第4話 初任務
初任務というより予行練習の為、アーク本部に向かった僕は科学主任と名乗る女性の下で装備の説明を受けた。
肩書は御大層だが見た目は多く見ても二十代後半。形だけ羽織った白衣の下はいたって普通の恰好で、無造作に流した髪は長く眼鏡もしていない。白衣がなければどこにでもいる普通のお姉さんだ。しかしミニスカートの上に白衣を着る人は初めて見た。
身長は150cmくらいで僕よりも低い。だが前方への突起物は異様に大きく、ロボットが成り代わっていない、というのには疑問があるのではないかという程に全体体積は大きい。
教室のような部屋に集められた僕達は「休め」の姿勢で彼女の話を聞く。
「これがキミ達の持つ反動相殺型電子制御銃アークブラスター。もう知ってるよね。ブラスターとか言われてるけどホントはただの火薬式の拳銃。中二病のキミ達が集まりやすいようにそれらしい名前をつけてあるだけ」
バカにされているのか緊張させないように砕けた調子を演じているのか判断できず、全員無反応になる。
「時間も予算も無かったから結構適当な作りなのよね。でも試験で使ったのと違って弾は爆裂式で結構強力だから甘く見ていると大怪我するよ」
と言って横に向けて引き金を引いた。
室内に発砲音が響き、それ以上の爆発音が重なる。弾の当たったコンクリートの壁は大きく抉れて穴が開いた。
破片が飛び散り、新米兵士のように固く整列していた僕達も、さすがに度肝を抜かれて隊列を崩す。
「いい? 絶対に人に向けちゃダメよ」
と言いつつ主任はアークブラスターを持った手で僕達一同を指さす。
わあっ、とさすがに一斉に床に伏せた。
「分かった? 撃たないって分かってても向けられると怖いでしょ?」
汗だくになりながらの受講を終え、いよいよ実戦テストに移る。
僕とバディであるセイリュウはプロテクターに身を包んで廃墟の街に立たされていた。
広場には人型のロボットが無造作に転がされている。旧ロボット時代に作られ、電源を入れると今でも暴走する為、廃棄されていたものを再利用した物だ。
キュイインという起動音と共にロボットの体がビクンと脈打つ。電源が入った。ガチャガチャと一頻りもがいた後、ゆっくりと起き上がる。
僕とセイリュウは銃を構えた。
ロボットは僕達の存在を認識すると、即座にこちらに向かって走り寄ってきた。
「わ……」
まだ心の準備が……、と思うも想像以上にロボットの移動速度は速い。考えるよりも先に防衛本能で引き金を引いた。
僕とセイリュウはほぼ同時に発砲し、それぞれの弾丸はロボットの腰と胸を吹き飛ばした。
手足と首がバラバラになって飛び散り、一部は僕の足元まで転がってくる。
危なかった。演習とは言え、ロボットは操作されているのではない。本当に暴走しているんだ。一応回路が自爆するようにはしているものの、場合によってはケガをしてしまう。
だけど……、達成したという感覚の方が僕の中で大きな割合を占めている。
「やったね。オレら、結構息ピッタリじゃね?」
セイリュウの言う通り、僕達の評価は高かったようで、割と早く実戦配備される事になる。
『都区内、塚本製本ビルにロボットが立て籠もり設備を破壊中。ビルは封鎖、建物内の人間は避難済み』
移送用自動バンの中で任務の概要アナウンスを聞く。
自動バンは映画なんかでスワットのような警官隊が乗るバンを小さくした感じだ。現場まで自動的に運んでくれるが、ロボット操縦ではなく自動ナビを進化させたようなもので暴走の危険はない。
僕達は到着までの間にバンの中に用意されている装備を身につける。肘膝、胴体を防護するプロテクターにヘルメット。これらにはライトや通信機なんかがついている。こちらの行動が本部へモニターされていて、僕達の動向は把握されている。
