第3話 アークへ

 バスを降り、これから入隊試験を行う会場である建物を見る。この白い建物は、合格すればしばらくお世話になる第二の学校になるんだ。

 毎日ここに通う姿を想像して自らモチベーションを上げる。

 基地みたいな所を想像していたが、なんか役所みたいだ。

 体育館のような広い部屋に集められ、壇上に制服を着た教官のような大人が立った。大柄で、恰幅というよりは体格がよい。こっちはイメージの通り軍人みたいだ。

「まずはこの特別警護団アークに志願してくれた事に、心から感謝する」

 そしてアークの設立目的について説明を始めた。

 ロボットが暴走してバウンティハンター制度が施行され、一応の統率の中で安全が保証される地域も広がってきた時に、事件は第二段階を迎えた。

 人間の皮膚の下から機械の骨格が出てきたんだ。

 宇宙人襲来説、政府の陰謀、機械化ウィルスの感染、ロボットが駆除から逃れる為に人間の皮を剥いで被った等、様々な噂が流れた。

 世の中は前にも増して混乱を極め、大人達は皆隣人を疑い、怪しげな判別方法や検査キットが溢れ、状況は中世の魔女狩りさながらとなった。

 それに対処すべく設立される事になったのが、特別害機対策少年部隊 Anti.Robot.Kids 通称アークだ。

 人間に化けたロボットの残骸から、この技術を子供サイズまで縮小する事は不可能だろう、という見解から、子供だけのハンターを組織しようというものだ。

 だから書類選考では身長制限がある。そして16歳限定。

 ロボットが成長するはずはないという一般認識から、成長期に近くて若すぎない年代が選ばれた。

 当然反対の声も多かったが、それ以上に世の中は収拾を必要としていた。

「これが、諸君らに使ってもらう武器、アークブラスターだ」

 教官はテレビの宇宙刑事が持つような大きめの拳銃を取り上げて見せる。

 おおっ、と歓声こそ上がらないが、皆一様に息を飲む空気が伝わってきた。当然僕もそのうちの一人だ。

 皆これを募集広告で見たから集まってきたようなものだ。実際親の反対を振り切ってきた者も多いはずだ。

「これはオモチャではない。危険も伴う為審査は厳しいものになる。心して当たってほしい」

 だが部屋を移動して適性試験が始まると、認識の甘さを思い知る事になる。

 僕達は5人ごとに分けられ、教官の監督の中、地獄特訓を強いられた。

 反復横飛びやダッシュ、スクワットなど、学校体育の比ではない特訓を課せられる。

 順位によって決まるものではないと聞かされているものの、皆ビリにだけはなるまいと必死に体を動かす。

 ヒーロー物が好きで、よく真似をしていたとは言っても同年代の運動部とは比べられない。

 スクワットをしながら、既に酷使されパンパンになった筋肉は早々に悲鳴を上げた。

 ギブアップしてしまおうか、という考えがよぎった時、参加者の一人が床にへたり込んだ。

 やった。ビリじゃなければいいや、と安心した矢先、教官が持っていたスティックで脱落者の尻を叩くと、彼は派手な悲鳴を上げて飛び上がった。

 そのまま床に転がり、教官が叩くとまた飛び上がる。許して、勘弁してくださいと泣き喚いても教官の手が止まる事はない。

「ロボットは泣いても許してはくれないぞ。本当ならお前は死んでいるんだ。死ぬという事の意味が分かるか? これは脱落者を出す為のテストではない」

 教官がスティックを振るう度、叩かれた少年は体を引きつらせる。電流が流れているのか?

 教官は立ち上がって続けるまで電撃を浴びせ続けた。

「ほれ見ろ。できるじゃないか。楽をしようとして、もうダメなフリなどするな。これは自分の限界を見る為のテストだ。小便を漏らして気絶した者は限界だと認める」

 へばったらどうなるのかを目の当たりにし、僕は歯を食いしばって耐えた。

 苦行を終えると別室へ。

 そこでは数人ごとに部屋に分かれ、各人トレイのような物を持たされた。

 部屋は迷路のように長机が組まれ、所々に星や三角柱などのブロックが積まれている。

 やるべき事をざっと説明され、僕達は一斉に動き出した。

 割り当てられた端末の画面に表示される画像を見る。黄色の丸、緑の三角、ピンクの四角。

 それを確認し、部屋に置かれた同じ形のブロックを取りに動く。

 先の訓練の疲れも抜けきらないまま、言う事を聞かない足に鞭を打つ。トレイに置いたブロックを落とさないよう、ふらつきながらもバランスを取る。

 ブロックを運び終えると次の図形が表示された。何回運べるかが審査の対象となる。速度も重要だ。

 だが、部屋を移動しているのは僕だけではない。狭い通路を数人が行き来しているのだ。道を譲ればそれだけタイムが遅くなるんだ。

「どけっ!」

 はっきり声には出さないまでも、そんな感じで突き飛ばされ、トレイのブロックを落としてしまった。

 丸いブロックは机の下を転がって遠くに行ってしまう。あれは新しいのを取り入った方が早いか……。時間が経つにつれ人にぶつかる事が頻繁に起こるようになるが、僕は何とか8回運ぶ事に成功した。他の人が何回は込んだのかは分からないので、合格基準なのかどうかは分からない。

