第17話 炎の少女と氷の中年

 啓悟はレリアに、自分イーリス達との馴れ初めを聞かせた後は、これまで起こった旅路での出来事を話す。もっとも、並外れた回復能力や、物や癒し効果の高い葉っぱを作り出す能力は、曖昧に暈かしたり、受けた傷を過少に表現したりして、誤魔化した。


 話を聞き終わったレリアは、溜息を吐いて話の感想を口にする。


「随分と大変だったみたいね、召喚先も今の帝都なら苦労は無かったのに」


 確かに帝都で保護して貰えれば、生活は安泰だろう。しかしそれは、同時に自分達を利用しようとする者の檻の中に入れられて、意に染まぬ戦いを強要される事と同義である。それならば、まだ森でキンググリズリーやダイアウルフを相手に、サバイバルゲームをしていた方がマシだと啓悟は考える。


「ん? 自由と引き換えにか? 俺はこれで良かったと思ったけどな。確かに大変だったが、退屈だけはしなかったぞ」


 そう豪語するのを聞いた彼女は呆れた様に呟く。


「聞いただけでも、生き残るのが困難な状況なのに、よくそんなセリフが出て来るわね。私達が接した勇者達は、戦闘能力は高かったけど、あなたが体験したような状況に陥ると、弱音を吐く者ばかりだったわよ。それにあなたは彼等ほど歳も若く無いでしょう?」


「なに、若さだけが全てじゃ無いぞ、ロートルはロートルなりに鍛えているからな。そうで無けりゃ……、ここに辿り着くまでに野垂れ死にが関の山だろう」


「そうね………失礼したわ。帝国でも一二を争う難所の黒森回廊を、女性二人を引き連れて通り抜けた人物相手に、年齢の事を持ち出すのはあまり意味が無いわね」


 レリアは年齢の事を持ち出した事を反省するが、啓悟は全く気にした様子も見せずに肩を竦めながら彼女に応える。


「ああ、気にするな。オッサンと言うのは否定しようが無いからな」


「それにしても、よく生きてあの森を横切れたものね。勇者達の世界の人々は文明が発達しすぎて、体力の無い人達が多いと聞くけど?」


「同行している二人が随分と頼りになったからな。それよりも、連中の事を体力の無い人って言うがな、その体力の無い奴を拉致って来て、戦わせているのは何処のどいつだよ?」


「ムグッ………それを言われると返す言葉が無い………」


 啓悟の鋭いツッコミに、レリアは口ごもるように答える。

 レリアが言うには、勇者達は知力や戦闘力こそ申し分ないが、体力が足りない為に直ぐにバテて使い物にならなくなるらしい。そのせいで、強力ではあるものの使い所の難しい戦力というのがもっぱらの評判との事だ。尤も、中には体力も備えた体育会系の召喚者もいるらしいが、数は少ないらしい。

