第6話 ソラ

 初出動から数日、何度か任務をこなしたけれどまだまだ実戦は緊張する。

 実働チームは少ないとは言え、そんなにしょっちゅうロボット騒ぎがあるわけでもない。出動のほとんどは、対象をスキャンして『人間なので問題なし』と事態を収拾して返ってくるだけのものだ。

 そして出動の無い日は本部で訓練をしている。

 学校は長期休みになったのでソラが毎日弁当を届けてくれた。

 親御さんが様子を見に来る事もあるので訓練なんかは見学できるようになっている。

 実技訓練もあるけど学科も多い。最低限の一般教養も含まれていて、実際は学校に通うより厳しかった。

 学校をサボれると思っていたなら騙されたような気分だけど、今ではそんな気持ちで取り組んでいる者はいない。

「あー、かったりぃなぁ。ホントなら夏休みだってぇのに……。これならガッコの方がマシじゃね?」

 セイリュウは普段からこんな調子で、決して本気ではない……、と思う。

「ほらそこ、欠伸しない。アークに入ったからって将来安泰じゃないんだよ。世の中平和になってアークが必要なくなってから、アンタ達が普通に就職した時に『これだからアーク世代は……』とか言われてもいいの?」

 正面で教鞭(きょうべん)を取るのはいつぞや僕達に銃を向けた女主任だ。

 先生の資格は持っているけど、こんな事しに来たんじゃないっつーの、とたまに愚痴をこぼしている。本当は子供の面倒を押し付けられたのが不満らしい。

 ピピピ、と軽快な電子音が机に置いた通信機から発せられる。

「おや、緊急出動みたいね」

「チーム・フラウ。出動します。粉骨砕身、任務を全うして参ります」

 突然元気になったセイリュウは立ち上がり、敬礼して部屋を飛び出す。

 フラウというのが僕とセイリュウのチーム名だ。

 僕も敬礼し、セイリュウの後を追う。ソラは帰ったのかな。休みに入ってからは結構遅くまで見ている事も珍しくなかったのに。

 いつものようにスタンバイが済んでいる小型バンに乗り込む。ハッチが閉まるとバンは静かに走り出した。

「なんだ? この布。新しい装備か?」

 セイリュウが触れているのは、よく機材を包むのに使われている布だ。

 特にそんな話は聞いていないが……、と嫌な予感を感じながらそっと布をめくってみる。

 布の下から出てきたのは僕が毎日会わせている顔。

「ソラ!?」

 どうして? と思っても遅い。この車は全自動だ。途中でこの幼馴染みを降ろす事はできない。

 とにかく装備をつけて本部に通信だ。緊急の際には連絡しないと。

「お願いっ! 連絡しないで」

 ソラが両手を組んで頭に上に掲げる。今まで何度もこれで押し切られたけれど、今回ばっかりは……。

「不測の事態が起きても作戦に支障をきたしちゃいけないんでしょ? 現場じゃどこに民間人が紛れているか分からないんだよ」

 講義を聞いていたな。でもバンの中に紛れている事なんて想定してないよ。

「いーんじゃね。今回民間人がいるかもしれないんだろ? 大して変わんねぇよ」

 セイリュウはいつものように軽い調子だが、ソラは着いて来るなと言っても聞かないだろう。ならそばに置いておいた方が安全かもしれない。臨機応変に最善と思われる方法をとる事は規則にも違反しないはずだ。

「でもいいか。僕達の指示に従って、絶対に勝手な事をするんじゃないぞ」

「任せて。自分の身は自分で守るよ。ちゃんと武器も持ってきたんだから」

 そう言って髭剃りのような物を取り出す。それは……、ずっと前に僕が作ってあげたボルトガンじゃないか。通信教本の付録についていた組み立て式で、ビリッときて結構痛い。

 でも直接肌に触れていないと効かない、要するにオモチャのスタンガンだ。そんな物まだ持ってたのか。

 僕は突っ込む気も起きずに自分の装備を整える。

 そうこうしているうちに現場に着き、バンのハッチが開く。全自動でなければソラを閉じ込めておきたいくらいだ。

 僕は予備のヘルメットをソラに被せて外へ出る。

 現場となるオフィスビルはソフトウェア開発会社のようだ。社名は横文字で馴染みが無いが、正面入り口から見える受付の壁には見た事のあるゲームのポスターが張ってある。

 僕達はガラスが割れて素通りとなった入り口から中に入る。

「中にいる人はなんで逃げないの?」

「ロボット騒ぎがあった建物からヘタに外へ出ると、ロボットだと疑われて袋叩きに遭うんだよ」

 誰にも見られないようにして外へ出ないと危険だ。ロボット騒ぎが起きたら周りの人間全てが敵になると言っていい。周りはすぐに野次馬で包囲されるので、誰にも見られずに外へ逃げる事は難しい。

 安全なのはアークの到着を待って、人間である事を保証してもらって一緒に外へ出る事だ。

「ふーん、結構大変なんだね」

 ソラが直立して着いて来ているのに気付き、慌てて手を引っ張ってしゃがませる。

「きゃっ! な、何よ」

「身を低くしてないと危ないだろ」

「まー、大抵は大丈夫なんだけどね。一応規則だから」

 セイリュウのいう事も間違いじゃないけど、僕は初任務で危険な目に遭っているんだ。ソラを同じ目に遭わせる訳にはいかない。

 僕達三人は身を低くしながら奥へと進む。フロアの中央は開けているが、小部屋もいくつかあるようだ。

 僕は手近な部屋のドアを指しセイリュウが頷く。

 そこだけドアが閉まっている。他の部屋は慌てて飛び出したように開け放たれているのに。

 セイリュウがドアの下までしゃがんで歩き、ドアにそっと手をかけ、僕に合図を送った。

 カギがかかっている。という事は誰か隠れている可能性が高い。

 セイリュウがドアから離れると、僕はドアのカギの部分に狙いを定め、アークブラスターの引き金を引く。発砲音と爆発音が同時に響き、ソラが悲鳴を上げた。

 留め金を失い、ゆっくりと開くドアをそのまま押し開け、部屋の中に入る。

 部屋の中は暗いが見えないほどではない。

 見た所他に出入り口はない。

 僕はソラに何かあったら叫ぶように言って、セイリュウと部屋に入っていった。

 緊張が高まる。手に汗が滲んでくるのを感じながら、僕達は部屋の中央に並べられている机の下に入り込むようにしながら回り込んだ。このまま行けば向こう側でセイリュウと鉢合わせするはずだ。

 半周したあたりで向こう側から息を潜めてくる人影が見えた。

 髪を後ろで束ねているという事はセイリュウか。机の周りには誰もいない、ロッカーや棚を調べよう、とその肩に手を当てる。

「きゃっ!」

 人影は飛び上がり、机の下に頭を打ち付ける。

 その音に驚き、僕も頭を打った。思わず銃を放してしまう。

「待って! やめて! 殺さないで」

 人影は目の前でぶんぶんと手を振り回しながら、腰を抜かしたように後ずさる。

「ぼ、僕達は……」

 規定通り名乗ろうとするも、こちらも驚いて上手く言葉が出て来ない。

 部屋に隠れて身を潜めていたその人影は、こちらの言う事を何も聞いていないようで、ひたすらに喚き続けていた。

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