セイリュウの咳き込んだ声が聞こえる。返事をしてソラの方へ駆け寄ろうとするが、爆発のせいで足元がふらつく。
「ソラちゃん、大丈夫?」
涙でよく見えないが、エリナの下にいる小さな人影は少し呻いて動き出した。
無事のようだ、と安心すると力が抜けてその場にへたり込んでしまう。だがエリナは怪我をしているようだし、外に出してあげないと……。
ソラが意識をハッキリさせるように頭を押さえ、ゆっくりと周囲を確認する。
そしてエリナの顔を見て悲鳴を上げた。
腰を抜かしたようにエリナから離れる。怪我を見て驚いたにしては様子がおかしい。でも……、スキャン結果は確かに人間だって……。
エリナはゆっくりとこちらを振り向く。その頭は横側から額にかけてまでが大きく抉れていた。
だがその下にあるのは金属の光沢ではない、プラスチックのようなカーボンファイバーのような、一見すると骨に見えなくもない。割れた隙間から機械部品が見えていなければ。
エリナはソラや僕の様子を不審に思ったのか、呆けたように自分の左手を上げて見る。
だがその腕は前腕がなかった。
切断面からはコードが垂れ、焦げ茶色のオイルがポタポタと滴り落ちている。
エリナはしばらくの間呆然とそれを眺めていたが、
「ねぇ、……これ、何?」
すがる様に僕を見る。
「どうなってんの? なんで? 私、人間だよね? だって、さっき……」
僕にも何がなんだか分からない。スキャン結果は人間だって出たけれど。
エリナはガクつく足で立ち上がる。
「ねぇ、どうなのよ。人間だって言ってよ」
ゴボッという音と共に口から赤黒い液体が溢れ出た。
背中にも破片が刺さっていたようだ。普通なら生きていられるような怪我ではない。
悲痛に顔を歪め、僕の方へと手を伸ばす。僕が取るべき行動は……。
アークブラスターのグリップを握る手に力を込める。そのまま持ち上げるが、完全に足が竦んでしまっていた。
会ったばかりの女性だが、陽気で気さくで優しくて、恋人がロボットだった事に悲しんで、苦しんで、そして……、身を挺してソラを助けてくれたんだ。
「あ……、あ」
僕はガタガタと震えながら銃を構えるが、訓練された形ではない、完全に素人のそれだった。
エリナは崩れ落ちるように膝を着き、傷のない方の目から涙を零した。
それが、エリナがとった最後の人間らしい行動だった。
そのまま目の光が消えたように動かなくなると、マネキン人形のように前のめりに倒れた。
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