 続いて待望の射撃訓練。

 射撃場のような場所に立ち、数メートル先にある的を狙う訓練だ。逸る気持ちを抑えながら銃器の危険性についての説明を聞く。

 ここでは銃器の取り扱い適正を見るんだ。弾をセットできなかったり、腰が引けて全く撃てないようでは話にならない。

 映画で見るようなゴーグルと耳当てを付け、銃を手に取る。

 思ったより軽い。小柄な少年が持つ事を考慮されているようだ。硬く冷たい鉄の塊をイメージしていたけど、外観はプラスチック。強化プラスチックというやつかな。

 僕は事前説明された通りに弾装をセットする。グリップではなく銃身にセットするタイプで、弾装も弾丸もかなり大きい。最大八発まで装填できる。

 グリップを握ると少年の心が躍る。

 バン! と銃声が轟いて体が震えた。僕はまだ撃っていない。隣の人が撃ったようだ。衝立で見えないが、この部屋は2ラインある。

 僕も前方の的を見て、銃の後部スライドを押し込んだ。これで撃てる状態だ。そのまま狙いを定め、引き金を引く。

 バン! という銃声と共に爆風が顔を叩いた。一呼吸遅れて薬莢が落ちる乾いた音が響く。

 思ったより反動があったが、無反動銃と聞いているのでかなり抑えられている方なんだろう。

 弾は? 的のどこに当たったんだろうか?

 的は天井から吊り下げられた紙なんだけど何も変化がないので分からない。外れたんだろうか。

 一発撃って飛び出した銃尻をまた押し込む。

 この銃は一発撃つごとに押し込まなくてはならない。バンバン撃つ事が出来ないのは少し不満だが安全の為にそうしてあるのだ。

 狙いを定めて再び引き金を引く。

 銃声と共に紙の的がビリッと動いた。当たってはいるようだけど。

 後ろの壁も粘土のようで、弾のめり込んだ跡はあるが、前のチームの物もあるのでどれが僕の物かは分からない。

 四発撃った所で止めの合図がかかる。もうおしまいか。

 銃は廊下を抜けた先の保管所に自分で戻すようアナウンスが流れたのでその通りにする。

「おい」

 廊下の中ほどまで歩いた所で後ろから声をかけられた。

 振り返ると僕と同じ部屋で射撃テストをしていた少年が僕を睨むように見ている。その手にはさっきまで撃っていた銃、アークブラスターが握られている。

「お前、俺にぶつかってきた奴だよな?」

 その言葉に、さっきブロックを運んでいた部屋で見た顔なのを思い出した。

 少年は僕の胸倉を掴み、そのまま突き飛ばす。

 ぶつかった事を怒ってるの? でも、あの時は結構みんなぶつかってきたんじゃ……。

 とりあえず謝って起き上がろうとした所を殴られた。

 人に殴られる経験のない僕は、倒れたまま体が硬直してしまった。

 膝が震え、声も出ない。

「どうせ俺は失格だ。あれだけ失敗したんじゃな。だけどよ。俺だけ失格ってのは納得いかないんだよ」

 と言ってアークブラスターを向けてくる。

 銃尻は押し込まれている。確か彼も全弾撃ってないはずだ。僕は思わず顔の前で腕を組んで防御の姿勢。銃の前には何の役にも立たないが、そうせずにはいられなかった。

 助けを呼んで間に合うのか? でも恐怖のあまり声も出ない。

 自分の手の中にもアークブラスターがある事を思い出してグリップを握りしめる。

 撃たれる? 銃口を向けられているので先に撃っても正当防衛ではないのだろうか。

 でも、そんな事……、できるわけが……。

 身を固めてきつく目を閉じる、が一向に何をしてくる気配もないので恐る恐る目を開けると、彼はさっさと次の部屋へ行ってしまう所だった。

 どっと全身の力が抜ける。

 そりゃ、本当に撃つはずはないんだろうけど……、まだガクガクと震える足を引きずって保管所へ向かった。

 その後もいくつかテストを経たけど、どれもうまく出来ているのかどうか分からないものばかりだった。

 そして面接のように個室で一対一の面談を行う。

 面接官はさっきから僕をじっと見たまま動かない。僕は汗を掻きながら唾を飲み込み、緊張が極限まで高まる。

 面接官は突然沈黙を破り、次の言葉を放った。

「君は不合格だ」

 一瞬固まりはするものの、やっぱりかという気持ちの方が大きい。一気に緊張が解けて力が抜けた。

「なぜだか分かるかね?」

 なぜ、と言われても……。

 書類選考の時点で結構な人数が適合しないんだ。無遅刻無欠席というだけでも少ない上に身長制限という本人ではどうしようもない問題まである。

 でも体力的なものは後から鍛える事も出来る。それ以外をクリアしている時点で最終審査まで残っている気分になっていた。

 後はやる気さえあればアークに入れるものと思って来た僕は現実の厳しさを思い知った。

「いえ、分かりません。次までによく考えておきたいと思います」

「次と言うと?」

「次の入隊試験はありますか? その時までに自分を鍛え直しておきたいと思います」

 これだけ厳しいのだ。合格するのはほんの一握りだろう。

 ロボット騒ぎに対応する為に隊員数はいくらあっても足りないはずだ。二軍でも補欠でもいい。次があれば頑張りたい。半年後か、一年後か。

「よし、合格だ。君は全ての適性試験にパスした。今のが最後のテストだよ」

 ……? え?

