第16話 籠に迷い込んだ黒い鳥

 日も少し傾き始めた頃、啓悟はベルメールの街の奥にある宮殿の前に立っていた。

 左右対称で構成されたその建物は、美しく華やかで有りながら派手さは感じられず、むしろ質実さすら感じられる無駄の少ない造りだった。もし地球でこの建物があったら、間違いなく世界遺産の候補に挙がっていたに違い無いだろう。


 そして現在、この宮殿は帝室関係者の居城であるだけで無く、ベルメールの行政府も兼ねており、宮殿に出入りする人々は、商人や官吏に陳情に来た市民や農民だけで無く、傭兵らしき者も混じりかなり多彩だった。

 今ここは皇妃と皇女が詰めている筈だが、そういった事無ごとなき方達は領民との接触を避けるため、宮殿の奥にでも居て、滅多な事ではお目に掛かれないだろう。


 啓悟は商人が納品の為に寄越した馬車を見つけ、その車列に紛れつつ堂々と正門から侵入した。守衛は納品物品をリストと照合してチェックして行くが、余程信頼のある大店なのだろう、それを運ぶ者達まで細かくチェックしている訳では無く、守衛は御者や護衛を見て回っているだけだった。

 彼の前に来た時も他の者を見たとき同様頭の上からつま先まで目を走らせた。ただ守衛も流石に、以前からの見覚えの無い彼には質問した。


「護衛の新入りか?」


「ええ、そうです」


 彼はそう短く答えて余計な事は、何も言わない。


「そうか、がんばれよ!」


 守衛は気さくに声を掛けて、他の者のチェックを始めた。やがて、納品チェックを終えた後方の守衛が、先頭で待機している守衛に手を挙げて合図した。


「通ってよし!」


 先頭の守衛が合図を確認して御者に声を掛けると、馬車の車列が再び動き出す。

 街中と違って宮殿に入ると、一気に緊張が解けて、他の護衛達からの殺気が消える。宮殿を壁沿いに走る通路へ馬車を進め、宮殿脇にある裏口を目指す。

 暫くして馬車が納品場所である裏口に近づくと、啓悟は車列から離れて宮殿の中を適当に廻る事にした。彼は堂々と宮殿内を闊歩しているのに不審者扱いをされる所か、誰からも声を掛けられる事が無かった。特技の《認識阻害にんしきそがい》を発動して、居ても当たり前の人に成りすましているためだ。


 廊下や広間ですれ違う人々の声に耳を傾けて情報を収集していた。ある騎士はオークの討伐任務について話していた。武具の手入れや練度に付いて部下に尋ねていたが、部下の方は練度不足を嘆いていた。


 ある官吏は代官の更迭で発生する、山の様な事務仕事を同僚に嘆いていた。嘆かれた同僚は、前任の代官が溜め込んでいた書類の山の整理を任されて、今日は徹夜になりそうだと、疲れた声で呟いている。


 官吏と商人が糧食の納期を巡って揉めている場面にも出くわした。その時ばかりは二人から視線を集めたが、曖昧な笑みを浮かべて会釈しながら通り過ぎると、たちまち興味がそがれたようで、また揉め始めていた。


 皇女の噂をしている物も居た。何でも、不正を働いて不興を買った代官を、その場で手討ちにしようとしていたらしい、その場は居合わせた皇妃に窘められて思い止まった様だが、その場に控えていた御付きの者一同、とても怖い思いをしたそうだ。その皇女の短気さをうかがわせるエピソードを聞いた啓悟は、彼女を絶対会いたくない人物リストの上位に置いた。


 更に歩みを進めるとメイドの会話が擦れ違いざまに聞こえた。何でも今朝から皇妃が宮中に居ないらしい、こっそりと外に抜け出しているとも噂していた。この話を聞いた啓悟は、皇妃の情報に少し修正を加えた。どうやら割とヤンチャで、トラブルメーカーになる可能性があり、所在については常に注意を払う必要ありと。


 啓悟はここに来た時の持ち物に含まれていたスマートフォンにメモを取ると、それをポケットにしまい込んだ。この世界に来た当初は、それほど役に立たないかもと思っていたが、意外と役に立っていた。

