第5話 世間の風

『だから子供に武器を持たせて危険な現場に向かわせるなど、断固反対です』

 その夜、ソラの家でご飯を頂きながらつけていたテレビからは、今流行りのアークの話題が流れている。

『子供だから、余計な偏見を持たずに物事に当たれるんです。安全は最新鋭の装備で守られています』

『ならそれを大人が使えばいいでしょう』

『それならもうやったじゃないですか。何が起こったのか知らないんですか? 警察の中から対策チーム編成しましたよね。どうなりました? それを面白く思わない連中が騒ぎ立てて結局解体しましたよね』

 そうだ。アークができる前、当然大人達による対策チームが編成される予定だった。

 対ロボット用装備の開発は多くの企業が参入し、競って正式採用を争った。

 隊員の身元は保証されていると言っても、IT関連や役所の職員からもロボットが見つかっている。

 まだ人の皮を被っていないロボットの反乱の時にもいくつかの施設は崩壊し、データベースにも打撃を残しているのだ。絶対に信用できる情報など存在しない。

 皆他人を蹴落とす為、あらぬ噂をバラ撒いて世の中は混乱する一方だった。

 どれだけ安全性を保証しても世間は全く受け入れず、最後には昨日人間だったからと言って、今日も人間とは限らないと言い出す者も現れる始末。

 ロボットは人類の存亡を脅かす存在などではなく、気に入らない者を貶める為の恰好の口実となっていた。

 武器を持つ者はロボット、暴力を振るう者はロボット、自分より頭のいい者はロボット。実際のロボット被害よりもそちらの方が深刻になった。

『そうですよ。アークというのは苦肉の策なんです。そしてそうせざるを得ない世の中を作ったのは我々なんですよ。まずはそれを恥じるべきなんです』

 子供は次の時代を担う存在。いずれ彼らは大人になり社会を作る。それが少し早まっただけ。そもそも大人と子供の境界とは何なのか、と話は概念的な方向へと移っていく。

 反対派は話を逸らすなと割って入る。

『子供達に持たせている武器がどんな物か知っていますか? 軍隊でも持っていないような武器なんですよ。あんな物が人に当たったらどうなるか。今の時代、もっと安全な道具があるでしょう。スタンガンとか』

 解説者はまたか、と言わんばかりに頭を振る。

『電気仕掛けだから電気に弱いですか? そんな素人考えを真に受けて試したバウンティハンターがケガした例がありますよね。スタンガンは対生物用の道具です。そもそもロボットはブレーカー構造になっているんですよ。中途半端な武器は返って危険なんです』

 専門的な事は分からないと怒り出す反対派に、ネットで分かりやすく解説されてるんだからご自分で見てはどうですかと切り返し、そもそもその程度の事も調べずに議論しようなどとナンセンスだと言い放つ。

『巷で流れている有効な攻撃方法の中では酸を浴びせるというのが一番現実的な方法でしたね。確かに機械に対しては有効です。私ならロボットとは言え人の皮を被っている物に酸を浴びせかけたくはないですがね』

 もちろんもっと優れた装備を開発する事も可能だが、現行の予算の中で行わなければならないという絶対的な現実がある。

 安全を要求しながら一方では税金の納入を渋る。世間とはそういうものなんだと続ける。

『あなたが言っているのはただの正論です。そして今はそれが出来なかった先にある未来なんです。正論も実現しないならただの理想論です。今になってあの時こうしていればよかったと言い出しても始まらないんです』

 反対派は納得せず反論を始めるが、ここで時間ですと番組は構わず次コーナーに移った。

 そしてアーク装備がいかに安全性に富んでいるのかをCGを踏まえて解説し始める。

 でも実際どんな事をやっているのかについては一切触れない。アークブラスターも効率よくロボットを無力化する武器として説明されているが、実際には軍隊も真っ青の強力な銃器なんだ。

「私はよく分からなかったけど、トモちゃん、結構大変な事をやってるのね」

 おばさん――ソラのお母さんがテレビを見て感心したように言う。

 僕の両親も機械には疎いので似たようなものかもしれない。一応知らせてはいるけれど、帰ってから実情を知って叱られるのかもしれない。

 16歳なら自己の責任を取れるとしてアーク入隊に親の許諾は必要ないとされている。快く承知する親は少ないだろうから無理もないけど、若干後ろめたい気持ちもあった。

 そしてアークに選ばれる為にはいかに厳正な審査を経ているかという事が解説される。誠実で芯が強く、責任感に富んで決して増長する事が無い。

 二百人の応募者に対して合格者は一人というエリート中のエリートと持ち上げられた。報道は世論の理解を深める為に誇張されるので、くれぐれも真に受けないようにと念を押されているのだけれど、さすがに少し赤くなってしまう。

「パート先にもイヤな人がいてねぇ。私の事をやたらとロボットだと疑ってくるのよ。病院の診断書を見せても信じてくれなくて……」

 おばさんだけでなく、身内が機械関係の仕事をしていたり詳しいというだけで疑いをかけられるのも珍しくない。大抵は何かを妬んでの行為なんだけど。

「毎日のように新しい判別器を持ってきてね。何度人間と判別されても諦めてくれなくて。そしたらこの間ついにロボットだって判別されて」

 勤め先は大騒ぎ。その相手は「ついに正体を暴いた」と歓喜したそうだけど、結局その判別器は誰を判別してもロボットだったんだそうだ。

 百回人間でも一回ロボットなら決定。それが間違いだと分かっても謝りもしない。

「もう、そこまでくると呆れるしかないわ。いっそトモちゃんに来てもらおうかしら」

 とおばさんは笑うけれど、そういう人はアークが保証しても多分聞かないんだろうな。

 僕もできるならそういう人は相手にしたくない、と苦笑いを返す。

 ソラも応援してくれるとは言っていたものの、テレビをじっと見つめたまま何も言わない。

 心配しているのか、怒っているのか、僕には幼馴染みの横顔から心中を察する事はできなかった。

 その夜、僕はあのロボットの夢を見た。

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