 その話を聞かされた啓悟は、どの程度の若者達が召喚されているのかが気になって、レリアに尋ねる。


「そう言えば、レリアの言う勇者は、大体何人ぐらい居るんだ?」


「今、帝国では十五人ね。その中の三人は精神を病んで皇城に幽閉されているわ」


「心的外傷後ストレス障害(PTSD)か………まあ、温室育ちの若者が、いきなり戦場に立たされればな………。まあこの落とし前は、何れ付けて貰う事にしようか」


 レリアは一瞬、寒気が走った。啓悟が『落とし前』のくだりを口にしたときの雰囲気に、うすら寒い迫力を感じたからだ。

 啓悟はレリアの様子を歯牙にもかけず、ポケットからスマホを取り出すと、写真閲覧画面を表示して彼女の方を向けてテーブルに置いた。


「この中でその十五人は居るかい?」


 先ほどまで啓悟から放たれていた雰囲気が鳴りを潜め、レリアはホッとした表情で彼の道具に写し出されている写真を見た。


「この機械は勇者達も持っていたわ。確か《スマホ》とか言っていたわね」


 彼女はそう言いながら、啓悟のスマホを拾い上げて、器用に操作しながら写真を繰って行く。そして、該当の十五名を順番に写真を繰って啓悟に示す。

 啓悟はそれを見ながら、手帳に其々の名前を記入していった。

 十五名全ての確認を終えたが、レリアを見ると何か言い難そうにしている。


「どうした? まだ何かあるのか?」


 言い難そうにしたレリアだったが、啓悟に促されて意を決したように口を開く。


「実は、その十五人以外にも居たの。その中でも二人は、不服従を理由に貴族に処刑され…た……わ………」


 啓悟の表情が見る見る険しくなって行くのを見て、レリアは語尾を濁らせる。


「処刑……だと………?」


 今度は、氷のナイフを襟元に当てられたような錯覚を起こす。啓悟が短く呟いた瞬間に、レリアは得も言われぬ冷たく鋭い殺気を感じたからだ。

 表面的には平静を装った啓悟は、更に質問を続ける。


「殺した理由は見せしめか?」


 啓悟は処刑という言葉を使わない、その言葉は彼等への殺しの免罪符に等しい言葉だからだ。その行為を絶対に容認できない啓悟は、目の前にいる帝国の代表たる少女に対して〝殺し〟と言う罪で断じると言う意志を示した。

 実のところレリアも、その貴族の暴挙を許しがたい行為と断じ、問題の貴族を呼び出して問い詰めていた。だが、その時返された返答が余りにも酷過ぎた為に、怒りが頂点に達し、母が止めに入らなければ、危うくその貴族を切り殺すところだった。

 彼女は、その時の事を思い出したのか、先程まで青かった顔色を見る見る赤く変えると、語気を荒くして一気にまくしたてる。


「ええ、私もあなたと同じ質問をその貴族にぶつけたわ。でも、選民意識丸出しのあの男は何て言ったと思う? 罪悪感の欠片も見せずに、『僕の持ち物に何をしようが僕の勝手でしょ! 僕はただ、言う事の聞かない猛獣を殺処分しただけだ‼』なんて最低の言葉を吐いたわ。出来る事なら今直ぐ、奴の方を殺処分したいわよ‼」

 

 彼女が暴露した内容は衝撃的だが、怒りの成分を全て彼女に持って行かれた啓悟は、逆に冷静になる事が出来た。


(青へ赤へと忙しい子だな。まるで信号機? いや瞬間湯沸かし器かな? まあどっちにしても、この子に腹芸は無理だな)


 いとも容易く感情が顔色に出る彼女に対して、良くも悪くも信頼に置けると判断して、今一つ確認して置く為に質問を続けた。


「一応確認するが、その殺害は帝国の意志か? それとも個人の思い付きか?」


 啓悟の質問に、レリアは柳眉を逆立てて啓悟を睨みつける。どうやら彼女は頭に血が上ると、アッサリ着火して怒りに身を焦がすようだ。少し前まで啓悟の放つ冷たい雰囲気に委縮していたのが嘘だったように、今は怒りの感情が彼女を支配していた。


「あの馬鹿貴族の思い付きよ! 有力な家柄なのをいい事に好き放題して、挙句の果ての今回の事件を起こしたわ。軍法会議にまで掛けたのに、軽いお咎めで済んだのも腹立たしい!」


 余程、そのお咎めが軽過ぎたのか、怒りが収まらない様子のレリアだが、啓悟の方はその答えを聞いて、一応建前が存在している事を悟り、帝国に対してあからさまな敵対をするのは、得策でないと考える。


「そう言う事なら、積極的敵対は避けた方が良いが………、一応警告だけはして置く必要はあるか。――――なあ、レリア。参考までにその貴族の名を教えてくれるか?」


「名を聞いてどうする気?」


「取り敢えず会ってみる事にするさ」


「会ってどうする気? まさか落とし前を着けさせるつもりかしら?」


 真っ先に報復と言う文字が浮かんだレリアだが、啓悟の方はそんな様子など微塵も見せずに、少しだけ考える仕草を見せて彼女の質問に答える。


「う~ん、そうだなぁ。向こうの出方次第と言った所だが、取り敢えずは警告だ」


「二度とあんな馬鹿させないためにもかしら?」


「それもあるが、その馬鹿の真似をしそうな奴も牽制して置かないとな」


 多くの貴族達は、勇者達の実力を目の当たりにして劣等感を抱いていた。その鬱屈した感情は強い劣等コンプレックスを生み出していく。やがて貴族達は勇者達に対して、権力を笠に着た高圧的な態度で接する事で、自らの優越感を再確認するようになっていった。そんな中で、処断と言う極端な方法で、自らの優越感を再確認した者がくだんの貴族だった。


「確かにあなたの言い分も尤もよね。堪りかねた者の中には私を頼って来た者も居たぐらいだもの。今でこそ親衛隊の直属にして、手出しできなくしているけど、中には言われない敵意を向ける貴族も少なく無いわ。まあ、牽制も必要でしょうし、余り無茶をしないと言うのなら教えるわ。その貴族は――――ジェローム・バローよ。帝国の五指に入る大貴族バロー家の嫡男ね」