 ネットや電話通信網の無い世界なので、このガジェットの肝であるインターネットや電話機能が使えない。しかしメモや写真などオフラインでも使用可能な機能は健在なので何かと重宝する、その上弾薬やフラッシュライトの電池と同じ理屈で電池は回復するし、壊れてもいつの間にか元通りになるので永久に使用可能なのだ。

 後は電話機能をイーリスが魔術を応用して開発中なので、完成した暁には作成した魔法陣をこれに組み込む事で通話もできるようになる。尤も魔術依存なのでこのガジェットの電話機能が復活する訳では無いが………。


 彼は立ち止まってスマホの操作などと言う、この世界標準では明らかに不審な行為をしているのにも拘らず、周りから全く注目を集めていなかった。《認識阻害》はこの世界でも十二分に威力を発揮しているが、例外的に全く効かない者も存在した。

 イーリスとアルマがそうである。森の中を通り抜けていた時、早朝に偵察で彼女達の前から姿を消していても、直ぐに察知して後から付いて来ていた。イーリスの方が更に鋭く、一度試しに撒いてみようと試みたが、レーダーでもついているかの様に全く撒く事が出来なかった。


 彼は不思議に思って、彼女に何故分かるのかと聞いてみた。イーリス曰く、啓悟自身から常に大量のマナが流れ出ているらしい。通常物質で構成されている魔物や人等といった生き物は、それを意識せずに感知することが出来ない。ただ、魔力を中心に構成されている生き物はそれを感知する事が出来る。イーリスはマナの分布を調査する為に、それらを応用した魔術を組み上げていた。それを使えば大体の場所を掴めるらしく、その場所まで行けば例え隠れていてもカンが鋭く働いて、直ぐに彼の姿を見つける事が出来ると言う事だった。


 啓悟はそんな能力を持つ者が、そうそう居る訳無いと思い込んで油断していたが、彼の希望的観測とは裏腹に、彼の姿を一対の瞳が追い続けていた。


 ***


 レリアは少し苛立っていた。昨日からの騒動で更迭した代官の置き土産が、余りにも大き過ぎたために処理しきれず、宮殿内がパンクしていた。取り敢えず残されていた未決の書類の決裁を早急に進め、決済の終わった書類の整理を、手隙の若手官吏に任せた。


 その後騎兵団長を呼び出して、魔獣討伐の準備の進捗を尋ねて、ついでに皇妃の捜索依頼を内々にお願いした。騎兵団長曰く老兵と新兵しか居ない兵士隊は練度が極めて低く、大規模な戦闘には耐えられないとの事らしい。勿論騎士隊もその辺りの事情は同じ様なものだが、入隊のハードルが兵士隊よりも高いため、人員不足はより深刻だとの事だった。


 話を聞き終わって騎兵団長を帰した後は、傭兵・冒険者両ギルドの組合長と会って、協力人員の確認をした。しかし、どれもこれも良い返事は聞けなかった。 

 傭兵ギルドは、代官の所業とアシュテナの戦場伝説のお陰で逃げ出すクランが続出し、多くの人員を要求されても応えられないと言って来た。万が一、今度もペナルティーが発生すると殆どのクランが逃げ出して、この支部を維持すらできなくなって閉鎖にまで追い込まれそうだと言う。


 しかし、まだ少なからず人員のいる傭兵ギルドは、まだマシな方だった。それ以上に深刻なのは、冒険者ギルドの方だった。


 支部長は開口一番『うちに出せる戦力は無い』と言った。登録冒険者の減少は傭兵ギルドとほぼ同じ事情だが、若者の殆どを軍隊が持って行く為、副業目当てで登録する者すら居らず、ここの支部の登録冒険者は未だにゼロらしい。

 更に代官の悪行のお陰で、外国から仕事を求めて来る者も皆無との事だ。

 支部長曰く、この支部が維持出来ているのは、駆使くしという通信網の確保の為と本部の温情のお陰だとの事だった。


 レリアは気分転換に部屋の外に出る事にした。


 廊下を歩きながら思索にふける、彼女はこれ程思う様に行かない事は未だかつて記憶に無い。大急ぎでここに来たのに、前任の代官がサボって溜めていた仕事に追われていた。お陰で急いで来た本来の目的である黒髪黒瞳の男の捜索は、全くの手つかずになっている。つくづくあの代官はろくでも無い事を仕出かしてくれたと思った。