危険な目に遭っていれば応援を寄越してくれるんだけど、肝心の通信機は対話型ではない。
本部からの指示は「任務続行」か「撤退」をランプで表示するだけだ。緊急の時はこちらから連絡を取る事はできるんだけど、向こうからこちらに呼びかける事は出来ない。
理由は二つあって、一つは本部から大人が逐一指示していては、結局大人が動かしている事になってしまう。ロボットかもしれないという事を除いても、大人が安全な場所から子供を危険に向かわせるという非人道的な図式が成り立ってしまう。
もう一つは訓練させるとは言え即席の少年部隊が特殊部隊員のように動けるわけではない。
モニターしているとは言っても完璧に状況を把握できるわけではないのだ。危険な時に本部からの通信に答えながら行動する事は返って危険を大きくしてしまう。
それに通信に頼り切ってしまっていては、突然通信できない状況に陥った時にパニックを起こしてしまう危険性もある。
アークはあくまで少年達自身が対応するものなのだ。
現場近くでは野次馬による人だかりができ、武装していない警察官に制されていた。
「危険です。下がってください」
「うるせぇ。ロボットを壊させろ。邪魔をするってのはお前もロボットなんじゃねぇのか!」
警察官に物が投げつけられ、彼らの忍耐が限度を超えるのにもさほど時間はかからないのではないかと思えるような状況の横で自動バンは停車し、後部のハッチが開いた。
僕達が外に出ると一斉に注目を浴びる。
「あれが噂の?」
「アークか」
「ホントに子供じゃないの」
人々の期待と奇異の目にさらされるが、僕達は構わず電子ロックのドアの前まで走る。
僕は建物を閉鎖していた警察官からカードキーを受け取ってロックを解除した。
そして腰のホルスターからアークブラスターを抜く。
アークブラスターは電子制御されているので、本部からの許可信号がなくては使用できない。
奪われたり、失くしたりしても悪用される事がないように、本部からロックする事ができるようになっている。なので安全装置も付いていない。
「おおい、その銃俺に貸してくれ! 代わりにやってやるぞ!」
人込みから声が上がり、周りから笑い声も出る。
子供なら、ロボットであるという疑いはかからない。しかし結局はハイテク装備を作っているのも本部で制御しているのも大人なんだ。実際には見た目の体裁を整えているだけに過ぎない。
僕達は屋内に入り、がんばれーという声を聞きながら扉を閉めた。
まずは目標を探さなくては……、と考えるまでもなく中から怒声と何かを叩きつける音が聞こえてくる。
二階くらいだろうか。僕達は互いの背を庇い合いながら階段を上る。
二階はフロアが開けていて、机が並び低めのパーテーションで区切られている。なので怒声の主の姿は一目で捉える事ができた。椅子を振り上げ、そこかしこに叩きつけ、訳の分からない事を喚き散らしている。
セイリュウと目で合図を交わし、身を低くして近づいて行く。暴れている者がいるからと言ってロボットとは限らない。まずは確かめなくてはならない。
セイリュウが小型検査器を取り出し、僕はいざという時の為にスタンバイする。この検査器は相手が人間かロボットかをスキャンする。
検査器はチームに一つしか支給されない。なので役割分担を決めていて、セイリュウがスキャン、僕がそのサポートだ。
スキャンするためにはある程度近づかなければならないので、僕が離れた所から様子を窺い合図する。
だけど今回の相手にその必要はなかった。
椅子を振り回して暴れまわる男の顔は肉が削げ落ちて、中の機械を露出させている。まるで映画の特殊メイクだ。
気味悪さと怖さでしばし呆然と眺めてしまう。
ロボットが動きを止め、こちらをじっと凝視した。肩を揺らし、息を切らしたように動いている。でも……、ロボットが!?