 レリアが貴族の名前を言うと、啓悟は手帳を開いて書き込んでいく。それを見ながらレリアは更に続ける。


「それと、もう一つ重要な事を耳に入れて置くわ」


 重要な事と聞いて、啓悟は手の動きを一旦止めると、彼女の言葉を聞き入った。


「帝国から逃亡に成功した勇者も何人か居るの。彼等をアシュテナ王都の偵察と言う名目で送り出して、そのまま行方不明になって貰ったの」


 それを聞いて、少なくとも帝国に使い潰されるよりマシだと思った啓悟は、彼女から齎された情報を朗報と受け取る。尤も彼等の行く末は完全に茨の道だが、一先ずは持ち前の才覚で乗り切って貰う外無かった。

 それにしても彼女の口振りは、彼等を逃がしたとしか聞こえない。


「その口振りだと、レリアもその逃亡劇に手を貸してくれたという事か?」


「ええ、微力ながら手を貸したわ」


 だが啓悟は、その話に合点がいかない。微力とは言え、帝国に反逆していると言って良い行為だ。彼女に所業が白日の下に晒されれば、処刑される可能性だってある。


「分からんな………? 彼等はレリアから見れば、縁も所縁も無い異邦人だ。なのに何故そこまでする、下手をすると反逆罪に問われるだろ?」


「フッ、あの者達は私の数少ない友人よ。この程度の骨折りなど当然の事だわ」


 良い顔をして微笑みながら話す彼女に、啓悟は額に指を当てて呆れながら呟く。


「自分の命が掛かってるのに、何て良い顔をしながら語るんだよ………。しかし友人か………。まあそれなら助ける理由にはなるな」


「その通りよ。彼らは確かに異邦人かも知れない。でもそれが何だって言うの? 見た限り人と同じ容姿で、意思疎通まで図れるなら、友誼を結ぶなんて造作も無い事だと思わない?」


 全く持って尤もな話である。基本的な身体能力にこそ差はある物の、その他の特徴は共通している。言語調整されていて、会話も支障なく出来るお陰で、意思疎通に困る事も無い。同じ様な年頃の少年少女なら、友達になるのもそれほど難しくは無い。そう考えると、召喚者を殺した貴族に対する、彼女の並々ならぬ怒りも腑に落ちる。

 おそらく彼女は、殺された彼等とも友誼を結んでいたのだろう。


「それにケイゴ! あなたとも親交を深め、出来る事なら友誼を結びたいと思ってるわ」


 その言葉は不意打ちに等しく、一瞬、啓悟の動きを止めた。しかし啓悟は、不法侵入していた事を咎める事無く、この部屋に連れ込んだ彼女の意図を考えると、それこそが彼女の本来の目的だと悟る。

 それにしても無茶な子だと啓悟は思う。脱走に手を貸した事もだが、得体の知れない男を部屋に連れ込んで密室を作るなど、男によっては襲って下さいと言わんばかりの行動だ。危機意識が足りないのか、余程の自信があるかのどちらかで無いと、ここまで大胆には振舞わないだろう。


「そいつは光栄な事だな。まあそれは置いておくとして、随分と大胆な事をしたな。俺はこの帝国の事には詳しく無いが、それだけの罪を犯せば、レリアだけじゃなくて、その親類縁者にも罪が及ぶんじゃないか?」


「ええ、勿論及ぶわ。でもこの件は母様から背中を押されたのよ。『友達一人助けられない娘に育てた覚えはありません!』ってね。確かに傍目から見たら、馬鹿な母娘に見えるかもしれないけど、それが私達母娘の矜持なのよ」