 レリアは中庭に出ると、そこに設置されているベンチに腰掛けて独り言を呟いた。


「黒髪黒瞳の男どころじゃ無いわね………。でも、仕事もそのままに出来ないわ。どうすれば良いの………」


 レリアは一つ溜息を吐くと、項垂れて地面を見つめた。

 幸せの青い鳥改め黒い鳥は、彼女の近くを飛んでいる筈なのに、探しに行く事も出来ない自分がもどかしかった。今の彼女の頭の中は、荒らされた領地の復興と黒髪黒瞳の男とでせめぎ合っていた。


 中庭の隅にあるこのベンチは彼女にとって良い隠れ場所だった。人通りの多い廊下から遠いため、ここにレリアが座っていても気付く者がほとんど居ない、ここから色んなものを盗み見たり聞いたり出来る都合が良い場所なのだ。


 レリアは頭を切り替える為に顔を上げて正面に見える廊下を観察した。メイド同士の話し声が聞こえてくる。どうやら今朝から行方不明の母様の噂をしている様だった。彼女はその事を外で声を上げて話さないで欲しかった。母様の醜聞を気にするというよりは、外の人間に聞かれて、誘拐のチャンスが存在する事を知られる方が怖かった。生半可な者達じゃ母様には歯が立たないが、帝室の誰かが抱えている工作員辺りだと拉致される可能性が高くなる。


 彼女は少しでもリスクを下げる為、メイド達に注意すべくベンチから腰を浮かせていたが、突然彼女はそこで固まった。通り過ぎて行くメイドたちの後ろで、黒髪黒瞳の男が立ち止まって手元の道具を触っていたのだった。


 彼女が恋い焦がれていた幸せの黒い鳥が、今正しく彼女の庭先に舞い降りたのだ。

 レリアは彼の様子を、小鳥に逃げられない様にするが如く、息を殺して観察した。

 その男はミュール領で見かけた時と同じ格好で佇んで、ブツブツ何かを呟きながら手元の道具を触っていたが、通り過ぎる兵士や官吏にメイド達が揃って、彼の存在に気付いていないのが不思議だった。いや、よく観察してみると気は付いているのだ。目が合えば挨拶するし、体が当たりそうになれば自然に避けていた。存在を認識していないと言うよりは、そこに彼がいる事に誰も違和感を覚えていない、あれだけ変わった格好をしているのにも拘らずにだ。


 彼の事を暫く観察していると、その男は手元の道具を服の中にしまって、宮殿の奥に向って歩き始めるのが見えたので、レリアは気付かれない様に付かず離れずで後を付ける事にした。


 彼は中庭に沿って廊下を進んでいたが、やがて中庭の端にある廊下の交差点まで辿り着くと、左に曲がって再び中庭沿いに歩みを進めた。彼が歩みを向けた方向を見て、彼女は顔にこそ出さなかったが、先程まで抱いていた絶望感を何処かへ吹き飛ばして心の中で狂喜した。


 彼女から見た彼の行動は、まさしく探し求めていた鳥が部屋の窓から迷い込んで、部屋の奥へ奥へと入り込んで行く様を連想させたからだった。

 更に彼は中庭を抜けて、廊下を更に真っ直ぐに奥へと進んで行った。その様子を見た彼女の心の高鳴りは最高潮にまで達していた。彼が足を向けたその方向は、彼女や母親が普段から居住している区画だったからだ。

 幸せの黒い鳥が勝手に鳥籠に進んで入って行く様子に、彼女の表情から自然と笑みがこぼれていた。


 レリアはどうやって彼を捕まえようかと考えたが、彼が周りに溶け込んでいるのを逆手に取って近づき、手を取って言葉で彼の動きを封じる方法を思いついて、行動に移した。

 レリアは若干歩く速度を上げて黒髪黒瞳の男の事を意識せずに、彼女の居室の扉付近で丁度追いつくようにタイミングを計りながら、背後に近づいて行った。丁度扉の前で彼に並びかけて、右手で彼の左手首を掴み小声で囁き掛ける。


