第2話 大門 清流
そして一週間後、準備を済ませた僕は送迎バスに乗り込んだ。
ソラが停留所までついてきて、ハンカチは持ったかティッシュは持ったか、質問にはハッキリ答えなさいだの寝癖がついてるだの、ドアが閉まって席についてもバスが走り出すまで大声で世話を焼いていた。
「あっはっは。まるで奥さんだな」
隣に座る日に焼けた肌をした少年が小さくなっていくソラを見て笑う。
さすがに少し赤くなって顔を伏せてしまう。
「オレ、大門 清流(セイリュウ)。よろしくな」
と言って手を出してきたので握り返す。このバスに乗る以上、歳は僕と同じ16歳のはずだ。
「桜木 智です。よろしく」
同い年なんだから敬語も変かな、と思いつつ相手を見る。褐色の肌だが筋肉質ってほどでもない。少し長い髪を後ろで束ねた気のよさそうなヤツだ。
ここにいるからライバルというわけじゃない。これから受ける審査は順位ではなく各々の適正で決まる。他人を蹴落とそうとする雰囲気が苦手な僕は少し安心できる。
改めてバス内を見渡すと20人くらいか。
皆同じものを目指す連中だが、書類審査は非行事実がない事だ。補導歴だけでなく身辺調査も含まれる。
ここにいる者は皆学校をサボッた事もない者達なんだ。
そして身長制限。皆160cm以下という、年齢の割には小柄な者ばかりだ。
昔は小さい事にコンプレックスがあったが、今は小柄に産んでくれた親に感謝したい。
はたしてこの中の、どのくらいの人間が合格するんだろう。
「なあ、お前もロボットがキライなのー?」
「えっ?」
不意に問いかけられ、思わず聞き返す。
「いや……、そういうわけじゃ」
質問の内容を思い返しながら曖昧に答える。
「じゃあ、なんでロボット狩りしたいワケー?」
ロボット狩り。
少し前まではよく使われた言葉だ。
二足歩行のロボットが登場して以来、ロボット技術は飛躍的に進歩した。高度なAIにより自立行動が可能になった人型ロボットは警察機関、養護、一般家庭に至るまで浸透し、社会になくてはならない存在になった。
その基盤を作り上げたのがソラのお父さんの会社、ナギハシサイバネティックCOだ。だがソラのお父さん自身はその功績を認められる前に亡くなってしまっている。
そして同じように横行したのがロボット犯罪。
高度な技術といっても量産され、普及すればハッキング技術も進歩する。ロボットのプログラムを改竄する為の技術もネットに流れ、ロボットによる犯罪も急増した。
ロボットの犯した罪を裁く法は無い。技術の公開者? 所有者? 工場? AIの製作元? 販売元?
事故と殺人、故意とプログラムミスの線引きは難しく、ロボットは犯罪の温床となった。
プログラムを不正に改竄したとしても、罪の重さはミュージックの不正ダウンロードと変わらない。
セキュリティとハッキング技術のイタチごっこが高騰し、ついに政府が法の改正に乗り出した頃、最悪の事件が起きた。
全てのロボットが暴走し、人を襲い始めたのだ。
高度な知能を持ったコンピューターがついに人類を敵と見なした――、なんて映画みたいな話ではなく、結局は人間がそうなるように仕組んだだけの事だ。
だけどほぼ全てのロボットを暴走させるなんて事は一介のハッカーにできる事ではない。
必然的に疑いはロボットの製作元、会社を引き継いだソラの叔父さんへ集中した。
だがロボットやAIの基盤を設計したのはソラのお父さんだし、他にも多くの会社がかかわっている。
証拠が提出されてもそれを理解できる裁判員もおらず、法改正も間に合っていない。結局ロボットの取り扱いに問題があったという事でカタがついている。
何より事態はそれほど悠長ではなかった。
人間の生活に深く浸透したロボットの暴走で世の中は大混乱。
ロボットを止めようにも武器を振り回しては犯罪だし、暴走してもロボットは誰かの所有物であるし、ロボットを追って他者の土地に入っては不法侵入だ。それを許容すればそれこそ街は無法地帯となる。
それに対処すべく導入されたのがバウンティハンター制度。
予め登録さえしておけばロボット処理の為の特権が許される。ほとんど形だけの制度とは言え、無法地帯になりかけていた街には若干の秩序が戻った。
事件が第二段階を迎えるまでは……。
「いや、ロボットを狩りたいわけじゃ……。平和なのがいいからかなー。みんなが安心して暮らせる社会を作る為に……、って言うか」
子供じみた答えかな、とも思ったがセイリュウは目を輝かせて笑う。
「そうだよなー。よかったよ。乱暴そうなヤツじゃなくて」
それは僕も同じだ。
でも、ソラはロボットが好きじゃない。
ロボットに恨みがあるわけじゃないけれど、ロボットを見ると父親を思い出すんだろう。
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