サービス終了後のプリンセスたち(2)

 『スターダム・プリンセス』。アイドルたちのマネージャーとなり、彼女たちを「プリンセス」――すなわちトップアイドルに育てるというコンセプトの、基本プレイ無料、一部アイテム有料の、音ゲータイプのソーシャルゲーム。

 それが、つまるところの、わたしたちの「原作」だった。

 しかし『スターダム・プリンセス』(略して「スタプリ」)は、今年の8月30日をもって、サービスを終了する。

 1月のサービスインから、享年8ヶ月。ゲームそのものは、N番煎じではあるけどそこそこのクオリティで、まぁまぁといった感じだったらしい。ガチャもたびたび回されるくらい、人気キャラもいた――他ならぬ、ここにいる3人はそれに該当するのだけども。

 平凡な、だけども安泰なタイトル。それが突然死した理由は、作品の外にある。


「……にしても、なんとかならなかったのかしら、あれ……」


 二本目の栄養ドリンクを開けながら、みかりんは鬱屈とした表情を浮かべる。


「……なんとかならなかったんです、かね……」


 コッペパンをちぎりながら、ひよりちゃんも残念そうな顔になる。


「……なんとかならなかったからこうなってる」


 飲み終えた栄養ドリンクの缶をゴミ袋に放り投げながら、私が現状を口にする。

 ベキッ、と空き缶が潰れる音。いつの間にか2本目も飲み干したみかりんが、2本目の空き缶を右手で握りつぶしていた。


「無能運営め……」


 吐き捨てるような口調。込められた気持ちにはまぁ同意だ。

 なにせ、「データベースの更新とロールバックに失敗して、ユーザー数十人分のデータをぶっ壊した」がサービス終了の決め手だったのだ。散々に話題になった。一瞬で鎮火したけども。

 私たちに魅力がないなら、それは甘んじて受け入れよう。だけど、私たちに関係のないことで作品生命を絶たれては、もはやどうしようもない。

 憤りたくもあるが、起こったことはどうしようもない。殊に、私たちキャラクターは、作品の外には一切手出しできないのだから、地団駄を踏んでもその音すら耳に入らないだろう。そんなテキストはどこにもないのだから。


 再び、三人の間にもたらされる沈黙。

 思えば、この三人は人気キャラだったものの、作中でなにか接点があったわけではない。交流するようなシナリオも、ついぞ用意されることなくサービスが終わった。

 「プリンセス」同士では、会話の糸口すら見出だせない。無理やり作ろうものなら二次創作だ。私たち自身が、私たちを二次創作する、というのはひどく異様な光景だけども。


「……そういえば、お二人はどうすることにしたんですか?」


 沈黙を破ったのはひよりちゃんだった。天真爛漫だけど、負の感情に敏感なせいで、こうした場面では真っ先に口を開いてしまう子だったっけ、そういや。

 どうする、とは言うまでもない。今後の就職先のことだった。

 みかりんと顔を見合わせる。そういえば、その話題はまだお互いに口にしていなかったっけ。

 目をぱちくりさせてみると、みかりんは一つため息をついて、口を開く。


「アイドル、続けるわ」


 意外な発言。彼女の性格からすれば当然だが、私たちの状況からすれば異質だった。


「……へっ? でも、スタプリ、終わっちゃいますし………」


「だから。スタプリじゃなくて、他のアイドルソシャゲで、またデビューする。『赤髪ロングの気の強い女の子』なんて、どんなところでもいるでしょ? まだアテはないけど、新しいタイトルに滑り込んで、また、トップアイドルを目指すわ」


 ……その手があったか。

 「他人の空似」と評される美少女キャラクターなんて、今どきめずらしくもないし、目くじらも立つまい。そんな体裁なんか整えるよりも、どこかにいる需要に訴えかけて、表舞台を目指す――実にしたたかな発想だ。


「そうなんですかぁ……やっぱり蜜香さん、すごいです」


「そんな褒められるものでもないわ。結局、『そういう生き方しかできない』わけだし」


「でもまぁ、生き方を曲げちゃうより、みかりんにはぴったりなんじゃない?」


 ふと、軽く私が感想を漏らすと、みかりんは虚を突かれたカエルのような表情になる。


「……どした? なにか驚いたかい、みかりん」


「アンタがそんなこと言う方が驚きだわ」


「そうかしら」


「そうよ」


 なるほど、そこまで私はクールで冷血なキャラだと思われていたようだ。ちょっとばかし心外である。


「……で? そんなことを尋ねるひよりちゃんは、どうするか決めたの?」


 みかりんに切り返され、ひよりちゃんはビクッと反応する。

 小柄で、臆病だけども芯は強い、マスコットタイプのアイドル、雛見ひなみひより。「庇護欲をかきたてられる」「お父さんになりたい」といった感想をほしいままにした、「スタプリ」屈指のロリキャラ。14歳という年齢設定を感じさせない年少ぶりは、ある意味では一番のプリンセスだったと思っている。