「動かないで! 黙って私の言う事を聞かないと、大声を出すわよ。貴方も騒がれるのは望んでいないでしょう?」


 彼は黙って頷く、レリアは成功を確信して更に彼へ指示を出す。


「そこのドアを開けて中に入って、――――早く!」


 彼を急かしながら部屋へ押し込むと、彼女も直ぐ後に続き、扉を閉めて中から鍵を掛けた。


 ***


 啓悟は油断して不覚を取った事を反省していた。

 自らの能力を過信し、自分の人生の半分も生きていないであろう少女に、見事に出し抜かれたのだ。

 手首を掴まれて囁き掛けられた時は、心臓が凍り付くようだった。少女の言い成りになるしか無く、部屋に押し込まれて、中から鍵を掛けられると流石に観念した。


「取り敢えずそこに掛けて楽にして頂けるかしら」


 彼女は啓悟にソファーで楽にするのを勧めてきた。

 啓悟は勧められるままにソファーに腰掛け取り敢えず楽に構えて次を待った。今更ジタバタしても始まらないと思い、ここで採れる情報があるなら採って置こうとすら考えていた。


 彼女は彼のその様子を見ると、逃亡の恐れが無いと判断して扉の鍵を開けコールベルを鳴らした。暫くするとメイドがやって来て、彼女からの指示を受けると部屋から退出した。

 彼女はメイドを見送った後、啓悟と差し向かいのにソファーに腰掛けて話を切り出した。


「聞きたい事は山ほどあるけど、一つ確認して置きたい事があるわ。ミュール領でオーク相手に大立ち回りをしたのはあなた方で合ってるかしら?」


「大立ち回りだったかどうかは知らないが、確かにオーク退治に一枚咬んだ覚えはあるな」


 啓悟は戦果を誇張するのを嫌って、差し障りの無い表現で応じた。

 この世界では戦いを嗜むものは、おおむね自分の戦果は誇張する傾向にあるが、彼にはそれが全く感じられなかった。その為レリアはこの男に少しだけ好感を持った。


 彼女は名前で呼びかけようと思ったが、自己紹介を失念していた事を思い出す。


「自己紹介もせず申し訳ないわね。私はレリアと言うわ。よろしくね」


「俺の名前は、ケイゴだ。こちらこそよろしくな」


 お互いの自己紹介が終わり、レリアは早速質問をぶつけた。


「突然の質問で申し訳ないけど、ケイゴは勇者ってご存知?」


 レリアは啓悟に直接正体を聞いてもまともには答えないだろうと踏んで、外堀を埋めながら核心を突いて行こうと、彼の関連しそうなキーワードを出して反応を伺う事にした。


 その質問を聞いた啓悟は苦笑いする。情報収集の為にここに入り込んだのだが、彼の中で最も優先順位の高い情報を持つ者と出会うとは思わなかったからだ。

 いきなりこの様な質問をぶつけて来たと言う事は、啓悟の素性をある程度は推測しているだろう。彼女がその推測の裏を取る為にここに招待して来た事は、彼も十分承知している。ある程度は彼女の知りたい事を答えて、こちら側も欲しい情報を引き出そうと考え、万が一拘束されそうなら力づくで逃げ出せば良いとも考えていた。


「基本的な事を聞いて良いか? あなたの言う勇者とは何だい?」


 一先ず彼女の言う勇者の定義をハッキリさせる必要がある。意味をはき違えると会話が噛み合わなくなり、余計な事を喋る可能性もある為だ。啓悟はそう言った見え見えの鎌かけに、引っ掛かかってやるつもりは無かった。

 レリアの方は、彼が眉一つ動かさずに恍けて来るとは思っていなかった。だが、彼は彼女の質問に対して平然と質問を返してきた。それも、質問の意味が分からない、質問の仕方が悪いとでも言いたげに。


「ふう………。いきなりとぼけられるとは思わなかったわ」


 レリアは溜息を吐いて、思わず恍けられたと不満を漏らすと、啓悟はそれを一応否定して正論で切り返す。


「恍けてなんかいないさ。勇者という言葉は色んな意味を持つからな。だからこそレリアに、その勇者の定義付けをして貰わないと、頓珍漢な問答に成り兼ね無いぞ」


「確かにそうよね、悪かったわ。――――勇者とは我が国が教会の協力を受けて、異世界から召喚した異世界人の事。彼らは何れも我々人族と酷似した容姿を持ちながら、身体能力やスキルは我々を軽く凌駕している。その為に勇者と呼ばれ、特別な戦士として優遇されているわ」