 母親までもが覚悟の上だったとは驚きだ。その話を聞いた啓悟は、体のゴツイ肝っ玉母さんを想像した。


「馬鹿なのは娘だけじゃなくて、母親もか………。でも気に入った! 俺はそんな馬鹿やれる奴は嫌いじゃないぞ。寧ろ大好きだと言って良いぐらいだ」


「一応、誉め言葉と取って置きましょ」


 レリアは啓悟の言葉に、少し照れながら言葉を返すと、啓悟は逸れた話を戻す為にレリアに問いかける。


「ところで話を戻すが、レリアが逃がしてくれた友人達の事を教えてくれるか?」


「そうよね、あなたも彼らの事は気になるものね」


「ああ、彼らが無事ならどうしても会う必要があるし、俺には日本国の公僕として、彼等の安全を図る義務もあるからな」


 殉職した事で、既に退職扱いの身ではあるが、女神のパシリですと言うよりマシなので、取り敢えず元の世界の身分を持ち出した。


「《ニッポン》国ね。確か勇者達が暮らしていた国と聞くわ。啓悟はその国で衛兵でもしていたの?」


「俺達の国では警察と言うがな。まあ似たような仕事だよ、街の治安と市民の生命財産を守るという意味ではな。それより、彼らの名前を教えてくれるか?」


 細かく話すと長くなるので、ザックリとだけ説明して、話の先を促す。


「あっ、話が逸れたわね。私が逃亡に関わったのは七人で、彼らの名は………」


 そう言ってレリアは一呼吸置くと先ず三人の名前を口にする。


「ヨウヘイ・ケンザキ、アオイ・サンジョー、シノブ・スズキ」


「ほう、剣道と弓道のエースに拳骨姫げんこつひめか。凄い組み合わせだな」


 メモを取りながら、そう三人を形容する啓悟の呟きを聞いたレリアは彼に尋ねる。


「凄いと言うのは伝わるけど、最後の『拳骨姫』だけは意味が分からないわ」


「それは、鈴木しのぶの二つ名だよ。彼女は喧嘩が滅法強くてね、度々ストリートファイトを仕出かして、近所の愚連隊をコテンパンにしていたのさ。お陰で少年課の連中は面目潰されるわ、仕事を増やされるわで大変だったらしいぞ。実はここだけの話だが、俺の部下だった男の家が開いている拳法道場の門下生らしいんだ」


 その話を聞いて、彼女も単に喧嘩が強い訳じゃ無く、基礎がしっかり出来ていたから強かったんだとレリアも納得し、更に三人の名前を挙げる。


「ソウタ・エノモト、シモン・タジマ、マイ・ナムラ」


「ほう、お次はゲーム廃人三人衆か………」


「何かしら? その《げーむハイジン》と言うのは?」


「体を使わないバーチャルの世界にのめり込んでいる者をそう呼ぶのさ。まあ、彼らの場合はその一歩手前で、学校にはきっちり通っていたみたいだけどな」


 確かに彼らは学校では普通の成績だったが、ゲームにあれだけ時間を費やしながら、普通の成績を修めるのは至難の業だ。一体いつ寝ていたんだろうと他人事ながら啓悟は心配していた。


「体を余り使っていなかったのね………。道理で体力が続かない訳だわ」


 レリアは行動を共にした事があるのか、彼らの体力が無い事を知っていた。


「まあ、確かにそうなんだが、彼らの集中力と根気は本物だぞ。そうで無いと普通に学業を修めて、ゲーム廃人なんて出来ないだろうからな」


「成程、鍛え上げたら強力な戦力になると言う事ね………。それじゃ、最後の一人はどうかしら? ミナト・イシヅと言うんだけど………」


「え! ……ミナト……イシヅ?」


 しばらく、ハトが豆鉄砲を食らった表情をしていた啓悟は、慌ててスマホを操作して目的の写真を見つけると、彼女に向けて見せる。

 その写真は男女数名の集合写真だったが、写真の中央に少年一人と少女二人が写っている。昨年の夏に行ったキャンプの時の集合写真だ。ただ、そのキャンプは一部の女性と少年少女には不評で、その同行していた女性曰く、『これはキャンプじゃなくてサバイバル訓練ね』と皮肉を言っていた。

 レリアはその写真に写されている、真ん中の少年を指差して啓悟に教える。


「彼が、ミナト・イシヅよ」


 それを聞いた啓悟は天井を仰ぎ、片手で顔を覆って呻くように呟く。


「名前聞いてもしやと思ったが………あの子も来ていたなんてな」


「あの子と言う事は、お知り合いか何かかしら? それに、あなたが持っている資料の写真には、彼の写真は無かったわね」


「ああ、皆人みなとは俺の親友の息子だ。あの子は早くに母親を失くしていてね、唯一の肉親である父親も、仕事の関係で長い事家を空けるから、恐らく失踪に気付いた者が居なかったのだろうな」