 そんなちっちゃなプリンセスは、なにやら落ち着かない様子で、私とみかりんを交互に見つめる。なんだか子リスのようだ。


「あっ、ごめん! 言いにくいならいいの。隠しておきたいこともあるだろうし……」


「い、いえ! その、す、少しだけ、言いづらいんですけど……」


 ドギマギとした動きは、この子が意を決してなにかを話す時に、よく見られる動きだ。「アイドルを続けるために遠くのお嬢様学校を蹴る」というキャラエピソードは、この子の人気を一気に高めた一話と言われている。

 そうして、数秒ほど間を空けて、彼女は自身の進路を口にした。


「――ファンタジー系の作品。R18系の」


 私とみかりんはほぼ同時に立ち上がった。


「えっ、えっ、えぇ!? それ、いったいどういう?」


「……ひよりちゃんや、どういう心境の変化だい」


 ほぼ同時に問い詰める私たちに対し、ひよりちゃんは、驚くほど据わった目をしていた。

 こんなに力強い視線、多分設定画にもないんじゃないか。もしかして。


「……実は、見たことがあるんです。わたしの、その……えっちな、イラストを」


 耳を疑う言葉に声をつまらせる私たちをよそに、ひよりちゃんはスマホを取り出し、某大手イラストサイトの投稿イラストを見せてくれた。


 ――イベントで披露した、メイド服姿のひよりちゃんが、マネージャーと激しくセックスしているイラスト。


 みかりんが素っ頓狂な金切り声を上げる。顔真っ赤にして悶えるような仕草。なるほど、免疫がない。

 断末魔の叫びを上げて床を転げるみかりんをよそに、ひよりちゃんは再び言葉を継ぐ――彼女のスケベなファンアートを、大事そうに抱きながら。


「はじめは、すっごく戸惑って。『なんでわたしがこんなことに?』って驚いちゃって。だけど、その後わたし、考えたんです。『こうやってわたしを愛してくれる人もいるんだ』って。そしたら、この絵も、他のえっちなイラストも、みんなファンレターのように見えてきて……思わず泣いちゃったんです。変な話なんですけど」


 半ば自嘲するような口調だけども、彼女はとてもうれしそうだった。それこそ本当に、応援してくれるファンを前にした時のような、輝かしい笑顔のよう。


「……キャラクターって、受け手次第なんだなって、その時思ったんです。そして、わたし考えたんです。もっといろんな『わたし』になってみたいって……そこに、R18なブラウザゲームのお誘いが来たんです」


 よって、そのオファーを受けた、と。

 あらためて、ひよりちゃんの目を見る。

 ほんわかとした雰囲気に合わない、奥底から根ざすような、強い視線。

 ……止めても無駄だろう。そもそも、私たちに止める権利など、最初からあるまい。


「うん、そういうことなら、止めない。がんばりたまえよ、ひよりちゃん」


 心の底からの応援の声をかける。ひよりちゃんの顔が、明かりを灯したようにぱぁっと明るくなる。

 一方、みかりんも少し悩ましげに眉をしかめつつも、声をかける。


「……そうね。ひよりちゃんが決めたことだもの。応援するわ」


「ふたりとも……ありがとうございます! がんばります!」


「あっ!! ただし、ただしよっ!」


 人差し指をピーンと立てて、みかりんはひよりちゃんに詰め寄る。


「――『公衆便所』になっちゃだめよ。絶対に!」


 その忠告はひどく迫真めいていた。もしやとは思うが、彼女の薄い本ってどんなのが多かったっけ。

 やたら鬼気迫る感じだったのか、ひよりちゃんも苦笑いしかできていない。「公衆便所」の意味を理解した上での反応だと信じたいけど。

 不安はあれど、道は決まっている。そんな明るい雰囲気の中、同僚の視線が私の方を向く。

 

「……で? 結姫は? このままアンタだけ未公表とかは無しよ?」


「あっ、わたしも気になります! 結姫さんだったら、見た目ミステリアスだし、どこでも行ける気がして!」


「ホントホント。まったく、銀髪ショートなんて外見、インチキだっつーの」


 片や切磋琢磨した戦友として、片や純粋な尊敬する先輩として。

 二人の目に映る「有泉結姫」は――果たして、どれだけ「私」と乖離しているのだろうか。


「……あーっとね、マネージャーから、新しいラノベのヒロインの枠、紹介してもらってる。とりあえず、そこあたってみようかなーって」


「あー、ラノベねぇ。アタシにも来てたわ。くっだらないから蹴ったけど」


「ラノベっていうと、ラブコメですか? それともバトルものですか?」


「うーん、まだそこも未定」


「そうなんですね。じゃ、じゃあ、もし、作品決まったら教えください! 結姫さんが出てるラノベ、読んでみたいですから!」


 そうしてひよりちゃんは、ひまわりのような笑顔を向けてくる。


「そうよー。外に出て初めての仕事だもの。花の一つでも贈ってやるわ」


 片やみかりんも、頼もしい姉御肌をきっちり見せてくれる。


 ……いい友人が、こんな近くにいた。それに気づくのが、さすがに遅すぎた。


「……ありがとう、みかりん、ひよりちゃん」


 咄嗟にウソをついたことを、少しだけ後悔している私がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る