第7話 エリナ
「はぁ~、ビックリした。あなた達がアークなのね。ホントに子供なんだ。女の子もいるんだね。あ、違うの?」
アークを初めて見た人は必ず言う台詞を言い、先ほど会ったばかりの女性は僕の持って来た濡れタオルで額を冷やしていた。
「私は芹沢エリナ。24歳、B型で3月22日生まれのおひつじ座。身長は168cmで体重は57kg。半年前からここのプログラマーをやってるの。出身は徳島で両親は健在よ。連絡先は……」
エリナは聞いてもいない事を早口に捲くし立てる。
ロボットなら家族構成や個人情報が不正確だという噂と、ロボットは身長体重を誤魔化すというデマのせいで、今ではサバを読む人もほとんどいない。
「干支はねぇ……、えーっとぉ、なーんちゃって」
ロボットは冗談を言えない、という話から皆必ず言うんだけど、会う人会う人同じ洒落を言うので全く意味はない。
「このパネルの模様は……、ダルメシアン。3匹いる。ほら、こことこことここ」
インクのシミが何に見えるか、などもロボットには出来ないという噂からだ。実際には一般的なロールシャッハテストのパターンをインプットして、ある程度判別できるネットアプリもすぐ公開された。
それらの答えは全部無意味なので、何も言わなくていいですと言うのだが、それで黙ってくれる人もいない。
それにしても遅いな、とスキャナーの照準をエリナに向けて珍しく難しい顔をしているセイリュウを見る。
まさか、結果はロボットだったんだろうか。
結果がそうだった場合、相手に分かるようには言わない。取り決めている合図を交わし、少し離れてから処理する。
人の皮を被ったロボットは自身を完全に人間だと認識するようにプログラムされているので、基本的にスキャンには協力的だ。
中には人間でも嫌がる人はいるが、それはスキャナーを信用していないだけであって、抵抗する事はロボットだという根拠にはならない。
そして例外なく正体がバレた時にはその本性をさらけ出すのだ。
だがセイリュウの様子からは合図を悩んでいる感じはない。機械の調子が悪いみたいだ。
「あ、やっと出たー。うん、お姉さん人間だよ。……コンピューター会社だからかなぁ。中々結果出なかったんだよなー」
電子機器が多いから機械がうまく働かないんだろうか。それだとちょっと困った事になる。皆エリナのように協力的ならいいが、渋る人がいたら面倒な事になるかもしれない。
なので本来なら一般人は外へ誘導するのだが、建物の案内を兼ねてエリナにはサポートをお願いする事にした。ソラもいる事だし、その方が安心だろう。
一階を調べ、他に隠れている人がいない事を確認して二階へと進む。
エリナはロボットを目撃していないそうだ。トイレに入っていたら周りが騒がしくなって、事態が分かった時には建物に取り残されていた。
カギのかかるミーティングルームに立て籠もっていたが、まだ他にも人が残っている事は確からしい。
僕達は肝試しをする一行のように固まって薄暗いオフィスを歩いた。
バディと行動する訓練は受けていても、ソラとエリナは素人なんだ。いざという時大丈夫だろうか、と少し不安になる。
後でこの判断は怒られるのかな、なんて考えを必死に振り払う。今迷ってはダメだ。集中しないと。
などと考えながら進んでいると不意に男の人の声がした。
「芹沢さん? なんだいその子達は。もしかして」
机の下から男の人が顔出す。
「飯田さん。無事だったんですね。大丈夫、この子達はアークですよ」
大丈夫、私の同僚よ。彼も人間、と無用心に駆け寄る。
でも規則なのでセイリュウがスキャンを始める。
「おいおい、俺をロボットだと疑ってるのかい?」
「大丈夫、私もやったから」
「あの……、スキャンしにくいんでー。もう少し離れてもらえないっすかねー」
互いの体温を確かめ合うように手を握る二人にセイリュウは困ったような顔をする。それでも離れようとしないので僕はソラに耳打ちする。
「無用心だな。誰がロボットかも分からないのに。ソラ、芹沢さんを呼んでくれない? 何か理由をつけてさ」
アークだと名乗っても、複数の人が集まると子供の言う事はなかなか聞いてくれない。せっかくソラがいるのだから、彼女にエリナの気を引いてもらおうと思ったんだけど。
「バカね。あの二人は恋人なのよ。じゃなきゃあんな親しげに近寄るわけないでしょ」
そうなの? 僕にはよく分からないけど……、という顔をするとなぜかソラは不機嫌になってそっぽを向いてしまった。
「そうだ、今泉だよ。あいつがロボットだったんだ。古いマシンを組み立て直してたら感電してさ。体から煙り噴いてそりゃもう」
そして話の人が感電した時の様子を真似てみせる。
「な、こんな動きしてたんだぜ。そのまま固まってマネキンみたいに倒れたんだ。ありゃ絶対人間じゃない」
二人は僕達の事なんか忘れたように自分達の世界に入り込んでしまった。
「トモ……」
セイリュウが静かに僕の名を呼び、合図を送ってくる。
一瞬信じられず息を飲んだが、そっとソラを少し離れた所まで誘導する。
「あ、あの……。芹沢さん……、ソラが、お腹が痛いそうなんで、ちょっと見てあげてもらえませんか」
「あら、どうしたの? 大丈夫」
ちょっと何勝手に……、と抗議するソラを制して芹沢さんに任せ、僕は彼女達に見えないように自分の体を衝立にする。
バン! と大きな音が鳴り響き、ガタッと何かが倒れた。
エリナは何が起きたのか分からず、驚いたように辺りを見回し、そして地面に倒れた知った顔を見つける。
その体には大きな穴が開き、機械部品が火花を散らしていた。
「あ……、え!? マサヤ?」
震える手で椅子の背を掴み、辛うじて倒れるのを堪える。
「え? 何? どういう事? マサヤが? なんで?」
僕はかける言葉が見つからず、震えているソラに見ないようにと抱き寄せる。
何度か任務をこなしたが、人の前でロボットを処理したのは初めてだった。
泣き伏せるエリナにどうしていいか分からず、僕達は立ち竦むしかなかった。
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