露出している部分は金属の光沢を放ち、SFさながらだ。形状もドクロに近いものの、明らかに骨格標本とは違う。
目は明らかに機械のそれであるし、鼻や頬、眼下部の隙間からは配線のような物も見える。これが、人の皮を被ったロボット。
ロボットは生物のように首を傾げる。
「なんだ? ガキじゃないか。どこから入った?」
しゃべったのか!? と驚くが冷静に考えれば驚くような事ではない。このロボットは人間社会に紛れていたのだ。
「んん~、なんだ? もしかして、お前らアレか? テレビでやってたアークってヤツか? ホントに子供なんだな。そいつらがオレに何の用なんだ?」
ロボットは椅子を投げ捨て、机にもたれかかりながらカクカクと顎を動かす。唇にあたる部分もなくなっているので、吹き替えされた人形劇のようだ。声もスピーカーから鳴っているように聞こえる。
「ああ~、そうか。なるほど!」
ロボットは、ぱあん! と大きく手を叩くと何かに納得したようにうんうんと頷く。
「オジサンの顔見てロボットだと思ったんだな。そりゃ仕方ない。顔を深く切っちゃったら中身が変なもんでね。確かめてるうちにいつのまにかこんなんなっててさー」
僕は物陰に控えるセイリュウと顔を見合わせる。ロボットは腰に手を当てて周囲を見渡した。
「ああ、これ? ちょっとビックリしたもんで、色々壊しちゃったけどね。なに大丈夫、ちゃんと弁償するよ。こう見えてもオジサンちゃんと貯金してるからね。警察にも行く、ちゃんと騒ぎを起こした分は償うからね」
ロボットは荒い息を整えるような動きをすると、僕に向かって歩いてきた。
反射的にアークブラスターを構える、が引き金を引くのに躊躇してしまった。相手がロボットだという事ははっきりしている。ためらう必要はないはずなのに。
「何をやってる? 子供がそんな物振り回すんじゃない。さ、行こうか。オジサンが自首したら、君らはヒーローだぞ」
数メートルという距離まで近づいてきたので、無意識に後ずさる。銃を持つ手が震え出した。
「おいおい。どこ行くんだよ。ホントにオレを撃つ気なのか? オレを殺す気なのか? オジサン子供がいるんだよ。丁度君くらいの歳の子だ。その子になんて言うんだ? 僕がお父さんを撃ち殺しましたって言うのか?」
そこまで言ってロボットは自分の顔に手をやる。カタカタと小刻みに体を振動させるが、誤動作をしていると言うよりも、悲しんで泣いているように見えた。
「なんだよ。まだそんなもん向けてんのかよ。……いいぜ、撃てよ。殺してみろ。だがな、必ず化けて出てやるからな。毎夜毎夜、夢に出てやるから覚悟しろ!」
ロボットは机や椅子を蹴り飛ばし、一直線に僕の方へ向かってくる。
「トモ!」
セイリュウが叫び、その声に押されるように引き金を引いた。
ロボットの胸に穴が開き、そのまま前のめりに倒れると、尻餅をついた僕の足元に転がった。
肉の焼ける臭いが立ち込め、血がじんわりと広がる。背中まで開いた穴がなければ人間の死体のようだった。
「大丈夫だったか? 横からじゃ的が小さくて狙い難かったからな。それにしても驚いたなー、人間みたいに動くんだもん」
それは僕も同感だった。もし何かの間違いだったら? そんな考えが過ぎったのかもしれない。
「でも考えてみれば当然だよなー。こいつらは人間を騙す為にプログラムされてんだもん。人間みたいに悪あがきしても不思議じゃないよな」
それはそうなのかもしれない。
人の姿をした物を撃つ覚悟を決めてきたものの、思った以上に人間と変わらない言動をしてきたので動揺してしまった。
だけどこいつらは間違いなくロボットなんだ。
焼き切れた配線や血の中に混じるオイルのような物を見て自分に言い聞かせる。でも……、やっぱり後味が悪い。
外は騒然としていたが、規則でも野次馬と接してはいけない事になっている。僕達は逃げるように現場を後にした。
思ったよりも大変だったけど、正直任務をやり遂げたという気持ちと半々という所だ。
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