 今度は本当に頭が真っ白になる。

「今までのが全部テストだよ。限界状況におかれた時に、どういう反応をするのかを見るのが目的だ」

 ハイテク装備や本部からの支援があるとはいえ、子供に強力な武器を持たせて危険な任務につけるのだ。

 ヒーロー気分や、ロボットに対する私怨で行動されては問題だ。ましてやどんな理由があれ、人に銃を向けるような事があってはならない。

 理不尽と思えるような命令でも従えるか、どんな時でも冷静さを失わないか。

 ちなみに集中トレーニング中に最初にへばった参加者も、絡んできた人もサクラなんだそうだ。全部演技で、それがテストだったんだ。

 現時点では人間に紛れたロボットに対抗する手段はなく、街の人達は大人であるというだけで科学者でも警察官でも信用しない。人々の心の闇こそが最大の敵なのだった。

 少年部隊から死者、または人を傷つけてしまったら、人類は本当に手段を失ってしまうのかもしれない。

「これが最善の方法だとは思っていない。だが混乱しつつある社会を守れるのは君達しかいない」

 と言って教官は僕の肩を強く叩いた。

 色々な事を一度に言われ、半信半疑でありながらも、僕は休憩室へと向かう。

 結果は後日知らされると思い込んでいたので、実はまだ試験の中にいるのではないか、という気がしないでもない。

 正式な手続きや説明などはこれからだが、今のうちに他の合格者と接して相棒を探しておくといいと言われていた。

 アーク隊は二人一組のバディ制で行動する。何かあった時にもう一人がサポートする為だ。もっと大勢で任務に当たる事もあるが、基本は二人組を更に組み合わせて編成される。

 今のうちに信頼できる相棒を、と言っても同級生は誰も参加していない。

 僕と同じくらいのチビは少ないし、多くの生徒はロボットかもしれない教師の授業なんか受けられるかと登校を拒否している。もちろん学校サボる口実に過ぎないんだけど。

 僕は案内表示に従い休憩室と書かれたドアの前まで歩くと、大きめのドアを開けた。

 中は広々とした空間で、大きな窓からは日光が差し込んでいる。

 丸テーブルが点々と置かれ、自動販売機やマガジンラックが備え付けられている。

 その中に僕と同じくらいの背格好の少年が50人くらい。談笑の声は聞こえるが、あまり騒がしいという感じでもない。皆一気に力が抜けたという様子だ。

「よー、お前も残ったんだなー」

 気さくに話しかけて来たのは髪を後ろで束ねた褐色の少年。確かセイリュウと言ったか。彼も残ったのか。

「お茶とコーヒーなら無料だぜー。あんまおいしくねーけど」

 といってポットの置かれた一角を指さす。

 疲れがどっと押し寄せてくるのを感じ、アイスコーヒーを注ぎガムシロップを大量に入れた。手近な空いているテーブルについて一息つく。

「それにしてもキツかったよなー」

 セイリュウが向かいに座ってぼやくように言う。まったく同感だったので相槌を打つけれど、彼が言うと大した事なかったように聞こえる。

 話を聞くと彼も同じような工程を辿ったようだ。

 僕も最初はお役所公認の武器を持つ、かっこいいヒーローになれる事を想像してここに来た。

 クラスの皆から一目置かれる存在になれると思っていた。そんな子供じみた思想を払拭するのが適性試験の目的だったんだ。

 セイリュウも両親がいないと言う。あまり深くは聞けなかったけど、参加者には同じ境遇の者は多いのだと思う。

 個人的な感情で動かず、世の中の為、人々の為に行動できなければ、すぐに不適格と見なされて除隊されてしまうんだろうな、と僕達はこれからの姿勢というかお互いの気持ちを確認しあう。

「なあ、オレ達バディ組まねぇ?」

 願ってもない。僕もそう言おうと思っていた所だ。

 二つ返事で承諾し、僕のこれまでの人生と同じくらいの密度があったのではないかと思えるような一日は幕を閉じた。

 僕の家で待っていたソラは案の定、結果には不服のようだったが僕の様子に何か違和感を感じたようだ。

「どうしたの?」

「……何が?」

「アンタの事だから、もっと意気揚々と自慢げに話すと思ってた。……何か沈んでるみたいだから」

「いや……、そんなんじゃないよ。今までは入る事だけで頭がいっぱいだったから。いざ入ったとなると責任とか、色々ついてまわるじゃないか。危険もあるし、気を引き締めていかないと……、ってね」

 ソラは一瞬呆けたような顔になったがやがてクスクスと笑い出す。

 何を笑われているのか分からず戸惑う僕にソラは明るく言う。

「いいよ。わたし応援する」

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