 啓悟が向こうの世界で、彼が失踪したという話は聞いた事が無い。今思えば、もう少しだけマメに彼の様子を見に行くべきだったと後悔した。

 尤も啓悟の方にした所で忙し過ぎて、中々会いに行く機会を作る事が出来なかったという事情もある。そのころに失踪者が激増して、手が足りていなかった為だ。

 皆人と共に帝国から逃亡した六人が失踪したのも、大体その時期だったが、身近に家族が居る分、捜索願の提出が早かったので、啓悟の元に資料が届いていた。


「彼の父親は長く家を空けると言っていたけど、船乗りとか軍人だったりするのかしら?」


「う~ん………。まあ確かに、船乗りで軍人みたいな仕事をしているな。だからあの子は、殆どを一人で過ごしている為に、家事全般をこなせる様になったな」


「一人で‼ 使用人とかは居ないの?」


 さも当たり前のように尋ねるレリアに、啓悟は溜息を吐きながら答える。


「家政婦やら使用人なんて、公務員の安月給で雇えんよ。どういった感覚で言っているのかは知らんが、資産家とか大会社のオーナーでも無い限りは無理な相談だな」


「安月給って………仮にも軍人なのでしょう? だったら待遇も良い筈じゃない?」


 この話を聞いて、この国の軍人の待遇が、かなり破格である事が窺える。しかし日本国では、警察も自衛隊も地方公務員や特別職国家公務員である。給料は月並みの公務員程度しか無い為に、余程の上級職で無いと高給取りとは呼べない。


「帝国の官吏や軍人の給料がどんな物かは知らないが、俺達の国の公務員は、民間人のそれと余り変わらないぞ。大体、官吏官僚が高給を貪っていると、景気を主導する民間人がやる気を無くすだろ」


 レリアは軍人に対する厚遇は当然のものだと思っていた。危険も多いし、戦場に出れば命の遣り取りをして、いつ死ぬかも知れないからだ。


「でも、それじゃ命懸けで任務に就く者達が、報われないんじゃないかしら?」


「言っている事は分からなくも無い、スクランブルや海上警備行動に出動する者達の心労は並大抵の事じゃ無い、ミサイル一発飛んで来れば、撃墜や撃沈されて死ぬかも知れないからね。しかし、民間にだって命懸けで仕事をしている者は山ほど居るんだぞ。そんな連中にレリアが言った言い訳が効くと思うか?」


 そう言われて、命懸けで仕事をしている者が、軍人だけでは無い事に気付いたレリアは赤面する。確かに居るのだ、船乗りや漁師なんかはその最たるものだが、他に高所で作業するとび職の者や、危険な森に入り込んで猟をする者等だ。


「御免なさい……。確かに言う通りだわ」


「そう言った価値観がある事さえ、分かって貰えれば良いさ。――――まあ兎にも角にも、俺にとって息子同然の皆人に、手を差し伸べてくれた事には感謝している。本当に有難う」


 啓悟はそう言って立ち上がると、彼女に向かって頭を深く下げた。

 レリアはその彼の改まった行動に、慌てて立ち上がったが、その時突然ドアが激しくノックされる。

 その場で居住まいを正したレリアは、ドアに向かって声を掛ける。


「入れ!」


「ハッ! 失礼します‼」


 ドアの向こうから返事が聞こえてドアが開き、部屋の中に若い騎士が入って来た。

 その騎士はレリアの元に歩み寄ると姿勢を正して、レリアに用件を伝える。


「レリア閣下! ヴァレリー閣下より、至急の要件があるので会議室までお越し下さいとの事です!」


「分かったわ。お客様を帰して支度が済んだら、至急向かうから、先に戻ってて」


「ハッ! 了解しました‼」


 若い騎士はそう言うと、部屋を退出して行った。

 レリアは一つ溜息を吐くと、啓悟に名残惜しそうな表情で顔を向けて口を開く。


「ケイゴ。誠に申し訳ないけど、急用が入ったわ。今日はここ迄としたいのだけど、また後日にでも会ってはくれないかしら?」


 その申し出を受けて、啓悟はしばらく宙に目を漂わせていた。皆人たちについて聞き損ねていた事や、残りの勇者達の現況など知りたい事はまだあったし、親友の息子の恩人でもある少女を、放って置くわけにも行かなかった。


「分かった。こっちの手が空いた時で良いならな」


「良かった………」


「で、この部屋までくればいいのか?」


「いや、この区画は警備が厳重過ぎるわ。そうね、中庭の東屋で待っていてくれれば、こちらから会いに行くわ」


「分かった。それじゃ失礼する」


 そう言って啓悟が出口の扉へと足を向けると、後ろからレリアが声を掛ける。


「ええ、また今度ね。次に会う時は、ケイゴの不思議能力の種明かしをしてくれると嬉しいわ」


 どうやら、レリアには効果の無かった《認識阻害》の事を言っているらしい。

 啓悟はそれを聞いて苦笑いしながら、彼女に手を振って部屋から退室した。

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