「そこまで丁寧な説明をされたら、答えない訳には行かないな。――――結論から言うと知っている。俺は連中を探しに来たからな」


 レリアは彼の答えの中に、とても見過ごせない内容があるのに気付いて問い質す。


「探しに来たとはどういう事? ケイゴ達は私達の世界と自由に行き来できるとでも言うのかしら?」


 自由に行き来出来るとなると、かなり大事おおごとである。彼の国の国力は、召喚者達から聞き出すだけでもかなり強大で、法術こそ無いが科学と言う物が発達していているそうだ。召喚者達が持っている《スマホ》という道具一つ取っても技術力に大差が付いている事を垣間見ることが出来る。

 そして自分達は、その国の住民を拉致同様で連れ込み、戦奴のように扱っている。

 もし彼の国の者がこの事を知れば、奪還と報復の為に攻め込んで来て、我が国などひと捻りで蹂躙するだろう。

 目の前の男の返答次第で、帝国の……いや、この大陸の運命が決まる。そう思うと、レリアは震えが止まらなかった。

 啓悟は、真っ青な顔をした彼女を見て、何を考えたのかを察して、苦笑いしながら、彼女を安心させるように答えた。


「申し訳ない、と言うのは正確じゃ無いな。俺もこの世界に連れて来られた口だから、行き来できる訳じゃ無い」


 彼の返答に、レリアはホッと胸を撫で下ろし、彼自身も召喚者である事を知る。


「それじゃ、ケイゴを召喚したのは誰?」


 勿論彼女は、彼の召喚者が誰なのかが最も気になったので、ストレートに尋ねてみるが、啓悟も素直に答えるわけには行かない。世界の管理人や監察人と説明した所で、単なる与太話よたばなしと取られかねないし、不必要な警戒を生む事にもなりかねない。


「それは、俺も聞きたいね。気が付いたらこの世界に居た、そして誰も俺を呼び出した事を主張しなかったからな」


「どこの町に召喚されたか教えてくれるかしら?」


「さあ、それも分からない。気が付いた所が召喚場所とは限らないからね」


「どこで気が付いたの?」


「街の名は知らない。その街の名を教えてくれる者は誰一人居なかったからね。ただ分かっているのは、そこが戦争によって蹂躙された廃墟である事ぐらいだ」


 レリアはその話にドキリとする。帝国によるエルトの虐殺は、彼女も知る所だ。

 啓悟はその言葉で彼女の反応を見てみた。意地の悪い嘘ではあるが、これによって彼女の本性がどの辺りにあるのかを探る狙いがある。

 その話を聞いて黙り込んだレリアに、さらに追い打ちを掛けるように話し掛ける。


「そこは生けとし生けるものがしかばねを晒し、唯一の生き物は屍をむさぼりにき………」


「待って! もう……いいわ………」


 意外と早かった。というのが啓悟の感想だ。

 勿論、その話はアルマからの受け売りだが、啓悟自身、似た様な光景を目の当たりにしたことがある。だから、もっと凄惨な場面を聞かせてやるつもりだった。だが、レリアという少女は、年相応にメンタルは弱かったようだ。何を思ってかは、今の段階では想像するしかないが、あの虐殺の件に直接絡んでいたか、責任を感じている事は、彼女の苦渋に満ちた表情で察する事は出来る。そして、その出来事は彼女にとって本意で無かった事もだ。


「そうか、それじゃ仕方が無いな。正直、この世界の誰から召喚されたのかと問われても、答えようが無いのでね」


 厳密に言うと啓悟は召喚された訳じゃ無い。逝き先を変更されて女神に使役されている立場だ。だからその質問には答えようが無かった。


「知らないものを幾ら聞いても仕方ないわ。それじゃ、あなたがここに辿り着くまでに、この世界をどう過ごしてきたのかを教えて欲しいわ」


「ああ、良いぞ。何から話せば良い?」


「あなたが連れてるお連れさんとのめから、聞かせて貰えるかしら?」


「そりゃ一体、何の事を言っているんだ?」


 かなり不味い話を振られても、啓悟は顔色変える事無く恍ける。


「恍けなくても良いわ。あなたがエルト族の彼女達と行動しているのは、知ってるわよ。でも、私自身も彼女達をどうこうしようなどとは思ってないから安心してくれて良いわ。私が興味あるのはあなた自身の事よ」


「まあ、そう言う事なら………」


 啓悟はそう言って、イーリス達とあらかじめ口裏を合わせて置いた馴れ初めをレリアに聞かせた。

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